愛した人に裏切られると命が危ないので、愛のない家庭を築こうと思います。
01ひとまず現状確認しようか。
あの後、お風呂と着替えとちゃっかり夕飯までいただいて、今は夕食後の家族団欒にまでお邪魔している。
「やっぱり似合うわぁ。絶対にフリアちゃんに着せようと思って仕立てたかいがあったわ」
「フリア嬢はファム様――きみの母君にそっくりだからな。やはりその色は似合っている」
「ありがとうございます」
「深い青色と、フリアちゃんの真紅の髪……まるで、夜明けの空みたいで、すっごく綺麗」
「褒めてくれるのは、嬉しいけれど…なんだか恥ずかしい、なぁ」
――そんな、面と向かって言われると。
「ところで、フリアちゃん。この矢が刺さったところ、なんともない?」
ネルさんが真剣な顔で問いかけてくる。
言った方がいいのか、逡巡して、素直に伝えることにした。
言わなければ、きっと余計に心配を掛けてしまうから。
「傷が、残っているんです」
「え!? 僕、失敗した!? ごめん! もう一回しっかり治すから、手、出して」
いつもなら、シエルが治癒を失敗する事なんてあり得ない。
しかし実際に傷跡は残っている。
それでも痛みは全く無いので、失敗ではないと思う。
そういったことを伝えると、シエルは考え込んでしまった。
「やはり、な……。フリア嬢が感知できずにその身に受けたのだから、相当な力が込められているのだろう」
思案顔のシエルの隣で、マイアー伯爵家当主――アレク・マイアー――が“白羽の矢”に触れる。
「それはそうよ。だって、“白羽の矢”は現人神の妃候補を決める大切な矢ですもの。この国の運命を左右すると言っても過言ではない代物がそんじょそこらの魔力でどうにかできるものではないでしょう。」
さすが、社交界の華。
ネル・マイアー伯爵婦人。
知識量はピカイチである。
しかし、話を聞いていて疑問に思うことが一つ。
「そもそも、これって、“個人に刺さる”ものなのですか?」
白羽の矢を眺めながら浮かんできた疑問を一言。
「いいえ、個人に刺さる事なんて無いはずよ」
「妃選びで毎回個人に刺さっていては、候補者は選ばれた時点で死んでいるだろうね」
「フリアちゃんだから、刺さっても平気なわけで。その他一般のご令嬢始め一般庶民にこんな矢が刺さったら応急処置も間に合わないレベルで死ぬから。即死だから」
「そう、ななのね……」
――なんだろう。私はこの人達からみて、何に見えているのだろうか。
もう、人とは思われていないのだろうか。
少なくとも、一般的な規格の女性としては見られていない事だけは事実として受け止めておこう。
「それにしても……はぁ。どうしてよりにもよってこのタイミングなのかしら」
「そうだな……。“婚約者”がいれば候補として選ばれた事を辞退できたのだが……」
夫妻は沈鬱な表情で白羽の矢を見つめている。
「フリアちゃん、ファムの魔力はどれくらい“戻ってきている”かしら」
「……母の魔力がどの程度のものだったのかはっきりとわからないので、正確にはわかりませんが……。家にある禁書庫の蔵書によれば、魔力使用者が“喰われて”からおおよそ三ヶ月で次代に移ると書いてあったので……。まだ、こちらに来ているのは微々たるものかと」
数年前、屋敷の禁書庫にほぼ監禁同然で籠もらされた時に、しこたま読まされた禁書の内容を記憶の隅から引っ張り出す。
あの禁書庫にはバイアーノ家に伝わる様々な分野の世に出せない事柄が膨大に詰まっていた。
“これは全て貴女が継ぐべきもの”
そう言って母は私を一週間ほど禁書庫に詰め込んだ。
“全てを頭に詰め込みなさい。そして、肝に銘じなさい”と。
魔力に反応して淡く光る明かりの下、部屋を埋め尽くす禁書の数に絶望しながら必死に読んだのは今となっては遠い昔の記憶だ。
あのときの自分を褒めてやりたい。ものすごく。
今、あの屋敷の禁書庫に入れるのも、禁書庫を見つけることができるのも私唯一人となってしまった。
私が“次”に繋げなければ、きっと忘れ去られていくのだろう。
「フリアちゃんのお母様の魔力ってものすごい量だったんじゃないの? 微々たるものって言っていたけど、もうかなり影響受けてると思うよ。」
「……そうね。ファムの魔力は恐ろしく強大だったわ。なにせあの“奈落の谷”の真上に、結界つきの橋を一人で架けられるくらいだったもの。」
――“奈落の谷”
それはシェーグレン国とオズボーン国との間にある谷のことで、谷底から絶え間なく瘴気が湧き出し、死霊や魔物が蠢き、さらには時折こちら側にそれらがやって来る大変危険で迷惑な場所である。
シェーグレン国とオズボーン国は共同でそれらがこちら側にやって来るのを阻止する役目を担っているが、外交や交流を目的に両国を行き来することがある。
そういうときに、シェーグレン国は魔術師を、オズボーン国は太陽神の依代を出し合って、あちらとこちらから橋を架ける。
長くは保たないうえ、魔術師にとっては魔力の消費が激しく、橋を架けた翌日から数日間魔術師たちが全く機能しなくなるらしい。
橋掛要員の魔術師は橋を架けるだけで、下からやって来るモノたちへの対策はまた別の魔術師が複数人で結界を施すのだとか。
そんな国家レベルで大掛かりな事を一人で成し遂げるなんて、規格外にも程がある。
――やはり、私は人間の枠を超えつつあるのではなかろうか。
本気で心配になってくる。
「やっぱり似合うわぁ。絶対にフリアちゃんに着せようと思って仕立てたかいがあったわ」
「フリア嬢はファム様――きみの母君にそっくりだからな。やはりその色は似合っている」
「ありがとうございます」
「深い青色と、フリアちゃんの真紅の髪……まるで、夜明けの空みたいで、すっごく綺麗」
「褒めてくれるのは、嬉しいけれど…なんだか恥ずかしい、なぁ」
――そんな、面と向かって言われると。
「ところで、フリアちゃん。この矢が刺さったところ、なんともない?」
ネルさんが真剣な顔で問いかけてくる。
言った方がいいのか、逡巡して、素直に伝えることにした。
言わなければ、きっと余計に心配を掛けてしまうから。
「傷が、残っているんです」
「え!? 僕、失敗した!? ごめん! もう一回しっかり治すから、手、出して」
いつもなら、シエルが治癒を失敗する事なんてあり得ない。
しかし実際に傷跡は残っている。
それでも痛みは全く無いので、失敗ではないと思う。
そういったことを伝えると、シエルは考え込んでしまった。
「やはり、な……。フリア嬢が感知できずにその身に受けたのだから、相当な力が込められているのだろう」
思案顔のシエルの隣で、マイアー伯爵家当主――アレク・マイアー――が“白羽の矢”に触れる。
「それはそうよ。だって、“白羽の矢”は現人神の妃候補を決める大切な矢ですもの。この国の運命を左右すると言っても過言ではない代物がそんじょそこらの魔力でどうにかできるものではないでしょう。」
さすが、社交界の華。
ネル・マイアー伯爵婦人。
知識量はピカイチである。
しかし、話を聞いていて疑問に思うことが一つ。
「そもそも、これって、“個人に刺さる”ものなのですか?」
白羽の矢を眺めながら浮かんできた疑問を一言。
「いいえ、個人に刺さる事なんて無いはずよ」
「妃選びで毎回個人に刺さっていては、候補者は選ばれた時点で死んでいるだろうね」
「フリアちゃんだから、刺さっても平気なわけで。その他一般のご令嬢始め一般庶民にこんな矢が刺さったら応急処置も間に合わないレベルで死ぬから。即死だから」
「そう、ななのね……」
――なんだろう。私はこの人達からみて、何に見えているのだろうか。
もう、人とは思われていないのだろうか。
少なくとも、一般的な規格の女性としては見られていない事だけは事実として受け止めておこう。
「それにしても……はぁ。どうしてよりにもよってこのタイミングなのかしら」
「そうだな……。“婚約者”がいれば候補として選ばれた事を辞退できたのだが……」
夫妻は沈鬱な表情で白羽の矢を見つめている。
「フリアちゃん、ファムの魔力はどれくらい“戻ってきている”かしら」
「……母の魔力がどの程度のものだったのかはっきりとわからないので、正確にはわかりませんが……。家にある禁書庫の蔵書によれば、魔力使用者が“喰われて”からおおよそ三ヶ月で次代に移ると書いてあったので……。まだ、こちらに来ているのは微々たるものかと」
数年前、屋敷の禁書庫にほぼ監禁同然で籠もらされた時に、しこたま読まされた禁書の内容を記憶の隅から引っ張り出す。
あの禁書庫にはバイアーノ家に伝わる様々な分野の世に出せない事柄が膨大に詰まっていた。
“これは全て貴女が継ぐべきもの”
そう言って母は私を一週間ほど禁書庫に詰め込んだ。
“全てを頭に詰め込みなさい。そして、肝に銘じなさい”と。
魔力に反応して淡く光る明かりの下、部屋を埋め尽くす禁書の数に絶望しながら必死に読んだのは今となっては遠い昔の記憶だ。
あのときの自分を褒めてやりたい。ものすごく。
今、あの屋敷の禁書庫に入れるのも、禁書庫を見つけることができるのも私唯一人となってしまった。
私が“次”に繋げなければ、きっと忘れ去られていくのだろう。
「フリアちゃんのお母様の魔力ってものすごい量だったんじゃないの? 微々たるものって言っていたけど、もうかなり影響受けてると思うよ。」
「……そうね。ファムの魔力は恐ろしく強大だったわ。なにせあの“奈落の谷”の真上に、結界つきの橋を一人で架けられるくらいだったもの。」
――“奈落の谷”
それはシェーグレン国とオズボーン国との間にある谷のことで、谷底から絶え間なく瘴気が湧き出し、死霊や魔物が蠢き、さらには時折こちら側にそれらがやって来る大変危険で迷惑な場所である。
シェーグレン国とオズボーン国は共同でそれらがこちら側にやって来るのを阻止する役目を担っているが、外交や交流を目的に両国を行き来することがある。
そういうときに、シェーグレン国は魔術師を、オズボーン国は太陽神の依代を出し合って、あちらとこちらから橋を架ける。
長くは保たないうえ、魔術師にとっては魔力の消費が激しく、橋を架けた翌日から数日間魔術師たちが全く機能しなくなるらしい。
橋掛要員の魔術師は橋を架けるだけで、下からやって来るモノたちへの対策はまた別の魔術師が複数人で結界を施すのだとか。
そんな国家レベルで大掛かりな事を一人で成し遂げるなんて、規格外にも程がある。
――やはり、私は人間の枠を超えつつあるのではなかろうか。
本気で心配になってくる。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
58
-
-
149
-
-
23252
-
-
267
-
-
314
-
-
440
-
-
1359
-
-
39
-
-
4
コメント