異世界でも目が腐ってるからなんですか?

骨嶽ムクロ

10話目 後半 アナザーシステム

「それじゃあ君は……ずっとヤタの中にいたのかい?」

 ダンジョンの主がいなくなった部屋から脱出するマルスたち。
 その後もアナザーシステムと名乗るヤタの人格が体を動かし続けている者にマルスが質問していた。

【はい、一般的な知識に疎い彼を補助するための私ですので。それと私のことは「アナさん」とお呼びください】
「わかったよ、アナさん♪アナさんは女の子の声をしてるけど、女性なのかな?」
【それは正確ではありません。アナザーシステムに性別はありません。宿主である八咫 来瀬が不快に思わない性別の音声を再生しているに過ぎません】
「そ、そうなんだ……?」

 ヤタの世界であれば「AI」という言葉がしっくりくるが、この世界の科学はそこまで発展していないがために機械的に話すアナザーシステムの有り様に戸惑う二人。

「それよりもダンジョンの主が逃げたって言ってたけど、そういう居なくなり方をしたらダンジョンってどうなるのかな?」
【消滅ではなく逃亡した場合はダンジョン自体はそのまま残ります。代わりに主としての資格を失うため、一般的に「魔王の行進」と呼ばれる現象が起きることはありません】

 アナの言葉にホッとするマルス。それでも彼の不安は消えていなかった。

「そうか……でもあれだけの力持った魔物が外に出てしまったら危険なんじゃ?」
【恐怖による混乱は一時的なもの。しばらくすれば自由に動けるようになり、近くの人里を襲うでしょう】
「それじゃあ早く行かないと……うっ!」

 走り出そうとするマルスだったが、頭を抱えてふらつく。

「大丈夫かい、マルス君?」
「え、えぇ、少し頭が……」
【九尾の幻術による影響で脳へ軽い負担がかかっています。当面の間は睡眠での安静を推奨します】
「寝て休め、か。僕もいつもみたいに体を動かそうとすると頭が痛くなるのはそのせいなんだね。でもこのまま何もしないというわけにもいかないよ、あんなのが暴れたら確実に近隣の町や村が滅茶苦茶になっちゃうしね」

 ルフィスがそう言うとマルスたちより前を歩いていたアナがピタッとその場で止まり、彼らの方を振り返り短剣を投げ付ける。
 短剣はマルスとルフィスの間を抜け、彼らの背後にいたイグアナのような魔物の頭部に突き刺さった。

【しかし戦闘力が著しく落ちているあなた方では一般人並に足でまといに成りかねます】
「はっきり言うな〜♪……でもさっきの調子じゃ、あながち間違ってないかもしれないね……」

 手を握ったり広げたりして自分の体の調子を確かめるルフィス。
 明らかな身体機能の低下を感じ取り、また九尾の幻術に対する対抗策が見つかっていないことから、再び戦ってもさっきの二の舞になってしまうことが予想できた。

「でも……だからって何もしないのは……」
【……人間の心理から推測するに、あなた方のやろうとしていることは自己満足のエゴかと思われます】
「「……えっ?」」

 魔物から短剣を抜き取りながらそう言ったアナの言葉にマルスたちがキョトンとする。

「エゴって、そんな……」
【強力な力を持ち、その力で他者を救っていると感じることで優越感による幸福を得ようとしていると思われます】
「それは違う!僕は本当に助けようと――」
【しかし、今のあなた方にはその力がありません。足でまといになるとわかっていながら何故前へ出ようとするのです?】

 アナの前方に再び骸骨型の魔物が二匹出現し、その手に持っていた棍棒を振り上げてアナを攻撃しようとする。
 すると反撃しようとするアナの両脇から攻撃が飛び、二体の骸骨がバラバラに散る。

「……それがエゴだとしても、僕は誰かを助けたい!たしかに優越感を感じたいのかもしれない……でも英雄と呼ばれなくてもいい、ただ僕自身が英雄であろうとしていたいだけなんだ!」

 振り向くアナにマルスが迷いのない眼差しで答える。

【……一時的に戦闘力の飛躍を確認……ステータスに変化無し……生物特有の「気力」によるものと判断。九尾の幻術に対する耐性の獲得を確認……やはり生物とは……いえ、人間とは理解しの範疇を超えていますね】

 アナは驚くような仕草も見せずにそう言い放ち、マルスたちの間を通ってさらにその先の道を歩き始める。
 すると間もなくアナが足を止め、その場で立ち止まった。

「どうしたの?」
【……気配が消えました】
「え?」

 マルスたちが「何の?」と聞こうとするも、ただならぬ雰囲気を出して道の先を見据えていた。

【……九尾の反応が消失。体内を侵食していたウイルスも感知不可。少なくともこの付近一帯での反応を感じ取れなくなりました】
「なんだって?」

 マルスが訝しげな表情をして聞き返す。

「九尾が死んだってこと?」
【……もしくは逃れる術を持っているかのどちらか。しかし少なくとも、今の九尾に後者を実行するほどの判断力は取り戻していないはず。不可解な現象です】
「まぁいいじゃないか。とりあえずの危機は去ったってことで」

 気軽にそう言うルフィスの言葉に、マルスが苦笑いしながら「それもそうだね」と同意して答える。

「あ……うぁぅ……」
「ん?」

 するとどこからか呻き声のようなものがマルスたちの耳に届く。
 しかし呻き声と言うよりは、幼い赤ん坊のような声だった。
 最初に気付いたマルスが声のした方を見ると、そこには本当に赤ん坊が地面へ放り出されていた。

「なっ!?」
「赤……ちゃん……?」

 唖然とするルフィスを他所に、マルスは急いで駆け寄って赤ん坊を優しく抱き上げようとする。
 ……がしかし、その手が直前で止まった。

「どうしたんだい?」

 「ソレ」を見たルフィスもまた目を見開き驚く。
 地面に転がっていた赤ん坊、その髪と目は赤く、頭には獣耳が生えていた。
 そして小さくはあるものの、九本の尻尾が背中でうにょうにょと蠢いている。

「九、尾……?」

 信じられないと言った風に言葉にしたマルス。
 そこにアナも顔を覗かせ、ジッと見つめる。

【……ウイルス反応無し。しかし細胞組織の統合が一致。同一人物である可能性大。恐らく九尾で間違いないでしょう】
「どうして……?」

 ふとアナが気配を察知し、出入り口に向かう通路の先を見ると、そこには赤紫色の髪をサイドテールにした少女が物知り顔でニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて覗き見ている。
 それは特異な力を手に入れて変身したグロロの姿だった。

【……そういうことですか】
「どうしたの?」
【いえ、何でもありません】

 何をしたまではわからないが、グロロが何かをしたということだけは察したアナ。
 そしてグロロはすぐに姿を消した。
 何を意図して現れたのか……
 ただの偶然か、何か理由があって現れたのかはわからない。
 しかしアナにとっては九尾の幼児化の原因がグロロにあったという結果を知ることができれば、あとは理由について疑問に思うことはなく、追求する気はなかった。
 あくまで機械的に。
 人間のような探究心を持ち合わせていないアナにはそれだけで十分だった。


 〜数十分前〜
 九尾は全裸のままの人型状態でダンジョンの中を走り続けた。
 殺しても死なない敵、幻術にもかからない未知の敵が現れ、大きな不安を抱えていたところにアナによる体内のウイルス操作によってそれが恐怖となり、呼吸が乱れ涙を流すほどにひたすらに走り続ける。
 そんな彼女の前方に一人の人物が現れた。

「っ!?」
「ん?なんだ、ずいぶん珍しい者がおるな」

 赤紫色のサイドテール、ここで九尾は人型のグロロと出会った。

「亜種が裸で……いや、その気配は我ら魔物に近い。しかしそれほどの気配を持ちながら何に怯えているんだ?興味があるな……よかったら妾の仲間になって話でも――」

 一人考察した後に勧誘しようとするグロロだったが、途中で九尾が攻撃を仕掛ける。
 九尾の攻撃は素早く、一瞬でグロロの喉元を掻っ切ってしまう。
 だが……

「……恐怖で判断が鈍っているのか?それとも単純に妾が敵と認識されたか……まぁいい、どちらにしろ交渉は決裂だな」
「っ――」

 またもや攻撃の効かない敵。
 背筋をゾッとさせた九尾が急いで振り向くと、そこには眼前一杯にドロドロとした黒い半流動体のものが広がっていた。
 そして九尾が次の行動を行う前に――バクンッ!
 九尾の全身は半流動体のドロドロに飲み込まれ、ソレはすぐに人の形をしたグロロに戻った。

「人は襲わないと約束したが、魔物なら問題あるまい……んぷっ」

 人型に戻ったグロロの腹は妊婦のように膨れており、それが上の方へと上ってグロロの口から赤ん坊が吐き出された。

「ンギャー!ンギャー!」

 元気良く泣き叫ぶ赤い髪と耳の付いた赤ん坊。
 それは養分のほとんどをグロロに奪われた九尾の哀れな姿だった。

「ほう、ダンジョンの魔物を食べようとするとこうなるのか?いや、こいつが特別なのか……ともかく妾はお前さんをその姿にしたとはいえ育てる気はないからな。妾たちは魔物、責任どうのこうのと言うような人間の道徳ではなく弱肉強食の世界で生きているのだからな」

 グロロはそう言うと九尾の赤ん坊を道のど真ん中へとそのまま置いた。

「さて、人間に拾われて育つか、はたまた他の魔物の養分になるかは運次第……おや?」

 グロロがふと九尾が来た道の先を見据える。

「この感覚は……八咫 来瀬か!ということはこの魔物も?あはは、またお前さんなのか!なるほどなるほど……娘、どうやらお前さんの運命はあの人間たちに委ねられたようじゃぞ。お前さんを九尾だとわかった瞬間に殺してしまうかもしれぬが……さてさてどう転ぶか少し離れて見るとしようかな」

 グロロはそう言うと来た道を引き返し、ギリギリのところまで離れて隠れ、マルスたち一行のやり取りを見ているのだった。

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