異世界でも目が腐ってるからなんですか?

骨嶽ムクロ

6話目 後半 自首

「い〜らっしゃいませいらっしゃいませ!よ〜こそおいでくださいました!ワタクシ当館の責任者をしております、プライナと申します!以後、お見知りおきを……」

 フレディに道すがら事情を説明しながら、その案内の元に奴隷商人のいる館へと着いた。
 そこにいたのはゴマを擦って頭を低くしている筋肉ゴリラの男だった。
 筋肉ゴリラと言っても冒険者にいるような巨体ではないけれど、服の上からでもわかるほど筋肉が付いた体格。
 頭を下げ中腰でにこやかにしているにも関わらず、なぜか覇気を感じざるを得ない威圧感……
 間違いない、この人の機嫌を損ねれば、この場にいる全員殺される!そう感じる何かが彼にはあった。

「彼も副業ではあるが、冒険者だ。しかもそれなりに名の通るくらいに実力もある」

 フレディがプライナという男の簡単な紹介をしてくれる。
 マジかよ。絶対「それなり」じゃ済まないくらい強いだろ、この人……

「それで今回はどういったご用件でしょう?ご存知かと思われますが、ワタクシたちは奴隷の取り扱いを行っております。貸し出しから売買まで、戦闘に特化した者から家事洗濯を得意とする者まで幅広くおりますゆえ……ああ、そうそう」

 親切に説明してくれていたプライナさんが何かを思い出したように言うと一気に詰め寄ってきて、俺以外に聞こえないよう耳打ちしてきた。

「……夜のもあらゆるジャンルの娘を取り揃えていますので、もしご所望でしたら後でワタクシがこっそりご用意いたしますので、ぜひ仰ってください……」

 ねっとりするような言い方に背筋がゾッとし、さらに加えて彼の言葉に意味深な意味が含まれてることに数秒後気付いてしまった俺は、どう答えていいかわからないまま固まってしまった。
 そしてプライナさんは優しく微笑んで囁く。

「お待ちしております」

 余計なお世話だ!と言いたいけれど、口には出さず心の中にしまっておく。気を取りな取り直そう。

「今回は彼女を引き渡したい」

 俺がそう言ってレチアを示すと、プライナさんは表情を引き締めて彼女の耳や尻尾に視線を移す。

「なるほど、亜人……では手続きを始めましょう」

 何かを察したのか、理由も聞く前にいきなり話を始めようとするプライナ。

「あ……ちょっと待ってくれないか?」
「安心してください。ここですと他のお客様の邪魔になってしまうので、細かい話は別室で、というだけです」

 ……本当に、どこまで察してるんだろうか。
 そしてその場から離れ、簡易的な個室に通されて俺たちは予め用意されていた椅子に座る。
 プライナさんは向かい合うように反対の席に座り、数枚の紙とペンを机の上の手前に出した。

「ではまず、彼女が奴隷として売られる理由をお教えください」

 「理由を」と言われ、どこまで答えればいいものかと考えながら答える。

「賊の手助けをして、人の誘拐をした」
「ああ、それはそれは……」

 口は微笑む程度に笑っているが、目は真剣に紙に向けられ、文字を淡々と綴っている。

「彼女は元は何を?」
「冒険者、ですにゃ……」

 今度は俺でなく、レチアが弱気に答える。
 彼女自身、これから売られてしまうと思っているのだから落ち込むのも当然か……

「冒険者……では戦闘がお得意で?」
「見習いなので得意と言えるほどではにゃい……ちょっと人より速い程度にゃ」

 アレがちょっと速い程度なのか?と、レチアがゴブリンを二匹倒した時のことを思い出す。まぁ、そこら辺は口には出さないけど。
 そこからは「年齢は?」とか「家事や洗濯は?」など、これから奴隷にされるとは思えない質問をされた。
 その後に「男性経験は?」という質問をされ、レチアが顔を赤くしながら俯き、無言になってしまった。

「わかりました、では最後に。あなた方は彼女をどうしたいのですか?」
「え……?」

 プライナは「あなた方」と言ったが、ハッキリと俺を見据えている。完全に俺に対する問いかけだ。
 レチアも驚いた声を出して俺の方を見ている。
 こいつには全て見透かされてるとまではいかなくとも、俺の考えはある程度わかっているのかもしれない。
 だったら下手に隠すのも悪手か。

「正直言うと、俺はレチアを奴隷にするのは反対だ。たしかに彼女は誘拐を手助けしてしまってたがら大切な人を人質に取られて仕方なくだったんだ。罰を受けるとしても、その辺りを考慮してほしい……お願いします」

 俺は必要以上に余計なことを考えず、その場で立ち上がり、できるだけ深く頭を下げた。

「お、おい、ヤタ?」
「お客様……」
「ガウ?」

 俺の態度にフレディが困惑し、イクナはなんで俺が頭を下げてるのかわからない様子で首を傾げた。

「残念ながら、お客様の要望を通すことはできません。あくまで彼女は『罪を犯した者』ですから」
「そうですか。では他に何か方法はありませんか?」
「「え?」」

 俺がすぐに開き直ったことを不思議に思ったフレディとレチアが間の抜けた声を出す。

「プライナさんの言う通り、自首したとはいえ犯罪者になることには変わりない。だから俺の頭一つでどうにかなるなんて最初から思ってないさ」
「じゃあ、なんで……」
「この責任者様がチョロかったらいいなって思っただけだ。頭を下げるだけでどうにかなるならいくらでも下げてやる。むしろ靴だって舐めてやるさ」

 得意げにそう言うと、ララとフレディが凄い気持ち悪そうな顔で引いていた。靴を舐めるは言い過ぎたか。

「な、なんでそこまで……僕たち、会って日も少ないし、罠に嵌めたのに……」

 驚いた様子のレチア。
 そんな彼女に、視線を向けないまま俺は答える。

「ただの同情だよ。どうしようもなかった状況なのに、その罪すら自分から被りに行こうとしてる可哀想なお前に同情しただけだ」
「躊躇なく言いやがった……」

 俺の言い方に呆れるフレディ。対してレチアは複雑な表情をしていた。
 んじゃ……少しだけフォローしとくか。

「あと、タバコと火種をくれた恩もあるしな」
「なんじゃそりゃ」
「ヤタ……」
「何とも……ワタクシの目の前でこれほど大胆な会話をするとは。気に入りました!」

 するとプライナさんが逆に上機嫌な様子で俺たちの会話に入ってきた。

「あなたは犯罪を行っていても彼女を信じる、しかも亜種である彼女に偏見の目を向けず……失礼、目のことはあまり言わない方がよろしいですね」

 最後にポロッとフォローを入れてくれたが、それを言われるとむしろ辛くなるので心の中にしまっておいてほしかった。

「ワタクシは奴隷を取り扱っておりますが、だからこそ彼ら彼女らを大切にしております。故にあなたのような優しいお方には特別に良い方法を教えて差し上げます」

 その瞬間、プライナさんの目が一瞬だけ光った気がした。

「彼女、あなたの奴隷にしてみてはいかがでしょう?」
「普通に商談じゃねえか!」

 プライナさんの提案に、思わず敬語を忘れてツッコミを入れてしまった。

「おほほほほ、良い勢いです。ですが悪い提案ではないと思いますよ?これは一部の者しか知らないのですが、奴隷として引き取る直前に引き渡し主がすぐに買い取る契約をすれば、通常よりかなり安く買い取ってもらうことができるのです」

 プライナさんの言葉にフレディが「ほう」と感心の言葉を漏らし、俺も心揺れた。
 正式に買い取るという選択をすれば、レチアも罪を償いつつ誰も嫌な思いをせずに済む。
 完璧じゃないか!

「ちなみにその値段は?」
「百五十三万ゼニアです♪︎」

 楽しげに言い放たれたその値段に、俺は固まった。

「ひゃくごじゅうさんまん?なにその美味しそうな言葉……」
「現実逃避してても値段は変わらないぞ」

 フレディに諭され、俺は溜息を吐きながらその非現実的な値段と向き合う。

「ゴブリンやグロロを何体倒せば手に入る値段なんだろうな」
「あっ、ちなみに借金での分割払い購入も可能ですよ。ただその場合、一ヶ月の返済ノルマもございますので、それを過ぎると返却、及び当店のご利用を禁止させていただくことになります」

 「利息はございませんがね」と付け加えるプライナさん。
 借金かぁ……
 イクナを見て気後れする。
 ただでさえ自分だけでなくイクナを養う目処が立ってないのに、その上レチアもとなると頭が痛くなりそうだな。
 ……いや、物は考えようか。

「なぁ、フレディ。奴隷になった場合、レチアの冒険者の資格って消えるか?」
「いや、消失まではしない。だが囚人である限り更新することはできないぞ。昇級はもちろん、もし見習いよりも上の階級だったとしても駆け出しに戻されるしな」

 俺はなるほどと納得し、別の疑問を問いかける。

「冒険者じゃなくても依頼を手伝うのはアリか?」
「うん?それは……ああ、そういうことか。お互いが合意してるなら問題はなかったはずだ」
「えぇ、そうです。家事や料理が得意な者が宿などお店の手伝いをすることもよくある話ですので。ですから、戦闘奴隷であれば連合での依頼を手伝ってもらい、早くお金を集めることも可能です。どうでしょう、百五十万という数字も現実的になってくるのではないのでしょうか?」

 俺が考えていたことを当てるように言ってくるプライナさん。いや、わかってて言ってるんだろうな。
 ほぼ完全に置いてけぼりを食らってる様子のレチアを他所に、話をさらに進めようとする。

「じゃあ、こっちも最後に二つ。支払い方法と月々の値段を教えてくれ――」


「あ〜りがとうございました〜!」

 入店時同様、独特な言い方をしながら満面の笑みで俺たちを見送ってくれるプライナさん。
 複雑そうな表情をしているララとフレディ、そしてレチア。
 イクナは相変わらず猫を肩に乗せて、無邪気に俺に擦り寄ってくる。
 結論を言うと、借金をしてレチアを金で買ってしまった。
 少しでも負担が少なくなるよう、約二年での返済となった。
 ここで初めて知ったのだが、この世界の一年は十五ヶ月あるらしい。
 そして一ヶ月は四十日前後が基本。
 契約では一ヶ月に最低五万がノルマらしいが、これならたしかに百五十万も頑張ればいけなくもない数字だ。
 そして支払い方法。
 連合の冒険者に所属してるということでその手続きを済ませ、ギルドで受けて達成した依頼の一割程度が自動的に差し引かれることとなった。
 それと任意ではあるが、他にも出せる金があれば連合を通じて支払いができるらしい。
 ともあれ――

「事情はともかく、お前も借金持ちになっちまったな」

 俺が思ったことをそのまま呆れた様子で口に出してくるフレディ。
 こりゃ、「働きたくないでござる!」なんて言ってられないな……
 そんなことを考えていると、背後にとても柔らかい感触を感じた。
 それは抱き着いてきたレチアだったのだが、ダイレクトアタックしていて今にも成仏しそうな勢いなのです。

「ヤタ……いや、ご主人様、ありがとうにゃ!」

 見上げてくるレチアの顔は満面の笑みになっており、それを見た俺も借金を背負ったことなど、どうでもよくなりそうだった。
 ……ん?「ご主人様」?

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