ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~【Web版】
67
ルナミリア王国最南端、海に面したヴェルシュタイン領、その主要となっている天然の港町『サウスゲート』
漁業や養殖、他国との貿易などで知られるかの街は、領主であるヴェルシュタイン公爵の訪問に、戦々恐々としていた。
話題はもっぱら、ほぼ12年もの間領地を放置していた領主が、今更何をしに来たのか、である。
度重なる増税により疲弊し、もはや破綻寸前にまで追い込まれたこの地に、その原因である当の本人が、一体何の為に来たのかと。
事実、彼等にとって税は増えていく一方という認識だった。
ゆえに、とうとう本人が増税を宣告に来たのか。
そんな噂が出回る程には、彼等若い領民達は追い詰められていた。
暮らせない程ではない、だが、生きるか死ぬか、ギリギリの状態である。
...実際は、国の物価の上昇と共に今までと同じ程度の税を集めただけである為、そこまで追い詰められている訳では無いのだが、12年前の流行病により、働き柱である人々がほぼ根こそぎ奪われた結果、遺された子供や老人達が働かざるを得なかった事が根底にあるので、仕方がないと言えるかもしれない。
病魔は、貴族平民分け隔てなく、命を奪っていった。
当時の者達がどのように働いていたのか、この領地で働く事がどの程度の辛さだったのか、当時の幼い子供や、他の領地からの移住民達に全て理解出来るかと言われれば、否としか言いようがない。
その背景から、12年経った現在、大人になった当時の子供達のみでほぼ形成された若い領民達は、総じて、領主を含む貴族が全て悪であり、領主とは領民達から必要以上に搾取しているものだと思い込んでいた。
いくら老人達や生き残った大人が諭そうとも、限界があった。
数字だけ見れば確かに、年々税は上がっていたのだから。
若いという事は、総じて経験不足という足枷が付いて回る。
だからこそ、思い込みで行動してしまう事があり、そして、他人に流されやすい。
誰か一人が声高になれば、例えそれが間違っていたとしても、そういうものなのだと思ってしまうのだ。
特に、信頼している誰か、...例えば、12年前に親を亡くした子供達や老人が生きていくのに献身的な手助けをしてくれたルナミリア教会の神父が、常にこの国の貴族について懐疑的な言動を繰り返していれば、それは必然と言えるだろう。
そして、それは次世代の少年少女達も例外ではなかった。
だからこそ、だろうか。
領主の馬車が街の中に入って来たその時、一人の少年が石を投げてしまったのは。
「出てけ!!」
そう叫びながら石を投げつける少年の姿に触発されたのか、内に燻る鬱憤に火を付けられたのか、それを見ていた大人達まで、まるで釣られるかのように手近な物を投げ始めた。
「帰れ!!」
「貴族め!!」
思い思いに喚き散らしながら、石や皿、果ては椅子や机を投げつける人々。
お昼過ぎという事もあり、食卓に並んでいた料理すら皿や机ごと投げ付けられ、飛び散る食材やその他もろもろにより、辺りは一時、騒然となった。
確かに12年間、領主である公爵は年に一度、王の誕生祝いだというよく分からない理由で領民達から税を搾取していた。
だがしかし、生きていけない程では無いし、他の、それこそ底辺な領主が収める地に比べればまだまだマシな方。
それを知っている者は、石を投げつける人々の姿に絶望した。
自分達が何をしてしまっているのか、少し考えれば分かる事を考えようともせず、石を投げつける。
彼等は愚かであるがゆえに、考えない。
だから、それが起きてしまった時、怯える事しか出来なかった。
突如として、炎が上がる。
パニックに陥った人々は、訳も分からず逃げ惑った。
肌を舐めるように襲い来る炎に、馬車に投げつけた事で壊れて散らばってしまった椅子やテーブルの木片が燃え上がり、同時に石畳が焦げる独特の臭気も立ち込める。
人々が炎による死の恐怖に怯え、散り散りに逃げて行く中、炎の向こう側に居るその存在に、ようやく気付いた。
むしろ、何故今まで気付かなかったのか不明な程、それは存在感を放っていた。
だがしかし、こんな街中に出現するなど有り得ない事だ。
良く似た、何か別の生き物なのではないか、そんな問いさえ払拭するかのような威圧感に、恐怖が伝播して行く。
「まさか、あれは、...ドラゴン...!?」
誰かの小さい呟きは、恐怖と共に広がっていった。
「ど、ドラゴン!?」
「おい、うそだろ、なんでこんな街中に!」
本来は国を囲む切り立った山々にしか生息していないはずの存在。
それも、二体。
馬程度の大きさだが、ドラゴンというだけで恐ろしい。
もはや誰もが、真偽などどうでもよくなる程の恐怖に顔を歪め、ただ喚いた。
「うわぁぁあああ!!」
「いや!いやぁぁああ!!死にたくない!!まだ死にたくないぃいい!!」
そんな人々を前に、小型のドラゴンは二匹同時に前足を動かし、そして。
『...ふっ。』
鼻で嘲笑った。
見間違いでなければ、確かにドラゴンは二匹同時に、人々を鼻で嘲笑った。
そのままドラゴン達は、恐怖で硬直してしまった人々を尻目に歩を進める。
そんな状況になって、人々はようやく気付いた。
ドラゴンが歩を進める毎に、領主の馬車も動いている事実に。
ガタゴトという音を立て、時折燃える木片を車輪で轢き壊しながら、何事も無かったかのように、馬車は動いている。
ドラゴンが、馬車を引いているからだ。
夢かと見間違う程に、現実離れした光景だった。
馬と同様の装備を装着し、何故か誇らしげに馬車を引くドラゴン達の姿に、人々は呆然としていた。
ドラゴンという生き物は、総じて誇り高く、人間の乗る馬車を引くなど考えられない事だった。
だが、現実として馬車はドラゴンに引かれている。
どうして炎が上がるまでその存在に気付かなかったのか。
それはドラゴン自身が馬に見えるように幻影を纏っていたせいなのだが、そんな事は誰も知る由もない。
絶望感からか、恐怖に驚愕が合わさってしまった硬直から帰還する事の出来ていない人々の顔色は頗る悪かった。
それも仕方ない事だろう。
なにせ、人々にとって領主は悪い貴族でも、ドラゴンを従えているとなると、もはや自分達が破滅する未来しか想像出来なかった筈だ。
今更になって、自分達の行動に後悔するものの、時は戻らない。
それ以前に、領主に対して石を投げるという行動は褒められたものでは無いし、全員が斬首刑にされてもおかしくない事だったのだが、彼等は愚かゆえに気付く事は無い。
教養も知識も、経験も無い彼等は、ただ流されるまま、硬直していた。
そして、そんな愚かな人々の眼前を、馬車は優雅に通り過ぎる。
領主の乗る馬車とその護衛の為の者達の為の馬車が何台か通り過ぎて、痛いほどの沈黙が辺りを支配した。
聞こえるのは、木片が燃えるぱちぱちという微かな音だけ。
呆然とした人々の視界から馬車の列が見えなくなってから、ふと、現実に気付く。
「え?」
「あれ?」
それは完全に、間違いなく、紛うことなき完璧な、スルーであった。
人々は、ポカーンと間抜けに口を開け、拍子抜けしたような顔で、馬車が消えていった道の先を見つめていた。
「旦那様、あれで宜しかったのですか?」
「構わん、放っておけ」
執事さんの淡々とした質問に、私も淡々とした対応で言葉を返しながら、また一枚と書類を捌く。
勿論現実逃避です、お疲れ様でした。
いや、そんな事考えてる暇は無いんだけど、後回しにしたって良い事無いとは分かってるんだけど、でも仕方ないって事にして欲しい。
「は、出過ぎた事を申しました、申し訳ございません」
「気にするな」
丁寧なお礼をしている気配の執事さんとの、なんかいつも通りなやり取りをスルーしつつ、ペンを走らせた。
しかし、絶対何かあると思って他の馬車の中に兵士達を退避させておいて正解だった気がする。
石くらい投げられるとは思ってたけど、まさか椅子やらテーブルやら投げられるとは思ってなかったし。
一体どんだけ嫌われてるんだろう、オーギュストさん。
執事さんから報告された時は耳を疑ってしまったけど、窓から見える景色は激昂した人々による暴挙が良く見えた。
先頭をこの馬車にしてて良かったと思う。
他の馬車だったら牽引してるお馬さんが驚いて大事故になってただろう。
ドラゴンさんなら痛くも痒くもないしね。
いや、ドラゴンさん達が居るのに石とか投げるとか凄い勇気だなと思ったけど。
街の人達って鈍感なんだね。
まあ、この領地で一番偉い筈のオーギュストさんの馬車に色んな物投げつける時点で大分頭おかしいとは思ったけど。
あれかな、この街学校とか無いからかな。
なんか知らんけど王都にしか無いし、なんなら魔法使いの素養が無い平民が学校なんて通えないらしいもんね。
基本貴族の子女だけっぽい。
つまりそれだけ頭が悪い人が多いっていうのが正解なんだろう。
一応ドラゴンさんに、領地の人達に何かされても脅すだけにして、って頼んでたから死人は出てないみたいだけど、火を吐く事無かったんじゃないかな。
めっちゃビビってたよ街の人達。
怖くなったから逃げろみたいな指示しちゃったけどこれは仕方ないと思う。
そりゃ逃げるよ、だって見る限り大騒ぎだったもん。
めっちゃ逃げ惑ってたもん街の人達。
ちなみに、冒険者さん達は街に入る前に離脱して貰った。
だって領地にまで着いてこられてもどうしたらいいか分かんないし。
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