クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

36 わたくしはあなたと婚約をしなくて良かったということが




「やはり先程の言葉は訂正します。強引に君を僕のものにする気はありませんが、君さえ望んでくださるのなら、僕はいつでも君と婚約しても構いませんよ?」


こんなにもすぐに言葉を訂正されると、一体誰が思う? 少なくとも私は全然予期していなかったから、すぐに反応出来ない。青葉よ、男に二言はないんじゃないのか……。


「……冗談ですよね? だってわたくし達、先程お会いしたばかりですし……」
「そんなの関係ありませんよ。今日だって、本当は直接確認したいことなんてついでです。僕が君に会いたかったから来たんです」
「……わたくしに」
「はい、『立花雅』さんに」


私に会いたかったと、彼は言うけれど。ただ会うだけなら、こんなやり方をせずとも、麗氷3校が集うイベントなら、この先山ほどあるはずだ。

強引に私と婚約しようだなんて思っていないと言っていたけれど、わざわざ会いに来る時点で、それって本当は私との婚約が目的だったんじゃないの? と、つい彼の言葉を疑ってしまう。


「ずっと気になっていたんですが、どうして突然君に来ていた婚約の話を全て断ったんですか? 立花のおじ様ではなく、君の意思ですよね?」
「……ええ、わたくしが父に頼んで全て断って貰いましたの。わたくしの意思で」


そう断言すると、にこやかだった青葉の顔が真剣になる。顔が整っている人の真顔は迫力があるから苦手だ。なんだかすごく怒られている気分にもなるし。


「僕達にとって、婚約はただの結婚の約束じゃない。ビジネスの一種であり、『契約』でもあります。僕らの選択によって、僕達に仕えてくれてる何千何万の人が、損をしたり得をしたりするんです。……それなのに、立花家にとっても重要な君の婚約を、君は何故全て白紙に?」


青葉の言葉には「それだけのことをしたんだから、さぞ大層な理由があるんだろうな?」という含みがある。別にそんな大層な理由はないんだけれど。きっと彼は私が理由を言うまで納得しないのだろう。


「一条くんが思っているような大層な理由はありませんよ。……ただ、わたくしは『恋愛結婚』がしたかったのです」
「……恋愛、結婚?」
「ええ、そうです」


理解できないとでも言いたげに、彼はその美しい顔の眉間に深くしわを刻む。


「……よくわからないのだけど。恋愛がしたいのなら、婚約してからでも出来るじゃないですか。現に君のご両親だって、初めはそうだったでしょう?」
「そうですね。父も母も婚約してから互いに愛し合ったと聞いています」
「僕の両親もそうです。それの何がいけないのでしょう? 僕だって……」


ストローでアイスコーヒーをぐるぐるかき混ぜる彼は、少しだけ感情的に言葉を綴っているように見えた。

そんな自分自身に気がついたのか、突然我に返ったようにはっとする。それからしばらくして、落ち着きを取り戻してから、王子様スマイルを貼り付け、彼は再び言葉を紡ぐ。


「君が僕を好きになってくれるのなら、僕はきっとそれに応えようと努力するでしょう。ただ恋愛がしたいだけならば、僕とだって出来るはずでは?」
「……そう、ですね。確かに、そうかもしれないですね。婚約からはじまる恋だってあるのかもしれませんわ」
「なら、」
「でも、それはわたくしの思い描く『恋愛結婚』とは違うのです」


恋愛結婚なんて、そんなの初めはいい加減な口実だった。

とりあえず、『一条青葉』と『西門黄泉』との婚約の話を断る口実になればいいや。な~んて、その程度。

一応これでも、私だって麗氷に通うれっきとしたお嬢様だからね。自分が『立花雅』だって気づく前から、立花家の一人娘として生まれた以上、立花家のために愛のない婚約をすることも致し方ないと思っていたのよ。

だってそうじゃない? 婚約は、良家の子女として当然の運命さだめだと思うし、別に私だけじゃなくて、みんなも我慢してるんだもの。

だけどね、最近になって本当に『恋愛結婚』がしたいと思うようになってしまったのよ。


「……理想の『恋愛結婚』?」
「ええ、婚約をしてから恋愛をするのではなく、恋愛をしてから婚約したいんです」
「……違いがわかりません。過程はどうあれ、最終的に結婚するなら、それはほとんど同質の物では?」


なるほど、青葉の意見はよくわかった。よぉくね。


「なるほど。よく、わかりましたわ」
「一体何がわかったと言うんですか?」


先程よりも、より深く深く眉間にしわを刻む。そんな顔をしたら、せっかくの美少年が台無しだよ?


「よくわかりましたわ。やっぱり、わたくしはあなたと婚約をしなくて良かったということが」



***



「お姉様、申し訳ございませんっ!」


久しぶり瑠璃ちゃんとの再会は、お手本みたいに90°に曲がった謝罪から始まった。


「頭を上げて瑠璃ちゃん。あなたは何も悪くないわ」
「ですが、お兄様がお姉様を傷つけるようなことを言ったんですよね? ……それは、きっとわたくしのせいです」


瑠璃ちゃんのせい? 私はそうは思わないけれど。

青葉のせいで、宿題がまだ終わっていないことが両親にバレてしまい、許しを貰うのに時間がかかってしまったんだものね。全面的に悪いのは青葉じゃないかしら?

でも、正直、あの時期に宿題が終わっていないのは、あまり好ましくはないよね。確かに、そこは瑠璃ちゃんの責任かもね。

加えて青葉が告げ口したあまり点数の良くないテストも見つかり、想定より長引いてしまったらしい。


……青葉め、妹を両親に売るなよ。


いくら麗氷が優秀な人材が多い学校だからって、小学1年生の内容で詰まるのはどうなのかしら、と密かに思ってしまったのは秘密だ。


「……わたくしが、余計なことを言ったから……」
「余計なこと?」
「ええ。……わたくし、これでも今までの自分の行いを、深く深く反省していたんです」


そうぽつりと呟いた彼女の声はひどく震えていたから、「何を?」とは聞かず、私は神妙な面持ちでそのまま瑠璃ちゃんの話に耳を傾けた。


「お姉様のこともお兄様のことも、……無意識の内に、あのゲームの『立花雅』と『一条青葉』と同じだと思い込んでいて、肝心のお2人自身のことは全然見ていませんでした」


あれから随分時が流れたというのに、彼女の中ではまだ終わっていなかったのだ。私の中では過去の話でしかないそれは、彼女にとっては現在いまの話なのだ。


「……特にお兄様には、何度も何度も『立花雅』様のお話をして、わたくしはお兄様の選択肢を、雅様との婚約、ただ1つに制限していたんです」
「……瑠璃ちゃん」
「だけどお姉様と出会って、……お兄様にだって、選択の自由はあるべきだったと、そう思って……今度はその選択肢を捨てさせた。結局そこにお兄様の意思なんてなくて……結果的にお兄様を暴走させてしまったんです」


わたくし、最低ですわ、と瑠璃ちゃんは瞳を濡らす。だから自分が悪いと、彼女は自身を責める。

彼女は青葉に『立花雅』のことはもう忘れろと、そう言ったそうだ。その場では頷いた青葉も、本当は納得なんてしていなくて。その時初めて『立花雅かのじょ』への気持ちに気づいたらしい。

けれど、実際会ってみたら肝心の私は期待していた令嬢とは大きく異なり、彼はひどく──。


『正直がっかりしたよ』


ひどくがっかりしていた。目に見えるくらい落胆していた。期待していただけに、その分落胆も大きかったのだろう。


──私が『立花雅かのじょ』じゃなかったから。


あの日の青葉の冷ややかなな目を、頭から振り払う。今は目の前で泣いている瑠璃ちゃんが先だと必死に言い聞かせる。


「わたくしはね、制限って必ずしも悪いものだとは思わないのよ。あまりにも自由すぎてしまうと、中には不平等を感じる人達が生じるかもしれないでしょう? そういう人達を守る・・ためにも、ある程度の制限は必要なものだと思うの」


福祉国家だって、資本主義経済が生み出した社会的弱者を守るために、経済的自由を制限している。何かを制限することで守られる人達はきっといるはずだ。


「瑠璃ちゃんは、本当に『立花雅』のことが大好きだったのね」


瑠璃ちゃん、あなたの場合は、彼女を──『立花雅』を守りたかったのよね? 報われなかった彼女の恋心を。


「瑠璃ちゃんが『一条青葉』の選択肢を制限したのは、『立花雅かのじょ』を守るためだったんでしょう?」


私は何も瑠璃ちゃんの行いを肯定している訳ではない。

彼女のしたことは洗脳にも近い『刷り込み』で、決して褒められるものではない。

青葉がほかの令嬢に目もくれないように、『立花雅』と婚約する運命なのだと言い聞かせることで、彼の選択が狭まった可能性があるのも事実だ。

だけど、あなたはいつだって『立花雅』のためを思って行動していた。


「残念ながらわたくしは『立花雅かのじょ』ではないけれど、こんなに自分を想ってくれる人がいるなんて、彼女はものすごく幸せ者ね」


自分の私利私欲を満たすために意識的に行った訳ではないのだから、反省はするべきだけど、自分をそこまで責める必要はないと思うのよ。

私を傷つけたなんて思わなくていいの。私は全然平気なんだから!

だから、涙を止めて、瑠璃ちゃん。またいつもの可愛い笑顔を見せてちょうだい?

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