魔人に就職しました。
第16話 二人の女性
「ギシャァァアァァ」
「お、おう。ありがとな」
「ギシャァァ!」
ビジュアルがキツめの昆虫系の魔物である"ギリガル・ビートル"。カメムシの様な三角形の頭にセミや蚊などにある口吻があり、外骨格はカメムシの様に角ばっているがカブトムシの様に艶やかな光沢がある。そして頭を守る兜の様になっている角。カメムシをベースにしてカブトムシが合体したような魔物だ。今回カケルが受けた依頼はこのギリガル・ビートルの群れの討伐。だが、討伐することなくいつもの様に平和的な解決、もとい勧誘をしていた。
この場を離れ、村に来ることになった彼はカケルに自身の触覚を一本―――ギリガル・ビートルの指定部位―――渡した後、羽を広げてカケル達の村に向かっていった。残されたカケルも貰った触覚を握りしめアドルフォン王国に帰還した。
ハンター組合に着くと組合に居た他のハンター達が彼を見てひそひそと話し始める。当初はいきなりAランクのハンターになった新人という事で、他のハンター達の妬み等で様々な悪い噂が流れていた。だがその噂話も本当に最初だけで今は別の事で騒がれている。
カケルは最初の仕事を受けた日からずっと1日に3つ以上の依頼を受けていた。本来、準備や移動の時点で最低でも半日は掛かかるハズなのだ。仮に準備時間を限りなく短縮し、移動時間も最速を目指せば1日に複数の依頼をこなすという芸当が可能かもしれない。しかしそんな真似をしたら体力的に苦しく、肝心な魔物との戦闘が万全な状態で行う事ができない。よって1日で複数の依頼をこなすカケルの存在はあまりにも異常な事だった。
他のハンターが1日に1つが限度なのに対してカケルは最低でも3つの依頼をこなす。普通のハンターと比べると単純計算で3倍の速度だ。その異常な速度で依頼を受けるハンターの噂はすぐ広まり、ハンターを初めて一週間も経たっていない間に"ブラックボルト"という異名まで付いていた。
「お願いします」
「はい。わかりました」
戻って来たカケルは先ほどの受けた依頼の依頼書とギリガル・ビートルの触覚を受付に提出する。対応してくれているのは彼の初仕事の際に対応してくれた受付嬢だ。彼女は最初の方は常に苦笑いをして対応していたが、ここ数日で苦笑いからため息に変化していた。
受付の者がため息を吐くなど普通ならクレームを言われてしまいそうな事だが彼女だけは仕方ないのかもしれない。上から彼の担当になれと言われてしまったのだ。それにより、カケルの仕事量と比例して彼女の仕事量も3倍になってしまった。これが彼女がため息を漏らす理由だ。
幸いカケルはため息を吐かれた所で全く気にしていないので、その事に文句を言うことはなかった。
「依頼完了です。こちらが今回の報酬になりまーす」
「ありがとうございます」
「まだ依頼を受けられますか?」
「あー、いえ、今日はもうやめときます」
「へぇそうですか、わかりました」
いつも同じ受付嬢に対応してもらっているので彼女もカケルへの対応がわかってきている。雑になってきているとも言うがカケル本人が気にしてないので問題ないだろう。
今日はカケルはやることがあるためこれ以上は依頼は受けない。そのことを聞いた受付嬢が「よし」と小声で言っていたがカケルは無視をした。
実はハンターになってから明日でちょうど1週間になる。この数日間、この街で宿を取って寝泊まりしていたが、カケルには自宅がある。明日はその自宅に帰る日なのだ。そのためこれからハンターの仕事をして稼いだお金で当初の目的であった道具の調達を行う予定だ。
受付嬢に一言いってからハンター組合から出ていく。そして最初にこの国に来たときに色々と教えてもっらた道具屋に向かった。
「ちょっと待てよ」
カケルが組合から出て少し歩くと声を掛けられた。カケルが声の方を向くと1人の男がいた。その男はチェストプレートとガントレット、レギンスと言った軽装備を見に着けており、腰には一本の西洋剣がぶら下がっている。見た感じどうやらハンターのようだ。
「ブラックボルトだかなんだか知らねぇが、騙せるのも今の内だぞ」
「・・・」
「どういう仕掛けか知らねぇが、お前のやっている事には絶対に裏がある。じゃなきゃ一日にいくつもの依頼をこなせる説明がつかねぇ」
男の言葉を聞いてカケルは内心、嫌な顔をした。
彼の言っている事が図星だったからではない。面倒だったからだ。
元々Aランクから始めるのは想定外の事だった。最初はFランクから地道にやっていくつもりだった。しかしテイテスからAランクから始めないかという提案を受けてしまった。もちろんその際にこういう輩に絡まれることは考えていた為、想定内ではある。だが本当にこんな風に文句を言ってくる輩がいる事は少し意外で、実際は想像以上に面倒だった。
「おい!聞いてんのか!!」
(こいつどこかで見たような・・・)
無言で通していたカケルを不快に思った男は声を荒らげる。だがカケルはそんな事を意に介すことはなく。文句を言っている男に見覚えがあった為、記憶の中で探る事に集中していた。
(ああ、こいつ。ハンター試験の時にも色々と言ってきた奴か)
そうこの男はハンター試験の時にカケルに忠告をした青年だ。一番最初に試験官のテイテスと戦っていた事を思い出した。カケルの印象としては最初に色々言ってきた事と、手から火の玉を出した事だけだった。だがそれは仕方ない。達人の領域にいる彼からしたら試験の時にみた彼の動きは素人同然のものだった。興味があった事と言えば《火の玉/ファイヤーボール》という、名前の通り手から火の玉を出す魔法ぐらいだった。
忘れていた事を思い出し、気持ち的に少しスッキリしたカケルは青年を完全に無視して目的の道具屋に向かって歩き始めた。
「お、おい!てめぇ!!!」
当然、無視された青年は怒りを顕わにする。無視をされるというのは存外、頭にくるものだ。あの男からしたら自分は眼中に無いと、そう言われているようなものなのだ。
そんな事をされてはプライドの高い青年が不機嫌になるのは当たり前だった。
「てめぇ、聞いていた以上に調子に乗ってるようだな!今回は忠告だけにしてやろうと思ったがそっちがそんな態度をとるならもう容赦しねぇぞ!!」
しかしカケルは足を止める事はなく相変わらず無視を続ける。最後の忠告に放った言葉も無視されてついに青年の中の何かが切れた。感情がむき出しになり、ストッパーが外れる。
青年は腰の剣を抜くと声を荒らげ後ろからカケルに切りかかった。
こんな真っ昼間から街中で殺人を行うなんてどうかしている。周りには青年の怒鳴り声を聞いて少し人だかりまで出来ているのだ。必ず目撃者が出るだろう。しかし青年は後の事など微塵も考えていない。考えられないほど頭に血が上っているのだ。
背後から青年の剣がカケルに迫る。カケルは前を向いて歩いているため背後は完全に死角だ。
「ッッ!」
だが、そんな攻撃を受ける達人など存在しない。死角からの攻撃を想定しない達人など存在しない。
青年の死角からの攻撃をカケルは見切っていた。殺気が駄々洩れの攻撃など、カケルにとっては見るまでもなく把握できる。
カケルは本の数センチ横に体をズラす事で青年の攻撃を避けた。衣服がギリギリ擦らないように青年の剣は空を切る。
一瞬なにが起ったか解からず、青年は戸惑った。しかし青年の怒りは収まっていない。再びカケルに攻撃しようと意識を戻した瞬間、手に軽い衝撃が走るのと同時に首筋に冷たい感触が伝ってきた。
石で整備された道の上に乾いた音を立てて青年の剣が落ちる。青年は何も分からなかった。
いつの間にか剣をはたき落とされていて、いつの間にか背後に回られていて、いつの間にか首筋に剣を当てられている。
何が起きたのか、青年は理解することさえ困難だった。
しかし、一つだけ分かった事がある。それはこれから自分は死ぬという事だ。
「・・・」 
カケルは黙って青年を殺気で威圧していた。その殺気は具現化することなく、青年の死への恐怖を存分に煽った。そして死の恐怖にプライドも怒りの感情も折られ、気が付けば青年は空いた両手を合わせ祈っていた。
そして「わ、悪かった。許してくれ、まだ死にたくない」と声を震させながらも必死にカケルに許しを請うた。
「逆恨みをする暇があったら腕を磨け、魔法は知らんが剣の筋は悪くないぞお前」
「へ・・・」
相手の戦意が喪失した事を確認すると、カケルは刀を離し鞘に戻す。そして青年に一言いうとそのまま歩いて行った。既に人だかりが出来ていた為、カケルが去った後に次第に周りは騒がしくなる。その中には座り込んでしまった青年を心配する声や、カケルを非難する声もあった。
しかしそんな中で一つだけ、女性の黄色声が一つ。
「か、かっけぇ~~~!!」
この全身鎧で身を固めた人物。その人物も先ほどの一部始終の目撃者だった。
「聞いてくれよ!すっげーカッコよかったんだから!」
「はいはい。わかりましたからまずは落ち着いてください」
その日の夜、ある宿屋の一室で2人の人物が話していた。
1人は薄い青色を貴重として白いストライプが入っている全身鎧で身を固めた人物。もう1人は赤い瞳と黒い髪が特徴的の女性だ。その彼女の容姿はまさに大和撫子という様な和風の美少女だ。
話している内容は鎧で固めた人物の方が見た先ほどの出来事。それをもう一人に話していた。
「そしたらな!その人、いつの間にかその男の後ろに回り込んでいたんだ!そして見たこともない細い長剣をその男の首もとに宛てると、何も言わずにその男を威圧したんだ!すっげークールだった!そしてその男は声を震わせ謝ったんだ!その後、その人はなんて言ったと思う!?」
「さあ、見当もつきませんね」
「逆恨みをする暇があったら腕を磨け、魔法は知らんが剣の筋は悪くないぞお前、って言って去って行ったんだ!すっげーカッコいいだろ!!」
「それは・・・実際に見てないので何とも言えませんが、確かにカッコよさそうですね」
「だろ!だろ!」
この2人はハンターだ。赤い瞳の方の女性が"カエデ・スライフォール"。もう1人の全身鎧の方は"エリカ・フルソード"。
彼女達は女性2人組のパーティーを組んで活動しているCランクハンターだ。
「それでどんな人でしたか?」
「だから!カッコいい人だった!!」
「いえ、そうではなくて。どんな容姿の人でしたか?という意味です」
「容姿ぃ~?そうだなー。確か、見たこともない細い長剣を持ってたぞ!」
「それは先ほども聞きましたが・・・」
「後はな~、う~ん。あ、そうだ。何も鎧や兜といった防具なんかはつけてなかった!簡単な服と細い長剣だけの装備だった!」
「防具は着けず、珍しい長剣の男性ですか・・・」
「あと、そういえばカエデと同じ黒髪だったぞ!ここらでは珍しいのに」
「ッ!黒髪・・・ですか」
黒髪という言葉に反応するカエデだったがそれも一瞬だけで、すぐにそのエリカが言っている人物の事についての思考を行う。
そしてカエデは先日ある噂を聞いた事を思い出す。
「もしかしたら噂の"ブラックボルト"かもしれませんね」
「ブラックボルト?ああ!あれか!新しくハンターになったのにAランクで、あり得ない速度で依頼をこなしていくって噂の!」
「はい。まだ実際に見たことなくてあくまで噂で聞いただけですが、確かその人物も黒髪で防具といった物を装備してないそうです。ブラックボルトという名前も黒髪から来ているとか」 
「はぁ~、あれがブラックボルトかぁぁ!」
エリカは絶えずに「カッコいい!」と連呼しているが、カエデは何か思う所があるのか少し考え込む。しかしエリカが馬鹿見たいに同じ事を繰り返すのでカエデは自分だけ考え込んでいる事が馬鹿馬鹿しくなり、エリカをからかう事に頭をシフトチェンジさせる。
「それで、どうしました?エリカ。もしかしてその人に惚れでもしましたか?」
「は、はぁ!?そ、そんな事ねぇーし!!確かにカッコよかったけど!あの人ならって思うけど!オレはそんな簡単に落ちる女じゃねぇ!!」
「ふふっ、はいはい」
「あーバカにしてんな!」
エリカは来ている全身鎧をガシャガシャと音を立てて猛抗議している。彼女は全身鎧を来ているが中身はれっきとした女性なのだ。きっとそういう話はデリケートな問題なのだろう。端から見て明らかに惚れた様子でも、彼女にとってはまだわからないのだろう。何故なら彼女達はまだ十代後半なのだから。
「お前さんハンターなんだろ?何で鍬なんて買ってくんだ?」
道具屋の店主から声が掛かる。その疑問は当然だ。ハンターである者が畑仕事で使う鍬を買っていく事はほとんどない。まさか戦闘で使うなんて馬鹿な事を考えたという事ではないだろう。だとするとハンターを引退して畑仕事をするためにという可能性もあるが、そうは見えなかった。
「あーいや、これは村の皆に頼まれてた事でして・・・。お使いみたいなものです」
「そうだったのか!買い物の邪魔して悪いかったな。よし、邪魔したお詫びだ、特別に値引きしてやるよ!他の客には内緒だぞ」
別に邪魔されたとは一切思ってないが、値引きしてもらえるのならありがたく値引きして貰うことにした。
それと同時にこの店主は商売上手だなと感心した。
「ありがとうございます。ではこれらをお願いします」
買ったのは鍬を5本。斧を5本。それと大きい鍋を1つだ。本当はもっと本数が欲しいが1人で不自然なく持つにはこれぐらいが限度だ。合計で銀貨1枚と銅貨52枚だったが、店主が値引いてくれたので最終金額は銀貨1と銅貨44枚になった。
「まいど!」
いま購入したものを背負える大きめな袋に入れていく。これは先日別の道具屋で購入したものだ。
この袋は縦に細長いので斧や鍬を入れらるのだ。素材は恐らく麻だろう。カケルは購入した物を全て袋に入れると道具屋を後にした。
その後カケルはいつも使っている宿屋――ブリスロード亭――に返ってきた。この一週間、たった一週間だったがそれ以上に感じた。しばらく会えてない魔物達に会うのが楽しみになっていた。明日スムーズに帰れる様に持ち物を一通り確認すると、明日に備えて早めに寝ることにした。
次の日カケルは早く寝たのにも関わらず、多少の寝不足になっていた。
今日が楽しみ過ぎて寝付けなかった訳ではない。隣の部屋からガシャガシャと騒音が聞こえてきて睡眠を妨害されたのだ。
宿を出て欠伸をしながら初めに思った事は、次から角部屋のみを取ろうと心に誓うのだった。
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