ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~【Web版】

藤 都斗(旧藤原都斗)

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 かつて、自由度の高さから一斉を風靡した、とあるゲームが存在した。
 そのゲームは剣と魔法のRPGでありながら、恋愛ゲームとしても充分楽しめるものだった。

 まず始めに、プレイヤーは主人公を選ぶ。
 黒髪の少年、または少女。

 少年を選べば勇者、少女を選べば聖女として、ゲームの世界へと降り立つ事になる。

 主人公はどちらを選んでも結果として冒険の旅に出る。
 そして、選択肢によって様々なストーリーに分岐して行くのだ。

 誰が味方になるか、敵になるか、誰が死ぬか、生きるか、誰と恋人になるか、それさえも選択肢一つで変わってしまう。
 プレイヤーが仲間に出来るキャラクターは男女で20人。
 ただし、メインの仲間として選べるのは6人までだ。

 しかも、これも選択肢次第で仲間が簡単に死ぬ。
 何もかもプレイヤーの匙加減のみでゲームが進むのだ。

 恋愛モードに突入すれば、平和かと言えばそうでもない。
 こちらも選択肢次第で、戦争が起きたり、反乱が起きたり、人死にが起きたりする。

 ゆえに、このゲームの中で全ての黒幕、という人物は存在しない。
 時には魔王、時には国王、時には宰相、時には教皇、時には隣国の王、彼等の様々な思惑と思想により、ストーリーが進んで行く。

 そのゲームの中で、どのストーリーに進んでも共通している点が幾つかあった。

 性別により、旅に出る理由は異なるが、主人公は必ず冒険の旅に出る事、

 “賢人”と呼ばれるキーキャラクター達に出会う事、

 そして、とある公爵の不幸である。

 その公爵は、ゲームの中では少ししか登場しない。
 時には宰相の捨て駒として使われ死刑となり、
 時には反乱軍に真っ先に標的にされ殺されたり、
 時には主人公の仲間になった息子から家を追い出され領民に殺されたり、
 時には主人公達に悪徳公爵として断罪され、最終的には死刑となる。

 青銀の髪、アイスブルーの瞳、性格の悪さが滲み出たような顔立ちの、醜く太った成金中年男。

 それが、プレイヤー達から噛ませブタと呼ばれ馬鹿にされていた、オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵である。

 この世界は、ゲームの世界ではない。


 だが、その世界は確かに存在した。


 しかし、この世界での公爵はそのゲームの開始である時間軸が来る前に死んでしまった。
 世界にも、物語としても、支障は無い。
 だが、この先の未来はどう頑張っても、ゲームのストーリー以下のあまり面白くない展開にしかならなかった。

 小悪党が居なければ、黒幕となった誰かが惹き立たない。
 踏み台が無ければ、次に進めない。

 つまりはそういう事だった。


 それに気付いた神は少し悩んだ。


 別にこのままでも構わない。
 蘇らせようにも、彼の魂は完全に次の輪廻の為の準備に入ってしまっていたのだから。
 そうなってしまえば神でさえどうする事も出来ない、...という訳でもないのだが、実の所地味に面倒臭かった。

 そんな時、管理していた別の世界で、本来死ぬ筈のなかった人間を一人、手違いで死なせてしまった。
 突然の事過ぎたのか、その魂は自分の死を理解出来ず、身体が灰にされた後も死んだ場所に留まり続けていた。

 神は考えた。

 あ、これ、丁度良くね?と。

 その世界の設定上、死んで蘇った者は“賢人”と呼ばれる人間とは異なった存在となる。
 魂は全くの別人だが、身体は公爵の物だから恐らく記憶はそのまま遺されているだろう。

 そして神は、つまらない未来より、面白くなるかもしれない未来を選択したのだ。

 彼女、いや、彼はまだ、自分がどういう立場の人間になってしまったのか、何も知らない。














 チュンチュン、と、鳥の鳴き声が聞こえた。
 それ以外にも、人が沢山動きまわる気配に頭が起きる。

 何か、夢を見ていた気がする。
 何故か死んで、素敵なオジサマになってしまう夢。
 性転換願望でもあったんだろうか。
 いや、流石にオジサマになりたいとか思った事無いんだけどな、私。

 薄ぼんやりした意識のままそんな事を考えながら重たい瞼を無理矢理開ければ、真っ先に視界に入ったのは、目がチカチカするような、派手な調度品の数々だった。

 朝日に照らされるそれらは無駄にギラギラと輝いていて、なんかもう、眩しくて鬱陶しい。

 ...そうか、夢じゃなかったか。

 うわあああ夢が良かったよチクショウ...!
 なんで夢じゃないんだよもう...。

 半泣きになってしまいそうになりながら、横になっていた体をごろりと寝返らせ、反対の景色を見ても、やっぱり目が痛い色合いの調度品しかない。

 ...現実はやっぱり厳しくて理不尽だ。

 うん。
 とりあえず、あんなモン全部売ろう。
 オーギュストさんの気持ちとかそんなんどうでも良いわ。
 視界の暴力だよマジで。

 苛立ちや焦燥を落ち着ける為、ふう、と一つ息を吐いてから、起き上がる。

 体はすこぶる元気みたいだけど、私の心は滅茶苦茶重たかった。
 昨夜の思案も結構キたけど、一番は心労が物凄いせいだろう。

 結局私は死んでいて、でもオーギュストさんになって、今、ここに居る。

 なんで?とか、そういう事は考えてもキリがないからもう放置するしかない。

 『私』は死んだ。
 だからもう『私』で居る事は許されない。
 オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵として、これからを生きなければならないのだ。
 それはもう、覆しようのない事実。

 ...だけど、結局中身は『私』だから、難しい所だ。
 だってまだ、全部受け入れる事は出来ていない。

 でも、まあ仕方無いよね、一晩しか経ってないし。

 とりあえず諦めて、気楽に考える事にした。

 うん、追々で良いや。

 記憶がある分、演技は楽になった。
 でもなんか、オーギュストさんの未来も、地位も、信頼も全部奪い取ったみたいで凄く心苦しい。
 魂だけ逝ってしまうなんて、オーギュストさんはこの世に未練とか、何にも無かったのかな。
 ...息子さんの事は、何とも思ってなかった、って事なんだろうか。

 ......いや、多分違うな。

 過去の記憶を探れば、天使みたいに笑う息子さんを凄く可愛がっている記憶があった。
 ...なら、大切じゃない訳が無い。

 もしかしたら、その大切な息子にさえ拒絶されてしまったから、何もかも諦めてしまったのかもしれない。

 なんかオーギュストさんって打たれ弱そうだし。

 だって、奥さんが死んで12年間立ち直れないとか、
 気持ちは分かるけど努力もしないとか、ねぇ?

 家族とか身内に関しては、豆腐メンタルなんじゃないかな、オーギュストさん。

 まあ良いや、とりあえず起きよう。

 そう判断した私はベッドから降りようとして、戦慄した。


 いや、あの、えええええ。


 なんで黒装束着た怪しい男が白目向いて床に転がってんの...?


 一瞬死んでるかと思ったけど、胸が上下してるから生きてるんだろう。

 ちょっとホッとした。
 死体と同じ部屋で寝てたとかヤダよ怖すぎるもん。

 ホッとしたものの、その場に固まる。



 ......いや、ちょっと、待って、どうしろっての?



 どうしようもないよねコレ。


 あ、そうだ、困った時の執事さんだ。
 よし、執事さんを呼ぼうそうしよう。

 早速移動して、ベッド脇のチェストの上に置かれていた銀色の呼び出し用ベルの取っ手を掴み軽く振る。

 チリン、という音が鳴り響く間もなく、というか、『チリン』の『チ』くらいで部屋のドアが開いた。

 「お呼びですか、旦那様」

 現れた執事さんは穏やかな笑顔でそう言って、綺麗な所作で一礼。

 うん!早えよ!いや確かに呼んだけど!

 内心で思いっ切りツッコミを入れながらも、表には出さない。
 とりあえず床に転がった怪しいオッサンに視線を向けながら口を開いた。

 「...アルフレード」

 「おや、なるほど。了解致しました。後はわたくしにお任せを」

 何処か納得したような雰囲気を醸し出しながら、執事さんがまた丁寧に一礼した。
 そして彼は、モノクル眼鏡を指先で軽く位置調整してから、黒尽くめのオッサンの片足を掴み、そのままズルズルと引きって行った。

 ......いや...なんで引き摺ってったの執事さん...。

 思わず内心だけで軽く引いてしまったが、仕方ないと思います。

 ...よし、何も見なかった事にしよう。

 視線を窓の外に向けると、滅茶苦茶良い景色が見えた。
 昨日はいっぱいいっぱいだったからか気付かなかったけど、どうやらこの屋敷は高台に建てられているようだ。

 ヨーロッパのような街並が美しい。
 白い外壁、青い空、青々とした木々。
 めっちゃ綺麗です。
 なんだか少しだけ癒やされた気がする。

 思わずボーッと見入ってしまった。

 その時ふと、そういえば此処って、どの辺りの何処なんだろう、と知識を引っ張り出してみる。
 すると、驚きの事実が判明した。


 今、私、王都に居るらしいよ。


 なんか、領地はたまに帰ってるとかそんな感じで、普段は食べ物の美味しい王都に住んでいたらしい。
 なるほどなるほど、成金らしい生活ですね。
 いや、成金貴族の生態とか全く知らんけど。

 でも、落ち着いたら一度領地に帰った方が良さそうだ。

 ...きっと物凄く嫌われてるんだろうな。
 オーギュストさんの尻拭いを私がやらなきゃいけない、っていうのが微妙に納得出来ないけど、生きる為なんだから仕方無いよね。
 仕事、とでも割り切るか。

 ...ストレスで胃に穴開いたらどうしよう。

 「旦那様、お召し物をご用意させて頂きました」

 突然掛けられた声に顔を向けると、そこに居たのはやっぱり執事さんでした。

 いやだから早えよ!あれからまだ5分も経ってないよ!

 しかも成人男性を軽々と引き摺ってったのにも関わらず、汗もかいてなければ息すらも乱れてない。

 ......この執事有能過ぎて怖い。

 思わず内心で恐れおののいてしまうけど、やっぱりそれは表には出さない。

 唸れ私の演技力...!頑張れ!

 「そうか」

 平坦な声音に、無表情。
 うん、及第点。
 良くやった流石私。

 そして、執事さんの持って来た服を受け取ろうとしたら、旦那様にそのような事はさせられません、と拒否られました。
 やっぱ貴族は自分で着替える事は出来ないんだなあと改めて実感。

 有無を言わさず着替えさせられながら、遠い目をしてしまった。

 ちなみに今日の服は紺色がベースの貴族服とか呼ばれてる洋服です。
 縁とか飾りは金色だからなんか凄く高そうだね。
 サイズ的に、12年前にオーギュストさんが着ていた物なんだろう。
 これが時代遅れとか言われても現代人には分からんわー...。

 ...とりあえず、着替えくらい自分でやりたいです...。

 しみじみと考えていたら、ふと思い出した。

 「アルフレード」
 「なんで御座いましょう」

 「調度品を全て入れ換えようと思うのだが、お前はどう思う」

 そうそう、コレ目に痛いんで、なんとかしたいんです。
 だって朝とか凶器だよ。

 そんな考えの元、着々と着替えさせられていく自分の姿を、姿見に嵌めこまれた鏡で眺めながら執事さんに問う。

 「...そうですね、この必要以上に華美な此等は、もう今の旦那様には不必要のように思います。どうぞ、御心のままに」

 少しだけ考えるような素振りを見せた執事さんは、何処か感慨深げな雰囲気を醸し出しながら、穏やかにそう言った。

 一体何を考えていたのか、少しだけ気になるような、...いや、考えるのはやっぱりやめておこう。
 とにかく、OKが出たんだから好きにしていいよね。

 「...そうか、では、昔のように戻してくれるか。
 それと、元は民の血税だ、治水等に使えるよう、きちんと換金するように」
 「畏まりました、お任せを」

 恭しく了承する執事さんは、執事の鑑だと思いました。

 ...なんで作文みたいな事考えてるんだろう、私。
 あ、いかん、忘れる所だった。

 「それと、私の肖像は残しておけ」

 「...宜しいのですか?」
 「あぁ、アレは丁度いい戒めになる」

 「...左様ですか」

 若干、納得がいかないような、悲しそうな、なんかそんな雰囲気が執事さんから醸し出されたような気がした。

 うん、気のせいにしとこう。
 めんどい。

 つーかあんなん絶対誰も欲しがらないと思うし、処分するにもアレにだってお金は掛かってる訳で。
 捨てられないよね、描いた人にも申し訳無いし。

 アレは、オーギュストさんの遺影って事にしよう。
 見てたら気が引き締まる気がするし。
 見ててね、オーギュストさん。
 貴方の未練とか復讐とか、全部終わらせてあげるから。

 そして、例え何が起ころうとも、二度とあんなに太らないから。
 アレはホントに良い戒めになると思う。

 「旦那様...」
 「なんだ」

 執事さんの呼び掛けに、何でも無い事のように振る舞いながら、応える。

 「その、......いえ、なんでもありません」

 何処か言い難そうに誤魔化した執事さんが、最後の仕上げと自分の手にワックスみたいな物を付けて、私の髪を整えた。

 昨日は余裕が全く無かったから完全に意識に無かったんだけど、多分昨日呆然としてる中サラッと着替えさせられた時にして貰ったのと同じ髪型だと思う。
 前から後ろへと撫で付けられた青い銀髪は、猫っ毛でもコシがあったのか、反発した髪が一房だけ、ハラリと垂れながらも緩いウェーブを描いている。
 色気のあるオールバックってヤツですね。うん。


 なんでコレが自分なんだろう。

 好みなのに。
 めっちゃ好みなのに。

 もう一度言いたい。


 めっちゃ好みなのに!!


 いや、だって、見てよこの素敵なオジサマ!
 自分の信頼出来る者以外誰も信じないだろうってのが容易に分かる冷たい表情!
 それを強調するみたいなアイスブルーの目!

 この表情が崩れる所が見たいよね。

 どうせなら笑顔が良い、微笑とか、照れとか。
 きっと破壊力ハンパないと思うんだ。

 あ、怒った顔はダメだ、怖すぎて誰かチビる。

 ...もっかい言っていいかな。


 めっちゃ好みなのになんでコレが自分なんだよ!!


 

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