マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-134【鉄の巨神-弐】

「……お主らしいのう。いや、勇者らしいのかもしれぬのう……」

 精神感応テレパシーを切断した先、煙霞の鉄城の地下最下層、メルランの眼前には巨大な魔砲がそそり立つ格納庫。それは誰に伝えるわけでもなく呟いた言葉。

「大老、向こうはどうなった」

 メルランの隣に並び立ち、腕組みをしたゴドフリーが問う。

「ふむ、破狼ハロウの消滅は確認できた。そしてやはり、『オートマター』の端末が現れよったわい。一先ず作戦通りに事は運んでおる。じゃが、予想通りというかなんというか、ウルリカが奴の撃破に燃えておるんじゃよ」

「クックックッ、反抗的な奴らしいな。星鍵の操作権限は解放されたということか?」

「うむ。咒術が世界の法則に歪みを生み、『オートマター』の端末が修正作業に移行したわけじゃ。であれば《旧主の権限因子》は自然と発現するじゃろうよ」

「ならば、あるいは奴を破壊できるのでは?」

「ホッホッホ、どうかのう」

「魔砲はどうする、次弾の用意は?」

「うむ、装填を頼む。じゃが、どのみち端末の迎撃には間に合わん」

「無論、把握している。本来の目的は『オートマター』を呼び起こすこと。それに伴う《旧主の権限因子》の完全発現だろう? この魔砲は戦争の兵器ではなく、星鍵を目覚めさせるための、人類が生み出したもう一つの鍵」

「――儂らの命をにえとする、つもりであったのだがのう。あの小娘は儂らのような悪も救わんと奮闘しておる。これはひょっとすると、命拾いするかもしれんのう。ホッホッホ」

「あんたはどこまでも食えねえ野郎だ。ならば俺達も、その落とし前はつけねえとな」

「その通りじゃ。勇者ともあろう者が、矮小な者達の為に命を懸けて時間を稼いでくれておるのじゃ、全霊を以て恩を返さねばならんのう」

 その言葉を皮切りに、メルランは動き出した。彼の周囲にはべらせた魔術師達を動かし、魔砲に向けて魔力を注ぎ始めた。ゴドフリーは司令塔として工兵に指示を出し、魔砲の整備から次弾装填までの作業へと取り掛かる。

 魔砲なる兵器は、余りにも巨大な火砲であるがゆえ、数十人体制での作業が必要となり、咒術を擁するため、準備は砲弾の装填のみならず魔力の充填もまた必要だった。すなわち、設計段階から軍事利用を目的としていないということ。

 これはひとえに、勇者の功業を成功させるため、ひいては『勇者ノ剣計画ソードオブザブレイブ』を成功させるために創造された兵器。二人が『オートマター』と呼称する神を殲滅し、人類の運命を神の手から解き放つための一手。

「飽和魔石……恐ろしい代物だ……」

 そう呟くゴドフリーの視線の先には、三人の工兵が鉄の台車に乗せて運ぶ、直径一メートルほどの魔石。そう、魔砲が用いる砲弾とは、魔物が体内に蓄えた飽和魔石だった。

     *

「暫定呼称、鉄の巨神アイアンタイタンからは一般的な自然物と同程度の魔力しか検出されないね~。うーん、間違いなく膨大なエネルギーは渦巻いてるんだけど、それは飽くまで魔力から派生した電気や熱量なんだよね。魔力を用いずによくあんなものが地上に現れたものだよー」

 ウルリカの指示で彼方に顕現けんげんした鉄の巨神アイアンタイタンを観測するパーシーが、その結論を報告していた。意思や願いを具現化する力である魔力を用いず、人類が編み出した建築や建造技術によるものですらない顕現けんげん。それはもはや、人智を超えたものだった。

「だけど朗報もあるよ。あれは破狼ハロウみたいな魔力に対する驚異的な抵抗力なんてものは持ってないみたいだ。大気に流れるような自然な魔力の影響はちゃんと受けてる。魔術が一切効かない、なんてことはないね。まあそもそも、あの馬鹿げた大質量に人間が対抗できるかは別問題なんだけどね~」

「ありがとうパーシー、それが分かっただけ十分よ。できるかどうかじゃなく、やるしかないわ。魔術が通じるなら、抗う方法は必ずある」

 ウルリカはそう返答して、無線機を切る。間を置かず、現在動けるだけの連盟部隊を集めて、作戦指揮にあたった。

「パーシーの観測から、奴は見た目通りの、単なる鉄の塊だってことが分かったわ」

 地上に顕現けんげんを果たした鉄の巨神アイアンタイタンは、文字通り鋼鉄の鎧を纏った巨人の様相を呈する。磨き上げられた鋼が幾何学的な曲線を描く、頑強さと機能性を追究した眩いほどの装甲。それを神と呼ぶには余りに有機的で、極めて偶像的な様だった。

「なら奴には一つ、致命的な欠点があるわ。あの尋常じゃない質量よ」

 鉄の巨神アイアンタイタンの規模はセプテムとパスクとを分断する山脈をも跨がるほど。ともなれば当然、地面が平地を保てぬほどの重量であるということ。通常、鈍重さは質量の高さに比例する。ならば、人間の小細工に一々対応できるほどの俊敏さはない。

「イングリッドら魔術師達は奴の足止めをお願い。言ったとおり、環境利用が最適よ」

「相手は大質量、ね……承知したわ」

「パーシー、奴が動き出したら距離と移動速度を割り出して、罠の位置を計算して頂戴。諸々をイングリッド達に伝えてくれるかしら」

「んー、分かった。一先ずイングリッドと掛け合ってみるかなぁ」

「ティホン……は無理ね。エレインら特鋭隊は足止め後、拘束を頼むわ。つまるところ奴が纏うのは金属、電離だろうと磁力だろうと構わない。少しでもその場に留めて頂戴」

「そうだね、あの人はもう無茶できないもんね……うん、了解!」

「他は目標地点到達まで待機、医療班は負傷者の治療に専念。必要なら適宜威嚇射撃にあたって頂戴。通用するかは別として、誘導は可能なはず。まあどうせ奴の目標はあの魔砲なんでしょうけど」

 魔砲発射直後の出現、メルランの鉄の巨神アイアンタイタン出現を予期した言動、ウルリカの戦線離脱の催促からして、少なくともセプテム都市が目標であることは間違いなかった。

「おいウルリカ、俺の仕事はねえのかよ」

「無茶言わないで、筋繊維ズタズタじゃないあんた。そもそも今回、白兵の出る幕はないわ、後方からの全体指揮にあたって。ってか、あんたを含め第一中隊と駐屯兵団は全員後方待機よ、治療に専念して頂戴。せめて残された命、大切になさい」

「……おう」

 アレクシアの表情に影が落ちる。剣を振るっている間は、失った部下の顔を忘れることができた。ウルリカに指摘されて、己が愚かさを自覚するとともに、今は亡き追憶が胸の内に去来する。

「ジェラルド、行くぞ。後方支援に徹する」

「あ、ああ……」

 彼女はまるで逃げるように、ジェラルドを連れて後方へと下がっていった。

「……ウルリカ……俺は、どうすれば……?」

 ウルリカの傍でうずくまっていたアクセルが、息も絶え絶えながら立ち上がり、指示を求める。頭を手で押さえ、足もおぼつかない。およそ戦闘になど参加できない様子だった。

「……アンタも無茶言うのね、そんな状態で戦えるわけないでしょ? 下がりなさい」

「分かった……ごめん、ウルリカ……」

 慚愧ざんきの念を湛えた表情をして、アレクシア達の後を追うように下がっていくアクセル。

「…………」

 心にしこりが残るような、後ろ髪を引かれるような思いに駆られつつも、今は私情にかまけている時間はない。その手に握る鍵は、奴を討てと語り掛けてくるように震える。

(違う、この感覚は……胸に浮かび上がってくるのは、悲哀ではなく、不穏? 確かにアクセルは『楔』に接続しやすくなってきている。接続者はいずれ、流れ込んでくる膨大な魔力と、二重の自我に絶えきれず、我を失ってしまう、とか。でも今はだいぶ落ち着きを取り戻していた。ならまだ大丈夫、なはず。鉄の巨神アイアンタイタンの撃破が先よ)

 己が精神の語りかけに耳を貸す。それでも今は優先すべき困難がある。数多の命が掛かった使命がある。そう自らを奮い立たせて、ウルリカは彼方に向き直った。今だけは、迷いを捨てよう。この窮状きゅうじょうを切り抜けられる可能性は、己にしかないのだから。

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