クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。
11 ねえ赤也、わたくしあなたに話したいことがあるの
この子が、あの『立花雅』か、と鈴は横目でちらりと雅を見る。
「貴方と1度2人っきりで話して見たかったのよ、『立花雅』さん」
赤也は鈴に頼まれたドリンクを取りに行っている。そのため、現在雅は彼女と2人っきりだった。
初対面の人といきなり2人っきりは雅にとって少しハードルが高かったが、どうやら彼女の方は雅を知っているようだった。
「聞いたわ、貴方のこと。貴方が2人の仲を取り持ってくれたのよね? 私からもお礼を言うわ。ありがとう、雅さん」
「いえ、そんな……わたくしは何も」
真面目なトーンの鈴に雅は少しだけ緊張してしまう。実際彼女はそんな大それたことをしたつもりはなかった。
「私もね、赤也とお義兄様のことは少し前から気づいていたの。2人の仲を取り持とうと私なりに頑張ってみたんだけど……全然上手くいかなくて。……ダメね、私は」
雅は何も言えなかった。彼女の頑張りや苦労を何もしらない自分には、何を言っても意味の無い言葉でしかないと思ったから。
「そうしている内にね、お義兄様は自分はきっと赤也に嫌われてるんだとか言い始めてしまって……そんな訳、ないのにね」
誰でもない、自分が何とかしなくては、と鈴は思っていた。姉が亡くなった今、なんとかできるのは自分しかいないのだと。
だから仕事ばかりする義兄に赤也と過ごす時間を増やすように進言したり、亡くなった姉の代わりにまだ幼い赤也の世話をしたりもした。
大好きな姉の代わりにはなれなくても、ご助力できれば、と思っていたのだ。決してそんなふうにはなれなかったけれど。
「まだ出会って数ヶ月なのに、あの気難しい親子の仲をあっという間に取り持つなんて、なかなか出来ることじゃないわ~! 私はそれがとっても──」
──羨ましいわ。そう思っても、言葉にはしない。言葉にしてしまえば、今以上に惨めになる気がして。だから無理に明るく振舞った。
「とっても、すごいことだと思うわ」
そうやって、自分の気持ちをはぐらかして、誤魔化して、押し込めた。こんな醜い感情、この子は知らなくていい。いや、自分が知られたくなかった。
それに、とっさに出た言葉だけど、彼女をすごいと思ったのは嘘ではなかった。
まだ赤也が2歳になる前に、鈴の唯一最愛の姉が亡くなってしまった。元々身体が丈夫ではなかったけれど、こんなに早く亡くなってしまうなんて、神様は残酷だ。
どうして自分を置いていったのかと、姉を恨んだこともあったが、自分よりももっと辛いはずのお義兄様と赤也のためにも、自分だけはいつも笑顔でいようと決めた。
『赤也! 部屋に閉じこもってないで、私と出かけるわよ! 早く準備しなさい!』
『赤也! 勉強してばかりじゃない! 今日は私のショッピングに付き合いなさい!』
まだ幼い赤也が、母親の死をどの程度はっきり認識しているかはわからないけれど、聡い彼はもう母親が戻って来ないことは理解しているようだった。
母親が亡くなったばかりの子どもを連れ回すなんて、普通に考えたら余り良い行いではないのかもしれない。しかし、鈴には無理矢理赤也を連れ回して気を紛らわせることしか思いつかなかったのだ。
「ありがとうございます。でも、わたくしは鈴さんの方がすごいと思います」
気を遣ってくれているのか、雅は鈴の方が自分よりもすごいと言う。でも、今はその気遣いは逆効果だった。過ぎた謙遜は度が過ぎると嫌味になるのだ。
「赤也いっつも1番仲良しの友達の話ばかりするんです。この前はどこに連れて行かれた~とか、少し強引すぎる~とか。ふふっ、嫌々言う割には楽しそうで……その人の話をする時だけはいつものポーカーフェイスが崩れるんですよ」
確かに、昔は少し表情の乏しい子ではあったけれど、今はそれほどではない。いつだって鈴には素直じゃないし生意気だ。
『……今はどこにも行きたくないです』
『いいから行くわよっ!』
『……また、来たんですか? 鈴叔母さん、暇なんですか?』
『失礼ね! 友達のいない赤也の遊び相手になってあげてるのよっ! もっと感謝するべきだわっ!』
『……はいはい』
自分と雅の赤也への印象の違いに少し違和感を覚える。
「でも、さっき確信しました。赤也が言っていたのは、きっと鈴さんのことですよね?」
「……私?」
「はい。わたくし、赤也のあんな焦ったり慌ててる顔初めて見ました。わたくしと話してる時はまだ少し遠慮してるというか……でも鈴さんには心を開いてるんですね。やっぱり、わたくしは鈴さんが羨ましいです」
そうだ。鈴は姉の代わりには、母親にはなれなくても、せめてあの子の1番の友人でいたかったのだ。
それが、突然現れた女の子に奪われた気がして悔しかったんだ。
『今日はどこに行くんですか?』
初めて赤也からそう言って貰った時の喜びは、今でも鮮明に思い出せる。すごくすごく嬉しかった。
泣きそうになるのを必死に堪えて、赤也が決めなさいよと意地を張ってしまった。
本当は赤也が行きたい所ならどこでもいいと言いたかったのだが、鈴も赤也同様に決して素直な方ではなかったのだ。
そんな似たもの同士だからこそ、仲良くなれたのだが、赤也が自分のことをそんなふうに思っていてくれていたなんて、知らなかった。
嬉しくって、悔しくって、切なかった。色んな感情が入り交じって、どんな顔をすればいいのかわからない鈴は、そんな顔を見られたくなくて雅を抱きしめた。
「……やっぱり、貴方はすごい子ね雅ちゃん」
今度は心からそう言えた気がした。
ただの5歳の女の子が2人を変えたなんて、初めは信じられなかった。自分に出来なかったことが、どうしてこんな子どもに出来たのだろう。
さっきまでは、そう思っていた。でも、今ならわかる。この子は純粋で素直で少し鈍いけれど、自分は誰かにとって特別な存在かもしれないって思わせてくれる、信じさせてくれる魅力がある。
雅が言うのなら、本当にそうなのかもしれないと、嫉妬していた鈴でも思ったのだ。雅に対して悪い印象を抱いていないあの2人なら尚更だろう。
まだまだね、私も。それをこの子に気付かされるなんて。
鈴の複雑な心境を知らない雅は、『有栖川赤也』似の美女に抱きしめられてキュンキュンしてしまっていた。
後で自分の兄に自慢しようなんて、そんなくだらないことを考えて独りニマニマしていた。
***
「あれ? 鈴叔母さんは?」
「用事があるからと、他の所へ行ってしまいました」
「自分が飲みたいって言ったのに……」
相変わらず自分勝手な人だな、と赤也は言うけれど、少しだけいじけているようにも見えた。
大好きな叔母様が勝手に居なくなってしまったのが悲しかったのかな? いいなあ、鈴さん。やっぱり羨ましいよ。鈴さん、あなた赤也にめちゃくちゃ愛されてますよ!
「いったい何がしたかったんですかね」
「さあ? 赤也に会いたかっただけじゃない?」
お、照れてる照れてる。満更でもないんだろうな、きっと。
愛されている自覚があることは良いことだ。『立花雅』以外、誰からも愛されていないと思い込んでいたゲーム内の『有栖川赤也』より、どうやら彼は幸せそうだ。
でも、少し不思議だ。ゲーム内の『立花雅』の代わりに、鈴さんからあれだけ愛されているんだ。彼を優しく包み込み、たくさんたくさん愛情を注いでくれている。
なのにどうして、あの時赤也は私が家族ならいいのになんて言ったんだろう。
そういえば、去り際に鈴さんから小さな封筒を1枚渡された。感触から、紙が1枚入っていそうだ。どれどれ……
「これは……」
そのメッセージカードには見覚えがあった。私が赤也の欲しい物がわからないと悩んでいたアリスおじ様にこっそり渡そうと、無理矢理赤也に書かせたものだ。
『サンタさんにお願い、ですか』
『そうよ。今1番欲しいものを書いて。そうしたら、わたくしがサンタさんに渡しておくから』
赤也は少し怪しんではいたけど、思ったよりも素直に書いてくれた。よかったあ~。これでアリスおじ様もプレゼントを渡せるわね。
お父様がプレゼントの話をしなかったら、用意すら出来なかっただろう。男親のみだと、こうもイベントに無頓着になるのだろうか? さすがに赤也が可哀想だ。
『……物ではなくても、平気でしょうか?』
『さあ? わたくしは物しか頼んだことないから、わからないけれど。まあ、平気じゃない?』
用意するの私じゃないしね。少しくらい無理難題でも、今までプレゼントを渡さなかった分、頑張ってくださいねおじ様!
そんなことがあったのが数日前。このメッセージカードは今日会ってすぐにおじ様に渡したのだ。物でないのなら、前準備は必要ないかと思って。
それに、忙しいおじ様に会うのは難しいし、これ以上赤也に怪しまれては困るからね。でも、何故私に?
本人を目の前にして罪悪感が募るが、赤也には背を向けこっそり覗き見る。
『おとうさまにぼくをすきになってほしい』
だいたい想像通りだった。物ではないと聞いていた時点で、おじ様関連の内容なのだろうとは思っていた。
よかったね。願いが叶って。きっと、今夜は赤也にとって最高のクリスマスになっただろう。
ふと、鈴さんの最後の言葉が気になる。
『赤也へのプレゼント、どうするかは貴方が決めて』
もう1度、よくメッセージカードを見る。すると、裏に小さな字で書かれていた。
『みやびさんをぼくのおねえさまにしてください』
それは、本当に本当に小さな字だった。これじゃあ、サンタさんだって見逃しちゃうわよ。
『……雅お姉様?』
『わたくしのような者を姉だなんて敬わなくていいんです。ですからそのまま雅と呼んで下さい』
『雅さんが、ぼくの家族だったらいいのにな……』
『わたくしはあなたの家族にはなれないわ』
あの時もあの時だって。いつだって私は、赤也を拒んだ。そして突き放した。
赤也は誰でもいいのだと思ったから。自分の寂しさを埋めてくれて、アリスおじ様や蘭さんの代わりになってくれる人なら、誰でも。
だから何度も突き放した。でも、違ったのね。赤也はいつだって私を、私自身を見てくれてた。『有栖川赤也』はきっとこう思ってると決めつけて、目の前の貴方を見ていなかったのは私のほうだ。
「ねえ赤也、わたくしあなたに話したいことがあるの」
あなたに、とっておきのクリスマスプレゼントを。
ねえ、今更だけど、こんな私でも、貴方は姉だと慕ってくれるかしら。
          
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