マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-162【勇者、異邦に降り立つ-弐】

「……別にあんたに招かれなくても女王様にくらい謁見えっけんしてたわよ。んじゃあ何? 楼摩ろうまの民ですらないあんたがわざわざ海渡って出張ってくるほどの理由でもあるのかしら?」

「君は幾つになっても手厳しい娘だね。幼い頃からそこだけは変わっていないようだ。君にアナンデールの無謀を崩すのに加担してもらったのは、いつ頃のことだったかな……」

 ハプスブルクはウルリカの追及をのらりくらりとかわしながら、露天商がひしめく通りの沿道に停めた箱馬車に一行を導く。すると、背後から鋭い剣幕で睨みつけながら、

「――話を逸らさないでハプスブルク。あんたの手の内は読めてるわ、つまるところあたし達を利用しようって魂胆でしょ?」

 ウルリカが核心を突く。以前メルランからの忠告に、「ハプスブルクに気を付けろ」という言葉があった。ここ楼摩ろうまでの必然的邂逅かいこうがもはやそれを物語ってはいるのだが、彼女には一つの企みがあった。それは、

「当然、あたし達はその企みを阻止する為に動くわ。でもね、事と次第によっては……利用されてやってもいいと思ってんのよ」

「えっ……ウルリカ、それってどういう……?」

 相互利用の持ちかけだった。それは飽くまでも提案でしかなく、実現するかどうかは別の話だ。しかし、仮に実現を見なくとも良いと彼女は考えていた。少なくとも、この提案にハプスブルクが乗ってくれさえすれば、相手の企みを看破するきっかけになるからだ。

「もちろん、互いの利になるならよ。いいことハプスブルク、あんたを含めたあたし達人類にはもう猶予がないの。躊躇ちゅうちょしてなんかいられないし、使えるものは全部使ってく。あんたにどんな悪巧みがあろうと、あたしは目的を叶えるためなら手段を選ばないわ。教授がどれほどあんたを警戒していようと、あたしには関係ない。何なら、あんたの企みを阻止しつつ、利用するだけ利用して、あたしは目的を完遂させてやるわよ」

 ウルリカの挑発するような煽り文句は、かつてゴドフリーとの会談にて用いたものと同様の手口だ。自らの手の内を明かし、相手の手の内を探る手段。むしろ今回ばかりは、一行側の考えなど全て見透かされていると思って構わないだろう状況だ。

「ふむ、ウルリカ嬢の考えは分かったよ。君の言う通り、私達には時間がないね。なら一先ず、禁城行きの馬車に乗り込むとしよう。車内でも話せるからね、その程度の話題なら」

 あらゆる側面に対する理解、それを踏まえた上での合理的な即断、警鐘としての非効率に対する皮肉、これが宰相さいしょうハプスブルクの手口。それをウルリカはよく知っていた。

 アウラの裏の顔であるゴドフリーとの決定的な違い、それは徹底的なまでの冷血。そう、熱による交渉など彼には不可能だった。むしろ煩わしいとまで思うだろう。しかしあえて熱情を交えた論理を語る、それがウルリカの策略。つまり、痛み分けを狙う作戦だった。

     *

 明けの薄明から日が昇り始めた青天の下、舗装された馬車道を突き進む一行を乗せた箱馬車。行き交う馬車の御者同士はすれ違いざまに手を掲げて挨拶を交わし、人流および物流の滞留を各々の努力と心がけで最小化していく。社会とは人と物と金とが資本という名の血液として循環し突き進む超個体の如き仕組みであると、自ら体現するかのように。

 一方、勇者一行を乗せた馬車の車内では、張り詰めた空気が漂い続けていた。足を組んで堂々たるふんぞり返りを見せるウルリカ、その両隣には肩身を狭く縮こまりながら座るアクセルとエレイン。その向かいには、腕を組んで厳めしい表情を湛えるツキシロと、その隣でウルリカ同様に足を組み飄々ひょうひょうとした余裕を見せるハプスブルク。発車から一言の会話もなく、ただ黙々と目的地を目指すだけ。少なくとも、ウルリカとハプスブルクの二人には交わす言葉もあろうはずだが、しかし口を開かず。次第にアクセルとエレインの額には冷や汗が額に滴り始めた。

 そんな時だった、意外な人物が口を開いた。ふと、まじまじと一点を見詰めるツキシロ。その先には、エレインが大切そうに抱える一振りの曲刀があった。それは元々、楼摩ろうまから伝来した打刀と呼ばれるものだ。

「貴方様のその刀、それはどちらで?」

「……え? え? これ?」

 ツキシロの素朴な質問に対して、エレインは驚いて腰を浮かせる。彼は首肯して、彼女の抱えた曲刀を指さした。

「その銘には見覚えがあります……とはいえ、随分と古めかしいものだ。作り手はとうに亡くなり、何代と続いているか、あるいは失伝したか……といった程の暦を跨いでいるか。その一振りが大陸を渡り、それが何ともな奇縁によって、勇者の同行者の手に渡っていた。楼摩ろうまに生き、楼摩ろうまに死ぬ身としては、大層な縁を感じずにはいられないもので」

 エレインは胸に抱いた曲刀に目を遣る。その刀は長い歴史を辿って己の手に納まったようだ。その始まりが、この楼摩ろうまにあるという。エレインもまたツキシロと同様、この国に何か不思議な縁を感じずにはいられなかった。

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