マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~
Log-161【勇者、異邦に降り立つ-壱】
大陸三国とはこれまた趣の異なる国、楼摩の港に到着した。一行が下船して港町を見渡すと、そこに広がる家並みは全て木造りの質素な佇まい。大陸の国々と比べると、いささかみすぼらしさが目立つだろうか。しかし、街路に点々と植えられた落葉樹が一面紅と黄に染まり、家々の質朴さと色鮮やかさが見事に噛み合った情緒ある街並みを湛えている。
そこに住まう町人もまた彩りを抑えつつ風合いを醸し出す長着を身に纏っており、鮮やかさときらびやかさを重視する大陸ではあまり見られない光景だった。とはいえ活気がないのではなく、過剰な着飾りを必要としない、飽くまでも自我のままに活き活きしているといった体裁だ。合理的と言えば合理的なのだが、その合理性はセプテムに蔓延していた堅苦しい息苦しいまでの効率化を図った仕組みなどではなく、むしろ重荷となってしまうような取り繕いを脱ぎ捨てた、その人ありのままを生きるのに最適化された洗練さを伺わせる。
そんな一風変わった国風を持つ楼摩の縮図を見て、感嘆の息が零れるエレイン。恐らくはこれこそが此国出身のレギナが目指すセプテムの青写真なのだろう。紅葉の彩りからして四季を感じさせる楼摩と、一年の大半を雪化粧の大地で過ごすセプテムとは環境に乖離があるものの、人の性まではそう変わるものではない。豊かな心は人々を笑顔にするのだ。
「ねえウルリカ、多分これがレギナさんの目指すセプテムなんだろうね」
「そうね、アウラとはまた別個の豊かさを感じるわ。文明水準は大陸の方とだいぶ離れてるけど、一々そんなものに依存する必要がないくらい、優れた教養が民衆に浸透してる。恐らく、文化水準が高い影響なんでしょうね」
目に見える限りでは、蒸気機関や電気機関といった先端技術は見当たらない。その分、初歩的なものではあれど、町人のほとんどが魔術を利用した作業風景が見て取れる。
大陸三国の中でも文化大国で知られるアウラですら魔術を扱えぬ者は数知れず。基本的には識字率に比例して魔術使いも増えると言われるが、見渡す限りの町人が魔術を行使している光景を見られるのは、世界広しといえど楼摩だけだろうか。それほどまでに基礎教養なるものが一般庶民にまで浸透しているということの証左だった。
ふと、ウルリカの目に留まる、見覚えのある人影があった。
「……うそ。あれって、もしかして……」
楼摩という異国情緒ある国にはおよそ似つかわしくない、白い燕尾服に白い革靴、白い肌に長い銀髪、そして銀縁の丸メガネから金色の虹彩を覗かせるその出で立ち。明らかにアウラの文化的装いをした、その者とは――
「――ハプスブルク?」
埠頭から港町へと差し掛かる手前で、まるで一行を待ち構えていたかのように佇む白尽くめの紳士と、その隣には楼摩風の装いに羽織を着た初老の男。二人はこちらを見るや、何食わぬ顔で近づいてきた。
「やあ、奇遇だねウルリカ嬢。君たちも楼摩にご用がおありかな?」
「冗談はよしてハプスブルク。あんたの用事はあたし達でしょ? さっさと説明なさい」
ウルリカの性急さにほくそ笑むハプスブルク。対して隣の男は表情一つ変えず、
「評判通りの勇者のようですね。私の名はソウセン・ツキシロ、母なる国楼摩を統べる巫女王ツキガミ家に代々仕える従者にございます」
自らをツキシロと名乗った。大陸ではあまり聞き慣れない姓名は、やはり異国風を思わせる。そして、楼摩という国を統治する巫女にして王なる者をツキガミ家と呼んだ。つまり、巫女を統べる職位に就きながら、国そのものをも統べる王家ということ。
「巫女王……シャーマニズムを基盤とした国家体制、そういうのは古くの集団統制と認識してるわ。いわゆる、魔術という奇跡の所業を特権階級のみが掌握して、民衆に権威として振るう権力構造。……でも、町民達の生活風景を見る限り、そういうものでもなさそうね」
「はい。楼摩の巫女王に代々君臨されるツキガミ家一族では、権力を民草の支配に振るうのではなく、飽くまで統治のために振るうものと規定し、日々元老院と庶民院からの助言を集約しつつ、善政を敷くことに苦心されております。原始国家に見られるような宗教権力がそのまま国家権力へと繋がる神権主義を廃し、立憲君主制に立脚する政教融合を確立した国、それが楼摩でございます」
「なるほどね、つまりアウラの政治とそう変わんないわけか。王が武力かまじないのどちらに由来するか、ってだけで。私達が頼みとする楼摩の女王様が良識と分別のありそうな方で助かるわ」
どこか腑に落ちた顔のウルリカとは対照的に、アクセルとエレインは呆然としてしまっていた。ツキシロは無礼とも取られかねない彼女の言葉に、性根の誠実さを感じ取ったようで、心なしか穏やかな表情を湛えている。対してハプスブルクは、
「ふふ、まあ堅苦しい話しはこの辺にしようか。私達の目的は君達勇者一行の召喚だよ、巫女王の御前までのね」
飽くまで飄々とした態度を覆さない。ただ淡々とした口調で一行を楼摩の地へと招き入れる。彼から漂うきな臭さのワケを重々承知しているウルリカは、ハプスブルクの言葉に突っかかり、詮索を入れていく。
そこに住まう町人もまた彩りを抑えつつ風合いを醸し出す長着を身に纏っており、鮮やかさときらびやかさを重視する大陸ではあまり見られない光景だった。とはいえ活気がないのではなく、過剰な着飾りを必要としない、飽くまでも自我のままに活き活きしているといった体裁だ。合理的と言えば合理的なのだが、その合理性はセプテムに蔓延していた堅苦しい息苦しいまでの効率化を図った仕組みなどではなく、むしろ重荷となってしまうような取り繕いを脱ぎ捨てた、その人ありのままを生きるのに最適化された洗練さを伺わせる。
そんな一風変わった国風を持つ楼摩の縮図を見て、感嘆の息が零れるエレイン。恐らくはこれこそが此国出身のレギナが目指すセプテムの青写真なのだろう。紅葉の彩りからして四季を感じさせる楼摩と、一年の大半を雪化粧の大地で過ごすセプテムとは環境に乖離があるものの、人の性まではそう変わるものではない。豊かな心は人々を笑顔にするのだ。
「ねえウルリカ、多分これがレギナさんの目指すセプテムなんだろうね」
「そうね、アウラとはまた別個の豊かさを感じるわ。文明水準は大陸の方とだいぶ離れてるけど、一々そんなものに依存する必要がないくらい、優れた教養が民衆に浸透してる。恐らく、文化水準が高い影響なんでしょうね」
目に見える限りでは、蒸気機関や電気機関といった先端技術は見当たらない。その分、初歩的なものではあれど、町人のほとんどが魔術を利用した作業風景が見て取れる。
大陸三国の中でも文化大国で知られるアウラですら魔術を扱えぬ者は数知れず。基本的には識字率に比例して魔術使いも増えると言われるが、見渡す限りの町人が魔術を行使している光景を見られるのは、世界広しといえど楼摩だけだろうか。それほどまでに基礎教養なるものが一般庶民にまで浸透しているということの証左だった。
ふと、ウルリカの目に留まる、見覚えのある人影があった。
「……うそ。あれって、もしかして……」
楼摩という異国情緒ある国にはおよそ似つかわしくない、白い燕尾服に白い革靴、白い肌に長い銀髪、そして銀縁の丸メガネから金色の虹彩を覗かせるその出で立ち。明らかにアウラの文化的装いをした、その者とは――
「――ハプスブルク?」
埠頭から港町へと差し掛かる手前で、まるで一行を待ち構えていたかのように佇む白尽くめの紳士と、その隣には楼摩風の装いに羽織を着た初老の男。二人はこちらを見るや、何食わぬ顔で近づいてきた。
「やあ、奇遇だねウルリカ嬢。君たちも楼摩にご用がおありかな?」
「冗談はよしてハプスブルク。あんたの用事はあたし達でしょ? さっさと説明なさい」
ウルリカの性急さにほくそ笑むハプスブルク。対して隣の男は表情一つ変えず、
「評判通りの勇者のようですね。私の名はソウセン・ツキシロ、母なる国楼摩を統べる巫女王ツキガミ家に代々仕える従者にございます」
自らをツキシロと名乗った。大陸ではあまり聞き慣れない姓名は、やはり異国風を思わせる。そして、楼摩という国を統治する巫女にして王なる者をツキガミ家と呼んだ。つまり、巫女を統べる職位に就きながら、国そのものをも統べる王家ということ。
「巫女王……シャーマニズムを基盤とした国家体制、そういうのは古くの集団統制と認識してるわ。いわゆる、魔術という奇跡の所業を特権階級のみが掌握して、民衆に権威として振るう権力構造。……でも、町民達の生活風景を見る限り、そういうものでもなさそうね」
「はい。楼摩の巫女王に代々君臨されるツキガミ家一族では、権力を民草の支配に振るうのではなく、飽くまで統治のために振るうものと規定し、日々元老院と庶民院からの助言を集約しつつ、善政を敷くことに苦心されております。原始国家に見られるような宗教権力がそのまま国家権力へと繋がる神権主義を廃し、立憲君主制に立脚する政教融合を確立した国、それが楼摩でございます」
「なるほどね、つまりアウラの政治とそう変わんないわけか。王が武力かまじないのどちらに由来するか、ってだけで。私達が頼みとする楼摩の女王様が良識と分別のありそうな方で助かるわ」
どこか腑に落ちた顔のウルリカとは対照的に、アクセルとエレインは呆然としてしまっていた。ツキシロは無礼とも取られかねない彼女の言葉に、性根の誠実さを感じ取ったようで、心なしか穏やかな表情を湛えている。対してハプスブルクは、
「ふふ、まあ堅苦しい話しはこの辺にしようか。私達の目的は君達勇者一行の召喚だよ、巫女王の御前までのね」
飽くまで飄々とした態度を覆さない。ただ淡々とした口調で一行を楼摩の地へと招き入れる。彼から漂うきな臭さのワケを重々承知しているウルリカは、ハプスブルクの言葉に突っかかり、詮索を入れていく。
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