異世界でも目が腐ってるからなんですか?

骨嶽ムクロ

2章閑話 前半 次の町へ

「――というわけで、ベラル君とシルフィ君には、当分の冒険者としての活動禁止を言い渡す」
「えっ……」

 協会本部にて、ヤタとの騒動があった次の日。
 昨日にヤタたちの処分を言い渡した場所でウルクはベラルとシルフィを呼び出し、彼らにそう告げる。
 その場には事情を確認するために、協会に務める職員も集まって同席していた。
 予め聞いていたベラルは驚くことはなかったが悔しそうな顔をして俯く。

「どうして……?」

 シルフィは彼が最初に聞いた時と似た反応を示していた。

「『ヤタ』という男の名に心当たりはあるだろう?」
「っ……!?」

 ヤタの名前を言われ、すぐに状況を理解するシルフィ。

「で、でも彼は!」
「ああ、知ってる。彼がもう普通の人間じゃないことも。でなければ今頃、君たちは活動禁止では済まず、衛兵に突き出していたところだろうな」
「「っ……!」」

 遠回しに「お前たちがやったことはただの殺人だ」と伝えるウルク。
 その発言に二人は言葉を失う。
 彼らが沈黙してしまったのを見たウルクは呆れたように溜息を吐く。

「意思疎通ができなくなってしまうような完全な魔物になってしまったのならまだしも、彼は違うのは見てわかる。なのに君たちは軽率な行動を取ってしまったんだ」

 ウルクが一度そこで口を閉じ、しばらく二人の様子を見て異議を唱えないのを確認すると言葉を続ける。

「……だが幸いにも、彼の力は『死ななくなった』ことらしい。そしてこの判断は彼の意見を聞かずに下した独断だが、人ではなくなった彼を一度殺してしまったのは『仕方がなかった』ということで、今回のような軽い処分にした。本人も何も言わなかったから気にしてないだろう」

 シルフィの焦りは段々と濃くなり、なんとか現状を抜け出そうと発言する。

「で、でも……冒険者の活動ができないとまともに暮らせなくて……」
「なら留置所に行った方がよかったか?」

 ウルクが彼女に厳しい目と口調を向けると、シルフィは項垂れて引き下がる。

「……正直言うと事態が事態なだけに前例がなく、ただでさえ扱い難いんだ。誰も納得しない結果になっただろうが、それでも理解はしてくれ」

 そう言われて渋々頷くベラルとシルフィ。
 ウルクも彼らが納得できないことを理解しつつも仕方ないと結論付け、解散してそれぞれ仕事に戻るよう伝えて部屋を出る。

「……ん?」
「……」

 するとそこに黒いオーラを纏ったララがいた。
 そんな彼女を目撃した周りの冒険者たちはその場を立ち去るか、隅のテーブルに固まって怯えているようだった。

「ど、どうしたんだ、ララ?」

 あまりの気迫にウルクでさえも動揺を隠せないまま声をかけた。
 するとララはポケットからクシャクシャになった紙を取り出し、ウルクの近くの受付テーブルに大きな音を立てて叩き付ける。
 その激怒した行為に屈強な外見をした冒険者、部屋から出てきた職員たちやベラルとシルフィが驚き大きく肩を跳ねさせた。

「これは……」

 対してウルクは冷静にその紙を拾い、広げて中身を見る。

「……何も書いてないじゃないか」
「ウルクさん……多分裏です」

 アイカの指摘に「あっ」と声を漏らすウルク。表には出していないだけで、彼もまたララの剣幕に気圧されていたのだ。
 ウルクは「すまんすまん」と笑いながら軽く謝り、改めて紙に書かれた内容を見る。

「……そうか、行ったか。早朝とは決断が早いな……まぁ、この町に来て数日なら未練もないか」

 ヤタらしく書かれたその紙を見て微笑ましく笑うウルク。
 しかし彼は、それとララの機嫌が結び付かず首を傾げる。

「何が気に入らないんだ?見たところちゃんとした別れの手紙らしいし、それを書いてるだけでしっかりしてると思うが――あだっ!」

 疑問を聞こうとしたウルクの臀部に、アイカが蹴りを入れる。

「な、なぜ……?」
「女心がわからない人は少し黙っててください」
「お、おう……」

 ニッコリと笑みを浮かべて言い放つアイカに、蹴られた臀部を擦りながら下がるウルク。
 上司であるにも関わらずそのぞんざいな扱いに、他の冒険者から「うわぁ……」と同情の声が上がる。
 アイカはそんな彼らから向けられる視線など気にせず、ララの前に立つ。

「ララ様」

 女性として平均的な身長を持つ彼女がララと並び立つとその身長差が大人と子供くらいに目立つが、アイカはそれを全く気にしていない落ち着いた雰囲気で目を合わせていた。

「もし、ヤタ様を追いかけたい気持ちがあるのなら、その気持ちに従った方がいいかと」
「……!」

 実のところ、ララは自身の怒りが何なのかを理解していなかった。
 彼女の中では「ヤタが何も言わず消えた」「短くとも一緒に戦ったパーティなのに」とモヤモヤしたものが渦巻いていた。
 ただそこには「なぜそんな気持ちになっているのか?」がなく、それがモヤモヤしていた原因だったのだ。
 それをアイカに指摘され、一気にスッキリするララ。
 先程までのピリピリした雰囲気も消え、ウルクを含めた冒険者たちがホッと胸を撫で下ろす。

「ララちゃんのあんな怒ったところ見たの初めてだったな……」
「本当に。大体何があっても怒ることも笑うこともしなかったのにねぇ……」
「……その理由が男を追いかけたいからとはね」

 誰かが放ったその一言に、時が止まったように空気がピシリと凍った。

「……え?何この空気?」

 今し方、無神経な発言をした女が一人困惑する。
 しばらくしてララがその声のした方へ、錆び付いた機械のようにギギギとゆっくり振り返る。
 その表情は驚きと僅かに頬を赤らませていた。

「おいおい、別にソッチの意味で言ったわけじゃねぇんだけど……本当に『そう』だったわけ?」

 驚いていた女は次第にニヤニヤといやらしい笑みに変わり、その場にいた者曰く、オモチャを見つけた子供のようだったとのこと。

「おーい、お前らァ!ララちゃんが恋しやがったぞ!しかもよりによってあの変な目をした奴だ!」

 空気を読めない者……ヤタの世界ではKYと呼ばれる行為をする女が静寂の中でそう叫ぶ。
 普通なら異様な空気の中で場違いなテンションに身を任せれば後悔するのが関の山。
 だがここはヤタの住んでいた場所とは違う世界であり――

「おう、そうだ!俺たち子供みたいな娘の門出を祝わなきゃな!」
「おい、誰か祝杯をあげろ!」
「たしかここに祝い事にピッタリなもん注文できなかったっけ?」
「ああ、アレだろ?妊娠した時に出す魚」
「もうそれでいいんじゃないか?どうせ次会った時にはガキの一人か二人くらいこさえてるだろ、多分」

 ――冒険者は良い意味でも悪い意味でもノリが良いのだった。
 そして話がどんどんと誇張されていく中、完全に置いていかれてしまっている当人が顔を赤くして震えていた。
 冒険者の気性を少なくとも知っていたアイカは自分から話を切り出しただけに怒るに怒れず、「あー……」と声を漏らして苦笑いだけしかできない。
 すると震える彼女の肩にウルクが手を置く。

「まぁ、こいつらはただ騒ぎたいだけだ、気にするな。それよりも追いかけたいなら今すぐにでも追った方がいいんじゃないか?」
「……?」

 首を傾げるララにウルクが地図を見せる。

「ヤタは借金持ちで、しかも日銭も稼がなくちゃならない。だったらこの町から離れるとしても近場で数日分は稼ごうとするはずだ。だとしたら……」

 ウルクがそこまで言うとララはその言わんとすることを察し、その地図を持って走ってその場を去って行ってしまう。

「あ、地図……ま、選別ってことでいいか」
「本当に娘を見送る父親みたいならこと言いますね」

 彼女の背中が遠のくのを腕を組みながら微笑んで見送るウルク。
 そのウルクの横へアイカが立つ。

「……あーあ、この町の貴重な戦力が一気に減っちゃいましたよ」

 嫌味っぽく言うアイカに、ウルクが苦笑いで返す。

「しょうがない、生きていればこんなこともあるさ」
「こんなこと、そうそうあってほしくないんですけどね」
「たしかにな」

 ウルクはハッハッハと軽快に笑うと、その表情がすぐに暗くなる。

「アイカ、ヤタの状態をどう思う?」
「『殺しても死なない』ですか……」

 ウルクの問いにアイカが唸って悩む。

「……話を聞く限り、あまり羨ましくはありませんね。リビングデッドに噛まれる時点でアウトですし、そもそも不老不死というやつなのかわかりませんから。老いてからも長生きなんてしたくありませんよ」
「いや、たしかにそうだが、そうではないんだよなぁ……」

 そう言うウルクの表情が真剣なものへと変わる。

「怪しいと見たことのないモルモットと思われる魔物……どう見る?」
「この近辺で施設を作る場合、必ず報告があるはずです。それが秘密裏に、しかも人目のない場所で行われてる時点で明らかに良くないことの前兆があります。これが我が国がやってることならまだしも、もし他の国が行っているのであれば、現在国同士が結んでいる条約の違反行為……最悪、宣戦布告と取られて戦争になりかねません」
「そうなんだよな……ああ、報告が面倒臭ぇ!」

 頭を抱えていたウルクが、騒ぐ冒険者に紛れて子供のように両手を上げて叫ぶ。
 横でアイカが「うるさいですよ」と言っていても気にしていない。

「報告が遅れると、後々もっと面倒なことになるのはわかっているでしょう?早くやりなさい」
「君は俺の女房か……?」
「年の差以前にあなたのような世話のしがいがありそうな夫は要りません」

 アイカの口から次々と吐き出される辛辣な言葉に、ウルクが肩をガクッと落とした。


 一方でララは、ヤタ向かったとされる次の目的地に向かうために幌馬車へと乗り込む。
 そんな彼女の表情は起床した時とは違って腫れ物が落ちたかのようにスッキリしていた。

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