無能王子の冒険譚

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1 旅立ちの夜

 城を出よう―――。

 キサラギ第一王子、ウィルレット・キサラギがそう決意したのは昼が過ぎ、王妃である母親に呼び出された後だった。
 政務室の中で母に告げられたのは、隣国レクトゥールの第二王女とウィルレットの婚約の解消と、新たにレクトゥール王家に連なる貴族令嬢との婚約の話だった。
 婚約の解消自体はそれほどショックではなかった。どのみち自分が生まれるか生まれないかの頃に親同士が決めた事だ。
 レクトゥールの王女とは会ったことすらない。だが、替わりに用意された相手が王家とはいえ遠縁の貴族ということは、レクトゥールがウィルレットを王族を嫁がせるに値しないと判断したに他ならない。
 自分にはそれほどの価値がないと思われたのだ。ウィルレットにはそれがショックで悔しかった。
 何故レクトゥール王家がそう決めたのかは想像がついた。恐らくはあの話が伝わったのだろう。
何しろ双子の妹はあの日以来、キサラギの民に自分の姿を見せつけるように城下を見廻りと称して練り歩いている。
 城下町にはレクトゥールはもちろん、近隣諸国から訪れる旅人は多いだろうから、噂が本国に届いたのだろう。

 日が暮れ、部屋の中は小さな蝋燭ろうそくの灯りだけになる。

 ウィルレットの姿は旅装束に外套。メイドに申し付けて、荷物を入れる袋と共に極秘に用意したものだった。
 メイドが気を利かせてくれたのだろう数日分の着替えと、保存食まで入っていた。荷物を持ってきたときメイドは心配そうにしていたが、「訓練で数日城を離れる」と誤魔化したので何をしようとしているかはばれなかったはずだ。
 袋の紐を肩にかけ背負い、腰には一振りの剣を携える。二年前、十五の成人の儀の際に父親から贈られたグルドニアの名工が打った逸品で流銀ミスリルを素材に魔力も付与されており、鉄ならば容易く切り裂き、刃こぼれもしない。
 ウィルレットが一番に欲しい剣では無かったが大事なものには変わりなかったし、これから必要なものだった。
 蝋燭に息を吹き掛け消すと、部屋は暗闇に包まれた。微かな星の光を通し、ぼんやりと浮かぶ窓硝子まどがらすに向かい窓をそっと開ける。
 ウィルレットの部屋は一階だ。暗闇で足元が覚束おぼつかなくとも、身を乗り出して怪我をすることもなかった。
 城の所々には松明たいまつが焚かれており警備の兵もいるはずだが、ウィルレットはこれから抜け出す方向には兵がいないことを知っていた。
 城を出ると決めたのは今日だが、以前から考えていたことだった。そのために下見を繰り返し、警備の兵の配置や松明の位置も把握していた。
 それに今夜は新月だ。松明の下にいたり、松明を手に持って見回る兵からすれば光が届かない暗闇はなおのこと見えにくいはずだ。そうは思っていても自分の体すらよく見えない状況はウィルレットを緊張させた。
 窓を静かに閉め、ゆっくりと歩き出す。灯りの下の兵を見つけては慎重に音を立てないように闇を進む。
 程無くして全く手入れのされてない小さな雑木林にたどり着く。
 城を囲む城壁に沿うように鬱蒼うっそうと茂る林の中に体をねじ込むように入る。
草や蔦を踏む音や、枯れ枝が折れる音が響いたが、城からは離れているし見廻りの兵も近くにはいない、目的の場所はすぐ側なのでウィルレットは大胆に進む。城壁をぺたぺたと触りながら進むとやがて石壁の感触が金属の感触に変わる。
 扉だ。昔、父に教わった城を抜け出すための扉。体重を預けるように両手で押すと、錆びたち蝶番ちょうつがいからきぃきぃと甲高い耳障りな音が響く。
 思った以上の大きな音にウィルレットの心臓が跳ね上がるようにどきどきする。急ぎたいが急げば今以上の大きな音が立ち、雑木林を通しても兵が気づいてしまうかも知れなかった。焦らず、それでいて遅くなりすぎないように押すしかない。
 この程度の音であれば、雑木林が音を遮ってくれるはすだと自分に言い聞かせて押し続ける。やがてウィルレットが通れるだけ扉が開く。翻すように外に出ると、今度は扉を閉める。
 もう城の外には出た。正門の側でなければ兵もいない。何より、こちら側にも雑木林があるのだ。扉を隠すための雑木林なのか、それとも雑木林があったから秘密の扉を造ったのかはわからないが、今のウィルレットにはありがたかった。お陰で外の兵には気づかれないだろうし、中の兵に気づかれたとしてもすぐに離れれば問題はない。
 扉を閉め、雑木林を出ると、緩やかな下り坂がありその先に城下町の灯りが見える。夜なったばかり、食事どころや酒場にはまだ多くの人がいる時間。兵もいるだろうが紛れてしまえばどうとでもなる。
 城門への道から外れた所にある雑木林からウィルレットは坂を下って城下町へ向かう。暗闇に目も慣れ、向かう先の城下町の灯りで転ぶようなこともない。
 振り返ると遠くに篝火かがりびに照らされる大きな城門と槍を手にした門番二人の姿が見えた。もちろんウィルレットに気づいた様子は無かった。
 安心してほっと息をついたその時だった。
 
 「どちらに行かれるのですか?殿下」
 
 突然かけられた声に驚き、城下町への方へと顔を戻すと、二人の人の姿があった。城下町とウィルレットの間、ほんの十数歩先にいつの間にか立っていた。
 一人は女、一人は男。声をかけてきたのは女の方だった。右の手のひらを顔のそばで上に向けている。
その手のひらでは光の玉が眩しい光を放っていた。
 彼女の使役する精霊の力だとウィルレットは理解した。
 父の直属の臣下である精霊騎士、ハーフエルフのリールラ。
 リールラの隣の男も同じく直属の臣下のディッツ。
リールラは無表情で、ディッツはどこか楽しげ顔でウィルレットを見つめていた。

 「どうしてここに? 何でわかったんだ?」

 率直に浮かんだ疑問を、そのまま口に出した。
 答えたのはディッツだ。

 「いや、最近の殿下怪しすぎましたよ。城の周りは歩き回ってましたし、旅支度までしてましたからね」
 「…………………」

 ばれないように慎重に行動していたつもりだったが、筒抜けだったらしい。ため息をつく。

 「連れ戻しに来たのかい?」
 「いいえ」
 「………?」

 思いがけないリールラの答えに驚き、改めて二人も見る。二人の表情は変わらない…。そして、緊張感もない。抜け出した王子を連れ戻しに来た人間とは思えない緩さがある。

 「私たちは陛下の命令を果たしに来たのです」
 「父さんの………命令?」

 父は二人にどんな命令をしたというのか。連れ戻さないのだとしたら……。ふと気づく。二人ともウィルレットと同じような旅装束に身を包んでいる。

 「もしかして……?」
 「はい」無表情なリールラの口元がかすかに笑みのようなものが見えた「私達が命じられたのは供として殿下を御守りすることです」
 リールラの言葉にディッツも頷く。
 「父さんが………」

 再び城を振り返る。火の灯りの中に浮かび上がる城を見つめる。

 「殿下。殿下が旅に出るのを認めているのは陛下のみです」
 リールラの言葉に我に戻る。
 「王妃様は勿論のこと宰相以下、文官、武官誰一人として殿下が旅に出るなど認めようはずはありません」
 
 当然と言えば当然のリールラの言葉にウィルレットは頷いた。当たり前だ。国の後継たる王子が出奔するなど前代未聞だ。認めているという父の方がおかしいのだ。

 「そんなわけで他の方々が気づいてしまう前に一刻も早く城下町を出ましょう。あねさんの精霊魔法があれば衛兵たちを欺くのも簡単でしょうからね」
 
 ディッツがぽんぽんとウィルレットの肩を叩きながら笑顔で言う。感情を表に出さないリールラと違ってディッツは喜怒哀楽を人一倍顔に出す人間だった。

 「わかった。急ごう」
 ウィルレットの言葉に二人が先導するように歩き始める。

 思いがけないことになったが、心強くもあった。
 ハーフエルフのリールラは精霊騎士として魔法、剣技に優れた実力者だったし、ディッツは身体一つで騎士とも渡り合う凄腕の拳闘士けんとうしだ。
 何より、旅どころか城から一人で出ることもないウィルレットより色んな事を知っているだろう。
確かディッツはレクトゥールの北にあるグルドニアから流れてきた経歴の持ち主で旅に慣れているはず。

 「取り敢えずは南のオーサカに向かいますよ殿下」
歩きながらリールラが声をかけてきた。
 「そこで本格的な準備とこれからの事を話しましょう」

 そうだ。これから自分は旅に出るのだ。城の皆は自分の事を逃げ出したと思うかもしれない。
だけど、それは違う。自分はふさわしい男になるのだ。英雄と呼ばれた両親からこの国を託されるにふさわしい男に。
 だが、それは妹が側にいては容易ではない。今は誰もが妹を見て、自分には目もくれない。
多少のことでは認めてもらえない。
 だから、城を出るのだ。二人にはまだ話してないが国を出るつもりでもいる。妹以上の名声を手にして胸を張って戻ってくる。そして、誰もが認める次代の国王となるのだ。
 それがこの旅の目的だった。
 不安はある。だが期待も同じくらいある。自分は英雄の子供だ。
旅の中で妹のように才に目覚め成長するはずだ。ウィルレットは胸の前で拳を握る。爪が食い込み、もしかしたら血が滲んでいたかも知れないが力を緩めない。
 見返すのだ。自分を見下しあざけった者達を。
 撤回させてみせる。不名誉極まりない『無能王子』の蔑称べっしょうを―――――。

決意新たにウィルレットの―――『無能王子』と呼ばれる王子の旅は始まりを告げた。
















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