マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~
Log-132【IMITATION THE HUMAN RACE-肆】
「ア、アクセル君、大丈夫? 顔色悪いよ?」
傍らにいたエレインが心配して、アクセルの肩に触れる――視界がずれる、意識がぶれる。即座に触れた手を離した。間違いない、その感覚はまさしく、義手装着の施術時と同じ。彼が我を忘れて、闇を纏った時と同じ。
「下がりなさいアクセルッ! アンタは十分役目を果たしたわ!」
ウルリカの言葉にさえ応えられず、足も動かないアクセル。遂にはうずくまり、小刻みに震え続ける。部隊の医療班が駆け寄ろうとするも、それをエレインが静止した。彼に触れてはならない、今はただそっとしておくんだ、と。
また、楔へと接続してしまった。接続を阻害する『恒常の指輪』も限界にきている。完全なる『楔の接続者』へとアクセルは近づきつつある。だけど、発生したプラズマ球体のせいで衝撃波は続いている、魔術を解くわけにはいかない。
(引き金はあの魔砲……厄介なことしてくれたわ、あのジジイめ。完全なる接続……それだけは防がなきゃいけない)
そんな彼女の思いに呼応したか、プラズマ球体は地面へと吸い込まれていくかのように、次第にその規模を収縮させていく。同時に、連盟部隊を襲う波濤も鳴りを潜めていく。
巻き上がった塵埃が徐々に晴れていくと、後に残されたのは、降り積もった深雪が取り払われて露出し、噴火口のように陥没した地表。そこに、破狼の姿はなかった。
「――リカ、ウルリカ~? 破狼の完全な消失を観測したよー。一先ず地平線上に魔物の姿は見えないねー」
懐に仕舞った無線機から、パーシーの声が聞こえてきた。
「……ええ、ありがとうパーシー。でも、一応観測は続けてて頂戴」
すでに大気の乱れは過ぎ去った。風の障壁を解き、一息吐いて無線機を握るウルリカ。だが、その表情は晴れない。なぜなら、腰に吊した鍵の震えが止まらないからだ。
妙だ。見渡す限り魔物の姿はない、魔砲がもたらした咒術も消滅した。一つの戦いが終結したはずなのに、空気が重い。その場にいる誰もがその重みを認識していた、ゆえに勝ち鬨さえもあがらない。
ウルリカは踵を返し、うずくまって苦悶の声を漏らすアクセルに寄り添う。鍵の震えと同様に、彼の脳裏を襲う症状が治まらない。なぜ? 原因はなに? 理由はなに? 巨大な敵は消え去った、魔砲の波濤は過ぎ去った。しかし、まだ不可解な事象は続く、拭いきれない焦燥と危機感が続く。霞の中を進んでいるかのような思索に耽る、その時。
「彼方を見よ――ここに、この世の真実が目を覚ます。皆の者、心して身構えよ」
それは脳裏に響き渡る、メルランの声。それは精神感応を通じて、戦場に立つ全ての戦士に通達された。その言葉の意味を解する者は誰一人としていない。否、解する必要などなかった、もはや一目瞭然だった。
視界一面に広がる血染めの銀世界、その彼方の山岳にあって突如として現れた、異様にも月白色に光る柱。天と地を貫く巨大な光柱を視界に捉えた者達が、口々に言い立てる。あれはまさしく、降臨だと。
「……似てる……あたしの量子離散魔術に、そっくり……」
ウルリカが呟いた言葉通り、彼方に見える山岳をも包み込んだ月白の光柱――その内部では、量子離散魔術の術式にも似た、回路図の如き幾何学模様が組み上がっていく。無数に描かれる精緻なる網状の光芒。交差し、折り重なり、接続していく。
「な、何だよありゃあ……何が始まるってんだ……」
「なにあれ……まるで――ヒト、みたい……」
エレインの呟いた《ヒト》という言葉に、一行は血の気が引いていくのを感じる。彼方の光柱の只中にて描かれる、回路図を彷彿とさせる無数の光芒が、ヒトの形を象りつつあったのだ。それはまさに、創世神話に語り継がれる、巨神を思わせる。
「おい……おい! 何だよあれ! あれが咒術のもたらす神話の怪物って奴なのかよ!?」
「……分からないわ。全然、分からないけど……」
でも、何か違う気がする。巨神を象る光柱からは、魔力の波動をまるで感じないから。魔術であれ咒術であれ、原動力は魔力だ。光柱からどれほど距離があろうと、山岳を麓まで包み込むほどの巨大さに加え、肉眼ではっきりと視認できるだけの現象をもたらしたのであれば、僅かな魔力でも感知できないはずがない。
「……教授、そっちから見えてるんでしょ? あの光の柱が。あれは一体なに? あんたなら分かるんでしょ? 説明なさい」
「全く、先ほど説いたじゃろうに……あれがこの世の真実じゃ。お主ならそれで十分じゃろう?」
「……いい加減にして! こっちは切羽詰まってんのよ! あんた達の謎かけに付き合ってる暇なんてないの! 愚か者でも赤ん坊でも分かるよう単刀直入に説明なさい!!」
精神感応の先で、メルランは一息吐く。そして彼は、その重い口を開いた。
「――神じゃよ」
傍らにいたエレインが心配して、アクセルの肩に触れる――視界がずれる、意識がぶれる。即座に触れた手を離した。間違いない、その感覚はまさしく、義手装着の施術時と同じ。彼が我を忘れて、闇を纏った時と同じ。
「下がりなさいアクセルッ! アンタは十分役目を果たしたわ!」
ウルリカの言葉にさえ応えられず、足も動かないアクセル。遂にはうずくまり、小刻みに震え続ける。部隊の医療班が駆け寄ろうとするも、それをエレインが静止した。彼に触れてはならない、今はただそっとしておくんだ、と。
また、楔へと接続してしまった。接続を阻害する『恒常の指輪』も限界にきている。完全なる『楔の接続者』へとアクセルは近づきつつある。だけど、発生したプラズマ球体のせいで衝撃波は続いている、魔術を解くわけにはいかない。
(引き金はあの魔砲……厄介なことしてくれたわ、あのジジイめ。完全なる接続……それだけは防がなきゃいけない)
そんな彼女の思いに呼応したか、プラズマ球体は地面へと吸い込まれていくかのように、次第にその規模を収縮させていく。同時に、連盟部隊を襲う波濤も鳴りを潜めていく。
巻き上がった塵埃が徐々に晴れていくと、後に残されたのは、降り積もった深雪が取り払われて露出し、噴火口のように陥没した地表。そこに、破狼の姿はなかった。
「――リカ、ウルリカ~? 破狼の完全な消失を観測したよー。一先ず地平線上に魔物の姿は見えないねー」
懐に仕舞った無線機から、パーシーの声が聞こえてきた。
「……ええ、ありがとうパーシー。でも、一応観測は続けてて頂戴」
すでに大気の乱れは過ぎ去った。風の障壁を解き、一息吐いて無線機を握るウルリカ。だが、その表情は晴れない。なぜなら、腰に吊した鍵の震えが止まらないからだ。
妙だ。見渡す限り魔物の姿はない、魔砲がもたらした咒術も消滅した。一つの戦いが終結したはずなのに、空気が重い。その場にいる誰もがその重みを認識していた、ゆえに勝ち鬨さえもあがらない。
ウルリカは踵を返し、うずくまって苦悶の声を漏らすアクセルに寄り添う。鍵の震えと同様に、彼の脳裏を襲う症状が治まらない。なぜ? 原因はなに? 理由はなに? 巨大な敵は消え去った、魔砲の波濤は過ぎ去った。しかし、まだ不可解な事象は続く、拭いきれない焦燥と危機感が続く。霞の中を進んでいるかのような思索に耽る、その時。
「彼方を見よ――ここに、この世の真実が目を覚ます。皆の者、心して身構えよ」
それは脳裏に響き渡る、メルランの声。それは精神感応を通じて、戦場に立つ全ての戦士に通達された。その言葉の意味を解する者は誰一人としていない。否、解する必要などなかった、もはや一目瞭然だった。
視界一面に広がる血染めの銀世界、その彼方の山岳にあって突如として現れた、異様にも月白色に光る柱。天と地を貫く巨大な光柱を視界に捉えた者達が、口々に言い立てる。あれはまさしく、降臨だと。
「……似てる……あたしの量子離散魔術に、そっくり……」
ウルリカが呟いた言葉通り、彼方に見える山岳をも包み込んだ月白の光柱――その内部では、量子離散魔術の術式にも似た、回路図の如き幾何学模様が組み上がっていく。無数に描かれる精緻なる網状の光芒。交差し、折り重なり、接続していく。
「な、何だよありゃあ……何が始まるってんだ……」
「なにあれ……まるで――ヒト、みたい……」
エレインの呟いた《ヒト》という言葉に、一行は血の気が引いていくのを感じる。彼方の光柱の只中にて描かれる、回路図を彷彿とさせる無数の光芒が、ヒトの形を象りつつあったのだ。それはまさに、創世神話に語り継がれる、巨神を思わせる。
「おい……おい! 何だよあれ! あれが咒術のもたらす神話の怪物って奴なのかよ!?」
「……分からないわ。全然、分からないけど……」
でも、何か違う気がする。巨神を象る光柱からは、魔力の波動をまるで感じないから。魔術であれ咒術であれ、原動力は魔力だ。光柱からどれほど距離があろうと、山岳を麓まで包み込むほどの巨大さに加え、肉眼ではっきりと視認できるだけの現象をもたらしたのであれば、僅かな魔力でも感知できないはずがない。
「……教授、そっちから見えてるんでしょ? あの光の柱が。あれは一体なに? あんたなら分かるんでしょ? 説明なさい」
「全く、先ほど説いたじゃろうに……あれがこの世の真実じゃ。お主ならそれで十分じゃろう?」
「……いい加減にして! こっちは切羽詰まってんのよ! あんた達の謎かけに付き合ってる暇なんてないの! 愚か者でも赤ん坊でも分かるよう単刀直入に説明なさい!!」
精神感応の先で、メルランは一息吐く。そして彼は、その重い口を開いた。
「――神じゃよ」
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