全スキル保持者の自由気ままな生活

ノベルバユーザー255253

最終話 神

 ——それはある春の日。
 学園の授業が終わり、私は筆記用具を鞄に仕舞っていた。

 「ねぇカエデ?明日お花見しない?皆がいいスポット見つけたって言ってたから」

 「そうだね。春だし、桜が満開の季節ぐらいゆっくりしてもいいよね」
 
 「そうだよ!勇者の責務は一旦置いておいて、明日ぐらいゆっくりしようよ」
 
 勇者。その言葉を聞いただけで記憶に変なモヤがかかる。
 最近、どうしてもそのモヤについて違和感を覚えてしまう。
 
 「ん?どうしたの?」
  
 「……何が大事な事を忘れてる気がするんだけど、ルーナは何か心当たりある?」
 
 「それ、私も偶に思うんだよね。なんだったかな……そう!確か勇者について考えていた時だったかな?記憶にモヤがかかったような……。でもおかしいよね。だって勇者は今私の目の前にいるんだから」

 「うん……」

 ルーナのその言葉に私は更に不可解さを募らせる。
  確かに私はこの世界に一人で来た。女王様にこの世界に呼んでもらって、一人で様々な境地も救った。そのはずなのに私の記憶の何かが違うと叫んでいる。
 
 「それより、早く帰ろ?私、もうお腹ペコペコだよ~」
 
 「うん……」
 
 「やっぱり元気ないね?そんなに気になるの?」
 
 「今まで忘れるって言うことは私には一度もなかったの。……思い出せないなんて」

 「まあ、そのうち思い出すよ」

 そうかな?
 私はそう思ったけど、幾らここで考えてもしかない。そして私は今日、その事について考えることをやめた。

 
 翌日。

 「おーい!こっちこっち!」
 
 Sクラスの皆が大きな桜の木の下で手を振っている。
 私とルーナはそこへ向かった。

 「お弁当。料理長に相談したら最高級の春の食材で作ってくれるって言ってた」
 
 「早く中身を開けようぜ!」
 
 カーマが早く開けようと急かす。ルーナは弁当を開き、最高級の料理、私が伝えた春野菜を沢山使った料理がおせちのようにお弁当箱に詰め込まれていた。

 「「「うわぁぁっ!」」」

 弁当箱に皆興味津々だった。

 ——ふとその瞬間、桜の木から一枚の手紙が落ちてきた。

 「何これ?手紙?」

 皆の視線が弁当に向いている間に私は手紙の封を破り、中を見る。

 〈今から2-Eクラスで会えないか? 透より〉

 それは丁寧とは言い難い日本語で書かれていた。
 私はそれを見た瞬間、無意識の内に走り出した。
 透——その名前を聞くと、妙に胸が締め付けられる。忘れたくない人。忘れちゃダメな人。私の頭はその人のことで渦巻いていた。
 どれだけ走り続けただろう?いつの間にか私は指定された教室の前にいた。
 ガラガラと扉を開ける。

 『久しぶりだな。もう半年も経つのか……』

 目の前にいた光り輝くその少年は私のよく知る人物だった。

 「透……」

 『おう』

 なんで私は今の今までこんなにも大切な人を忘れてしまっていたんだろう。
 こんなにも愛おしい人を。
 
 「透っ!」
 
 私は彼に抱きついていた。

 『すまないが、もう時間が無い。よく聞いてくれ』

 透は私を引き離し、目と目を合わせる。
 彼の顔に浮かんでいたのは、再開の喜びではなく、真剣な表情だった。

 『端的に言うが、俺は死んだわけじゃない。魔王を倒して神になっちまったんだ』

 「……どういうこと?」

 『確かに魔王は倒した。だがその代償に、俺以外の世界の全てが死んだ。だから俺は皆を生き返らせるために神になった』

 私は驚きの事実を告げられる。

 『この世界には魔物は跋扈しているが、もう最強の魔王は復活することは無い。だから、もう楓は勇者に縛られなくていいんだぞ』

 「嫌だ……!私が勇者じゃなくなったら、透との繋がりが何も無くなっちゃうっ!!」

 『無くならないさ』

 透は自分のアイテムボックスの中からある剣を取り出す。

 『いつもこれを持ち歩いてくれ。だけど鑑定は後でな』

 透は私に最後の言葉を語り始める。

 『皆によろしく言っといてくれ。……って言っても楓以外は俺に関する記憶はまだ解除していなかったんだっけな』

 「どうして……どうしてあんなことしたのっ!?」

 『どうしてって……俺がどこか行ったら皆本気で心配するだろ?そんな姿は見たくねぇんだよ』

 「……バカっ!」

 私は透に向けて力の乗っていない拳をぶつける。 

 『そして最後だが——楓は神になる素質を持っている。なんたって俺と同じ全スキル持ちだからな』

 透は私の頭を撫でた。
 かと思うと、彼の体が一際明るい光に包まれる。

 『すまん……もう時間みたいだ』

 「そんな……」

 『大丈夫。楓は強い。だから元気出せよ。な?』

 透は私に説くように言う。

 『泣いたっていい。もう勇者の枷に縛られなくていい。だから元気出してくれ。俺はいつまでもアソコで見守ってるから』

 透は上に指を指す。

 「うん……!」

 『いい返事だ。じゃあなっ!』

 そして透は天に登って行った。

 「……ひっぐ……っ!うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 それから私は泣き続けた。
 泣かない。そう覚悟を決めていたはずなのに、その我慢は決壊した。
 涙が溢れ、私の喉が彼から離れたくないと叫んでいる。
 その涙が止まるのは、思っていたよりもずっとずっと先だった。

———————————————————

 「本当にあれで良かったのですか?人が神に至るなんて聞いたことがありません。あなたは残酷な運命を彼女に押し付けているんじゃないのですか?」

 「そうでもないさ。なんたって楓は俺と同じ条件にある。それに純粋な戦闘力ならともかく、技術なら少なくともあっちの方に分配が上がるし、知識量だってそうだ」

 「それでも……あなたが一年半で神にまでなれたのは魔王という莫大な経験値があったおかげです」

 「経験値という面なら大丈夫だ。なんたってあの剣があるからな」

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 <ハイルブレード>

 別名を愛の剣とも言い、所有者の異性への愛により、経験値獲得量が増加する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「あれがなんだと言うのですか?」

 「あれの最大経験値獲得増加量の倍率は——一億倍だ」

 「っ!?」

 その事に神様は流石に驚いていた。

 「当たり前だろ?ヒヒイロカネを圧縮して使い、俺の最大限の魔力で効果を共有できる状態にしてから仕上げた一品だぞ?効果が、経験値獲得量増加しかないのと、異性への愛がなければそもそも効果を発揮しないのが欠点だが、それでも今の楓には十分だ」

 「……あなたはそれがどんな事か分かっているのですか?」

 「もちろん。だから俺が楓を監視する。もしそれが他人の手に渡るようならば、俺が責任をもって破壊しよう」

 「……はぁ。あなたの愛は私では止められないのですね。しくしく」

 「そういうこと。じゃあ俺は仕事に戻るな」

 「はい。あなたの幸運を祈っております」

 「ありがと」

 俺はそう言い持ち場に戻った。


 それから十年が経った。
 俺は緊張した面持ちで目の前の扉を見ている。
 すると、扉が開き、中からある人物が転がり込んできた。

 「よ、よう?」

 「透っ!」
 
 邂逅一番に楓は俺に抱きついた。

 「透透透透透透っ!!」

 「ちょ……楓さん?怖いんですけど?」

 「嫌っ!」

 それからしばらくの間、楓は俺の名前をずっと連呼した。

 「私……頑張ったよ……」

 「ああ。すげぇよ。俺もまさかここまで短期間でこのレベルに至るとは思ってなかった」

 「それも透が渡してくれたあの剣のおかげだよ」

 神へと至るにはレベルが無量大数いるとされている。無量大数とは10の64乗。つまり、十を64回かけた数だ。
 一レベル上がるにはそのレベル×100必要でつまり10の66乗もの莫大すぎる経験値が神になるための条件になっている。
 そして経験値最大倍率はハイルブレードの効果を入れても約数京倍なのだ。
 それをコツコツと頑張って経験値を貯めた楓は純粋にすごいと言えるだろう。

 「じゃあ、行こう?」

 「……そうだな。神様には迷惑かけるが、これも仕方ないだろう」

 「何が仕方ないですって?」

 「げっ!?」

 「はぁ……」

 神様は俺の方を見て呆れ返っていた。

 「私が楓さんの神界門を開いたんですよ?一緒にいないわけないでしょうに」

 「そうだった……」

 「……止めはしません。ただ一つ条件があります。神の力は使わないでください」

 「まあ、そうだろうな。神が世界に干渉する危険性は重々承知している」

 「なら、安心です」

 それだけ言うと、神様は何も言わなくなった。
 
 「じゃあ行くか」

 「うん!」

 満面の笑みで楓は俺の手を握る。
 そして俺は地上へ向けて一歩、足を踏み出したのだった。

                     

                                              ——完——
 

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