クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

60 婚約者がいるのに他の女の子に現を抜かすのは良くないと思うけどね!?



『……ずっと妬ましかったし、君が羨ましかった』

『……やはり俺は、君がひどく妬ましいよ、立花』


妬ましいと、誰かに直接言われたのは始めてだ。そんなこと、前世でも言われたことがない。

でも、なぜだろう。ここまで素直でストレートだと、いっそ清々しくて好感が持てる。飾らない感じがいいというか、なんというか。

面と向かって悪口を言われたけれど、見方を変えてみれば、とても正直な人物であるとも言えないかしら?

本当は心の中で嫌悪しているのに、表面上は仲良くし、影で悪口を言う人よりは、彼の方がよっぽどマシだと私は思うのよ。


「あなたは先程、わたくしが涼し気な顔で、苦戦せずに良い成績を残していると言いましたね?」
「……だが、実際その通りだろう」
「まっっったく違います。わたくしは一条くんと違って、記憶力が異常に良いわけではありませんので。1度見たくらいで、そんなすぐに覚えられるわけないじゃないですか。反復学習ですよ、反復学習」
「反復学習?」


そう。反復学習だ。


「わたくしには優秀な家庭教師がいるので、出来るだけたくさん来て頂き、何度も何度も問題を解いては、分からない問題を解説して頂いているんです」


嘘は言っていない。

前世とやっていた教材が違うので、もしかしたら算数の解き方や記憶した歴史も異なるのでは? と思い、ひと通り目を通して問題演習を行っている。

ただ、そこまで前世と学習することに大きな変動はないので、今のところそれなりの成績をキープ出来ているが。


「……君でも、わからない問題があるのか?」
「当たり前じゃないですか! 誰しも初めはわからないものです。学校の勉強に最低限ついていけるように、前もって予習しているのですわ! 立花家の令嬢が無能だと思われて、侮られるようなことがあっては困りますもの!」


それをまるで元から優れているの一言で片付けられては困る!

『一条青葉』は本当の天才かもしれないけれど、私はただの凡人、よくて秀才なんだから。……いや、違うか。『一条青葉』だって、決して努力していなかったわけではなかった。


『青葉様はすごいです』
『……ああ、記憶力のこと? 持って生まれた才能だって、お兄様からよく言われるよ』
『記憶力もですけど……そうじゃないんです』
『それ以外に、僕に優れている所なんてないだろう?』
『いいえ、そんなことありません。確かに青葉様は記憶力がとても良くて、たくさんの知識をお持ちで、優秀です。ですが、その知識を蓄えるためには、たくさんたくさん努力なさったんですよね?』
『…………別に、本を読むのは苦ではないし』
『やっぱり、青葉様はすごい方です。努力を怠らない、尊敬出来る方です』


ヒロインである『結城桃子』を、初めて攻略キャラの中でもメインキャラである『一条青葉』が意識するスチルを思い出す。

あの柄にもなく照れて無口になってしまう『一条青葉』はすごく可愛かった。

自分の密かな努力を見てくれる可愛い女の子がいたら、そりゃ惚れちゃうよねえ~……。


……だからと言って、婚約者がいるのに他の女の子に現を抜かすのは良くないと思うけどね!?


私も今なら他人事じゃない。あのゲームの『一条青葉』の気持ちがよ~くわかる!

一条家や西門家、それに立花家くらいになると、何でも欲しい物は手に入るし、かな~り贅沢な暮らしは出来るけど。その分その家に恥じない令嬢であることを求められるから結構大変。

正直毎回パーティーに参加する度、何か失態を犯さないか不安になるし、立花家の一人娘も容易ではない。富裕度に比例して精神的苦痛も伴うのだ!

……それを君は完璧だからなんて一言で済まさないで欲しいわ! 私は青葉とは違い過程に重きを置く女なんでね! その過程にある私の努力も見て欲しいものだわ。


「……そうか、完璧であるために、君も努力をしていたんだな」


先程から白川くんは私のことを『完璧』と称す。……『完璧』ってひとつも欠点のないことを言うわよね? 私全然完璧なんかじゃないわよ?


「白川くんは、わたくしのことを買いかぶりすぎですわ」
「そんなことないだろう。そして君はそれをひけらかす真似はしない」


だって、精神的には大人な私が、たかが小学生の勉強が出来た程度ではしゃいでいたら、それはそれでやばくないか?

前世で何度も間違えた問題を、今世でも間違えまくっていたら、頭悪過ぎない? ましてやひけらかすなんて、恥ずかしくて出来ないよ。


「自分よりわたくしの方が委員長にふさわしいと、クラスの皆さんもそう思っていると、言っていましたよね?」
「ああ」
「でも、それはおかしいですわ」
「何がおかしいんだ。君の方が俺より優れているのは事実で……。こんなこと俺に言わせないでくれ。惨めな気持ちになる」


なんでこんなに自己評価が低いのかなあ~。そりゃ私の方が勉強は出来るかもしれないけど、白川くんだって十分優秀だし他の面で私より優れてると思うんだけどなあ~。


「わたくしが皆様からどのように呼ばれているかご存知ですか?」
「……はあ? そりゃ、名字か名前のどちらかだろう」
「ええ、そうですね。普通そうだと思います。では白川くん。あなたはいかがですか?」
「…………俺は、」


白川くんは顎に手を当てて少し考え込む仕草をする。


「『委員長』、そう呼ぶ方がほとんどだと、わたくしは記憶しています」
「……ただ役職で呼んでいるだけだろう。形だけそう呼ばれていても、認められていなければ……」
「本当に相応しくない相手をわざわざ『委員長』と呼ぶでしょうか? わたくしは1度だって『副委員長』と呼ばれたことはありません」


言われて初めて気がついたのか、彼はハッとした顔をする。


「以前わたくしが休んだ際、白川くんは代わりにノートをとってくれましたよね」
「……授業についていけなくなると困るだろう」
「……はい、とても助かりました。わたくしだけでなく他のクラスメイトにも同じことをなさってますよね」
「……それがなんだと言うんだ」
「それだけではありません。授業中、わからないと仰っているクラスメイトに懇切丁寧に教えて差し上げてましたよね?」
「……それくらい、普通だろ。一応形だけとはいえ、委員長なんだ。……当然のことをしたまでだ」


うーん、まだわからないのかなあ? それって、全然普通のことじゃないと思うわよ?

正直ノートなんて、休んだ生徒の自己責任だし、自分から誰かに見せて貰うよう頼むのが普通だと思うんだよね。前のクラスでは皆そうしてたし。

勉強だって、委員長だからってそこまでお世話するのは当然じゃないと思う。現に、隣りのクラスの委員長である桜子ちゃんは勉強得意じゃないし。


「……それを当然だと思える白川くんだから、皆が委員長と呼び、慕っているんでしょうね」
「……そんなことっ」
「わたくしを高く評価して下さるのは嬉しいです。ありがとうございます。ですが、だからと言ってご自分を責めるような真似はなさらないでください」
「…………っ」
「白川くんが高く評価しているこのわたくしが、あなたが委員長で良かったと言っているんですよ? ふさわしいと、適任だと、そう思っているんです。……わたくしの評価を疑うんですか?」
「……いや、君がそう言うんなら、きっとそうなんだろうな」


きっと彼は知らないのだ。どれだけ皆が自分を慕っているのか、頼りにしているのか。もちろん私だってそうだ。


「……だから、皆わたくしの方が委員長にふさわしいと思っているなんて妄言、もう仰らないでくださいね? 『委員長』」
「……妄言って。……ん? 君今なんて!?」


今回の委員長みたいに、意外と、自分で勝手に思い込んでることってあるよね。

今回白川くんは、私と自分を常に比較してしまい、それによって自分に自信を持つことができず、自分は無価値な存在だと考えてしまったのだろう。一度芽生えてしまった不安感は簡単に消えない。その想いがどんどん肥大化していき、私への冷たい態度へ繋がったのだろう。

わかるよ~。私も前世で初めて塾に通った時は、周囲がみんな自分より賢く見えたもん。学校では賢い部類に入っていたけれど、ここでは底辺なんじゃ……って惨めな気持ちになったものだ。



白川くんの私への嫉妬に、委員長のことだけでなく、憧れの優さんの妹というのが混じっていたと私が知るのは、数日後のことである。

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