Blueberry Strawberry

ノベルバユーザー342069

2話目 Daylight

その日はかなり緊張していて夜もおちおち寝ていられなかった事をよく覚えている.

 目の前に広がるは数千の敵,大地を揺らして,そして死ぬ.

 戦地に赴かんとする前日の様に思えたからだ.月に止まって欲しい気もする.しかし早く終わらせてしまいたいから,早く言って太陽を呼んできてくれと想う気持ち.両者で9割を占めていた.後の1割は眠気.

「全然眠れなかった…」
 結局の所寝るか寝ないか悩み続け,30分くらいしか眠れなかった.
 いざ寝ようと意を決めて目を瞑り仰向けになっても,心の臓の鳴き声が鬱陶しくて…でもやっぱり寝たい!のループから抜け出したのは入り込んでからずっと後の事だった.

 昔から宮崎は小心者であり,ノミの心臓しか持ち合わせていなかった.
 野球の試合や朝のホームルームで数分スピーチする位でもこれくらい緊張してしまうのだ.単純に知らない人間の前で注目を一身に浴びながら何かをするという事が苦手なのだ.
 ただこの緊張の度合いにはその場所のデカさは関係ないという事は唯一の救いだ.全校生徒の前でスピーチするのも全世界の人の前で何か一発芸を披露することになったとしても緊張するレベルは変わらない.

「あれ?」

 上半身だけ起こして汚い天井に向かって伸びをした時,左目から涙が一滴浸み出した.

  何か壮大な物語の厚い本を一冊読み上げて,内容を回想して感傷に浸っている.そんな感覚が大挙して胸に押し寄せる.

「またかよ.どんな夢を見てたんだぁ.教えてくれ,数分前の俺よ!」
 ついふざけて厨二病な事を言ってしまうくらいには気分が良かった.
 実は昨夜(といっていいのか分からないが)の様に寝付けが悪い時に限って夢を見る傾向が多い.という事を経験則として学んでいた.

  本にしたらどれだけ面白い作品が出来上がるのか.そこに関して自信が持てるくらいには深くて面白くて奇想天外でありえない内容だった事は感覚として残っている.
 
 しかし実際思い返しても大まかに『釣りをやってたな』だとか,『宇宙船に乗って宇宙に行った』などは記憶や感覚として残っているが,その詳細などはもうふんわりと消え失せてしまっていた.

 まだ気分は素晴らしく晴れ晴れしたものではあったが,もう一度思い出して噛み締める事は出来ないという事実から少しだけがっかりした.

 まさに霧を遠くから見ている感覚だ.全体は認識できるが,その中身はどれだけ濃いのか分からない.

「まあ、しょうがないか…」
 くよくよしていても仕方がない.
『もう一回…』と思い,二度寝してみた事は何回もあったが同じ様な夢を見れた事は一度もなかった.

「おいしょっとお」
 後ろ髪を引かれる思いで布団から出て洗面所に向かう.まだ足元がおぼつかない.
 もう一度寝てみるのも良いが,今日だけは遅刻する訳にはいかない.

「おはようございます。6時のニュースです。ゲストには…」
「ああ、そういえば最近司会の人変わったんだっけ?おお…!」
 元々の司会人はお爺さんだった事もあり、癌?だったか何かが原因で入院中で,最近からその代打として入社3年目の若手の河上というヤングなイケメンが番組を進行している.
 この番組の冒頭にはいつも流行りの歌手や芸人などが番宣やアルバムの宣伝などでチラッと出てくるのだが,今日は宮崎の好きな映画監督だった.

「この監督も好きだよなぁ、ドンパチ映画」

 宮崎は世間知らずな部分が多分にあり,今服装はどんな物が流行っていてどれ位の値段でどこに行けば買えるのか,どういう音楽が流行っているのか,有名な芸能人は誰なのかと行った事に全くもって興味がなかった.
 服はインターネットで買うかその辺の古着屋で安く買うかの2択しか宮崎の辞書載っていない.

 あれは大学一年のクリスマスにアルバイト先の先輩と一緒に渋谷のイルミネーションを見に行った時の事だ.
 因みに何で行ったかというと別に付き合っていたとかそういう事ではない.たまたまなんかの拍子で服の話をしていたら『今度一緒に行ってみる?』的な流れになったからだ.その日がクリスマスだったのも偶然だと思う.

 しかし後になって振り返ってみると,あれは偶然じゃなくて先輩が好意を寄せてくれてたのか.そういう事をちらっ考えたりすることも時々ある.もしかすると服の話をし出したのも全て計算して…と考えると女の計算高さにちょっぴり感動と怖さを感じたりもする.
 しかしもう先輩はどこかの化粧品メーカーに就職が決まったらしく連絡を取っていないので確かめる手段もなかった.

 まあその時の話だ.始めて渋谷の10何とかに行って服を見たとき,『こんな高いの!?』とかなりたまげた事は懐かしい.
 アウター?コート?なんて呼んだらいいか分かんないけど,そんな部位が5桁を超えていた.今でも高いと思うが流石にそれほど驚く事はなくなった.絶対買いはしないが.
 行く前は『値段なんてブランドがあるからだろう』と考え込んでいた.しかし実際に行って見たり試着すると普段の自分が3割り増しでイケて見えた.『ま,まあやるじゃねえか』みたいな感じになり.すっかり『高い服は高いだ』という固定概念はすっかりボコボコにされたのであった.
 テンションが上がっていて掛かった補正を考慮してもやはり値段には値段なりの理由があり,高い服もこれはこれで良いなあという教訓を学んだ.
 でもやっぱり古着屋で買ったやつでいいや.という結論に至った事はそれから何日も経っていない頃だった.

 因みにデート?結果は服屋行って,甘味を奢ってもらって,○の洞窟行って,夕食を食べて普通に帰った.夜の11時ごろにお店を出た後,先輩が酔っ払って『まだ帰りたくないなぁ』と言ってきたので
「やべっ,もう11時か.すいません,この後近所のおじさんと飲み会するんだった,先輩も一緒に…」
 そこから先の言葉は続かなかった.
「ばかぁっ!」
「ぐへっ!」
 顔をビンタではなく,いきなり腹パンを鳩尾に入れられてうずくまった所に,後頭部を掴んでぐいっと下げられて右膝蹴りを顔面に食らわされ地面に伸びてしまった.それはそれは綺麗なフォームだったもんで,周りの人たちは何かの撮影とかだと勘違いしていたくらいだ.
 その後先輩は怒って帰ってしまい,俺は鼻血を抑えながら電車に揺られて帰った.その時ふと先輩は何かの格闘技をやっていて,かなり強かったという話を思い出した.あれ以上やられてたら死んでだなと背筋がゾッとした
 
 この警察沙汰の事件以来俺の鼻が曲がっている気がしないでもない(全くそんな事はないのだが).
 
 後日,友達にこの話をしたら,そんな遅い時間までいて『まだ帰りたくない』という事は『ホテルに行ってもいいよ』という可能性があるというので散々馬鹿にされた.
 その人の呪いというか自業自得というか、そのせいで未だに宮崎に経験がない事は実は結構気にしてたりする.

 話はそれたが,やはり機械系としてありがちな興味が無いものにはとことん興味がなく,ちょっと世間知らずという性質を宮崎も受け継いでいた.

 そんな中,少しでも芸能人の名前と顔くらい覚えておこうと思いこの番組を一ヶ月前ほどから見始めたのだ.

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