眠る騎士は眠り姫たちのキスで目を覚ます。

三宅 大和

β:学園生活

    一年四組の教室。つまり今、俺は六年ぶりのホームルーム教室に来ている。
「ねえ、敦也君。」
 あと、詞弥も・・・
「なんだ?」
「話し相手になってあげようか?」
「もう十分話した。」
 今、教室には生徒が三分の一くらいしかいない。時刻は八時四十分で授業開始の十分前なのだが・・・
 詞弥はさっき駅のホームで会ったポニーテール少女と談笑しながら、俺は一人で、今まであったことをメモ帳に書き出しながら、授業までの時間を潰していた。
 七時四十五分―
 クラスメイトのほとんどがこの時間になってやっとやって来た。しかしなんだ、来るのは女子生徒ばかりで男子生徒はほとんどいない。美術校だから比率は仕方ないが、それにしても少なすぎる。もしかして、俺って友達いないのかな・・・
 七時四十九分―
 男子生徒四名が同時に入室。なんだ、いるんじゃないか。
だが、一つ不安が残る。今の四人って、もうあそこでグループできているんじゃないか?だって十一月だぞ。そうだとすると、いよいよ俺はぼっちだ。
さっきのメンバーの一人がこちらへ来る。おそらく後ろの席だ。俺は軽く身構えた。
「おはよう、敦也。」
「おん、おはよ。」
 その堀の深さといい、鼻の高さといい、見るからに外国人顔だった。絶対モテるなこいつ。
 ぼっちではなさそうだったのでとりあえず一安心だったが、名前が・・・結局何が問題なのかって言うとやっぱり名前なんだよな~
 今の俺は、入学してから自己紹介をするまでの期間並に人と喋りづらい。マンツーマンでなら良いが、複数で固まって話すとなると、名前が分からないのは致命的だ。
 思い出すまではいかないでも、知る必要がある。
 ピーンポーンパーンポーン・・・
 チャイムが鳴り、現代社会の教師が教卓までやって来た。
 俺はその時間、授業の内容をほとんどを聞き流していた。現代よりも現在の方が重要だ。クラスメイトの名前を把握するのに一生懸命だった、それはこの時間に限ったものではなくその後の授業も、三時間目後の授業も、俺はノートだけ書いて、話は聞いていなかった。教師が生徒を当てる度に、その名前をメモっていた。ノートの内容を見る限り、社会以外は王都で習ったものと同じだったので、勉強のほうはまあ問題ない。
四時間目は例の体育の授業だ。男子は持久走、女子はバスケットボールと、不公平な授業内容に少々不満ははあったが、口には出さないでおく。
俺は、俺の考えていたことと全く同じ文句を言う男子たちの集団に紛れて、この教室がある五階から、更衣室のある一階まで、ひたすらに階段を降りた。
 クラスで十人しかいない男子の中にも、見たところ二つのグループが存在していて。一つは、あまり色気の無い地味・・・大人しいグループで、もう一つがいかにも高校生活エンジョイしていそうな奴らのグループ。ただ、美術校だけあって、エンジョイグループもパリピではない。少し活動的で、女子とも喋る程度だ。
 俺はいったいどっちに属しているのか。まずそこが気になるところだ。ちなみに、俺の後ろの席のハーフは後者のグループだった。名前か苗字かは分からないが、マナンと呼ばれていたのを十分休憩の時に目撃している。
 更衣中、大人しいグループはゲームの話、エンジョイグループは女子の話に、それぞれ花を咲かせていた。俺はと言うと、その中間ぐらいで着替えていた。どっちから話されても対応出来るように・・・
「ああぁ~俺も彼女ほちいぃ~」
 マナンが腹の立つ口調で言う。お前はできるだろ。
「お前はできるやろう、イケメンやし・・・」
 ほら誰かもそう言っている。
「おもろかったら絶対モテる。」
 だそうだ。
「おもろかったらな・・・」
「なんでそんなこと言うん、海音。」
 カイトか・・・なかなかSっ気のあるやつだな。スマホのメモ機能に書いておく。
 てか、マナン、喋りはバリバリの日本人じゃないか。
「そう言えば春樹、今どんな感じなん?」
 あ、あれハルキって言うんだ・・・メモメモ。
「それが、すごいで。俺、デート誘っちゃった。」
「おっ、やるやん。」
「春樹ももうすぐこっち側やな。」
 海音がさり気なくリア充アピールをする。
「ユッキーは・・・」
「幸成は無理や。あいつ今、ミヨちゃんにしか興味無いから。」
「ミヨちゃんって、あのアイドルの?」
「そう。まさかちょっと前までアイドルのこと馬鹿にしてたあのユッキーがな・・・人生何が起きるか分からへんな。」
「俺はアイドルが好きなんじゃないねん。ミヨちゃんだけが好きやねん。ミヨちゃんが出てる動画見てみ。絶対ハマるから。」
 ユッキーことユキナリは重度なアイドルファン・・・っと。
 意外と簡単に全員の名前分かった。こんなことならさっきの現代社会、真面目に受けときゃ良かった。俺の習った現代社会の授業は、こっちの世界では全く役に立たないみたいだ。そもそもあっちは民主政じゃなかった。
「なあ、あっちゃん。今何時?」
 不意に、呼ばれなれない愛称で呼ばれたので、自分のことだと気付くのに少々時間を食った。
 俺は着替え終わっていたので、体操服袋から腕時計を取り出して言った。
「十一時・・・四十八分。」
 四人が口をそろえて言った。
「あ、やべっ(やばっ)・・・」
 今気づいたが周りには俺達以外いなかった。多分皆んな運動場だ。
「じゃあ俺、先に言ってるわ。」
 俺は、慌てて長ズボンの中間に足が引っかかって飛び跳ねたりしているそいつらを一瞥してから、更衣室から出た。
「あっちゃ~ん!」
 そう聞こえて来たが、聞こえないふりをした。
 一つ分かったことがある。あいつら四人は、俺の友達だ。証拠は無いが、そんな気がした。
 チャイムが鳴る。
 その時俺は体育教師の前にできた四列の中にきちんと混ざっていた。あいつらはと言うと、点呼を取っている最中に飛び入ってきた。しかし、名前を呼ぶ前に来たのでセーフらしい。俺はこの時も苗字を覚えようと必死になっていた。大体半数は覚えたかな・・・
 ラジオ体操も大変だった。王都にいた頃は第一しかやってこなかったので、いきなり第二と言われても困る。ただ、最後列だったのが唯一の救いで、前の奴の動きを真似ることでその場は切り抜けた。
 その後の二十分完走では、体の異変に気付いた。王都で騎士をやっていた俺はそれなりの訓練を受けていたので、体力も常人の二倍くらいあった・・・はずなのだが、僅か五分走っただけで疲れが出てきた。足が重い。こっちの俺は絵を描いてばっかりで運動をあまりしていなかったみたいで、俺が脳から出す指示に体は全く付いて来なかった。
 チャイムの鳴る五分前に授業は終わり、チャイムが鳴る頃に着替えを終えた俺は、さっきの四人に昼食を誘われた。食堂で食べると聞いたので丁度昼飯代の五百円を渡されていたことを思い出した俺は、即オーケーした。
 四人の内、三人は教室に弁当を取りに行き、俺は残った一人と直接食堂へ行き、人の少ないうちに列に並んだ。
「敦也は、最近どうなん。」
「どうって?」
「生徒会長さんと・・・」
 そう言えば、こいつもさっき彼女持ちっぽい喋り方だったな。
「朝っぱらからケンカした。」
「マジかw。仲直りはしたんか?」
「今は一時休戦らしい。そう言う海音は?」
「会長らしいな。俺は、そうやな・・・昨日の帰りに初めて手を繋いだ。」
「ピュアかよ。付き合ってどれくらいだっけ?」
「七ヶ月・・・あ、担々麺で。」
 入学していきなり付き合ってるじゃねえか。
「あ、俺も担々麺で。」
「敦也は二年だっけ?」
 二年前・・・中学二年生か。
「まあ、もともと幼馴染だったしな。」
「付き合ってて、結局同じ高校に入学するって、しかも専門的な学校って、すごいよな。」
 確かにそうだな、将来の、就職のこととか考えたのだろうか?
 俺達はトレーを持って長机の端っこに移動した。
「あ、春樹。こっちや。」
海音が入り口付近にいた、コンビニの袋を下げた三好春樹に手を振った。
春樹がこっちへやって来ると、それに連なって尾形幸成とマナン=アンドレルも弁当の包みを持ってやって来た。体育の時に男子の苗字は全員覚えた。ちなみにさっきまで話していた海音の苗字は日比谷である。
春樹、幸成と順に席に着き、マナンがきたところで春樹がそこに自分のリュックを置く。
「なんでそんなことするん?」
 男子グループの典型である。だいたい一人はいじられキャラがいるものだ。
 もちろん本気でやっているわけではないので、その後すぐにリュックサックはどけられ、男子五人、仲良く昼食をとった。
 午後一時十五分―
「あ、そろそろ行かな。」
 スマホの画面を見た海音が言った。
「次どこやっけ?」
 俺は何気ない感じで聞いた。
「敦也は・・・実習棟の三階や。」
 敦也は・・・ってことは、全員じゃないのか?
「じゃあ、またホームルームで・・・」
「スゥィーユー」
「バイビー」
 春樹、マナン、ユッキーの順に別れの言葉を残し、三人は去っていった。
実習にはスペースが必要で、一つの部屋じゃ足りないから、二つに別れて行う、ってことでいいのか?
その場に取り残されたのは俺と海音、俺は実習に何が必要か知らなければならないのだが、今から詞弥に電話を掛けるのでは間に合いそうも無かった。
だから、さっきと同じようになるべく自然に・・・
「今日、何がいるっけ?」
「どうした敦也。いつもはそんなん聞かんのに・・・」
 まずい、感づかれた。
「テスト前やから、勉強のことしか考えてないんやろ。」
 なぜか知らないが、切り抜けれた。
「ちょっとぐらい手え抜いても一位取れるやろ。敦也なら。」
「結構裏では苦労してるんだぞ。」
 なんとなく話を合わせとく。
「今日は油絵セットだけでええと思うで。」
「どこに置いたっけ・・・」
 なんか今ならいけそうだったので、とことん聞く。
「部室じゃね。」
 部室?どこにあるんや。と言うのはさすがにまずいと判断したので言わなかった。どうする、結局動けなくなった・・・
「俺も部室だから、行くか。」
 海音ナイスゥー。
「うん。」
「ヤバ、急がんと遅刻する。走ろ。」
「おう。」
 ちらっと腕時計を確認した。
 一時二十五分。タイムリミットはあと五分。五時間目開始の予鈴が鳴る中、俺は海音の後に続いて、実習棟らしき建物に向かって、履いているスリッパが脱げそうになりながらひた走るのであった・・・

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