ちょっとだけ切ない短編集

北きつね

消された証

 俺は、消防士をしている。
 よくある話だが、この職業をしていると、”バカ”に遭遇する事が多い。

 今日も、高校生の”ガキ”が、公園で花火をしていると連絡が入った。”警察に言えよ”とも思うが、公園の遊具が燃えていると言われたら、緊急出動しなければならない。

 俺は、大木の様にはなれないだろう。
 やつは、中学生の時に、学校で自殺騒ぎがあり、それが後に事故だと言われて、最終的には、いじめの延長で殺されたと知った。その殺人がきっかけで、同窓会で数名が殺されるという事件があった。やつは、それがきっかけで、今でも収監されている犯人の所に、月イチで通っている。そして、独居老人が増えている田舎町で、独居老人をボランティアで休みの時に訪ね歩いている。
 本人は、罪滅ぼしだと言っている。やつの同級生も何人か紹介されたが、心に傷を持つのか、少し考え方が”普通”じゃなかった。

 今日、警察に引き渡した、”ガキ”も普通ではなかった。3人だったが、3人とも有名市立で、親や親族が、地元ならではの有名人だ。

「所長!」
「おぉおつかれ。引き渡しは終わったか?」
「えぇいつもどおりですよ。警察も受け取りを拒否していますからね」
「まぁそうだろうな。それで?」
「いつもどおりですよ」
「わかった。こちらの義務は果たしたのだから問題ない」
「お願いしますよ」

 どうせ所長の所にも金が流れてきているのだろう。所長もクズだが、それを良しとしている時点で俺も同類なんだろうな。

「佐伯!」

 消防署を出た所で、呼び止められた。
 振り向いた所に居たのは、幼馴染と言っていいだろう。近藤だった

「なんだ。近藤。迎えに来てくれたのか?」
「あぁ高橋に連絡したら、少し遅れると言っていたからな。お前を拾ってから、高橋を拾えばいいだろうからな」

 高橋も、同級生だ。3人でよくつるんでいろんな事をやった。
 だが、俺たちも今年で30になる。この前集まった時に、誰がいい出したかわからないが、”あの場所”に、行ってみようという事になった。

「わかった。それで足は?俺が出すか?」
「お前の乗れるか?」
「乗れるとは思うけど、近藤が車で来ているのなら、そっちがいいよな?俺なら、消防署に停めておいても大丈夫だからな」

 地方都市の消防署だけあって、職員は全員車で出勤してきている。ただ、夜勤明けで車の運転が怪しい場合は、消防署に車を置いたまま帰宅する事がよくある。土地だけは余っているので、職員なら駐車は無料だ。

「そうするか?」
「どこに停めている?」
「その先のコンビニ」
「了解。少し何か買ってから、高橋の所に行くか?」
「そうだな」

 高橋が勤めている会社は、市内にある。車で15分くらいだ。国道を通るか、バイバスを通るか、地元の連中が使う。北街道きたかいどうを通るかだが、近藤はバイバスを通らないで、北街道を行くようだ。時間的に、丁度いいのだろう。
 コンビニで買った、サンドイッチをつまみながら、近況報告をお互いに行う。

 それほど頻繁に会っているわけではないが、社会人になってから、1年くらい会わなくても報告しあう近況報告は少なくなる。
 ネットもある。そのために、自然と話は昔話になっていく。

 俺と高橋は同じ中学で、近藤が隣の中学。高校が、俺と近藤が同じで、高橋が違う高校。小学校が同じとかではなく、小学校の時の塾の合宿に参加したときに仲良くなった。
 3泊4日で、目的地の寂れた港町にある、山?にある”野外センター”で勉強をするというものだった。そこで、出会って意気投合した。

 小学生らしく、かわいい悪戯いたずらも沢山やった。
 そんな昔話しに花を咲かせていた。

 それは、高橋を拾ってからも変わらない。
 高橋は、約束の時間に間に合いそうに無いと言って、奴が働いている会社の入っているビルの地下にある。カフェで待っていて欲しいと言われた。
 30分程度待っていると、高橋が現れた。小腹も空いていたので、3人で軽く食事を摂ってから、目的地に向かう事にした。

 今から向かいのは、寂れた港町。
 俺たちも、なんで向っているのか、正直わからない。俺たちが、小学生や中学生の時の、話に花を咲かせているのには、理由がある。
 高校の時にも、学校は違ったが、よくつるんでいた。3人とも何か部活をやっていたわけではない。バイト先を同じにして、待ち合わせをして遊びに行ったりしていた。

 高校3年生。夏の終わり。

---
「佐伯。進路どうする?」
「俺は、消防士になるよ。子供の時からの夢だから」
「へぇそんな事言っていたな」

 子供の時からの夢と言っているが実際には違う。
 爺さんから言われ続けて、爺さんが死んでしまった事で、他に選ぶ事ができなくなってしまった”呪い”の様な物だ。

「それにしても、佐伯が消防士とは笑えるな」
「なんだよ。そういうお前はどうする?」

 近藤は、家業を継ぐのだろう。長男だったはずだし、妹だけだったはずだ。

「俺か?多分、高校卒業したら、水産加工会社に就職して、しばらくしたら、修行に出るだろうな」

 おでん屋をやっている近藤としては、それが決められた道なのだろう。
 それに反発する気持ちも有ったのだろう、俺たちと一緒にいる時間が多くなっている。

「そういや、高橋はどうする?」
「俺か?多分、学校の求人に適当に応募すると思うぞ」
「へぇそうなのか?」
「あぁ工業だからな。求人は多いし、殆どが就職だぞ。お前たちみたいなエリート様とは違うからな」

 そんな事を言っているが、俺たちの高校よりも、高橋の入った”科”のほうが偏差値が高い。工業は、”科”ごとの偏差値の開きが大きい。

「あ!そう言えば、佐伯も高橋も、免許取ったよな?」

 俺も、高橋も、5月産まれ。12月生まれの近藤と違って、夏休み中に免許が取得できる。
 就職組として免許の取得が学校から認められるのだ。

「おぉ」「あぁ」
「!!それなら、遊びに行かないか?」
「いいけど、どこへ?」
「どこでもいい。車で出かけようぜ!」
「はぁ車?持ってないのだけど?」
「あぁ大丈夫。俺が免許取ったとき様に、爺さんが乗っていた車もらってある。おやじが言うには、保険も入っている・・・らしい」

 近藤の爺さんの車は、Kカーだ。俺たちは、初めてのドライブで気分が高揚していた。
 目的地はなく、なんとなく車を走らせている。今までは、親父やお袋の車に乗らないと行けない場所にも、行ってみた。

 いつの間にか、辺りは暗くなってきていた。
 時間には、21時近くになっていた。3人とも普段から遊び歩いているので、親たちは何も言わなくなっている。

「そうだ!」
「なんだ、近藤!」
「あぁワリぃワリぃ。クラスの女子共が話していた事を思い出した」
「誰だよ?」
「誰でもいいだろう」「どうせ、飯塚さんだろう?」「っ違う。確かに、飯塚さんの友達らしいけど・・・な」

「そんな事じゃなくて、ほら、飯塚さんたちの町」
「あぁバイバスを行った所にある港町だろう?」
「そうそう、その町の話って聞いたこと無いか?」

 あの町には、いろいろな話しがある。
 野外センターの仏舎利塔に出る火の玉。誰も使っていないのに、水浸しになるトイレ。港の儀式で死んだ男が海に現れる話。元武家屋敷だった場所で夜中に聞こえるうめき声。夜中にプールに佇む子供。中学校の男子更衣室の老婆。いじめを苦に自殺した女子生徒が現れる沢。一度入ったら出られない消波ブロック。

 それぞれに逸話があり、心霊スポットになっている。
 新しくここに、廃業した焼却炉が、夜中に使われている。と、言うものだ。市内なら浮浪者でも居るのだろうという結論になるが、その焼却炉がある場所が、山の中でトンネルを抜けた先にあり、車がなければいけない場所にある。そして、トンネルが車一台が通れるくらいで、もちろん灯りなどない。人が住める場所もない上に、焼却炉も壊れて居るし、事務所だった建物も、土砂崩れで埋まってしまっている。
 その焼却炉で”何か”を燃やしているらしい。煙を目撃した人も居る。その上、土砂で事務所が埋まったときに死んでしまった。夫妻を見たという証言もある。この山を流れる沢が、いじめに苦しんだ女子生が自殺した沢の上流で、女子生徒とその両親では無いかとも言われている。

 そんな話を、車の中で近藤がした。

「それじゃ俺たちでその心霊スポットの真贋を鑑定してやろう」
「はぁバカじゃないのか?」

 しかし、高橋が運転する車は、バイバスに入っている。港町に向かう進路を取っているのだ。
 バイパスに入ってしまうと、あの町まで一直線だ。20分くらいはかかるだろうが。近藤が、愛しの飯塚さんたちが話していた内容を披露した。

 目的地はなかなか見つからなかったが、港町だが、すぐに山がある。狭い町だ。
 話では、港から煙が見える山となっている。この町には、港は二箇所あり、一箇所は小さな港で、地元の人間も殆ど行かないらしい。もうひとつは、灯台があり船も係留してある。バイバスから側道に入る。上り坂になっている側道を上がって、左に曲がる。そして、すぐに右に曲がる。駅方面に向かう。駅で一休みする事にした。地図を広げて確認すると、目的地がわかった。
 焼却炉は書かれていなかったが、港から近くて、山道があり、道幅が狭く、トンネルがある。その先が行き止まりになっている。途中に、プールがあり、さらに奥に行くと、お墓がある場所は、そこだけのようだ。

 車を走らせる。

 トンネルを抜ける。”何も”なかった。
「ほら、何も無い。学校が始まったら、飯塚さんたちに言ってやろう!」

 近藤がこんな話を大声でしだす。普段よりも、大きな声は、何か意図があるのだろう。実際、俺たちの話し声は、普段よりも大きくなっている。怖いわけではない。何も無いのはわかっている。

「なんだデマか?」
「焼却炉なんて無いぞ!」

 ゆっくり走っている車の中から周りを見るが、焼却炉は見当たらない。
 5分くらい車を走らせたら、少し広場の様になっている所が見つかった。

 一旦車を止めて、皆外に出る。

「Uターンして帰るか?」
「そうだな」

 皆同じ気分なのだろう。
 なんとなく気持ち悪い。怖いわけではない。気持ち悪いのだ。車のラジオもさっきから入らない。ライトを付けているのに薄暗く感じるのだ。この町で、霧が出るとはあまり聞かない。

 3人が車に乗り込んで、一気にUターンしようとして、アクセルを踏み込む。
 レーサがやるように、アクセルターンをしようとしたのだろ

「おぃ高橋。車がぁぁぁ」

 横滑りを起こしている。

「わかっている!」

”ドン!”

「・・・」「え?」「・・・」

 車が止まった。
”バン!バン!”
”ギャァァァァァ!!”

「なに?」「え?」

 皆、あわてて車から飛び出た。

「何も無いよな?」

 高橋が震える声で聞いてくる。
 車の周りを見るが、砂利の上に、車が横滑りした後が残されているだけだ。

 夜の街灯がない場所。周りを照らすのは、車のヘッドライトと室内灯だけだ。暗い。上を見上げると、星や月が出ているが、光が差し込んでいないかのように、辺りは真っ暗。漆黒の闇だ。

「確かに、人の声だったよな?」
「違う!そんな事はない!どこに、人なんていない!」

 車の後部座席の窓に、”人の手”の跡がある。徐々に赤くなっている。

「高橋。近藤!後ろ!」

 二人が後ろを振り向く。俺には、そこに”誰か”が居たように感じた。

「脅かすなよ」
「まったく、何も居ないよな・・・佐伯・・・どうした?」

 俺は、左腕に激痛を感じる。何かに握られて居るようだ。すごい力で、上腕を掴まれている。
 掴まれているところを、触るが何も無い。上腕が間違いなく締め上げられている。

 引っ張られる。俺だけじゃなく、皆も、同じ上腕を抑えている。車からどんどん離れていく。
 引きずられている。崖なのか、暗闇の方に、そこになにがあるのかわからないが引きずられる。

「やめろ!!!!」

 ふっと上腕を握る力が弱まる。
 高橋と近藤の腕を掴んで、車に戻る。

 運転席に座って、エンジンをかける。

 アクセルを踏み込むが車が前に進んでいる感覚が無い。

 フロントガラスや窓ガラスに、手形が浮かび上がる。赤く、赤い手形が無数に出ている。

「どけぇぇぇ!!!」

 前輪が空転していたのが、急激に地面をとらえて、車が急発進する。

 どこを走ったのかわからないが、トンネルを抜ける。周りの音が戻ってくる感覚になる。
 そうだ、トンネルを抜けてから、音が、虫の鳴き声が、エンジン音が、何も聞こえなかった。
 音が聞こえるようになると、ガラスを覆っていた手形が綺麗に消えている。何もなかったかのように・・・。

 山道をゆっくりと走りながら旧国道に戻る。街灯の下に車を止めた。

 何もいわないで、車から出て、確認する。傷どころか、車には、なんの跡も残っていなかった。
 高橋も近藤も、不思議そうに、気持ち悪そうに、車を確認している。

 そうだ、上腕は?

 掴まれていた場所を確認すると、4本の線が入っている。ただそれだけだ。太めの鉛筆で引いたような線だ。長さは、5cmくらいだろうか。高橋と今度にも、同じ跡が残されていた。左上腕に、4本の線ができている。どこかで、できた線なのだろう。そう考えるしかなかった。

 それから、どうやって帰ったのか覚えていないが、てっぺん近い時間になってしまったが、お互いの家の前で別れた。

---

 あれから12年。
 運転は、近藤から高橋に変わった。

 この辺りは、12年くらいじゃさほど変わらないのだろう。コンビニができたり、パチンコが潰れたり、その程度の変化はあるが、山道に入ってしまうと、何も変わっていないように思える。

「そういやぁ高橋。焼却炉ってあるのだろう?」
「あぁ調べた」

 あれから、俺もしばらく新聞を読むようになった。2日が経過して、4日が経過して、1週間が経過したくらいでやっと落ち着いた。

 高橋も気になって調べたようだ。焼却炉だけではなく、トンネル事やいろいろだ。

 焼却炉が有ったのは事実だったらしいが、事務所とかはなく、近くの農家がゴミをまとめて燃やす場所になっていたようで、実際に、12年前にはすでに使うのを禁止されていたようだ。あの広場は、ゴム集積所になっていて、月に数回。あそこまで、ゴミ集積車が上がっていって、回収する事になっているらしい。焼却炉は、広場の下に有ったらしい。
 そして、あの山のトンネルの先は、東京の物好きが購入しているらしい。トンネルの先は、私有地となって立ち入りが禁止されている。

 そんな話をしていると、トンネルが見えてきた。
 街灯が切れている状態では暗くて確認できないが、確かに、記憶にあるのと同じトンネルが目の前に見えてきている。

 トンネルの中に入る。高橋がハイビームにする。そのまま、車が暗闇を照らしながら進んでいく。狭いトンネルを抜ける。記憶している場所はもっと上のハズだ。

「どうする?」
「せっかくここまで来たから歩くか?」
「そうだな」

 車を、柵の前で止め、懐中電灯を手に持って外に出た。
 こんなに、空が近かったか?
 虫の鳴き声や、草木が揺れる音がしている。星や月明かりで十分明るい。柵を超えて、悪くなってしまっている道路を進む。

 10分くらい進んだのだろうか?
 広場になっている所が見えてきた。目的地だ。

 広場の真ん中まで歩を進める。やっぱりなにもない。

「佐伯!!」
「あぁ?」

 痛い。左上腕がすごく痛む。
 なんだ?どうした?

 横を歩いていたはずの近藤を見る。は居た。近藤も左上腕を抑えている。

「近藤!?高橋は?」

 高橋は、俺の左隣に居たはずだ。
 懐中電灯で、地面を照らすが、足跡もなにもない。もともと、そこに存在していなかったかの様だ。

「近藤!高橋は、ど・・こ?え?こ・・・ん・・・ど・・・う??」

 さっきまで近藤は居た、腕を抑えて、うずくまりそうになっていた。確かに居た、近藤も高橋もいなくなっている。

 左上腕に激痛が走る。
『ボクハオマエダケハユルサナイ!』

 誰だ!
『ボクヲワスレタヨウダネ。オモイダスマデタノシンデアゲルヨ』

 指が!俺の指が!
『ユビゴトキデ!!ボクハオマエニハネトバサレタ!!』

 はぁ誰でだよ。
 俺の指・・・ぎゃぁぁぁ今度はなんだ!近藤!高橋!助けろよ!
『フタリハコナイヨ。セイカクニハコラレナイヨ。モウシンデイルヨ』

 嘘だ!そんな・・・いてぇぇぇ何する。お前、出てこい!
『ホラショウコダヨ』

 近藤と高橋。おまえた・・・ち?
 えぇぇ??タぁもぉしちのいみにみちエぇピぃかいにすな??
『アァァコワレチャッタ。ナオセナイカナ?』

---

「大木。悪いな」
「いえ、大丈夫です。佐伯が無断欠勤ならしょうがないですよ」
「わるい。そのかわり、佐伯が見つかったら、休み交代させるからな」
「いえ、いいですよ。どこかで、抜けさせてもらえれば十分ですよ」
「そう言われてもな・・・そうか、そろそろ命日か・・・」
「え?あっその日だけは申し訳ないです」
「大丈夫わかっている。それに、昨日も、ムショに行ってきたのだろう?」
「え?あっはい。変わりないことだけ確認してきました」
「そうか・・・それにしても、お前の同級生ってよりも、同郷でクラスも同じなのだろう?」
「えぇそうですね」
「キャラクター豊かだよな」
「そうですね」
「刑事と、殺人犯と協力者?に、弁護士、お前も、普通なら濃い方なのだろう消防士なんてな。ITで有名になった奴も居るのだろう?医者と看護師や自衛官も居るよな?」
「えぇそうですね。あと、料理人と学校の先生ですかね」
「すごいって言葉が悪いけど、すごいな」
「えぇそうですね」
「それらが全員集まるのだろう?」
「いえ、二人はまだ来られませんからね。あと15年くらいですかね」
「そうだったな。お前たちは、許しているのか?」
「わかりません。少なくても、俺は桜と朝日の味方ですよ。もちろん、桜が許しているのなら、安城も飯塚も、やった事は最低だけど・・・」
「そうか・・・」

 消防署の電話がなった。
 出動要請ではなく、事務所の電話だ。

 所長が電話に出る。小さい消防署だからそうなってしまうのだろう。

「大木。お前にだ!森下桜と名乗っている」
「桜?珍しいな」

 大木は、やっていた書類作成を一旦止めて、電話に出る。

「桜?珍しいなどうした?」
『悪いな。靖。仕事中に・・・お前の家にかけたけど出なかったからな』
「いや。別にいいけどなんだ?」
『正式には、うちの上から連絡が行くと思うけど、佐伯が死体で見つかった。それも、少しだけまずい状況だ』
「え?どういう事だ?」
『さっきのは所長か?』
「あぁ」
『10分後くらいに少し出られるか?』
「大丈夫だ」
『ありがたい。美和も呼んでいる。あと、克己と沙菜もだ』
「そんな事なのか?」
『わからん・・・だから、お前たちの意見を聞きたい』
「わかった。それでどこにいけばいい?」
『10分後に、克己と沙菜が迎えに行く』
「わかった。都合を付けておく」
『たのむ』

 大木は、電話を切った。

「所長。少し出てきていいですか?桜がなにか、個人的に相談したいって事ですので、連絡はつくようにしておきます」
「あぁいいぞ。本当なら、今日お前は休みだからな」
「ありがとうございます」

 着替えた所で、克己が運転する車が、消防署の敷地内に入ってきた。

「悪いな。克己。沙菜も久しぶり」

 3人は、簡単に挨拶を交わした。
 実際には、沙菜と大木は、3年ぶりくらいの再開だが、そんな感じはしない。

 車は、5分くらい走って、国道沿いにある漫画喫茶に入った。
 克己が手続きをして、カラオケルームに通された。克己や桜がよく使う方法だ。内緒の話をするのに丁度良いのだと言っていた。

 すでに全員揃っていた。
「それで桜どういう事だ?佐伯が死んだ事は、まぁ良くはないが、正直どうでもいい。少しだけまずいってどういう事だ」

 桜は、全員を見回すようにしてから
「大木以外には、ちらっと言ったが、佐伯消防士が見つかった場所が、あの場所で、真一に頼んで買ってもらった土地だ」
「桜?大丈夫なのか?」
「あぁ真一には連絡した。そっちに警察が行くかもしれないってな」
「そうか、でも奴なら大丈夫だろう?どうせ、デスマ中だろ?克己!」
「真一の奴は、桜の連絡をいい事に、俺に仕事を振ってきやがった」
「受けるのか?」
「あぁ」

「すまん。桜。それで?」
「”まずい”のはこれからだ、あの場所では無いが、あの場所から下がった場所の広場があるだろう?」

 皆がうなずく
「あそこで、死体が4つ。一つは白骨化していた。見つかった」
「その中の一人が、佐伯って事だな。あぁそして、残りの二人は、克己と真一の知り合いだ」

 皆が沈黙する。
「白骨化した死体は、12年前に行方不明になった、克己と真一の学校の者だ」
「桜。12年前って、行方不明事件か?」

 話は皆知っている。克己と美和に関しては、警察に何度も尋ねられている。
 今回死体で発見された、佐伯/近藤/高橋からいじめられていた。一人の生徒が夏休み明けに居なくなったのだ。佐伯たちが何か知っていると思っていたが、3人は知らないと言っていた。確たる証拠がないまま、行方不明で処理されてしまっていた。

 彼らが大切にしている。昔、寺が有った場所の近くを、流れている沢までは、距離があるために、今回はそこまで警察の手が入ったり、マスコミが入る事は無いだろうが、どこからか嗅ぎつける者が居ないとも限らない。
 それに、彼らとあの山の関係を知られたら、興味本位で取材と称した暴力行為を受けるかもしれない。

「桜。それほどなのか?」
「そうだな。早ければ、今日の夕方のニュースで取り上げられるだろうな」

 死んだ二人は、左腕が切り落とされていた。致命傷は、首を深く切られた事らしい。

 そして白骨は、一部、高橋の車の荷台から発見された。掘り起こされた場所も特定している。そこには、車で轢かれた跡が残る衣服も見つかっている。佐伯は、自分の腹に切断に使ったと思われるボロボロの包丁を指していた。近くには、のこぎりも見つかっている。土の着いたスコップも一緒に見つかっている。

 警察は、佐伯が高橋と近藤を殺した後で、自殺したと見ている。
 12年前の行方不明事案に関係した3人が、それを確認しようとして、仲間割れをしたのではないか?
 奇妙だが、それで説明ができる。

 奇妙と言えば、3人の左上腕の同じ位置に、一つの黒い線が残されていた。

fin

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