クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

64 あなたってすっごくわがままなのね、伊集院さん



『『伊集院薫子』さん、君を除いて最も青葉の婚約者になる確率が高い令嬢だ』


『伊集院薫子』さん──そう、白川くんは言った。


聞き覚えのある名前に、私は首を傾げる。以前、……どこかで彼女の名前を聞いた記憶があるのに、思い出せない。ダメだ。青葉のことおじいちゃんとか言えないわ。私もおばあちゃんだわ。


……ん? 青葉? ああ、そうだ。


確か『一条青葉』には、麗氷女子に通う幼なじみがいて、そしてその幼なじみは彼のことを慕っていると、以前、赤也が彼女の名前を言っていたのだ。

私の記憶が正しければ、赤也からバレンタインのお返しにと、ホテルのアフタヌーンに誘ってもらった時のことだったと思う。

その時の私は、黄泉は彼女のことが好きなのだろうと思っていたから、攻略対象がヒロイン以外で好きになる方が、純粋に気になって、好奇心からその名前を尋ねたのだ。


『でも、あの一条くんの幼なじみで、西門くんの好きな方ってどんな方かしら!』
『僕も直接話したことはないんだけれど、控え目で穏やかな方らしいよ。彼女の父親が麗氷学園ウチの理事長を務めていて、確か名前は──』


そう、その名前は──……


『──『伊集院薫子』さんって言ったはずだよ』


あの時、私を手当てしてくれた縦ロールちゃんの顔を思い浮かべる。


「……そう、彼女が『伊集院薫子』さんなのね」


青葉の幼なじみということは、この世界で乙女ゲームの『立花雅』のポジションだ。私は青葉と婚約することは絶対にないし、きっと彼女が婚約者になるだろう。


「まあ、とは言っても、青葉は彼女のことをそういう風には見ていないようだがな」
「……そう、ですか」


どうやら青葉は彼女を婚約者にする気はないらしい。……なんだ、そっか。


…………って、私、なんでこんなホッとしてるの?


自分の中に芽生えた、不思議な気持ちがわからない。

でも、なんとなく、知らなくていい気がする。というか知りたくない。だから私は深くは考えないようにした。


「そういえば、お兄様がこの前委員長のことを褒めてましたよ」
「えっ!! 優さんが、俺を!? なんて!」
「ふふっ、委員長嬉しそうですね」
「当たり前だ! あの優さんだぞ!?」


縦ロールちゃん……改め伊集院さんの、ううん、青葉の話をこれ以上したくなくて、私はわざと話を逸らした。

彼の憧れているお兄様の話をすれば、彼は深く追及することなく脱線してくれると思ったからだ。思った通り、計画は成功した。


ただ1つ失敗だったのは、この状況を見ている人物が1人いたことだ。


「……雅? ……と、梓……?」


放課後に2人っきり。普段はあまり笑わない委員長がキラキラとした瞳で私を見て、楽しそうに話している。勘違いされてもおかしくない状況だ。


「……どうして、2人が?」


この時の私は自分のことばかり気にして、周りをよく見ることが出来ていなかったのだ。だから気づかなかった。


──葵ちゃんが、この時の私達を見ていたなんて。

そして、委員長が私のことを好きだと、間違った認識をしてしまったことにも。



***



ずっと気になっていることがある。どうしてこの人は、ダンスパートナーに、他の誰でもない私を誘ってくれたんだろうって。





「黄泉様! さあさあこちらへ! 早速特訓しましょう!」
「……はいはい、お邪魔するよ~」


夏休みの間、毎日とは言わないけれど、こうやって時間を見つけて黄泉様に私のお家に来て頂いている。

誘って頂いたのは6月頃。いつものように赤也とお姉様と私達4人で昼休みに集まった日、赤也とお姉様は少しだけ遅れると連絡があり、私と黄泉様は2人っきりで待っていた。


『瑠璃はどうするの?』
『……え、何がですか?』


「オレの話聞いてた~?」とため息をつく黄泉様を見て、私は普段通りの時間に来たことを酷く後悔していた。

黄泉様も私も、口数が少ない人間じゃない。会えばよくくだらないことで口論だってする。だけど、どうしてか今日はとても居心地が悪かったのだ。

まるで真空の空間に閉じ込められたみたいに息が苦しくて、この2人っきりの空間に耐えられなかったのだ。

共通の話題をと、お姉様や青葉お兄様のことを思い浮かべたけれど、何を話してもこの人は「ふーん」と素っ気なく返してきそうで、会話が続く気がしなくて、何も話せなかったし、何も聞こえなかった。


『……すみません、聞いてませんでしたわ』
『ちょ、素直に謝られると調子狂う。オレが悪者みたいだからしょんぼりしないでよねえ』
『……はい、すみません』
『だからさあ~、……あ~もういいや。ダンスパーティーのこと聞いてたの。瑠璃はパートナーどうするの? 青葉に似て顔だけは可愛いんだから、何人かお誘い来てるんじゃない~?』
『……ええ、まあ。わたくしはベストカップルを狙っているので、ダンスがお得意な方ならどなたでも構わないんですが……赤也でも誘ってみようかしら?』


ダンスがただ得意でもダメだ。お似合いだと思われなければ、ベストカップルにはなれない。私はどうしてもベストカップルになりたいのだ。……そのためには、私とお似合いだと思って貰えるような人を選ばなくては。

自分で言うのはなんだけど、私ってすごい美少女なのよね、青葉お兄様によく似て。だから、私に似合う人って攻略対象レベルじゃないと……でも、赤也はお姉様と踊りたがるだろうし。


『……赤也くんと?』
『ええ、どう思いますか?』


やっぱり断られますかね、という意味を込めて問いかける。すると、少しだけ不機嫌そうに口を開いて私に言った。


『なら、オレと組もうよ』



***



「やあ、練習捗ってる?」
「青葉!」
「お兄様!!」


私達が練習していると、習い事や用事がない時以外は大体青葉お兄様が顔を出してくださる。

そのまま3人で黄泉様の持ってきてくださったお菓子を頂くのが最近のルーティーンだ。うん、本日のレモン風味のチーズケーキもとっても美味しいわ! 今度お姉様にも教えて差し上げようと私は心に誓う。

お兄様は甘い物が得意ではないので、安定のアイスコーヒーのみ。もぐもぐとチーズケーキを美味しく頂く私と黄泉様を見て、「はぁ」と小さくため息をつく。無意識だったようで、すぐに微笑んでなんでもないと言い張る。


「どうかしたんですか、お兄様」
「いや、特にどうかしたとかじゃないんだ。……ただ、2人が羨ましいなって、それだけで……」
「何で? パートナーがいるから? ならさっさと雅を誘いなよ」
「そうですよ、お兄様! 行動あるのみ、ですわ!」
「……いや、実はそれが……」


お兄様のため息の原因は、例のごとくお姉様のようだ。お兄様が心痛める相手なんて限られてくるもの。黄泉様と私は、お兄様がお姉様を誘えないことで悩んでいると思ったのだが、どうやら違ったらしい。


「はぁ!? 断られたぁ!?」
「……うん」
「……てっきり2人がペアを組むとばかり……だから今年は雅を誘わなかったのに~!」


なるほど。お姉様はお兄様と踊るだろうから。本当はお姉様が良かったけれど、誘わなかったのね。そして私はその代理か。……そっか、そうよね。別に期待なんてしてなかったもの。……というか、期待って何? どんな期待よ一体。


「……じゃあ何? 今年も薫子とペア組むわけ?」
「……そ、そんなのダメです! あんな人……わたくしは認めませんわ! そもそも去年だって……!」
「こら、瑠璃。目上の人に対してそんな言い方しちゃダメだろ?」


だって、あの人はお姉様の『立花雅』様の居場所を奪った人よ!? お兄様の大切な幼なじみ。……そこは、そのポジションは、本来ならお姉様の居場所だったのに!


「……でも、どうかな? 今回は双方メリットもないし、薫子とペアを組むことはないんじゃないかな?」
「……双方メリット、ですか」


えっ、なに、あの女狐にとって、お兄様とペアを組むことは、素敵な青葉お兄様のパートナーになれること以外の利点があったんですか?

お兄様のパートナーなんて、そんな分不相応な望みを叶えてもらっておいて、それ以上に何かメリットを求めるだなんて、あなたってすっごくわがままなのね、伊集院さん。


「薫子にとっても、青葉にとっても、何か自分に都合がよかったから去年はペアを組んだってこと~?」
「うん、その通りだよ。僕は毎日申し込まれる大して親しくもない令嬢からのお誘いをお断りすることに辟易していたし、彼女は兄さんを誘う勇気はなかったけれど、1人は心細かった。だけど、兄さんという婚約者がいるのに下手に他の子息を誘うわけにもいかない。その点、僕なら安心でしょ? ただの幼なじみだし、婚約者の弟だし」


わー、お兄様ったら昔っから彼女の気持ちに全く気づいてないんだから~。少しだけいい気味だけどね。

もう何年も勘違いされ続けているあの女に、今更それを解く勇気なんてないでしょうし。

だってそれをするってことは、お兄様に告白するのと同義だもの。意気地無しのあの方にはきっとできっこない。……真白お兄様は昔からあの方の味方だから、発破をかけたりしていなきゃいいけど。

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