異世界でも目が腐ってるからなんですか?

骨嶽ムクロ

3話目 前半 一服

「シャドウリーダー!?ヤタたちは駆け出しなのによく生き残った二……」

 一波乱のあった後、予定通りレチアと合流し、町への帰路に就いていた時に彼女が感心したようにそう言った。

「やっぱ強いのか?」
「当たり前二!まさか、戦いを挑んでない二……?」

 レチアは責めるようにジト目で俺を睨んでくる。
 俺は引きつった口を引きつらせて「ははは、まさかー」と誤魔化す。実際俺は、他はももかくリーダーもはそんなに戦わず逃げたのだから間違ってない。
 すると、レチアは大きく溜息を吐いて説明をし始める。

「そいつの周囲に特徴の少ない影っぽい奴もいなかった二?そいつらはシャドウっていうんだけど、リーダーはその名の通りそのまとめ役で、他の個体より数段強い二!ただ歩く速度は遅いから、僕たちのような駆け出しや見習い冒険者はそいつを見たら逃げるのが常識二」
「マジで?ララも知ってたのか?」

 俺の横に並んで歩いているララにそう聞くと頷いた。
 それなら先に言ってほしかった……いや、あの時は奴の咆哮で動けなくされてたから、それどころじゃなかったか。
 どちらにしろ、俺の判断は正しかったってことだな。
 「無理だと思ったら無理せず逃げる」。これ、向こうの世界の学生や社会人でも同じことが言える大事なことだからね。
 げ、現実逃避か、そういうのじゃないんだからねっ!

「ま、命あっての物種だしな。少しは無理したけど、誰も大怪我せずに済んでよかったよ……」

 軽く笑ってそう言うと、両サイドから妙な視線を感じる。ララとレチアだ。

「……何?」

 俺が聞き返すと、レチアが「いやー」と少し恥ずかしそうに苦笑いして言葉を続ける。

「冒険者になったばっかりにしては珍しい考え方をしてるなーと思って二。『俺ならやれるっ!』とは思わない二?英雄になりたいとか……」
「ねえな。そういう華のある役は他に任せて、俺は裏で慎重にコソコソ動く派だ。それに俺はできないことはやらない主義だしな……今さっきそれを実践してきたところだ」
「なんだか凄い二ー……凄い二?」

 おい。褒めてくれるかと思った瞬間に疑問を持つな。
 そこで「やっぱ凄くない二ー」とか言われたら最終的に泣くぞ?

「何事にも逃げる勇気ってのも大切なんだよ」
「たしかに一理あるかもだけど……それって男の人的にはどう二?」

 痛いところを突かれる八咫 来瀬(35)。いい歳したおっさんが説教されちゃったよ……ま、それでもこの生き方は変えるつもりはないがな。
 別にララたちを置いて逃げたわけでもないし?
 そんなこんなで雑談をしつつ、特に強敵などが出ることもなく無事に町へ、そして連合本部へと辿り着いた。

「シャドウとシャドウリーダー……それらは本来、駆け出しや見習いが倒せる相手ではありません!よく生き残りましたね」

 一連の流れを掻い摘んでアイカさんに話すと、レチアから言われたことと同じことを言われてしまった。
 というかリーダーの方はともかく、リーダーじゃない方もそんなに難しい相手だったの?

「はい、全く同じことを他の人からも言われましたよ、レチアって子に……」
「……ああ、彼女ですか」

 それだけ呟くと、アイカさんは何か言いたげに眉をひそめる。
 レチアとはここに着く前に「僕はやることがあるから、一旦ここで失礼する二!」と言ってどこかへ行ってしまった。
 なんというか……結局何かあったわけじゃなかったが、最初から最後まで挙動のおかしい奴だったな……
 というか、どうせならアイカさんに彼女のことを聞いてみるか?

「それでレチアってのはどういう子なんですか?」

 その質問をすると、彼女もジト目で俺を睨んでくる。
 最近、女の子に睨まれること多いなー……俺、そんな趣味ないのに。

「ヤタさんはああいう子が好みなんですか?」
「……は?」

 何を言い出すかと思えば……好み?いきなり何を言ってるんだ、この人は?

「男の人って胸の大きな女性を好むってよく聞きますけど、胸が大きければ小さい子にだって手を出すロリコンだったんですか?」

 言葉が進むにつれてジト目から見下すような冷たい視線へと変わっていく。

「待って?俺はロリコンじゃないですからね?あいつは年齢的に十八ですよね?見た目がそうだってだけでロリコンは軽率だし、レチアにも失礼ですよ。というか……そもそもそんな話じゃねえ!」

 なぜか男女的な話と勘違いされていたので、間違いを正すために詳細を話した。

「――ってな感じです」
「レチア様の挙動な言動ですか……たしかに最近、彼女は色んなパーティに入っては出るを繰り返しています。特にヤタ様方が向かった例の鉱山近くへ行くパーティについて行くことが多いようです」

 アイカさんもレチアの行動に疑問を感じていたらしく、少し眉をひそめた表情で書類を見つめながらそう言った。

「ちなみに、そのついて行ったメンバーはその後どうなっていますか……?」
「……あまりこういった情報を漏らすのはよくないのですが、彼女と関わったヤタ様には伝えた方がいいかもしれませんね……レチア様と関わったパーティメンバーは現在、八割が近日に行方不明となっています。さらにうち九割が女性という共通点を持ってることも……」

 彼女の言葉を聞いた瞬間、無意識に固唾を飲んでいた。
 どうやら黒のようだ。
 レチアに関わった奴は何らかの形で姿を消した……それが偶然とは考えにくい。
 しかもそのほとんどが女……嫌な予感がさらに深まる。

「言ってどうにかなるってわけではありませんが、お気を付けください」
「ありがとうございます。ララにもそう伝えておきますね」

 俺が後ろでイクナと黒猫で戯れているララの方を見て言う。

「ヤタ様も、ですよ」

 なんて言われて思わず振り返ると、アイカさんが優しく笑っていた。
 思わず惚れそうになっちゃうじゃないか!そしてそのまま告って振られるまでの流れが頭に浮かんだ。
 そう、振られるまでは確定事項。
 その後、俺が告ったという噂が流れて「気持ち悪い」だの「身の程知らず」と陰口を叩かれるオプションが付くのは運次第……あ、俺って運もないから、そっちもほぼ確定じゃねえか。
 つまり惚れたら負け(物理)ってやつだ。
 だから俺は動揺せずに笑い返すだけにしておく。

「心配していただきありがとうございます」
「……!」

 アイカさんの反応というか、その後の言葉がなかったので彼女を見ると、ポカンと間の抜けた顔で俺を見てきていた。
 どうした?そんなに俺の笑った顔が世にも奇妙なものだったか?

「どうしましたか?」
「っ……あっ、いえ!なんでもありません……」

 そう言って顔を赤くしながらそっぽを向くアイカさん。
 それでなんでもないは無理があると思うけど……まぁいいや。

「そうですか。それじゃあ、報告も終わったことですし、素材の買取もしてもらえますか?」
「かしこまりました。何がありますか?」
「えっとですね……」

 まずは素材を出すために、机の上にフィッカーを置いた。
 するとアイカさんの目付きが一気に変わる。

「なっ……なんですか、それ!?」
「「っ!?」」

 叫ぶように驚いたアイカさんの声に、周囲の冒険者も驚いて俺たちに注目した。

「え……な、何……?」
「これをどこで手に入れたんですか!?」

 興奮して机に乗り出すほど食い付いてきたアイカさん。近い近い近い!
 どうどうと落ち着かせつつ、彼女の言ってるのは恐らくフィッカーに付け替えた石のことだろうと推測して話すことにした。

「多分、この魔晶石のことですよね?たまたま倒したシャドウが落としたんです」
「シャドウが!?というか、シャドウ倒したんですか!?ああもう……」

 興奮したと思ったら、今度は呆れるように座り込んでしまったアイカさん。
 あ、逃げたって話してたのに、結局戦ったことバラしちゃったじゃんか。

「運がいいのか悪いのか……」
「これって運がいい方なんじゃないですか?」

 そう言うとアイカさんは「ように」ではなく、完全に呆れた顔で俺を見てきた。

「たしかにこの魔晶石を手に入れられたのは運がいいでしょう。普通、駆け出しや見習いがシャドウと対峙すれば命を落としても不思議ではないんですから……」

 あ、はい。
 腹に大きな穴を空けられましたし、何度もぶっ飛ばされましたね。
 言わないけど。

「でもララも普通に倒してたような……?」
「ララ様がですか?……ちょっと待っててください」

 アイカさんはそう言うとララのところに行き、二人で受付の奥の扉をくぐって行ってしまった。
 取り残された俺は仕方なく黒猫を肩に乗せたイクナと一緒に待つことになり、それから三十分近くが経った頃にアイカさんとララが帰ってきた。

「お待たせしました」
「何かあったんですか?」
「はい――」

 アイカさんが何か言おうとしたところでララが笑みを浮かべてプレートを取り出す。
 そこにはいつものプレートに加え、剣の形をした別のアクセサリーが一緒に付けられていた。

「この度、ララ様は『見習い』から見事、『大剣使い』の階級へと昇級しました!」

 アイカさんが高らかに宣言するようにそう言い、辺りが静かになる。
 なぜわざわざ言い触らすような言い方をするのかと思いつつ、間を置いておめでとうの一言でも言おうとしたところで、周囲の冒険者たちが「うおぉぉぉぉっ!!」と歓喜の声を上げた。
 な、なんだなんだ?

「やったじゃねえか、ララの嬢ちゃん!」
「シャドウ倒したんだって?将来有望だな!」
「駆け出しで頼りなかったあのララちゃんがねえ……成長ってのは早いもんだなぁ」
「だったら祝いだ!飲んで食うぞ!」
「おっ、奢りか?」
「んなわけねえだろ!奢るのはララちゃんだけ!お前らは自分で出して食え!」

 急に騒ぎ出す冒険者たちの中にはグラッツェもおり、不特定の誰かが昇級したからっていうより、昔から知っているララが成長したからという風に聞こえる。
 ……そうか、ここにいる連中のほとんどが、彼女にとっての家族なんだろう。
 血も繋がってないのに、こんなに喜んでもらえるなんて……少し羨ましいと嫉妬しちまうな。

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