神の期待 SS

夢咲 湊

神の期待(仮)SS


 異世界召喚をした。もう何度目になるか分からない。力を与えて、送り出す。ただ平和になるだけでいいのだ。どうしてそれができない。

 ことごとく送り出してきた勇者や魔王は、一瞬だけの平和を創り出すものの、人々は勝手に争いを生み出す。

 神は悲しかった。希望の光、平和の美しさを見たかった。

 これで最後にしようと、持てる力の全てを投入して召喚する。ひとりでこの世を収められるような人材を求めて。神は全ての望みをかけて、祈るように儀を行った。

 召喚されたのは、ただの料理人だった。

 


 神は片膝をついた。駄目だった。そんな思いが、脳内をぐるぐると駆け巡る。

「好きにしろ」

 突然異世界に召喚された料理人は、訳がわからない。とりあえず、神の言葉をそのまま受け取って考え込む。神は料理人を送り出した。

 料理人はだだっ広い草原で立ちすくんでいた。モンスターと遭遇したが、運良く通りかかった冒険者のパーティーに命を救われる。何か恩返しをしたいと思った料理人は、横たわるモンスターの血抜きを始めた。

 召喚されてから、早二ヶ月が経った。

 自分がいる世界の一般的な料理が、地球の水準と比べて絶望的に不味いことを知った料理人は、一文無しのまま善意で借りた小さな小屋で、人々に無償で料理を振る舞うことにした。

 この二ヶ月で、料理人は既に大体のモンスターの肉質、大体の草本植物の香り、味を学んでいた。余りにも忙しい日々ではあったが......そこには、かつて地球で料理の楽しさを知った時のような、言いようも知れぬ高揚感が溢れていた。

 最初の数日こそ、自分で食材を取りに行っていた。しかし、小屋で振舞われる料理を食べて涙を流した人々が、その家族に、その友人に話して瞬く間に噂が広まり、今では街の人が善意で持ってきてくれる。

「どうかこれで美味い物作ってくれ!」

「ありがとうございます!」

 料理人は思った。慈善の心はいいものだ。地球ではなかなか味わえなかった感動をしみじみと噛みしめる。改めて、自分を召喚した偉大な神に感謝する。

 「もっと、精進しなければ」

 自分を召喚してくれた神の期待に応えるために。
 そして孤児院出身の青年たちが、見習いとして無給で働くことになった。絶品の賄いが三度出るため、不満はない。

 召喚から八週間後、驚く程美味いとの噂を耳にした隣街の貴族がやってきた。小屋の料理を食べると、感動したように料理人に握手を求め、街で最も大きな建物を無償で提供した。噂が噂を呼び、料理人の店は、その規模を拡大していった。

 召喚から三ヶ月後、戦地に赴いていた国王の耳に料理人の噂が届いた。国王は、軍勢を残して秘密裏に戦場を離脱し、料理人の店に向かう。

 食べれば寿命が伸びるほど、とまで噂されている料理は、国王の想像を遥かに上回る美味しさであった。

「これはっ......!」

 緊急事態だ、和平を申し込め。突然そう告げられた外交官は、急いで敵国へ向かった。




 その頃、突然相手の国王が消えた、との情報を手に入れたその国は、何があったのかと必死に情報を探っていた。トップがいない相手国軍は動こうとしない。

 戦況は、かなりの劣勢であった。このまま戦っていれば負けていたと思うほどに。しかし、どのルートを通しても手に入るのは、美味しい料理を食べに行ったという情報だけ。

「そんなことがあるか!」

 誰しもが思ったことを代弁したのは、古参の外交担当官。常に冷静を保っている彼が激昂するのも珍しいことだが、それ程にも入手した情報は常軌を逸していた。

「実際にその料理店にスパイを送り込みましたが、いまだ誰ひとりとして帰ってきた者はいません」

 自然と視線を向けられた諜報部長が、額から吹き出る汗を拭いながら言った。

 自分が送り込んだ者達が、圧倒的なまでに美味い料理に心を掴まれたために、帰って報告する意思も失せたことなど、知りもしない。


 結論は出ないまま、何か裏があるのでは、と容易に攻撃の指示が出せない。


 互いの上層部が指示を出さないため、戦争は停戦状態に陥っている。

 その頃、ようやく使者が到着する。

 息も絶え絶えに、使者は和平の旨を伝えた。

「そんなことが......」

 ざわめく城内。

「分かった、と伝えよ」

「ははっ」

 使者が退出したところで、重臣達は国王に目を向ける。

「どうして和平など受け入れたのですか!」

「何か裏があるのかも知れないのですぞ!」

 国王は落ち着いて答えた。

「もとより、些細なことで始まった戦争であるし、負けは見えていた。裏は無い。先程確証となる手紙が届いた」

 それは、国王の弟からの手紙だった。

「今、余の弟は例の料理店で働いている。どうやら、人智を超越した美味しさの料理が無償で振舞われているらしい」

 ちらと諜報部長に目を遣って国王は話を続ける。

「先日、我が国の民族に見られる、"注文を頼むときに小指を隠す仕草"を店で見たそうだ」

「なっ......なんとォッ!」

「話を聞くと、"たまに食材を持って行くだけで最高の料理がタダで食べられる。戻る気なんてありません"と笑顔で答えたそうだ」

「ということは......やはり彼奴らァ」

「ということだ。しかし......その料理店、我が国にも誘致できないものか」

 コンコンと扉を叩く音がした。

「入れ」

 姿を見せたのは、国王とよく似た容姿をもつ弟であった。

「久しいな、弟よ」

 一週間後、料理人のレシピを正当に受け継いだ国王の弟が料理を振る舞う料理店が誕生した。

 一ヶ月後、二国間の同盟が結ばれた。

 争いを収めた料理店は、全世界に知れ渡った。


 五年後、その料理店は世界の食堂と呼ばれるまでに展開した。料理人が正式に腕を認めて、レシピを授けた人材だけが店を開く権利を得るため、その味は変わらず受け継がれた。家庭で料理を作る必要が無くなったために民衆の生活の幅は広がり、料理人は世界を変えた偉人とも呼ばれるようになる。










 世界各国の餌付けに成功した料理人は、
 ひとりほくそ笑んだ。











 突然、かつての"始まりの地"で、謎の病が発生した。名だたる医者たちにも原因は分からない。病に苦しんだ人々は、のたうち回って死んでいった。

 やがて病は国中に広まった。病人を隔離しても発症者は著しく増えていく。王が病にかかった。隣国の王も病にかかった。

 もう誰にも、止められない。

 病は世界中に広まった。苦しみ、足掻く人々の様子はまるで地獄絵図のよう。

 料理人は狂ったように嗤い続ける。

 勝手に死んでいく。

 そのおびただしい数の死体を、ありとあらゆる捕食者が食べる。死の連鎖は終わらない。

 築かれたのは骸の山。もはやこの世には、料理人ただひとりのみ。

 「いやぁ、楽しかった。自分が本当にやりたかったことは、これだったのか」

 料理人は病にかかって死んだ。

 かくして、

 世界に恒久の平和が訪れた。



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