マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-133【鉄の巨神-壱】

 メルランの言葉がまるで引き金だったかのように、煌々と輝く月白の光柱はその輝度を増し、セプテムの蒸気機関を彷彿とさせる重々しい駆動音を轟かせ始めた。それはあたかも、天地が一個の機械であるかのように、大気が、大地が、規則的に鳴動する。

「……神? あれが神だっていうの? それにしちゃ随分と偶像的じゃない。本物の神ってのはてっきり抽象的で神秘的なものかと思ってたのに」

「あれが神じゃよ――少なくとも、この世界ではのう」

「……あからさまな含みね。まるでこの世界以外の、別世界があるみたいじゃない」

「お主の目にも映っておろう、儂らが創造主の偶像が。その姿は如何にも、人造的ではないかのう?」

 メルランの言葉を耳にした途端、ウルリカの背筋に冷たいものが走る。そう、彼女の目に映る《神》と呼ばれたソレは、抽象的でも神秘的でもなんでもない。天地を鳴動させる駆動音の響きに違わず、無数の光芒が織り成し形作るのは、ヒトが築き上げた文明の結晶。あれはまさしく《機械仕掛け》の神だった。神話を交えて喩えるなら、鉄の巨神アイアンタイタンと言ったところか。何にせよ、あれは純粋な神じゃない。そう、あれは、

偽神ヤルダバオト……あれが魔王ってこと?」

「偽の神か。誰の入れ知恵かは知らぬが、言い得て妙じゃのう。じゃが、核心には触れておらぬようじゃ。奴は魔王ではない、飽くまで創造主じゃよ。儂らが滅ぼすべき神じゃ」

「滅ぼすべき……? じゃああの巨神タイタンをぶっ倒せばいいわけね? それで全てが万事解決ってことなのね?」

 ウルリカの声には、焦燥が滲んでいた。眼前に顕現しようとしている巨神タイタンは、規模が違いすぎる。人間が太刀打ちできる水準など優に超えている。けど、ならせめて、奴を倒せば全てが終わると、そう言って欲しい。そんな、希望的観測に縋った言葉だ。

「いいや……奴は手足、所詮は端末に過ぎぬ。ではなぜ、勇者が功業の果てに《楔》へと向かうのか、それが答えじゃ」

 それくらい分かっていた、推測できていた。そして、勇者である自分は、今すぐにでもここから発たなければならないことも。勇者の功業を続けなければならないことも。

「……ウルリカよ、分かっておるのじゃろう? お主は一刻も早くこの戦場から――」

「――発たなければならない、でしょ? 馬鹿言ってんじゃないわよ教授。あんなモノ放っておいたらセプテムなんて消し飛ぶわ。いずれグラティアも、アウラだって。そんな事態を見過ごせって? 手が届くところに脅威が迫ってるのに? あたしの知ってる勇者はね、手の届く限りはことごとく救い切るのよ。常人の無理を可能に変える超人なのよ。あんたみたくドライに割り切れる人間じゃ勇者は務まんないのよ」

 腰に吊した鍵を引き抜く。淡い光を放ち、絶えず震え続ける鍵は、今やウルリカの手の中で所有者を受け入れつつあった。彼女もまた無意識に、鍵の使い方を理解しつつあった。

「……ウルリカ、貴女はここに居てはいけないのよ。あの巨神タイタンは私達が全力を以て押し止めるわ。だから行きなさい、勇者の使命を優先なさい」

 二人の会話を聞いていたイングリッドが、うずくまるアクセルの傍で屈むウルリカに近寄る。彼女の肩にそっと触れるが、素早く払い除けられた。

「悪いわねイングリッド。教授にそう命令されてるんでしょうけど、あたしが従うかどうかは別の話よ」

「……なら、実力行使に訴えさせて――」

 イングリッドが腰に巻き付けたウルミを握る、と同時にウルリカが鍵の先端を彼女に差し向ける、微かに力を込める――すると、イングリッドの身体が数歩分、後退した。何をされたか気付く間もなく、ウルミを握った姿勢も変わらず、全くの一瞬にして、後退した。

「……え? なに……? ウルリカ、貴女なにをしたの?」

「本当に、何となくだけど、この鍵の使い方が分かってきたわ。まるで手癖のような、意識的じゃない、勝手に身体が動くって感じで気味悪いけど」

 それはまるで、縮退魔境エルゴプリズムの超重力から抜け出た時と同様の、瞬間的な移動だった。ウルリカ自身、その現象をどのように再現したのか、実感として湧いたわけではなかったが、そう思ったら出来たようだ。

「あの巨神タイタンにコイツで太刀打ちできるかは分かんないけど、でも何とかなりそうな気がするのよ。少しだけ、あと少しだけ、あたしに任せて頂戴」

「…………」

 説明のつかない現象と、ウルリカの妙な説得力に、絶句するイングリッド。その様子を見ていた周囲もまた唖然あぜんしていた。だが、思いも寄らない手段で難を切り抜けてきた彼女であれば、彼方に見える神としか形容できない脅威さえも、解決してくれるかもしれない。そんな淡く儚い希望ではあったが、それに縋ってみようという空気が流れる。

「お姉ちゃん、もう少しだけ、見守っていてあげようよ。いざとなったら、僕がウルリカを引っ張ってでも連れていくから、ね?」

 絶句するイングリッドの隣に来て、説得するエレイン。ウルリカが自分を信じてくれたように、自身もまた彼女を信じてあげたかった。彼女は決して、勇者の使命から目を背けるような人間ではないと。使命だけを果たすような勇者ではなく、真に勇者らしくあろうと努める人間であると。

「……ええ、分かったわ」

 その熱意は、保守的で堅実な任務遂行を良しとするイングリッドの頑なな心を氷解した。その様子を横目に見ていたウルリカは、気付かれない程度の微笑みを浮かべていた。

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