マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~

松之丞

Log-070【最善手の模索】

 ジェラルド率いる第二国境駐屯兵団は、年中昼夜を問わず突発的に発生する魔物との戦いを切り抜けなければいけない職業柄、その培われた対魔物戦闘に於ける深い戦術的見識を認められ、また兵士三十六人という一個小隊程度と、小回りの効く規模であったため、遊撃部隊として用いられることとなった。

 その役割は、連盟部隊の先導と敵性群体の撹乱。

「おおよその事は分かった、俺達はその役割を全うしよう。これまでの戦闘経験を活かせば、難しい話ではない――だが、異なる種の魔物が群れをなすという話は本当か?」

 ジェラルドはいつにも増して真剣な表情を湛える。長年魔物と対峙してきた彼の経験上、同種の魔物が群をなしても、異なる種で群をなす光景など見たことがなかった。

 アレクシアは腕を組みながら、悩ましく眉間に皺を寄せて頷く。

「ああ、マジらしい。その筋に詳しいモンが語るにはな。それが事実なら厄介この上ねえ話だ」

 しかし、そうは言った彼女だったが、すぐに凛とした表情へと変わっていた。

「だが、実際どれほど連携が取れているかは分からねえ。逆に言や、人間サマほど密な連携が取れているとも思えねえ。奴らにゃ共通の言語もなけりゃ、それを理解する頭もねえ。そもそも個体によって身体構造が疎らだ。同種で固まった奴らには一層気を払いつつ、アンタたちは異種で固まった奴らを崩してくれ。崩れたところを俺たちが叩く」

 アレクシアはそう言って、掌に握り拳を叩きつける。小気味良い乾いた音が天幕に鳴り響いた。 その強気な言葉、その迷いのない判断、その一挙手一投足は、彼女の溌剌はつらつとしたカリスマ性も相まって周囲を鼓舞した。

「その上、あの国の先進兵器を利用させてもらえりゃあ、戦況は見違える。連合軍と合流するまでなら、なんとか耐え切れるはずさ。いや、耐え切んなきゃな」

「うん。だから、革命運動をなるべく素早く被害なく、できれば穏便に済ませたいところだね。こればっかりは、ウルリカやゴドフリーさんたちの妙案に期待するしかないなぁ」

 エレインの言葉には歯痒さが込もっていた。下手に連盟部隊が表立って動いてしまえば、大勢の血が流れてしまうのは必定だったからだ。そのため、ウルリカからも、緊急でなければ手出し厳禁だと、釘を刺されていた。

 無血開城、それがウルリカの目指す革命運動の結末だった。


―――


「ウルリカ! 一先ず向こうの研究仲間と連絡が取れたよ! まあこの距離だし、短文のやり取りが限界だけど。でもとにかく、無線を受け取れる媒体機があれば、緊急の通達は問題ないね」

「助かるわパーシー。まさかこの国に国家間程度の遠隔通信ができる無線機が存在しないなんて思わなかったわ。文句つけて材料はすぐに調達できたから良いものの」

「仕方ないよ。ボクらの国だって有線拡大を優先して、無線技術には全然理解を示してくれないんだから。まあボクの無線電話も然りだけど、実用化にはまだまだ程遠いからね」

 既に日が落ち、月が満ちた頃。机上に大きな機械を置いて椅子に腰掛けながら弄くるパーシーと、それを横で見守るウルリカ。

 二人は王宮内にある客間の一室を借り受けて、パーシー手製の無線機の試験をしていた。セプテムに住む彼の学術研究仲間に対して文章を送り、今しがた返事が帰ってきた所だった。

 無線機はタイプライター式で、文書を電波送信するもの。こういった電報を受け取る為の電信住所アドレスを、パーシーを含めた研究仲間の殆どが所有しており、そこに宛てて文書をしたためることで特定の無線機に対する伝送が可能となる。

 主要三ヶ国はそれぞれが問題なく自給可能なほどに豊かな資源を領内に持つため、他国との交流を重視するよりも国内の流通を円滑化させた方が国力の増大に繋がるのだった。個人を除いた場合の話だ。

 ウルリカは自ら淹れた紅茶を片手に持ち、もう片方の手に持った淹れたての珈琲をパーシーに手渡す。

「お疲れ。今日はとりあえずこの辺で大丈夫よ。もう休んでいいわ」

「おおー! 少し頑張るとウルリカの淹れた珈琲が飲めるのか。なかなか貴重な体験だね」

「そうよ。光栄に身を震わせながら噛み締めて飲みなさい」

 ウルリカは口角を上げて微笑を浮かべる。パーシーの隣に置かれた椅子に腰掛けた。

「あんたさ、あのマリー夫人ってどこで知り合ったの?」

 紅茶を啜りながら、彼女は素朴な質問を投げかける。パーシーは思わず吹き出した。

「えぇ? それってこのタイミングでする話題?」

「単なる興味よ。あんたみたいな変人を拾ってくれるなんて、とんだ聖人じゃない」

「ひどいなあ、そんな言い方ってあるかい? まるでボクがマリーに拾われたような物言いじゃないか」

「そう言ってんのよ。あたしだって暇じゃないんだからさっさと喋りなさい」

「なんて横柄な質問者なんだ……」

 そうだなあ、と呟いて、追憶しながら珈琲を一口啜る。

「マリーとは、大学時代に知り合ってね。彼女は生物学を、ボクは最初工学を専攻してたんだ。途中でボクが錬金術の道に変えた時期には、彼女は生物でも特に植物を研究しててね。当時、彼女が植物の薬理研究をしている過程で、錬金術との共同研究が必要となる部分があったんだよ。その時、丁度越してきたばかりで手の空いていたボクが、その共同研究チームに抜擢されたってわけさ」

「なるほどね。夫人の研究内容とも相まって例の庭が出来上がったわけね」

「え? いや、あの庭は一部マリー用だけど、ほとんどボクの趣味だね」

「あんたってやっぱ変人だわ」

 ウルリカは呆れて言い放った。パーシーは頭を掻きながら腑に落ちない顔をする。

「まあいいや。それからは、特別何かあったわけじゃないんだけど……お互い研究第一だったしね」

「あら? 大学時代には付き合ってなかったの?」

「うん、ボクもマリーも自分の研究で大忙しだったから、恋愛に惚けてる暇なんてなかったんだ。その状況は大学院に行ったって変わらず。結局、彼女と再会したのは、ボクが自宅を研究所に作り変えてからだね」

「あんたんとこは昔からあんな感じじゃない」

「確かに、外観はそうかもね。それでもまだまだ機材も作りも甘くて、ほぼ一から作り変えたのさ。そこまでは何とかなったんだけど、いざ仕事ってなったら、流石に一人じゃ手が回らなくてね。使用人たちにも手伝ってもらってたんだけど、如何せん専門分野だから、実践的な部分は全部ボク一人だけだったんだ」

「そりゃそうでしょうよ。それで、あんたの研究を直に手伝える助手ってことで夫人が登場するのね」

「そういうこと。たまたまその時期の研究内容的に、薬品知識に明るい助手が必要でね。それで大学に問い合わせてみたら、まだマリーが研究室に残ってたんだよ。顔見知りだったし、彼女も独立して研究したいって言ってたから、ボクんとこに助手兼植物学者として引き抜いたのさ」

「ふーん、もう結構経つのね……子供は作らないの?」

「もう身籠ってるんじゃないかな? まだお腹は大きくなってないけどね」

「は? あんた、随分軽く言うわね。あたしが夫人ならその面蹴飛ばしてるところだわ」

「君ならどの立場にあっても蹴飛ばしてきそうだけどね……」

 冷ややかな眼で睨めつけてくるウルリカの視線を、顔を横に向けて受け流すパーシー。

「でも、ボクが帰る頃にはお産の準備が始まるだろうから、マリーには今のうちに羽を伸ばして欲しかったのさ。ボクも彼女も、本来は単独行動が性に合ってるからね」

「ふーん、そういうもんなのね」

 ウルリカはそう呟くと、顎に手をやって俯く。物思いに耽るように押し黙った。

「ウルリカ? どうしたんだい?」

「いえ、なんでもないわ。貴重な経験談をありがとう」

「え? うん、どういたしまして。ヤマもオチもない話だけど、そんなのでよければいつでも」

 ウルリカは礼を言うと、飲みかけの冷めた紅茶を飲み干す。一息吐いて立ち上がり、

「じゃ、あたしは別の用事があるからこの辺で。明日その無線機をティムール大臣に上納するから、そこにあんたもいて頂戴。簡単な説明をしてもらうわ」

「うん、分かった。ボクはここで夜を明かすから、用のある時に呼んでよ」

「……あ、色々頼んで悪いんだけど、折角あんたの研究仲間に連絡つくなら、一つ頼まれてくれないかしら?」

「はいはい、早速の御用だね。何をご所望だい?」

「あんたが父上に預けてた無線電話の製造よ。可能な限り、大量にね」

「……え?」

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