眠る騎士は眠り姫たちのキスで目を覚ます。

三宅 大和

β:肖像画の彼女

 朝―
 目が覚めると、少女の顔が目の前にあった。
 そうか、俺昨日は寝落ちしたんだった・・・
 部屋の掛け時計は七時半を示している。そろそろ起こしたほうがいいかもな。確か今日、詞弥は別の勉強会に出席するんだった。
「詞弥、起きろ。朝だぞ。」
 その自分の言葉で俺は思い出した。
手で詞弥の鼻を摘む。
例によって、詞弥は「はあっ」と一声、一息上げて目を覚ました。
「・・・つや君?」
 寝ぼけた感じでそう言い。
「敦也君!?」
今度はしっかり認識した。
「なんでここに・・・って、そうか、昨日は泊まっていったんだった。」
 独り言のように自問自答をしたあと。
「・・・あっ。敦也君、昨日は良くも私の胸をめちゃめちゃにしてくれたわね・・・」
「俺は目も耳も塞がってたから何も知らんぞ。」
「ムウ・・・ずるいよ。」
 詞弥がいじける。
「そういえば詞弥、今日は他の勉強会があるんじゃ・・・」
「ああっ!加奈ちゃんとの約束忘れてた!」
 本気で忘れてたのかよ・・・
「ありがとう敦也。昨日のことは許さないけど・・・」
 さいですか。
「ってことでそろそろ行かなきゃいけから、敦也君も家出る用意しておいて。」
 そう言い放って、詞弥は着替えやらなんやらでバタバタしだした。朝から忙しい奴だ。
 俺は詞弥が着替えだすより前に持ってきていた物をまとめ、玄関まで降りた。しばらくして階段を駆け下りてきた詞弥と外に出る。
「昨日は世話になった。」
 鍵を閉め終えた詞弥は、
「いえいえ、こちらこそ迷惑掛けてごめんね。」
「ああ、ほんとに面倒くさかった。」
「目隠し、耳栓無しでするなら、また揉ませてあげてもいいわよ。」
「ああ、揉める胸にしないとな。」
「・・・いじわる。」
「俺はそういう奴だ。」
「私も面倒くさい女ですよ。」
 ドヤ顔で見つめ合い、
「じゃあ、また明日。」
「うん、明日。」
 そして、俺は詞弥と別れた―
 この日はそれ以降は変わったことも無く、久しぶりに普通な一日を過ごした。現代社会の教科書を片手に・・・

内容が濃いという意味ではある意味充実した休みが終わり。
テスト前日の月曜日―
四時間目の授業は自習で、テスト勉強をする時間だった。
テスト前日ということもあって、教室の空気はいつもより少し張り詰めている。
と、言っても提出物をやっているのが大半で、ギリギリまで呆けていて、前日になって焦りだしているといった感じなので。真面目にテスト対策をしているのは、数人ってところだ。
その数人の中の一人である俺は終始現代社会の教科書とノートのページをめくっていた。時々俺を頼ってくる、男子友達に数学の考え方を教えたりしながら・・・
ところで、詞弥とはさっきから顔も合わせていない。その理由は一時間目が始まる前の朝休みまで遡る―
いつものように登校した俺達は、いつものように早い時間に教室に着き、いつものように俺は一人に、詞弥は駿河と談笑していた。
普段通り二人の会話に耳を向けていると・・・
「詞弥~、なんか荒川君と昨日より仲良くない?」
「えっ、そうかな~」
「昨日帰ってから何かあった?」
 女の感は怖いな。
「・・・べつに。」
「私だけでいいからちょっと言ってえや。」
 駿河は詞弥に耳を向けている。
 詞弥は少し考えて、駿河の耳に口を近づけ、ゴニョゴニョと何かを言った。
言うのかよ!
「ええ!胸揉まれたの!」
 やってしまった。
 教室中に響き渡った声。男子の視線はそもそも男子が来ていなかったのでなかったが、早くから来ている女子達の視線が自然と俺の方に向くのが分かった。
 俺はその場で立ち上がり、廊下に出、コミュニケーションアプリを起動し、詞弥を呼出した。
 しばらくすると待ち合わせ場所の非常階段に詞弥が恐る恐るやって来た。
「どうするんだよあれ。」
「ごめんなさい。つい言いたくなって・・・」
「まあ、言っちまったことは仕方ない。運良く聞いてたのは早くから来ている数人だけだし。」
「どうせ拡散するけどね。」
「他人事みたいに言うな。」
「イタタタッ・・・」
「これ以上広めるなよ。」
 詞弥の頭をグリグリしてから、俺は教室に戻った。
 そこで俺が見たのは・・・
「あなたがあの信濃会長を抱いたという、一年学年トップの荒川さんですね。」
 パシャ、パシャ・・・
 まるで国会議事堂前に集まる報道陣だ。生徒会長というブランドがこれほど凄いものだとは思はなかった・・・まるで有名人だ。つうか、抱いてねえし・・・
「会長とはどのような経緯で行為に至ったのですか?」
「至っていないです!」
「先ほどあなたのクラスメイトの方が『胸を揉んだ』というふうにおっしゃっておられたとうちの部員から報告がありまして・・・」
 しまった。新聞部の部員が教室にいたのか・・・というか、この学校にプライベートは無いも同然だな。
「あ、あれは、そういうんじゃないんです。」
「それでは本人から聞いてみるとしましょう。」
「え?」
 後ろを見ると詞弥が驚いたようにこちらの群衆を見ていた。
 雪崩れるように群衆はそっちに移動する。
「え、なんですかこれは?」
 詞弥はわたわたしながら尋ねる。
「信濃会長、昨日、荒川さんと不純異性行為に至られたとお聞きしましたが・・・」
「不純異性行為・・・あっ、」
「何か思い当たるのですか?お聞かせ願います。」
「えっと、あれは違うんです。胸を揉まれたんじゃなくて、あの、その、バストアップの為にマッサージしてもらったんです。やましい気持ちは無かったんですよ。」
 嘘をつけ・・・
「ほお、バストアップのため・・・」
「えっ、書くんですか?」
「これは記事になる。」
「あっ、ちょっと・・・」
「部長、そろそろ五分前です。」
「分かったわ、皆んな撤収よ。」
 その瞬間、マスコミはダダーっという足音と共に帰っていった。
 俺は詞弥見て言った。
「凄いことになったな・・・」
「ごめんね、巻き込んで。」
「いや、多分記事に書かれるのは、今の感じからすると、詞弥の貧乳エピソードだと思うぞ。」
「えっ・・・ええぇぇ!」
 ―というようなことがあったので、今は詞弥のことをあまり見ないことにしている。また何かの拍子に騒ぎ立てられると困る。ほとぼりが覚めるまではそうしておこうと詞弥とも話し合った。

「信濃さんと何かあったんか?」
 昼休み。いつもの如く、男子五人で食堂。記憶は戻っていないが、だんだんとこの日常に慣れてきている。
「そういえば、お前らはあの騒ぎを見てないんだったな・・・」
 普段から門が閉まるギリギリに登校してきているのだから知らなくて当然か・・・
「何やねん騒ぎって。」
 ギリシャと日本のハーフ、マナンがバリバリの関西弁で迫ってくる。
「簡単に言うと、あいつが他言無用だったことをあっさり駿河に言って、それを聞いて驚いた駿河が大声でリピートしちまったんだよ」
「なに言ってるんか全然分からん。」
 春樹が言う。
「つまり、この敦也は一昨日信濃さんの胸を揉んだらしくて。その話を信濃さんから聞いた加奈が大声で言ってしまった。」
海音、よくも言ってくれたな・・・って、なんで知ってるんだ?
「・・・おまっ、信濃さんの胸揉んだんか!?」
「マジでか。羨ましい・・・」
「海音、どうして知ってるんだ?」
「彼女から聞いた。」
「彼女?」
「加奈。」
「ええ!?加奈って、ええ!?」
「なんでそんなに驚くねん。結構前から言ってたやん。」
 まさかそんな繋がりがあったとは・・・
「今朝会ってすぐ『海音君は私の胸揉まないの?』って言ってきたから、それで・・・」
「ああ、そうなんだ・・・」
早速影響受けたんだな・・・
「ちょー、お前らマジでうざい、てか羨ましい。」
「ホンマ何やねん、俺も彼女欲しいわ。なあ、ユッキー?」
 軽音楽部ギターリストのユッキーは、行き道に買ってきたのであろうストロベリーなんちゃらを飲み干し、食堂に来てから初めて喋った。
「見て、俺今日、アイプチして来てん。」
「げっ・・・」
 四人全員が同じ感想だった・・・ 
 その日の帰り―
俺はいつもの如く、詞弥と電車に揺られていた。
「明日のテスト、いけそうか?」
「現社以外はバッチリだよ。」
 結局苦手は克服せずか・・・
「そういう敦也君は?」
「俺は現社もバッチリだ。」
「学年トップはやっぱ違うね。」
 なにせ現社の勉強しかしていないからな・・・
「あ、そうだ、じゃあ今日はうちに泊まり込みで私に勉強教えてくれる?」
「何の勉強になるか知れたものじゃないから辞めとく。」
「残念。」

 そして、四日間に渡るテスト期間が始まる―
 テストは火曜から金曜まで、各二教科ずつ行われ、最後の金曜だけ三教科行う。
 まず一日目の科学と保険。
科学は二十分の余裕を残して終わり。自分が終わった後も周りではシャーペンを走らせる音がしていて、ちょっとした優越感に浸れた。
 次に保険だが、この教科はあまり覚えていなかったが、提出物をやっていれば解ける問題しかなかったので難なくクリア。
 二日目は英語と家庭科。
 英語はリスニング問題を一つ聴き逃して書けなかっただけで、それ以外は完璧だ。
 家庭科も前日にプリントだけ見ただけだが、全部そこから出てきた。
 三日目、ここでようやく現社。そしてついでに現国。現代尽くしだった。
 現社は勉強しただけあって、開始十五分で暇になって、その後三十五分は問題用紙に落書きをしていた。
 現国は漢字を一つ書き間違えたから予想点数九十九点。
 そして迎えたテスト最終日、数学、古典、情報とあったのだが、前の教科とだいたい同じなので割愛する。
 ということで全てのテストを終えた俺であるが、なんというか、高校のテストを受けた気になれない。それぐらいの問題しかなかったところを見ると、この学校がどれだけ美術力を入れているかというのがよく分かる。勉強は最低限って感じだ。
その証拠に、テストが終わり、次に俺達を待っていたのは、年に一度のアートコンクール、芸術祭だった。
その日の四時間目、三時間目までのテスト終えてすっかり伸びきっていた俺達生徒は、構内放送による呼出しを受け、一年一同は学年集会が行われる視聴覚室へとダラダラ足を運んだ。その時に話された内容がそれだった。
周りの奴らは前々から知っていたっぽい表情をしていたが、俺はその時初めてそのイベントの存在を知った。
参加にあたっての注意事項を学年主任で絵画部顧問の石見先生が話している。
まず、製作期間だが、来週の月曜日から始まり、冬休みの終わりまでに完成させなければならないらしい。
 ちなみにこの学校の冬休みだが、制作もあるので長めに設けられていて、始まりは十二月十日である。さらに来週一週間は短縮授業となり、四時間授業になる。つまりそれが何を意味するのかというと、金曜日の五、六時間目にある平面造形の授業は、冬休み明けまで無いということだ。
 とうとうあの自画像の作者を聞くタイミングが無くなった―
 その日は、テストの採点などの事情で二時完全下校。俺は、クラスの男子友達に別れを告げ、学校を後にした。
「敦也君は、何で出すの?」
 ここで言う何は、版画、彫刻などといった出品分野のことである。
「やっぱり、絵画?」
 そうだなぁ、ここはやっぱり無難に、
「絵画かな。」
「だよね。じゃあ私も絵画で出そう。」
「いいのか?人に合わせたりして・・・」
「私は敦也君から油絵のなんたるかを学んだんだよ。つまり、私は敦也君の弟子。師の背中を追うのが弟子ってもんでしょ。」
 少し前になるが、詞弥が俺の部屋で積み重なっていた絵を見ていたことがある。その時の意味深な言葉には、今思えば、自分の師が絵を描くことを忘れしまって、目標を失ってしまったという感じの意味がこもっていたのかもしれない。もし俺が思い出さなかったら、詞弥も絵を描かなくなっていたかもな・・・
「じゃあ、お互い頑張ろうか。」
俺は拳を突き出した。
「うんっ。」
 そこに詞弥の小さな拳がぶつけられる・・・
 一週間が終わり
 四時間授業を終えた俺は、いつものように食堂に行き、しかしいつもと違って、一人で素早く昼食は済ませ、制作のためのエスキースを考えた。まずそもそもどんなものを描くか決めなければならない、
 今思いつくものは・・・
そうだ王都の感じとかどうだろうか、皆んなは知らない、だけど俺は知っている、そういう風景って結構いいんじゃないだろうか。
そう思った俺は、とりあえず思い出せる範囲で王都の町並み、王宮などをロッカーの中に入っていたのを見つけて持ってきていたクロッキー帳に描き殴った。
一段落付いたところで、周りを見渡した。
自分と同じことを考える人は結構いるもんで、食堂のテーブルんお上には、どこもかしこもクロッキー帳が広げられていた。
俺の隣もそうだった。
「ああじゃない」「こうじゃない」とぶつぶつ言いながら、一瞬のうちにクロッキー帳が絵で埋め尽くされていく。描くスピードが尋常では無かった。
履いているスリッパの色からするに多分上級生。
うちの学校では、学年ごとに色が分けられていて、俺ら一年生は緑、二年生は赤で、ほとんどかかわらないが三年は青色だ。来年の新一年生も青を履く。
隣で描きまくっている女子高生は、赤色のスリッパを履いているところを見ると、二年なのであろう・・・
「何?気が散るからあまり見ないでもらえる。」
 バレていたか・・・
 少女は全くこっちを見ないまま、そう言った。
「すいません。描くスピードがあまりに早いものだから、つい見入ってしまいました。」
 少女は、俺のその言葉には全く反応しないまま、なおも描き続けていた。凄い集中力の持ち主だ。
 それよりも、さっきから殴り書きされていく絵に、気になるものがあった。
 剣や鎧のデザインを色々考えているみたいで、色んな形のものがある中で、たまたまだとは思うが、俺が騎士として身につけていたものと、限りなく似たものが描かれてあった。
 俺は実習室の自画像を思い出した。
「先輩、一年の時に描いた自画像飾られてましたっけ・・・」
 俺は、今始めて会ったであろうその先輩に、鬱陶しがられるのを覚悟で聞いた?
「・・・」
 安定の無視・・・
 気が散るから黙ってろとのことだ。しかし、そこで引き下がる俺では無い。
「先輩は、ペテルギアって知ってます?」
 前にも同じ質問をしたことがある。詞弥とこの世界で再会した時だ。
 ・・・やっぱり無視・・・か?
 その時、初めて少女は俺の顔を見た。
「ねえ。」
「えっ。」
 俺は急に話しだしたことよりも、その表情に驚いた。
「何で敬語なの?」
 そう、丁度俺の知っている王女様はこんな表情をよくした。
「あんたやっぱり・・・」
「やっぱ、会えるんじゃん。」
 その時、俺の中でその少女は見知らぬ先輩では無くなった。
「アシア・・・」
 無意識に言葉が出る。言葉だけじゃない・・・・
「あ、アスラ??」
「良かった・・・無事だったんだな・・・」
「なによそれ・・・っていうかこんなところでハグなんてしないでよ恥ずかしい。」
「ああ、ごめんつい・・・」
 ガシャン・・・
「なんだ?」
 音のした方に振り向く。
 誰もいない・・・プラスチックの器と御盆が床に転がり、そこからうどんとその汁が溢れ出ている。
「あの娘!」
 アシアが食堂の出口に指を指している。
 その後ろ姿を見て俺はその正体を悟った。
「詞弥・・・」
「誰?その娘・・・」
 そして多分余計なことを言ったと思う。
「アスラ?」
「あ、ああ・・・」
 詞弥を追うかを迷う余裕は無かった。それどころか既にもう一つの危機が同時に迫っていることに気付く。
「説明してよね。」
「わ、分かった・・・」
 それから俺は全てを話した。今の自分の意思諸々全部。
「なるほどね。それで私より記憶喪失の時間長かったんだ。」
「ほんと、すまない。」
「別に良いんじゃない。」
「えっ・・・」
 てっきり怒られるのかと思っていた。これは浮気じゃないのか?
「もしもあっちの世界で別の女の子と仲良くしてたなら、そりゃあ私もムッと来るけど、でもこっちの世界でってなると、自分の状況も、他の人との人間関係も皆んな違うんだよ。そこで十五年も過ごせば他の誰かを好きになっても当然だよ。責める理由が無いよ。」
 いつの間にか二人きりになった食堂に、その声だけが響いていた。
「ほんと、優しいよな、お前。」
「それだけが取り柄みたいな人間だから。」
 きっと良い皇女になれるよ。
「ん、今何か言った?」
「いんや。」
「そう?なら良いんだけどさ・・・それよりっ!」
「んっ!?」
 アシアは見を乗り出して来て言った。
「詞弥ちゃんどうするの?」
「って言われても、多分もう家だぞ。」
 時計を見る。三時半・・・ってことは二時間近く喋っていたのか。そりゃあ人もいなくなるわな。
「でもさっきの話しだと家となりなんでしょ?」
「ああそうだった。じゃあ今から帰って行ってみる。」
 俺は席を立ち・・・
「待って。」
「どうした?」
「私も行く。」
「いいってアシアは。これは俺の問題だから。」
「いや、これは三人の問題よ。私達三人は同じ問題を抱えているのよ。だからこれからのことも話し合わなきゃだよ。」
確かに一理あるか。
「分かった。着いてこい。」
「うん。」
 と、その前に・・・
「これ片付けないとな・・・」
「ああー、これか・・・」
 俺は隣でひっくり返っている器を拾い上げ・・・
「ああ、もうええで。おばちゃん達でやっとくから。」
「あ、すいません。お願いします。」
 配膳のおばちゃんにお礼を言い、食堂を出た。

「それにしても、こっちじゃ俺とお前は同期じゃないんだな。」
 先輩がアシアと分かってからずっと思っていたことだ。
「私も疑問だったそれ。」
「多分、こっちとあっちで学期の始まる月がズレているんだろうな。」
「あ、なるほどね。って、解決したじゃん!」
「しー」
 俺は声のボリュームを下げろと手でジェスチャーした。
「あ、ごめん・・・」
 まあ、気に触ったような様子は周りを伺う限りなさそうだ。
「そういえば、お前ここでの名前は?」
 さっきの手をつり革に引っ掛けて直してから聞いた。
「えっと確か・・・愛花。」
 やっぱり似てるな。
「どうしたの?」
「いや、俺のこっちの名前は敦也で、詞弥の向こうの名前はシヴァって言うんだけど、アシアの名前も聞いて余計思ったんだよ。」
「何を?」
「だから、向こうとこっちで名前似てると思わないか?」
「・・・あっ。ほんとだ。でもそれがどうかしたの?」
「これって偶然なのか?それともやっぱりどっちかが夢だってことなのかなって・・・まあ今は考えるだけ無駄だけどな。」
「う~ん・・・あ、そうだ・・・」
 アシアは何かブツブツ独り言を言って、
「これからこっちに居る間、こっちの名前で呼び合わない?」
 という提案を唐突にしてきた。微妙に話しがそれたような気もするが、提案自体には賛成だ。
「どうしてだ?」
「だって面白いじゃん。」
 という理由ではなく、単純にその方がはたから見ても自然だと思っての賛成だ。
「まあ、別にいいけど。」
「じゃあ敦也、私の名前を呼んでちょうだい。」
 急だな。
「苗字なんだ?」
 この世界ではアシアは同じ学校の先輩に当たるのだ。苗字+先輩呼びが一番しっくりくる。
 でも、当のアシアは、
「教えてあげなーい。」
 女子って生き物は皆んなこうなのか?ほんと意地悪だ。
「ほら言って。」
 ここまで来るとデジャブ感じずにはいられないな。でもこの場合は本当に二回目だからデジャブにはならないのか・・・?
「言ってよ。」
「呼ぶタイミングになったら言うから。」
「え~。」
 子供か。
『間もなく・・・』
アナウンスが流れ出し、車体の速度が落ち出した。
「ねえ、敦也。降りる?」
「いやまだだ。」
「どれだけ待てばいいの。というか離れ過ぎじゃない。」
 俺も最初の時にそう思ったよ。ちなみにこの最初はつい最近の方の最初だ。
「なあ愛花。」
「えっ。あ、言うんだ・・・」
「駄目だったか?」
「ううん。ウェルカムウェルカム。でなに?」
 名前とかより以前に気になっていたことがある。
「お前、こっちに来てすぐ、どうだった?」
 多分俺と同じで記憶喪失者扱いを受けたのだろうが、俺が詞弥に助けられたみたいに、アシア・・・愛花も誰かに助けてもらったのだろうか?じゃないと高校にすらたどり着けないだろうし・・・
「私、目覚めた時はベッドの上で、えっと確か夕方。」
「俺も夕方だ。」
「で、そのベッドフッカフカで丁度王都の宮殿にあるベッドくらい。大きさもそれぐらいだったわ。」
 俺の家のはそうでも無かったけどな・・・
「で、ドアが開く音がして、見たらそこに執事みたいなのがいて、私が玄関で倒れたから部屋まで運んだって説明してくれて・・・」
「ちょっと待て。」
「えっ。」
「お前、こっちでもお嬢様やってるのかよ・・・」
 愛花は髪を指に絡ませながら軽く頷いた。
 そういう気質なのか?
「なら学校にも車で?」
「送迎してもらった。」
 なるほどね。
「それから言い忘れてたけど、髪切ったんだな。」
 食堂で合った時から気付いてはいたがなにせあの時はドタバタだったから言うタイミングも無かった。頭上のコブは切除され、肩に毛先が当たるくらいのショートボブになっている。
「そう、それよっ!」 
「しー・・・」
「あ、そうね・・・私が一番ビックリしたの。で、アルバムとか見てると高二の集合写真の時点ではこの髪型だったのよ。失恋でもしたのかなって思って執事に聞いてみたら出たの、あんたの名前が・・・」
「マジか・・・」
「マジよ。」
 六年前にこっちにいた俺にとって、それは十五年ぶりの再会で、さすがに気づけなかったわけだ。
「なんと返していいか・・・」
「いいのよ。私も忘れていたし・・・」
っていうか、失恋して髪切るって本当なんだな。
「でも、敦也には詞弥って彼女がいるって分かったし、こっちじゃ狙わないようにするわ。」
そうしてくれると助かる。
「作戦はあるの?」
「えっ?」
「詞弥ちゃんと合うための作戦よ。」
 そういえば何も考えていなかった。よく考えれば、家に行ったからといって合ってくれるかは分からない。今のうちに何か考えとくか。
そうやっていつの間にか、車内アナウンスは目的の駅名を繰り返していた。

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