マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-111【新王の参戦】

「――魔術の大老は、咒術を用意しているんだそうだよ。非常事態に禁忌だの禁呪だの、四の五の言ってられないってかねぇ」

 ウルリカとアクセルが振り返る。そこに居たのは、漆黒を湛えるセプテム軍の元帥服を身に纏った、新王レギナ。肩から脇腹に掛けて負ぶい紐を巻き付け、“煙霞の鉄城”で目の当たりにした自動小銃を携行していた。

「……珍しい組み合わせね、貴方達」

 その彼女の後ろには、パーシーとヴィルマーが立っていた。ウルリカの言う通り、誰もが初めて見る組み合わせと言える。

「うん、僕もレギナ王も、爺さんの動向が気になってね。ちょっとくらい手伝ってくれもいいのに、爺さんまるっきり戦場に姿見せないんだもんなぁ。だから、側近ヴィルマー君をさっきまで詰問してたとこさー」

 軽い口調で事の次第を語るパーシー、その目の縁には、隈を湛えていた。昨日から不眠不休で動いていたのだろうか。

「戦場で身体を張ってくれてるあんた達には、知る権利があるはずだよ。連中が何を企んでいるかをね。叔父貴が口を割るとは思えなくて、翁の教え子に聞かせてもらったのさ」

 レギナはそう言って外套を翻し、ヴィルマーの背中を叩く。彼は溜息を一つ零し、呟いた。

「君たち、本当に物騒だな、詰問なんて生易しい言葉で取り繕っているが。学生時代のウルリカを思わせるよ、手段をまるで選ぼうとしないんだからさ」

「あたしを巻き込むな、軍事オタク。あんたの方がよっぽど物騒な嗜好してんじゃないのよ」

 手で振り払うような仕草で、目の前の火の粉を払い除けるウルリカ。すると、脱線しかけた内容をアクセルが引き戻す。

「……それで、メルラン様のくわだてとは?」

「今言った通りさね。咒術を利用した兵器、だそうだよ。詳しくは彼も知らなんだそうだが……まさか、魔術の大老ともあろう者が、禁忌に触れるとはねぇ……」

「パーシーは私を教授の側近などと評しているが、斯く言う私にも一切を秘匿された計画だった。そう言うモノがある、とまでは知っていたが、詳細は厳格に伏せられていたんだよ」

 咒術という魔法の禁忌を扱おうとする時点で、機密として厳重な守秘が必要。万一、外部に漏れてしまえば、たとえ魔術界の最高顧問といえど処罰は免れない。しかし、直属の部下にさえ詳細を直隠しにする計画とは、如何に。

「……アタシは何だか、この戦いそのものよりも、もっと恐ろしい事が起きそうな気がしてならないよ」

 確かに、とウルリカは頷く。それがただ純粋に咒術を用いた兵器でしかないのなら、縮退魔境エルゴプリズム同様、用法用量に厳戒を敷けば大事に至りはしないだろう。

 だが、メルランの事だ。尋常の兵器ならば昨日の時点で使用していいもの、それをしない――或いは、できない――ということは、相応のリスクを孕んでいると捉えた方が自然だろう。

 兵器としての危険性だけでなく、ウルリカが出くわしたあの事象、便宜的に走魔性と呼んでいるものにも、恐らくは関係しているのかもしれない。

「……それよりレギナ、王様の貴女がこんな前線に来て大丈夫なの? 王としての執務が多分にあるんじゃなくて?」

「そうも言ってられないさ、戦力になるなら王様だって表立って動かないとねぇ。まあ、あの堅苦しい場所は性に合わないってのが本音だけどさ」

「なーんて言ってるけど、君が臥せってた間、レギナはずっと前線で働きっぱなしだったんだよ。昨日には既に疎開地域での軍需物資製造を開始させたし、王城の武器庫にある兵装は全て昨晩中に搬出を完了させたんだからさー」

 飄々と語りながら、懐から小型の単眼鏡を取り出すパーシー。すると、胸壁の前にやって来て、遠景を眺め始める。「うわー、こりゃ難儀だなぁ」などと軽い口調で呟きつつも、その目は既に、状況を高度に分析する観測者のそれに変わっていた。

「まあなんにせよ、昨日という日を乗り越えられたのは……ウルリカ、あんたが誰よりも命を張ってくれたお陰だ。みんな感謝しているよ。だけど、そのせいで身体、まだボロボロなんだろう? ちったぁこの戦い、アタシ達に任せておくれよ」

 口角を上げてそう言ったレギナ、胸に携えた自動小銃を掲げる。それはウルリカへの謝意と配慮もあるのだろうが、文明大国セプテムの王としての意地も又あるのだろう。

「……アタシ達の国が作り上げちまった、負の遺産もある。翁が禁忌を破るように、アタシ達も四の五の言ってる余裕なんてない。だからアイツらには、最後に一働きしてもらおうと思ってるんだよ」

 そう語るレギナの表情は、悲哀を帯びていた。自らが犯した罪ではなくとも、自らの故郷だと誇って止まない国家で起きた人道にもとる悲劇ゆえに、あたかも我が子の犯した罪に苛まれる母のように、彼女の胸を強く締め付けていた。

「だけどさ、この戦いを終えて、なお生き残る奴がいるなら……そしたら、社会に復帰させてやりたいのさ。どこまで人格を取り戻せるかは分からない。けど、人が人の操り人形として生きるだなんて、あっちゃいけない。そんなもの、無くさなきゃいけないんだよ」

 王として、人として、理想と現実の狭間で葛藤し、揺れ動く様は、危うくもあり、儚げでもあり、同時に、美しくもあった。誰もが納得のいく結論など存在しないと承知の上で、雲を掴むような遙か彼方に真善美を望む。だからウルリカは、レギナを信頼していた。

「……まあ、魔力も代謝されたことだし? お言葉に甘えて修復作業に専念させてもらうわ。その分、ウチの大将と密に連絡取って、頭脳労働に励ませてもらおうかしら」


―――


 再びセプテムの大地は、大気を震わせる轟音と、鼻を突く硝煙しょうえんとに包まれた。昨日の大火を覆い隠すかのように降り積もっていた雪は、今や見る影もなし。地上のベールは翻され、剥き出しの地表は穿たれ、焼け爛れ、踏みしだかれていく。

 昨日からの連戦ゆえに、確かな疲労が兵士達に見えるものの、それ以上に戦闘への慣れが目立つ。魔物の群勢自体の戦い方に変化はなく、ただ猪突猛進に侵攻してくる。故に、人類側の迎撃も変わらず、総力を挙げて筒を撃つ。その手際、その指揮、その観測において、昨日の経験が十全に生かされていた。

「あー、今日はみんな調子いいね。昨日の二割増し? くらいかな? 大分押してるよ」

「うむ。皆動きが最適化されてきている。兵装も追加され、手が足りないのではと危惧していたが、杞憂きゆうだったようだ」

「王の参戦も大きいな。あんな演説をされて、更には前線にまで立たれたら、奮い立たないわけにはいかないさ」

 パーシー、レンブラント、ヴィルマー。後衛の指揮官達が無線機越しに戦況を報告し合っていた。

 砲撃速度および士気は昨日のそれを超え、蓄積した疲労に反比例して、その練度は目を見張るものがあった。攻勢は順調、だが、尋常ではない敵影の頭数にも変わりはない。効率的な攻め手を継続できたとしても、現状のペースでは、やはり接近戦闘は不可避。まさしく、決め手に欠ける戦いを強いられていた。

「だがこのままでは、魔物が城郭へと到達するのは時間の問題だ。さて、どうするか……」

「あたし達魔術師を忘れて貰っちゃ困るわ。手立てはちゃんと考えてあるわよ」

「うわ、ビックリした~」

 望遠鏡を覗きながら片手に持つ無線機で会話するパーシー。そこに、アクセルに支えられたウルリカが割って入ってきた。

「安静にしておきなさい、と言いたいところだが……ウルリカ、何か考えがあるのか?」

「まだみんなに報告してなかったわよね。首の皮一枚繋いで帰還した昨日の作戦でね、一つ見つけたのよ、あたし」

「へえ。魔物の群れの渦中にあって、発見があるとすれば……未確認の生態、とか?」

 ヴィルマーが詮索せんさくを入れる。ウルリカは相槌を打って、事の顛末を語り始めた。

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