異世界でも目が腐ってるからなんですか?

骨嶽ムクロ

5話目 前半 亜種

 「亜種」とは――
 大部分が人間の姿でありながら、犬の耳や猫の尻尾など本来人間にはないものがある「混ざり者」のことである。
 他にも通常よりも身体能力が高いなど、人種との違いが多々ある。
 よって人間とは違う者……それはいつしか蔑称として「亜種」と呼ばれるようになっていた。
 そして同時に人種と亜種は過去数千年年の間、互いに軽蔑し、迫害し合っている。

「だがそれでもテメーらみたいにホイホイ近付いてきて捕まるバカな奴はいるがなぁ?」

 そんな「亜種」であったというレチアの正体をバラした男は、そう言って嘲笑う。
 そしてレチアは先程のララと同様に下唇を噛み締め、血を垂れ流していた。
 それを見た男はさらに高笑いする。

「ハハハハハッ!悔しいか?憎いか、俺たちが?残念だったな、レチア!恨むことしかできないのはさぞ辛いだろうなぁ……ハッハハハ――」

 その男に対して怒りや悲しみといった感情が渦巻いているララの中で、一つの言葉が浮かび強く願われていた。
 「助けて」
 ――ドゴォンッ!
 男が二度目の高笑いをしようとした時、爆発音と共に地面が大きく揺れた。

「ッ……なんだ!?」
「大変だ!蔵が燃えてる!何かに引火して爆発したみたいだぞ!」

 女性の甲高い悲鳴が上がり響く中、一人の男が焦った様子でそこに入り、大声を上げた。

「な、なんだと!?あそこには当面の飯と予備の武器があるんだぞ!」
「全部が炭になる前に水を持って急げ!」

 知らせに来た男の焦りが伝染したかのように、今まで営みを楽しんでいた男たちも最低限の下着を身に付け、部屋から出ていった……ただ一人を除いて。
 その男はキョロキョロと周囲に目を配り、部屋に被害者らしき女以外の者がいないのを確認するとララたちに近付いて行く。
 すると彼の後ろからは、見覚えのある黒猫がついて来ていた。

「……無事、って言っていいかわからねえな」
「……?」
「なっ、君は……!?」

 ララは男の言葉の意味が理解できずにいたが、レチアはその正体に気付いたようだった。
 そして男は自らの顔を隠していたターバンとマフラーをズラす。そこには彼女たちの知るヤタという男の顔だった。
☆★☆★
 俺は出会った黒猫に「こっちに来い」と言われた気がして、導かれるままその後を追った。
 黒猫といえば、俺たちについて来ていた猫を思い出し、もしかしたら同じ黒猫なのかもしれないと感じたからだ。
 結果俺は、ある奴らの会話を聞いた。

「あーあ、今頃ボスたちは楽しんでるんだろーなー……あたしも楽しみてぇよ……」

 女複数人が愚痴を零しているところに居合わせた。
 俺はその近くの物陰に身を潜めて盗み聞きする。

「まぁ、いいじゃねえか。あたいは飯にありつけるだけでも十分だよ、少しなら向こうの蔵から貰っていいって言われてるしな。それに……あそこにいると酔っ払い共に何されるかわかったもんじゃないし」
「にしても、あの青いガキを見たか?無口の女と一緒に連れて来られて奴。薄気味悪かったよなぁ……アレも亜種ってやつなのかね?化け乳といい、ボスの趣味って結構変なのか?」
「滅多なこと言わないでよ、聞かれたら私たちまで首を跳ねられるんだから……それにボスの趣味は明らかにこっちの方じゃない?」

 一人の女がニヤニヤしながら自分の胸の近くに両手を持っていき、「巨乳」を示すわかりやすいジェスチャーする。

「あー、そうだよな。あいつらを連れて来る時のボスの目、あの黒髪女の胸ばっか見てたし」
「ボスも男ってことか。ったく、男ってやつは……そんなにデカいのがいいかね?」
「結局男は乳とケツさえデカければ、女なんてなんでもいいんだろ!」

 酷い内容の会話でゲラゲラと下品に笑う女たち。
 おいおい、女がなんて会話してやがる……
 それに違うぞ、別に俺は女を胸でなんて判断してないから。胸がなくても好きになる時は好きになるから……多分。
 まぁ、俺の場合、好きになる以前に出会い頭から嫌われてて取り付く島もない状態だったし……
 第一印象どころか見た瞬間に嫌悪されてるから、女をそんな風に考えたことなんて……ララくらいか。
 あいつって俺のことをあからさまに嫌ってる様子とかないし、そんな感じの奴が相手の裸見ちまったら意識せざるを得ないだろ……と、そんなことはどうでもいいか。
 胸やら乳やらとかいった話題じゃなく、もっと前のだ。
 あいつらはたしか「青いガキ」と「黒髪女」……それに「向こうにある蔵」って言ったな。
 蔵に何があるのかによるが、利用しない手はないだろう。
 ララ、イクナ……もう少しだけ耐えててくれよ!


 そうして蔵に潜り込んだところ、武器やら食料やらが大量に詰め込まれてた。ついでに俺の衣服やララの武器などもそこに。
 さらにその中には爆薬などの危険物も大量に見つけたので、ちょちょいと爆発させた……ってわけだ。

「ヤタ……?」
「っ……!」

 俺の名前を呼ぶレチア。なぜ彼女がここにいるかはとりあえず置いておいて、先に縛られて身動きの取れそうもないララの拘束を手持ちの武器で切ろうとする。

「待たせたな。今縄を切るから待ってろ」

 そう言ってやるとララは、今にも泣きそうな顔をしながら頷いた。

「そんな……殺されたんじゃ……!?」
「勝手に殺してくれるなよ。っていうか、お前こそなんでここに?というか、なんだその耳?」
「こ、これは……」

 聞かないでおこうと思ったけど、やっぱり誤魔化すのに丁度良さそうだから、畳みかけるように質問する。
 するとレチアはバツが悪そうに自分の頭に付いている獣耳を両手で隠す。

「……ま、趣味は人それぞれだから別にいいや。それよりイクナが捕まってる檻のカギはあるか?武器とか服は蔵にあったんだけどな……あ、一応ララが着れそうな服も持って来といたぞ」

 俺は色々言葉を並べながら、同じく蔵にあった俺のフィッカーから衣服をいくつか出した。備えあれば憂いなしとはよく言ったものだ。

「ごめんなさいニャ……その檻のカギはある男が持ってるニャ……ごめんニャ」

 余程負い目を感じていることがあるのか、責めてもいないのに謝罪の言葉を何度も口にするレチア。
 昨日依頼に行く時に同行した時や、夜一緒にタバコを吸った時とも違う、弱気な彼女の姿がそこにあった。
 やっぱ、予想してた通りこいつがあの盗賊たちを手引きしてたってことか……

「ある男?それって――」
「俺のことだよ……《パラライズ》!」

 気怠そうな男の声が聞こえると共に、俺の体が急に痺れて動けなくなってしまった。

「ぐぅっ……な、何が……!?」
「『何が?』だと?パラライズも知らないのか、このカスは!」

 次に声の主は倒れた俺の頭を踏み付け、そう罵ってきた。oh......いくら俺でも、こんなゴミ虫みたいに踏みつけられたのは初めてなんですけど。

「リンネス……!」

 レチアがその男の名前らしきものを憎々しげに呟く。
 リンス?なんだその頭髪用の浴用化粧品みたいな名前……

【奇跡による麻痺を確認しました。レジストします】

 どうやら俺が動けないのは、奇跡とかいう魔法のようなもののせいらしい。
 だがアナウンスさんによるレジストが始まった。
 これならすぐに動ける――

【――失敗しました。未知のウイルスによる行動が開始されます、少々お待ちください】

 ……は?
 失敗?なんで?
 こんなん、実を食って洗脳されるアレよりマシなんじゃないのか!?いや、ゲームとかの経験則で言ってるだけで、麻痺がどのぐらい凄いのかは知らんけど……
 あと少々ってどれくらいだよ?もう今すぐに行動してここから逃げたいんですけど。
 ……あれ?だとしたらこの状況……結構ヤバいんじゃね?

「ったく、あのバカ。簡単な陽動に騙されやがって……せめて見張りの一人くらい残すのが普通だろう……がっ!」
「ぐぅっ……!」

 俺が動けないのを良いことに、ストレスを発散するように何度も踏み付けてくるリンネス
 動かせる視線を僅かに向けると、魔法使いを連想させる黒いローブを羽織り、ガリガリに痩せ細った男の顔が見えた。
 ついでに言うと踏み付けられているので、パンツ一丁とすね毛まみれの足があるローブの中が見えてしまう。やだ汚い……

「……ま、そのための俺がいるんだがな」
「こ、こうなることを……見越してたってことかよ……!」

 ダメだ、言葉を出すのも難しいぞ、これ……!

「あぁん?おかしいな……いくら経過を省いてるとはいえ、これをされた奴はすぐには喋ることすらできねえはずなんだが……なっと!」
「っ……!」

 リンネスは俺の頭を躊躇なく蹴り上げる。
 痛みはないが……蹴られるという事実は痛み以上に精神的苦痛を感じるのは変わらない。

「つーかなんなん、お前?こいつらが欲しくてボスから奪い取ろうと裏切ったのか?ま、わからんでもないがな」
「裏切……?」

 ああ、そうか。
 こいつは俺が元々仲間だったと思ってるらしい。
 ボスとか言われてるあの男といい、ここまでバレないって俺の変装って本当に完璧じゃね?多分、盗賊みたいな悪党の下っ端に限定するけど。
 ……ならもう少し小悪党らしくしてみるか。口の痺れも取れてきたところだし。

「う、裏切りって何のことだ?俺はただ、ボスが連れてきたこいつらが逃げないよう見張ろうと……」
「俺がさっきの会話を聞いてないとでも思ったか?このバカめ!やはりバカの下にはバカしか集まらんなぁ……全く――」

 するとリンネスは俺の頭を踏むのを止め、たった今助けに入ろうとしたララとレチアの方へ指を差す。

「《パラライズ》、《パラライズ》」
「ぐにゃあっ!?」
「っ……!?」

 リンネスは俺が食らったものと同じ呪文を彼女らにかけ、ララたちはその場に倒れ伏してしまった。
 なるほど、あいつらが抵抗できずに捕まった理由はこれか。
 それらを見て恐怖を感じた他の女性たちから悲鳴があがる。

「クソッ……」
「蔵を爆破させたのもお前だろ?あそこには一ヶ月分の食料があったんだ。それをお前は……やってくれたなぁ、おい!」

 一見冷静にも見えたリンネスは急に激動に駆られ、何度も俺を蹴ってきた怒りをぶつけてきた。
 たまに俺の体からバキッボキッと骨が折れるような嫌な音が聞こえてくる……こいつは本気で殺しにきていた。

「カハッ……!」

 体の中から逆流するような感覚がし、口から吐血する。
 痛くはないけど、なんか気持ち悪ぃな……

「ま、これだけの騒動を起こしたんだ。お前のボスからのキツい仕置きもあるだろうから、この辺で勘弁してしてやる……最悪、首を跳ねられるかもしれないしな?」

 正直、体をバラバラにされても生き返るようなゴキブリよりもしぶとい生命力を持ってる今の状態で、首を跳ねられると言われたところで何とも思わないのである。少しでも痛みを感じていれば話は違っただろうが。
 ……よし、こいつも十分油断しただろうし、そろそろ反撃もいこうか。

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