マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-071【烈火の義人】

「叔父貴! そいつは本当ですか!?」

「……レギナ」

 ゴドフリーがイングリッドに対し、ハプスブルクの計画の首尾を説明し終えた直後だった。

 入口の鉄扉が勢いよく開くと、一人の女が焦燥の顔を露わにしながら入室してきた。ゴドフリーはその女を認めると、 かすかに眉を顰めつつ、革命軍筆頭の名を呟く。

(――革命軍筆頭レギナ・ドラガノフ、この女がそのようね。それにしても、今ゴドフリーを叔父と……? アナンデールの眷属に、ドラガノフなどという姓の者は存在しない……偽名? 養子? それとも単なる愛称? なんにせよ、革命軍は徹頭徹尾ゴドフリーの息がかかっているということ……)

 ゴドフリーの企てる計画、そしてハプスブルク卿の画策する計画の全容を彼の口から説明され、イングリッドの疑念は払拭されつつあるものの、

(地と人の利を捨てたハプスブルクには、天の利がある。人類がこのまま生き永らえるには、あの男を出し抜く他ない)

 ハプスブルク卿側とゴドフリー含む勇者一行側の計画には、開始地点から既に大きな隔たりがあった。それを埋めるには、公爵と双璧をなすゴドフリーの支援が不可欠だった。

(彼の個人的な感情にさしたる興味はないけれど、目指しているものは同じ。加担してあげる分、精々勇者を支援してもらうわ――)

 イングリッドが一人考え込んでいると、背中越しに怒号のように大きな声が木霊して、彼女の思考を乱してきた。

「叔父貴! アタシにも出来ることはないんですか!? アタシはこの革命に命を掛けてるんです! 民草のためなら、この命いつでも捨てられる覚悟なんです!!」

(……一々、五月蝿い女……)

 思考を乱された上に、綺麗事を並べた臭い三文芝居を見せられている気分になり、辟易とするイングリッド。サムや部下、他の構成員たちも、「また始まった」とばかりの表情を湛えている。およそ、よくある光景のようだ。そんな、興奮して肩を震わせるレギナの前にサルバトーレが歩み寄り、なんとか宥めようと試みるも、

「姐さん、落ち着いてくれや。どうも勘違いしてやいねえか? 俺たちが今出来んのは、その革命運動ってやつだけだ。魔物の侵攻に関しちゃ、攻め入って来る前に革命を収めりゃ、手の打ちようがあるって話なんだ。そん時はそん時に考えりゃいい。今は目の前のことに集中――」

 サルバトーレがそう言い終える直前、痺れを切らしたレギナは鋭い剣幕で彼の胸ぐらを掴み、

「舐めてんのかいテメェ!? あぁん!? 言われなくたってそんくらい分かってんのさ、あんたは黙ってな!! アタシは今、叔父貴と話してんだ!!!」

 サルバトーレを足払いで掬い上げたかと思えば、宙空に浮かんだ大の男を力任せに放り投げてしまった。放物線を描いて、サムに勢いよくぶつかる。

(……なるほど。ハプスブルク卿の言葉の意味が分かったわ。こういう性質の女なのね)

 直情径行、猪突猛進、大胆不敵、そんな言葉がこれほどピタリと当てはまる人間もなかなかいない。周囲を慮り過ぎるエレインと足して二で割れば、大層敏腕な指導者が生まれるのでは、などと戯れに考えてみるイングリッドだった。

「――レギナ、レギナ。分かった、少し落ち着いて話そう。そこに座れ」

(えっ、隣に来るの)

 イングリッドは煩わしさが表情に現れるのを咄嗟に抑え込む。隣人がそんなことに必死になっているなど思い至るべくもなく、レギナは荒々しい仕草でイングリッドの隣に座った。

 彼女という情熱的人間性を形容するかのような、朱の長髪と瞳、そして唇。しかし、顔の彫りが浅く、調書には齢四十を越えているとの情報にも依らず、一見すると妙齢にすら見える容貌。目測でもウルリカなどと似て、凡そ武人とは程遠い背丈体躯で、背中越しに感じた威勢にはそぐわぬ外見。身に纏う年季の入った迷彩戦闘服だけが、辛うじて先ほどの荒々しさを代弁していた。

「あんたはローエングリン卿のイングリッドだね。叔父貴から話は聞いてるよ。文武に秀でた万能の逸材だってね」

「滅相もございませんわ」

「謙遜の必要はないよ、その評価が過大じゃないってことは対面してすぐに分かった。だけど、ここセプテムはアタシらの故郷だ、自分たちのケツは自分たちで拭く。だから、あんたたちはあんたたちの使命を全うしておくれよ。いやまあ、アタシの生まれは楼摩だけどさ」

(なんですって? 楼摩?)

 イングリッドは鋭い目つきでゴドフリーを睨め付ける。ゴドフリーは葉巻を咥えながら、ハッとしてイングリッドの方に顔を向けた。

「貴様には言っていなかったか。いや、ウルリカが共有していなかったようだな。そうだ、レギナは大陸から海を隔てた極東の国楼摩の人間だ。前執政者時代のセプテムと楼摩との機密外交下における外交使節団の一人として派遣された」

 ゴドフリーの説明を受けて、イングリッドは大方理解した。彼女が何者であり、ゴドフリーとはどのような関係性で、彼女がなぜ革命軍を率いているのかを。

「だが、この国の執政権限が元国防軍参謀総長のエフセイ・ボブロフへと移った暫くの後、こいつは政治家の道を退いた。その後、祖国からの命により、革命運動を率いる革命家に転身した。楼摩の出自を隠してな」

「アタシはね、確かに楼摩の人間さ。無論楼摩からの命令で動いてもいる。だけど、アタシの魂はセプテムにある。許せないね、この国を私利私欲で利用する、奴だけは……!」

 両手を組んでまっすぐに前を見遣るレギナは、独裁者ボブロフへの怒りと闘志で漲っていた。

「……まあ、アタシのことは別にいいんだ。それよりも……! 叔父貴、ハプスブルクが民草を見捨てようとしているというのは、本当ですか!? あのキザ野郎、前々からいけ好かない人間だとは思っていたが、性根から腐っていたなんてね……!」

 握り拳を膝に叩きつけるレギナ。凛然と輝く朱の眼には、高潔なる義憤の炎が燃えていた。

「叔父貴、この革命運動を成功させるのはアタシの使命だと思っています。ですが、魔物から民草を守るのは、アタシという個人を越えた、強者たる者の使命です。ハプスブルクが民草を見捨てると言うなら、アタシはこの命を以って守り抜きますよ!!」

 歯を食いしばり、爪が掌に食い込むほど拳を握りしめ、眼前のゴドフリーに訴えかける。その迫力は、先刻イングリッドに脅されようとも動じなかった、冷徹なる男をすら圧倒した。

「ああ、お前の熱意は伝わった。俺達は俺達の出来ることをしよう」

 葉巻をひと吸いし、ゆっくりと煙を吐き出す。灰皿に短くなった葉巻を置いて、レギナの方に向き直った。

「これから、革命運動を如何に進めるかを説明していく。俺たちは大きく二つの目標を掲げている。一に早期決着、二に無血開城。これをクリアするには、お前と勇者ウルリカの二人が不可欠だ。順を追って話していこう」

 ゴドフリーの深く鈍重なる声色に対し、レギナは力強く頷いた。

 隣で見聞きしていたイングリッド曰く、久しくこのような義人は見ていないそうな。豪胆なるアレクシアとも、懇篤なるエレインとも異なる、他者のためなら自己犠牲を厭わない、烈火の如き覇気を纏いし女傑。相克することの多い、野心と慈悲深さが見事に融和した、覇者にして人格者。もしも彼女の前途に良き王道が開かれたならば、善政を敷くであろう名君の器。

(生死が錯綜する戦場に立った時こそ、その者の真価が問われる。言葉に偽善は含まれていないようだけれど、果たしてその覚悟が真かどうか、多少興味が湧いたわ。五月蝿いけれど)

 皮肉屋の彼女なりではあるものの、レギナに対して一定の評価を下したようだった。


―――


 その日は晴天。秋も終わりを迎える時期に差し掛かり、グラティアには涼風が肌を撫でる叙情的なる季節が到来していた。避寒の観光地としても有名で、各国の有力な貴族がこぞって訪れる光景も、此国のこの時期の名物となっていた。

 勇者一行と連盟部隊はウルリカを起点として出発の準備に取り掛かっていた。要人への挨拶もそこそこに、女王マースらと本作戦の最終確認を済ませ、パーシーを無線機の説明のため王宮に残し、ウルリカはレンブラントとルイーサを連れて軍事演習場へと向かった。物資は前日までに演習場へと運び切っていたため、ウルリカの指示のもと荷造りを滞りなく進めていく。

 ウルリカは同時並行で、部隊運営、そして行軍用の馬車と馬の管理、さらには物資の保存状態に至るまで、事前に一通りの情報を収集し、問題の洗い出しを行った。洗い出された問題は統計に掛けられ、問題傾向を分析。そこから導き出された、行軍時および戦時に配慮すべき注意事項を列挙し、連盟部隊の総司令官に着任したアレクシアに共有した。

 慣れない環境から不調となる者がいれば医療班が、装具や馬具に欠損や不足があれば技術班が、そして諸々の作業をウルリカが主導。身体が二つあれば、と随所で不満を漏らしつつも、超人的な作業速度と複数同時処理で行軍準備を進めていく。片時も休みなく、更には身体能力を魔力で底上げしながらの労働。たちまち彼女の体力は消耗されていった。

 行軍準備が完了する頃には、日が真上に昇り、正午を過ぎていた。パーシーと落ち合う予定となっている王都北方に陣を取るため出発。ウルリカは他種部隊との連結による影響から、進行の鈍化を危惧していたが、そこは練磨された各個の連携能力が補完することで問題を無視できた。

 蒸気自動車を駆って現れたパーシーを後方に置き、一行はセプテムへと行軍を開始する。

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