愛した人に裏切られると命が危ないので、愛のない家庭を築こうと思います。

ren

00驚きすぎて痛みは感じない。



“我が国の王太子殿下の妃候補の選定を始める”
と、国中に御触れが出たのがひと月前。

“母が死んだ”
と葬儀を執り行ったのが半月前。

“新しい母と妹だ”
と紹介されたのが八日前。

“本当の愛を見つけたから、婚約を解消してほしい”
と言われたのが六日前。

“どこからともなく飛んできた白羽の矢が、右肩を貫いた”
のが昨日。

“とりあえず誰かに意見を聞こう”
と、元婚約者の元実家の前に訪れたのがついさっき。



右肩に白羽の矢が刺さったまま現れた元・息子の元・婚約者の登場に血相を変えて飛び出してきたのは元・婚約者の母親で。

「フリアちゃん! 今すぐに手当してあげるから!! 痛いかもしれないけれど、我慢して!」
「……。なんか、色々ありすぎて、頭が痛みを追いやってるみたいなんですが……」

そういう私の事はそっちのけで、元婚約者の母親――ネル・マイアー伯爵夫人--は突き刺さっている白羽の矢に手を掛けると。

――ズッ――

「っ!? ……っぁ」
「シエルを呼んできて! ……ごめんね、フリアちゃん。痛かったでしょう。今、私のできる限りでフリアちゃんの魔力の流れを整えているから、痛みは段々治まってくるはずよ」

矢が引き抜かれた瞬間はさすがに痛かったが、ネルさんの言う通り、段々と楽になってくる。

――そもそも、魔獣にやられた時と比べれば、たいした痛みではないような気もするけれど。

「……ありがとうございます。ネルさん。落ち着いてきたので、もう、大丈夫です」
「いいのよ、シエルが来るまでこのままで。魔獣の傷程じゃないけれど、この矢も何が起こるかわかったものではないから……」

未だ肩に手を添えながら、引き抜いた矢を忌々しげに見つめる。

「その矢は一体何なのですか? 突然降ってきたのですが……」
「これは、“白羽の矢”よ」
「それは一体……」
――何なのですか?

その思いは声になる前に、新しい声にかき消されて消えた。

「フリアちゃん!? どうしたの、その服! 血だらけじゃない! どこ!? どこが痛いのっ!?」
「落ち着きなさい、シエル。あなたがそれでは治せるものも治せないわ。応急処置は終わっています。後は、わかるわね?」
「はい、申し訳ありません。お母様」

知らせを聞いて駆けつけてくれたのであろう元婚約者の弟――シエル・マイアー――は私の現状を見るなりこの世の終わりのような悲壮感を漂わせていたが。
さすが、母の言葉は偉大なり。
一言で平常心を取り戻したようだ。

「心配掛けてごめんね、シエル」
「ううん。フリアちゃんなら、魔獣に片腕持って行かれても平然としてるだろうなって予想できるんだけど……。実際、怪我してるとこみたら、ね」
――ちょっと慌てちゃった。


えへへ、と照れくさそうにはにかむ目の前の人物。
なんだかとっても失礼極まりない事を言われたような気がするけれど……

あえて、聞かなかった事にしておこう。そうしよう。


「じゃあ、治療するね。腕は上げられる?」
「ええ、平気よ。お願いね」

そう言って私は掌を上に、シエルはそれに被せるように手を翳す。
触れるか触れないかのその間隔で互いに目を閉じる。

一呼吸置いて、身体の中の魔力が巡る感覚。
一定の間隔で流れるそれは、怪我をした部位に達すると一旦滞る。そこにできた澱みのようなモノを、自分の魔力ではないなにかが解きほぐし、大きな流れに乗せていく。
一定時間それが続くと、澱みの部分はすっかり無くなり、緩やかに魔力が巡る感覚が戻ってくる。

「――うん。これでよし」
「ありがとう。随分楽になったわ。シエルは本当にうまいわね」
「えへへ。これしかフリアちゃんの役に立てないんだけど、ね」
そう言って淡い金色の瞳を細くする。

「バイアーノ……私にとっては、マイアーは無くてはならない存在だから。特に、シエルには感謝してるわよ」
「そう言ってもらえると、嬉しいな。ありがとう」

しばし、二人は微笑み合う。
本来ならば、元婚約者の弟と、兄の元婚約者が屋敷の庭先でほのぼのとできる状況ではないのだが。

「フリアちゃん、その服はもう着られないでしょう? 新しい服を用意しているから、着替えてちょうだい。あ、あと、お風呂も用意しているから、ついてきて」
「何から何まで、ありがとうございます。ネルさん」
「いいのよぉ、気にしないで。フリアちゃんは私達夫婦の大切な学友の娘なんだから、私達の娘も同然よ。
それに、フリアちゃんみたいに、綺麗で可愛らしい女の子欲しかったのよ、ずっと」
――だから気にしないで。

そう言って先を行くネルさんに付いて歩く。

--あぁ、“家族”って、こんな感じなのかなぁ。なんて思いながら。




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