異世界の魔女と四大王国 〜始まりの魔法と真実の歴史〜

2-5. 専属医師

 ユウリの傷口に薬を塗り終え、大きめの絆創膏を貼りながら、オットーは素朴な疑問を口にした。

「で、君の『最小限』って、一体どういう頻度をいうのかな?」

 う、と言葉に詰まる彼女に、オットーは出来の悪い子供を見るような目を向ける。

 先日正に青天の霹靂で医療塔に現れた《始まりの魔女》と呼ばれる少女は、どういったわけか生傷が絶えない。
 学園長の命令に背く気は毛頭ないが、オットーはほぼ二日に一回という頻度で訪れる彼女にサボり時間を削られ、少々うんざりしていた。

「なんだか、やっぱり、ユージンさんが余計なことした気がするんです」
「ユージンくん? ああ、あの正論で相手ぶん殴りに行って状況悪化させそうな子ね」
「その通りなんですぅううう! オットー先生なんでわかるの!?」
「そりゃあ、君たちより長生きしてる大人ですからね」

 ユウリによると、ユージンが考えた対策として『イジメ、ダメ、絶対』とか『加害生徒処罰の事例』とかいったものを、ご丁寧にもカウンシル名義で掲示板に貼り出したため、嫌がらせがより陰湿化したという。
 一人の女生徒のためにカウンシルが動いた事実に、他の生徒達は嫉妬と羨望をより高めたのだろう。
 更にそのことによって、ロッシから『心理学でも学び直せ』と嫌味を言われたユージンが超絶不機嫌で、執務室での指導時間が地獄らしく、本日の医務塔訪問も、彼から半ば八つ当たり的に、普段ならなんとも言われない傷を見咎められてのことらしい。

「でも、先生にやってもらうと、いつもより早く綺麗に治るんで嬉しいです」
「ああ、そりゃどうも」

 ふにゃりと無垢な笑顔で笑われて、オットーは複雑な気分になる。

 オットーが、純粋に修めた《物理医療技術》は、『失われた魔法』よりも更に古い『失われた知識』の一つとされている。
 《始まりの魔女》が現れてから魔法が産まれたことにより、置き換えられ廃れてしまったそれ以前の事象や知識、技術を総じてそう呼ぶ。
 はるか東方に伝わる御伽噺の中でそれに出会った幼いオットーは、その魅力の虜になった。
 誰しもが持っている魔力、誰もが使える魔法——それらが存在する以前にあった技術。
 一切の魔力を使わずに己の手と道具だけで人を治すといった、一見荒唐無稽なようでいてその実人間の本質に迫ったような錯覚を覚えるこの技術は、人体に関する膨大な知識を必要とし、また、それを扱う繊細な技術を身につけなければならず、それらを持つ限られた医師のみに使用が許されていたようだ。
 特別な者のみに許された特別な技術は、純粋な好奇心と、子供っぽい承認要求を満たすのに丁度良かった。
 マイナーな学問の中でも極めてマニアックなそれを学びたいがために、その研究の第一人者が属する医療学校に進学したのだ。
 実用には程遠いその技術を、まさか自分が実際に職務の一環として使用する日が来るとは思ってもみなかった。

に、今君が頼っているなんて、面白いな」
「え?」
「なんでもない、独り言だ。ほら、一応予備の湿布と傷薬持って行っとけ」
「ありがとうございます」

 ——《魔女》専属医師という肩書きも、まあ悪くはないか

 オットーは走り去っていくユウリの背中を見送りながら、そんなことを思った。


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