マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-157【それは願いを形にする力】

「つまり、ウルリカの目的は、僕を殺めることだと」

「……ええ、そうよ。勇者の功業に同行する以上、アンタは死を免れない。この旅は、魔王であるアンタの死とともに幕を閉じるの。……まるでアンタを騙すような真似をしたわ、ごめんなさい」

 驚くべきことに、傲岸不遜ごうがんふそんな態度を曲げなかったウルリカが、アクセルに対して頭を下げたのだ。それほどにまで、揺るがぬ決意であるということの証左。そう、この謝辞は彼女にとっての覚悟だったのだ。

「……アクセル、アンタがこの旅を降りるというのなら、あたしは決して止めないわ。自らの命を差し出すなんて行為は、全てを理解した上で、合意の下に為されなければならない……いえ、本来ならそれでも忌むべきもの。だからあたしは、アンタの意志を――」

「ウルリカ、君は分かり切っているはずだよね? 僕がここで、そんな選択を取らない人間だってことは」

「…………ええ、そうね」

「君は、卑怯だよ。この期に及んで、そんな下手な選択を僕に託すなんて。言っただろう? 僕は君に仕える身だ。それは強制されたものでも、契約で縛られたものでもない。自由の名のもとで君に仕えたんだ。君から破棄されるいわれはあっても、僕から解消を申し出る義理はないよ」

「……そう、分かったわ。ありがとう……」

 アクセルの目を見ずに、顔を伏せて礼を言うウルリカ。彼のささやく言葉は正論で、なおかつ彼女をおもんぱかる言い回しだった。それが、かえって彼女を苦しめる。ただ罵られるだけならまだいい、心酔され使役を乞われたのなら躊躇ちゅうちょなく下船させていただろう。

 だが、アクセルの言葉は違う。ウルリカが彼に強いた対等な関係性に立脚した、同じ視点、同じ結論、同じ想いから生まれた言葉だ。それを否定することは、これまでの旅路の全てを否定することと同義と言っていい。勇者である自分を否定することと同じなのだ。

「……勇者は魔王を打ち倒す、そんなおとぎ話を人の手で再現することに意味があるんだ。それこそが二つある魔法の一つ、咒術を起動する鍵になるんだよ。翁が用いた魔砲も同じものだけど、咒術は人の願いや想いを形にする力なんだってさ」

 魔法は二つある。魔術と咒術。魔術はこの世にあまねく現象を再現する力。対して咒術とは、命の願望や歴史、それらによって生み出された概念を再現する力。それは、世界のことわりを容易く覆し、不可能の領域に存在する形而上の存在を、可能の領域である形而下へと叩き落とす唯一の方法となる。

「そう、千年って長い年月が綴ってきた勇者の伝説に幕を閉じる、この物語こそが神の喉元にまで届く剣になるんだ。翁はその計画を――勇者ノ剣計画ソードオブザブレイブって呼んでいた」

勇者ノ剣計画ソードオブザブレイブ……それが、勇者の功業の最終目的だったんですね。でも、魔王を打ち倒して勇者の伝説を終わらせることが、なぜ神を倒せることに繋がるのでしょうか?」

「簡単な話よ。あたし達が便宜上、神って呼んでる連中を、魔王に仕立て上げればいいの。アンタにも信じる神様がいるでしょ? あたし達が対峙たいじしたあの神はね、人々が畏敬する神様とは決定的に違うの。神様って称するなら、そう安易に地上になんか顕現けんげんしちゃいけないわ。神様ってのは本来、あたし達の心の中にだけ住まうべき存在よ。その禁を破った時点で、奴は最早神様の座から滑り落ちた、ただの偽神ヤルダバオトなの」

 すでに人々の精神には、宗教や伝承によって形成された神が存在する。そこに無慈悲にして真の創造主たる偽神ヤルダバオトの依り憑く島はなく、信仰から排斥された異形なる超越者が存在するのみ。

「咒術の仕組みがエレインの言う通りなら、つまり執行者の認識次第で如何様にも姿形を変える厄介で扱いづらい術ね。でも、その認識がみな一様だったとしたら? みんなが当たり前の物事として認識していたとしたら? 古くから勇者の功業をおとぎ話として流布させてきた理由は、そこにあったわけ。神様をかたる輩なんて、すべからく魔王じゃない」

 そう、メルランはそのような勇者ノ剣計画ソードオブザブレイブを、千年という遙かな星霜を積み重ねて構築してきたのだ。勇者の真実は民衆に悟られぬよう、しかし伝説として語り継がれる勇者は忘れ去られぬように。

「なるほど……神を魔王として認識させるために、勇者の伝説というおとぎ話を作ったと。人々が混乱しないよう、勇者の真実は伏せながら」

「そういうことよ。あたしも咒術って秘技を紐解くまでは、そこんとこちゃんと理解しちゃいなかったわ。メルランの計画だって今エレインから語られるまで知る由もなかったし。まあ、なんとなくは察してたけど。あのクソジジイ、つくづくクソジジイね」

「ははは、まあまあ……ただ、もう一つ気になることがあるんだけど、なぜ千年もの間に何度も何度も勇者を輩出してきたんだろう? 早々にメルラン様の計画を実行できなかったんだろうか」

「それも簡単な話ね。勇者の伝説っていう概念、その強度を高めるためよ」

「強度を高めるため?」

「アンタも大学行ってたんだからちょっと考えれば分かるでしょ。魔術であれ咒術であれ、魔法ってのは願いや想い、感情や祈りが強ければ強いほど効力を増幅させるじゃない。もちろん、善し悪しを問わずね。んで、概念ってのはそういった人の精神によって形作られるイメージでしょ? つまりはそういうこと、全人類を巻き込んで勇者のイメージを刷り込むことでもたらされる咒術は、人類単位の効力を有するってわけ」

「そうか……! 世界の人々に勇者の伝説をイメージさせることで、そのイメージを形にする魔法である咒術はより強力になるってことか」

「ご名答、聡明な解釈よ。付け加えるなら、世間で咒術の使用を禁じたのは、恐らくメルラン本人じゃないかしら。どう? エレイン」

「おお、よく分かったねー、その通りだよ。して、その心は?」

「いや、ここまでくれば自然と結論が出るでしょ。ようは、咒術の純度を高めるためよ。咒術の行使で概念がどんどん引用されれば、引用元である概念は信用を得ていく、つまり強度が高まっていくわ。でも、咒術の濫用を防げれば、概念の強度をある程度意図的に操作できる。まあ、洗脳にも近い手法ね。なんにせよ、教授の敷いた大胆な体制によって、高強度高純度な咒術が行使できるってわけよ」

「う~ん……僕の台詞全部取られちゃった……」

「ま、あたしは勇者が抱える謎やら咒術の謎やらと隣り合わせで生きてきたわけだし。それくらいの推理はできてないと駄目でしょ」

「そうは言うけど、僕がわざわざ翁から授かった知識って、なんだったんだ……」

「ああ、一つ言っとくけど――あいつは多分ね、まだ真実の半分も喋っちゃいないわよ」

 ウルリカの言葉に、エレインとアクセルは目を見開いた。これだけの情報でさえも、まだ世界の真実にはほど遠いと言うのだ。しかし、考えてみれば納得もいく。神とはなんなのか、魔法とはなんなのか、人類とはなんなのか。そして、ウルリカは言う。

「それを確かめに行くのよ。これから、楼摩ろうまにね」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品