マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-152【海の只中に至るまで-弐】

(エフセイ……ボブロフ……?)

 エレインは結局一度も顔を合わせる機会のなかった相手だったが、彼であれば辻褄つじつまの合う返答だった。レギナが王に君臨した際、およそ殺害すると思われていた独裁者ボブロフを生かし、それを公に隠しつつ自らの手駒とした、と聞き及んでいた。

(ただの御者として生かされた、なんてことはないはずだ。多分、秘密裏に何かしらの任を命じられていた、って考える方が自然だよね)

 ふと、エレインは不思議に思う。この人魔大戦において、ここまで滞りなくセプテムの軍隊を配備し、その兵站までを指揮できたのはなぜか。開戦と同時に市民を疎開させ、軍需物資製造へと迅速に取りかかれたのはなぜか。それは少なくともこの国を、その民を知る者にしか成せない所業。そして、どのような事態であれ、合理的かつ瞬時に判断を下せる者にしか成せない俊敏しゅんびん。それらを併せ持つ者など政府関係者でも数少なく、ましてや即位したばかりのレギナが遠慮なく動かせる駒など限られてくるはず。

 全ては臆測に過ぎず、今後も決して公にされることはないだろう功労。しかしそれは、本来誰に捧げられるものだったのか、恐らくは……。

(……まあ、僕が考えても仕方ないか。あんまり関係ないし。……でも、仮にも一時代の玉座に居座った人物だ。執政のやり方は悪かったかも知れないけれど、グラティアのマース様やアウラのヴァイロン王と肩を並べて国家の運営をしていたんだ。生半可な知識や洞察で国の指揮を執れるわけでもなし。しかも、レギナさんがわざわざ生かして手中に置こうと考えたくらいだ。だから、元軍人の彼が戦時のこの国に貢献してくれているって考えれば――ううん、ボブロフだけじゃない、みんながそうだ。誰も彼もが一角の人物なんだ。みんながいれば、セプテムはきっとこの戦いを切り抜けられるはずだよ)

 エレインにはこの国が沈まぬ確信があった、ウルリカがそうであったように。

 革命を指揮してセプテムの新たなる王に即位したレギナを筆頭とし、アウラの侯爵こうしゃくにしてマフィアの首領ゴドフリー、その側近にして数々の貌を持つサルバトーレ、アウラの裏社会を牛耳る組織力を持っていたサム。ウルリカがマフィアとの抗争の際に一蓮托生で活躍した盲目の特鋭隊隊員エフ。その障害として立ちはだかり、ウルリカに心酔する倒錯者にして驚異の魔術師ティホン。ウルリカの恩師にして遥か古から続く勇者の計画に深く関わる魔術の権威メルラン。その弟子にしてウルリカの旧友ヴィルマー。アクセルの元上司にして駐屯兵団の長を務めるジェラルド。別れの挨拶はできなかったが、ローエングリン家当主にして親愛なる父レンブラント、その分家ブラバントの当主にして稀代の錬金術師パーシー。そして、我らが姉妹の中核と呼ぶべき最高戦力、アレクシアとイングリッド。

 多大な損傷と多くの犠牲があった。同時に、決して砕けぬ大器と決意があった。ならば、膝を屈する理由がどこにあるか。

(二人とも、僕達はまだ死ぬわけにはいかないんだ。果たさなくちゃいけない使命が残ってるんだ。みんながここを守り抜く、だから僕達が打ち倒さなきゃいけない――神様を)

 エレインらが目指す楼摩ろうまは、女王が統治しているという。その彼女の手によって、神の叛逆者の下へと誘われるそうだ。勇者は魔王とともに叛逆者と相まみえ、この世界の成り立ちから始まり、神の目的、そしてヒトの叛旗までを謹聴きんちょうする。そこで勇者は選択しなければならない。ヒトのために偽り神を討つ、そのために――叛徒はんとほうちゅうせるかを。

「……人の、声がする」

 馬車の外から市民の賑やかな声が聞こえてきた。セプテム城郭都市の東側に設けた疎開地に到着したようだ。西側では人の気配が失われ、幽霊都市ゴーストタウンの様相を呈していた。そのため車窓を覗くと、まるで魔界から人間界にでも戻ってきたかのよう。すでに日は暮れてしまったが、蒼き街灯に染まる街は活気を見せていた。

「みんな、凄い元気だ……一致団結してるって感じだ……」

 人々はみな力を合わせ、額に汗して、元気を絶やさず、労働に勤しんでいた。見たところ疎開地はすでにシステム化されており、高度に効率的な工業地帯の体を成していた。都市の中心部から遠ざかっていくにつれて、こぢんまり区画された麦畑や牛舎、果樹園が現れる。そのような一次産業と二次産業とを明確に区分して配置し、外郭から中心部に向かって物資を吸い上げていき、再分配を容易にするシステムだ。全ては合理的な配列――ボブロフの手掛けた都市開発の賜物たまものなのだ。

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