異世界でも目が腐ってるからなんですか?

骨嶽ムクロ

10話目 前半 腐死

 「ところでヤタ」

 ウルクさんが冒険者たちを率いてきたのら元々俺とララを探すだけが目的だったようで、二人とも見つかったという理由で引き上げることとなった。
 その道中にウルクさんから声をかけられる。

「イクナのことなんだが、彼女をどう見る?」

「どう」とはまた抽象的な言い方だな……それともわざとか?
 その意味に関して少し考えてから答える。

「特に、どうとも」
「ほう……それはなんでだ?」

 ウルクさんは批難から入るのではなく、試すようにニヤリと笑って今一度聞いてきた。

「肌の青さは元より気にしてませんし、言葉が拙くともこっちの言葉をしっかりと理解してくれているので問題ありません。彼女がどうしてこうなってしまったかなどは多少の同情がありますが、だからと言って可哀想などと上から目線の言葉は絶対に言いません。ならんなら自分の身可愛さに、こんな目に遭ってしまった俺自身の方が可哀想とさえ言ってやりますよ」
「フッ……ハッハッハ!そうか、自分の身可愛さか!」

 皮肉を込めた発言をすると、ウルクさんが楽しそうに笑う。

「その自分の身が危険に晒されても他者を救おうとする男がか?」
「俺は冒険者になったばかりです。他人を利用しなきゃ生き残れませんからね」
「その年でずいぶん達観した言い方をするな?」

 まぁ、実際の年齢は三十五だからね。ウルクさんがどのくらいかはわからないけど、俺もいい歳したおっさんだし。
 さらに言うならこの世の地獄ってのを嫌ってほど見てきた経験だってある。イジメも裏切りも、誰にも期待されずに見下されることも。

「それより、さっきの質問には意味があったんじゃないですか?」
「ああ、正直イクナという少女は我々では手に負えない。かと言ってこの問題を公にして彼女を無闇に引き渡すわけにはいかない。きっといい結果にはならないだろうからな。だとすると、誰かが匿わなくてはならないわけだが……」

 ウルクさんは俺を見ていやらしくニヤリと笑う。俺を、というより腕にくっ付いているイクナをと言った方がいいだろうな。
 嫌な予感しかしない……

「我々の誰にも心を許さなかったその子は、唯一君だけに懐いている。だから……」
「ま、待って!……ください……俺には誰かを養う余裕はありません。冒険者になって間もないですし、依頼も満足に達成していませんし……」

 フレディやララから貰った金はあるが、それは他人の金であって俺が稼いだものではない。
 さらに言えば、冒険者という安定しない日雇いのアルバイトみたいな俺が「養ってやる」なんて逞しいことを言えるわけがないわけで……

「では私から特別手当を申請しておこう」
「特別手当?」

 そう聞き返しながらも、お金に関係するような身近な言葉を聞くと少し期待してしまう社会人である。

「ああ、仕事ができない者に対し、職に就いて養っている者がいれば、その者たちに最低限の金銭が配布される。通常は夫婦などが片方働いていない主婦だったり、子供がいる家庭援助する話なのだが、それが君たちにも適用されるよう話を通しておく、ということだ」

所謂、配偶者特別控除みたいなものか?

「それじゃあ……!」
「しかし特別手当はあくまで最低限だということを忘れるな。食事などやあらゆることを節約してようやく生活することができるギリギリの金額。だからその他の分は君がしっかり働かなくてはならないということだ」

 どれだけ少ない金額なのだろうと心配になるが、それでも無いよりはマシだろう。
 俺はそこで頷く。

「それなら願ってもない話ですね」
「……簡単に言っているが、嫌とは思わないのか?これは君が思ってる以上の『面倒事』だ」

 それを承知で俺に相談したということは、何か対策があるのか……もしくはその面倒事を押し付けて逃げるかのどちからだ。
 だけど今のところ、この人が取っている行動からそんな無責任な感じはしない。むしろ俺たち二人を探すためにこれだけの人員を率いてくれるような人なのだから、少しは信用はできるのかもしれない。

「正直に言わせてもらえば、面倒事は嫌ですよ。でもそれ以上に、この子を見捨ててまで得た平穏なんて、後味が悪くて飯が喉を通りませんから」
「ふふふ、そうか……やはり君は優しいな」

 ウルクさんは小さく微笑んでそう言ってくれた。俺が優しいなんて言葉を言ってもらえたのは、人生で初めてな気がする。
 今まではどれだけ人のためになることをしても疎まれ蔑まればかりだったしな……やっぱり褒められるというのはむず痒い。

「ああ、そうだ。俺とララが受けた依頼がまだなので、それをやってきていいですかね?」

 するとウルクさんはポカンとした顔で振り向いてくる。そして次第に大笑いし始める。

「命からがら生還したのに、またこれから依頼を続行する気か?」
「それこそ『嫌』ですけど、生活がかかってますので」

 まさに社畜らしい言葉を言ってるな、と自分で思った。
 学生時代だったら「働きたくないでござる」なんて言ってたのに、社会人になってからは「金がなきゃ生活できないから」ということで渋々働き始めたわけだし……
 だからこそ金の重要さが身に染みてわかるのだ。

「ハハハッ!君は本当に若いのにも関わらず貫禄ある考え方をしているな!」

 豪快に笑うウルクさんに「ども」と言って短く返事をする。

「それではそうだな……我々はこれでもう帰還しなくてはならないから着いていけないが、ララの他にもう二人を付けよう……おい」

 ウルクさんが一声かけると、予め用意されていたかのように二人の男女が出てきた。
 一人は戦士風の男。ララと同じように大剣を背中に担ぎ、強靭きょうじんそうな肉体を体をしている。
 髪は基本黒で一部に白いメッシュが入っており、青い目をしていた。

「べラルだ」

 短く名乗る男。
 もう一人は臀部でんぶまである水色の長髪を三つ編みにした杖を持つ少女で、前髪が長いからわかり辛いが紫色の瞳が――って、前にも似た特徴の人がいたような……あっ。

「……あっ!」

 向こうの少女も俺に気付いたようで、声を漏らした。
 やっぱり。ララと一緒にいたパーティメンバーの一人で、三人の中であまり強気になれなかった女の子だ。

「……シルフィです」

 自信なさげにポツリと呟くように名乗り、すぐにそっぽを向いてしまう少女。

「……ヤタと言います、短い間になるとは思いますがよろしくお願いします」

 ……と自己紹介をしたはいいものの、二人からの反応が無い。というか、目を合わせないようにしてるのか、どちらからもそっぽを向かれる。
 一応礼儀正しくしたつもりだったんだけどなぁ……

「ララさん、今回もまたよろしくお願いします!」

 むしろララには元気に頭を下げるシルフィ。
 あれ、俺に対する態度と全く違うんだけど……あっ、当然ですよね。俺みたいな目が腐った奴とはまともに目も合わせるどころか関わりたくもないですもんね。
 自虐しつつ自己完結で納得する。

「それじゃあ、お前たちはヤタとララ、イクナの護衛を頼む。依頼料は私が出そう」
「えっ、それは……」
「どの道、この森の依頼の契約内容を見直さねばならないんだ、これも仕事の一つってことで気にするな」

 ウルクさんの男らしい気遣いに涙が出そうな今日この頃。
 この世界に来てから命の危機は多くあったけど、その分人の優しさに触れられた気がする……割に合うかどうかって話は別にして。

「我儘まで聞いていただき、本当にありがとうございます!……それじゃあ、行こうか。イクナも一緒に来るか?」
「アンッ!」

 犬のような返事をしてくるイクナ。彼女を含めた五人で討伐に向かうことになった。

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