眠る騎士は眠り姫たちのキスで目を覚ます。

三宅 大和

β:六年ぶりの朝

    翌朝、目覚めた場所はいつもの場所じゃなかった。いつも場所とは王宮にある一室のベッド上のことで、考えてみれば昨日眠りについた場所がこの荒川家二階の一室にあるベッドの上なのだから、朝目覚める場所もこのベッドの上であることは当然のことなのだが・・・そう、言ってみれば、今俺は修学旅行二日目の朝みたいな感覚に陥っている。まだ夢の中に居るんじゃないか?って感覚。いつもの寝床で目覚めないと目覚めた気になれない。
俺は枕元のスマホを取った。液晶には『11月25日 金 6:00』と映し出されている。
 ブブー・・・
突如、バイブレーションと共にスマホの表示が変わった。
 『詞弥 拒否 応答』
 俺は目をしょぼしょぼさせながら応答ボタンに触れた。
「もしもし・・・」
『あ、もしもし敦也君。』
「何の御用で?」
『いや、ちゃんと起きてるかなって。起きてるみたいで何よりだよ・・・』
 それだけを聞く為に?
『そうそう、昨日良い忘れてたんだけどね、荒川家は敦也君が起こしに行かないと誰も起きないんだよ。』
「え?」
『だから、敦也君が声をかけないと皆んな遅刻だよ。』
「あ、なるほど・・・」
 スマホの上部には『6:05』という表示。
「なあ、皆んながいつ家を出るとか知ってるか?」
『う~ん・・・多分いちばん早いのは敦也君だと思うよ。七時丁度だから。』
「え、マジか。全然準備してねえ、てか、何持って行けばいいんだ?」
『もー仕方ないな・・・玄関の鍵開けといて、今からそっちに行くから。』
「ああ、頼む。」
 プー・・・プー・・・
 電話が切れた。
 俺が寝坊したら家族全員が遅刻か・・・ちと頼りすぎなんじゃないだろうか。
 ピーンポーン・・・
 あ、鍵開けないと、って、いくらなんでも早すぎるだろ。
 俺は部屋から出て、階段に向う最中、弟、涼也の部屋に向かってモーニングコールを行い、階段を降りるなり母に向かって『六時七分っ!』と叫び、玄関の扉を開けた。
「よう。」
 そこにはやはり詞弥の姿。もう既に制服姿だった。
「遅い、鍵開けといてって言ったじゃない。」
「間に合うか!お前、家の前で電話掛けてただろ。」
「どうせ困ってるんだろうなと思ってね。」
 まあ、困ってたけどさ。
「さあ、中入ろう」
「あ、ああ。」
 俺は詞弥を自分の部屋へと案内した。
「実は私、荒川家にはよく来てるんだけど、敦也君の部屋に入るのは初めてなんだよね。」
 幼馴染であり恋人でもあるのにか・・・いや待て。
 俺は昨日部屋に入った時の事を思い出した。当然だな、いくらなんでもあの紙まみれの部屋に彼女を連れ込もうとは思わない・・・
「あっ。」
「どうかした?」
 詞弥が小首をかしげる。
「いや、なんでもない・・・」
 大丈夫だ、昨日ある程度片付けたから。人を呼べるくらいにはなってるはずだ。
「お、詞弥やん。」
 階段を上がる手前、寝起きの母が顔を出した。今更突っ込みたくもないが、もこもこ&耳付きポンチョでの登場だった。
「あ、お母さん。」
 お母さん?そこのサバ読み四十二歳は俺のお母さんだぞ。
「まだ結婚してないやろっ。」 
「いづれするんだから良いじゃないですか~。」
 なに勝手に進めてるんだ。俺の意志は?というか、このお付き合いって結婚前提のお付き合いなの?
「少しお邪魔しますね。」
 そう言って詞弥はズケズケと階段を上り始める。俺はその後に続いた。
「うん、楽しんで~」
 母がニヤニヤがらそう言った。
 何を楽しむんだ、こんな朝っぱらから。いや、別に何も期待なんてしていないぞ。
「ねえ敦也君。」
 詞弥がこっちを向いて言った。
「なんだ?」
「まだ言い忘れてることあったの。」
「うん?」
 詞弥は少しうつむき気味に、しかし目は上向きに言った。
「あ、あの・・・私達って、まだそういうことは、してないの・・・」
 ゴトンッ・・・
「敦也君だいじょうぶ!?」
「大丈夫だ・・・」
 けど、ものすごく痛い。階段で足を踏み外した俺は、段差の角でスネを強打した。これ、絶対アザになるやつだ。
 それにしてもいきなりのカミングアウトびっくりした。まさかこのタイミングで、いやまあ、さっきの母の発言のせいだろうけど、詞弥からそんな発言が出るとは・・・
「歩ける?」
「ああ、問題無い。」
「なんか急にごめんね。でも結構大事なことでしょ。」
「まあ・・・そうだな。」
 そう言って立ち上がろうとして顔を上げたその刹那、俺の目はある一点を捉えた。
「パンツ見えてるぞ。」
「へっ?!」
 すると、詞弥は慌てたように、
「ち、違うからねっ、そういうフリじゃなくて、偶然だから!」
 わかってるさ。
「若いって良いわね。」
「違うって母さん。」
「敦也君。」
「ん?」
「前行ってもらってもいいかな?」
「あ、ああ。」
 そうして幅の狭い階段で、無理やり前後を・・・
「痛い痛い痛いっ、ちょっと敦也君・・・」
「わ、わりい。」
入れ替わった。
「朝から盛んやな、あんたら。」
「だから違うって。」
 きっと母親があの容姿にも関わらず未だにシングルなのは頭の中が親父だからだと思った。
 全く、階段を上がるのにも一苦労だ。
「あの奥の扉が俺の部屋らしい。」
 俺が扉の方を指差し・・・
「イッタ!」
人差し指の真横にあった扉から飛び出してきた弟、涼也の体にその指が持って行かれた。かろうじて腕が付いていったから痛いだけで済んだが、もし腕が固定されていたら人差し指は横向きにポキっといっていただろう。
「兄ちゃん大丈夫か・・・」
「大丈夫・・・多分。」
 いや嘘だ。もうそろそろ厳しい。指どうこう以前に朝早くから災難続きだ。
「あ、姉ちゃん。」
「おはよう涼也。」
 そうか、幼馴染だもんな。弟とも面識あるか・・・っていうか勝手に進めるな。詞弥の家行ってもこんな感じなのだろうか・・・
「そろそろ時間やばいんじゃねえか。」
 俺は詞弥の手を引っ張った。
「あ、ちょっと・・・」
 すれ違いざまに涼也が囁いた。
「昨日のセリフ、そのまんま返すわ。」
 だが、残念だったな、涼也。俺はまだ童貞だ。全くもって誇らしくないが・・・
 俺は自室の扉を開いた。うん、よし、大丈夫だ。思っていた通り客は通せる部屋だ。
「へー、意外と普通だね。」
「普通で悪かったな。」
「じゃあ今までどうして入れてくれなかったの、って、今の敦也君に聞いても意味ないか・・・」
 一応分かる。昨日の光景がそのまま答えだ。
 俺はさり気なくスマホを確認する。『6:20』
「やばい、もう六時二十分だ・・・って、何してんだ?」
 ベッドの下を確認しているから聞くまでもないが。
「へっ?なんでもないよー」
 バレバレだぞ。
 大体、そういう本を持っていたとして、そんなテンプレートな場所に隠すやつはもう現代にはいないだろう。
「あっ・・・」
 詞弥が手から何か落とした。雑誌みたいなやつ・・・
「まあ、敦也君も男の子だから、し、仕方ないよね・・・」
「いや、俺は知らない!それをそこに隠したのは六年前の俺だ。今の俺は関係ない!」
 テンプレートをやってのけたバカは俺自身だった。でも、今の俺なら絶対にやらないから。
「・・・」
「・・・」
 気まずい。六年前の俺め、とんでもないトラップを仕掛けやがったな。記憶が戻ったら真っ先に自分を殴りたい。
「あ、あの、私は・・・」
「も、もう六時半だぞ。」
 とりあえず話を逸らす。
「え、やばいじゃない。」
 詞弥もそれに乗ってくれたみたいで何よりだ。
「何が出来てないんだっけ、あ、時間割?」
 詞弥は軽くしゃがみ込み、前を見ながら後ろのベッド下に雑誌を戻した。やっぱそこに戻すのか。あとで移動させておこう。
「そうだけど、分かるのか?」
 時間割はクラスによって違うはずだ。
「これも言い忘れてたけど、私達クラス一緒なんだよ。」
「えっ、そうなのか?」
 カップルでクラスが一緒なのか。いや、クラスが同じだから付き合っているのか。でも幼馴染という点で前者だろう。
「教科書類どこ?」
「・・・多分そこだ。」
 俺は勉強机の方を指差した。
「あ、これね・・・あ、これって・・・」
 詞弥は教科書の隣に置いてあった大量のコピー用紙の山から一つを抜き取って見ていた。
「あ、それか。すごいよな、こっちの俺。」
「ほんとにね・・・」
 詞弥はそう言うと、絵を山の上に戻し、今度は教科書の抜粋を初めた。
「これでよし。」
「ありがとう。こんなに少なくて良いのか?」
 見る限り三教科分くらいしかない。
「うん、いいの。今日はあと体育と平面造形の授業があるから。」
「平面造形の授業?」
「あー、うん。私達ってね、普通科じゃなくて、美術科なの。」
 やっぱりそうだったか。
「じゃあ、これで準備完了か?」
「体操服ってどこにあるんだろう。」
 そうだ、体育があるんだった。
「干してるのかも・・・」
 俺はベランダに干された衣服を窓越しに見つけてそう思った。
 窓を開けて出てみると、案の定体操服は干されてあった。冷気をまとっているせいで、濡れているような感じがする。とりあえず半袖、短パン、ジャージ上下を取り込み、窓を閉めた。
 十一月の朝は、心臓が締め付けられるような寒さで、今から家を出ることを考えると憂鬱になるばかりだ。
 俺は持っていた体操服計四枚を体操服袋に詰め込んで、それをリュックサックの隣に並べた。
 あとは制服に着替えるだけだから・・・
「詞弥、着替えるから一旦出といてくれ。」
 見られるのが恥ずかしいとかは全く無いのだが、全く気にせずに異性の横で服を脱ぐのは、デリカシーに欠けるような気がしたのでそう言った。
「あ、うん。そうだね。」
 詞弥そう言ってドアの外に出ていった。
 俺は勉強机の前にある回転する椅子の背もたれに掛かった制服一式を手に取ると、ネクタイ以外を一分以内に装着した。
「詞弥、もう良いぞ。」
「はやっ!?」
 そうコメントしてから部屋に入ってきた。
 たかが制服に着替えるだけだぞ。そんな時間は掛からないだろ。女子の着替え事情は知らないが・・・
「じゃあ、行こっか。」
「ああ。」
 俺はネクタイを閉めながらそう言った。
「ネクタイ締めたげようか?」
「これくらいは出来る。」
「ちぇ~」
 残念がる詞弥を放って、俺はネクタイを閉め終えた。
「よし、行こう。」
俺はリュックサックを背負って言った。
「体操服。」
 詞弥のそれではっとなった。慌てて体操服袋を手に取る。
「よし、行こう・・・」
「うん。」
 階段を降りた俺達は、一階の玄関に現れた母と遭遇し、俺は母から温かいパンと、昼飯代にと五百円玉を渡された。
 それらをありがたく受け取った俺は、そこから靴を履き、扉を押した。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。詞弥も。」
「はい、行ってきます。」
 ドアが音を立てて閉まった・・・
「さっむ。」
 外に出て最初のセリフがそれだった。
 流石は十一月だな。体感的には俺がこの寒さを味わうのは六年ぶりになる。あっちは年中暖かった。
 それとは関係無いが、俺は隣で歩く彼女に質問した。
「なあ、そういえばカバンは?」
 家に入ってきた時から持っていなくて気になっていた。
「あ、そうそう。私自分の家の玄関に置いてきてるの。ちょっと取ってくるね。」
「ああ、気を付けて。」
「隣の家だよ、何に気をつけるのよ。」
「確かに・・・」
 俺は走る詞弥の後ろ姿を眺めながら、さっきのパンをかじった。
となり・・・か。詞弥とはいつから一緒なんだろう。やっぱり思い出せない。いつか全てを思い出す時が来るのだろうか。王都で記憶を失くした時は、思い出すのに二年は掛かった。でもその時は十五年ぶりの王都だったし、何より幼い記憶だったから、二年と言うのはむしろ早かった方だろう。そう考えると六年ぶりで、思い出すべき記憶が十五歳の記憶である今回は、もっと早く思い出せそうでもあるのだが・・・
「おまたせ。」
「じゃあ、行くか。」
 今はまだ、制服の彼女が背負っているリュックサックが猫耳付きだということに違和感を感じてしまう。本当ならそれが当たり前だと思えるはずなのだが・・・
「ねえ敦也君。」
 さり気なく俺の右手を握ってきた。
「あ、おいっ・・・」
「私達恋人で、今から学校に行くんだよ。」
「どっちも知ってる。」
「ほんとに分かってる?」
「ああ、この世界では俺はお前の恋人で、恋人らしくしないと周囲の人間から怪しまれて、最悪の場合記憶喪失がバレるってことだろ。」
 詞弥の握力が強くなる。
「イテテテッ、おい、グリグリするな!」
「だからそうじゃなくて・・・」
「冗談だ、冗談。」
「ほんとに?」
「ほんとだ。ちょっとからかいたくなっただけだ。」
 詞弥の力が緩む。俺は詞弥と手をつなぎ直した。
「これで良いだろ。」
「うん。」
 この世界にはいつまで居るのか分からない。だけど、この世界に居る間はこの世界を必死に生きようと決意した。だから詞弥とも真剣に向き合うつもりだ。さっきのも、心配する詞弥が可愛くて、つい意地悪をしたくなっただけだ。男なら誰しも抱く感情だろう?
 昨日通った道を今日は逆向きに進んで行く。ちなみにだが、今俺はどこを目指して歩いているのかを分かっていない。とりあえず昨日の駅まで行くまでは分かっているのだが、最終的な目的地であるはずの学校名すら俺は知らない、正確に言うと覚えていないのだ。
 そもそも学校に着いたとして、周りの人間、いわゆるクラスメイトと自然に関われるのだろうか。この世界で言う昨日まで(正確には昨日の午後四時以前)の俺は、誰とどのような会話をしていたのか。昨日家族に会う前にもこのようなことを考えていて、結局その時は詞弥から色々な情報を提供してもらった。しかし、やっぱり今回も頼れるのは詞弥だけだった。詞弥には世話になってばかりだが、記憶が戻るまでは致し方ないか・・・
「なあ、詞弥。昨日から色々と悪いんだけどさあ・・・」
「また何か聞きたいことでもあった?」
「はい、そうです。」
「言ってみたまえ。」
「俺達が今から行く美術校って、ここからどのくらいなんだ?」
「えっとねえ、細かくは私も覚えてないけど、大体一時間ちょっとだった気がする。」
それでこんな時間に家を出るわけか。
 ダメ元でこの質問もしておこう。
「詞弥は、学校での俺の人間関係とか分かってたりする?」
 詞弥は少し考える素振りをして、しかし答えが見つからなかったのか肩を落とした。
「さすがにそんなことまでは覚えてないよな。」
「うん、ごめん。」
「謝ることじゃないだろ、俺の問題なんだし・・・」
 よく忘れてしまうが、この詞弥も俺と同じく世界を移動していた人間で、昨日の記憶は、六年前の記憶なわけだから、別に忘れていたっておかしくはないのだ。
そもそも記憶の有無以前に、詞弥が俺の人間関係を全て把握しているわけがない。詞弥は詞弥であって俺や俺の一部では無い。恋人というところでいうと、ある意味俺の一部なのかもしれないが・・・
とにかく、人は一般常識的に、自分に関係しない人間関係を知ろうとはしないものだ。芸能人の恋愛報道などに興味を持つのも、周りと話題を合わせる為だと言えば、けして自分と無関係ではない。つまり、他者同士の人間関係であったとしても、それが自分に影響を及ぼすとわかっていれば、関係のあるものとして知ろうとする。
今回の場合は、詞弥にとっては関係の無い、完璧俺個人の人間関係なので、こればかりは自分でなんとかするしかなさそうだ。
「私ね、はっきり覚えてるのは私自身と私の家族と敦也君とその家族のことだけなんだよね。他は結構あやふやなの。時間割だって、机の上に時間割表があったから分かっただけだし・・・」
 俺の考えがそのままそっくり詞弥の口から放たれた。
 しかし、そうなると問題がまた一つ浮上する。
「学校の行き方は?」
「それね。丁度今考えてたんだけど・・・」
 疑問だったものが確信へと変貌する決定的瞬間であった。
「駅までは行けるんだけど、電車が・・・」
「分からないのか・・・」
「うん・・・それが、困ったことに学校名も思い出せないの。」
 詞弥は俺と繋いでいない方の手で、もう片方の腕を掴み、うつむき気味に申し訳無さそうな顔をしていた。 
まあ、予想通りの答えだった。道に関しては昨日もそうだったので最初から覚悟はしていたし、その対処法も詞弥が話しているうちに思いついていた。
「ちょっと待ってろ・・・」
「え、それは覚えてるの?私は忘れたくせに・・・」
「安心しろ。どっちも覚えてない。」
「何も解決してないよそれ・・・」
 俺は詞弥と繋いでいる方とは逆の手で、ズボンのポケットから小さなコインケースのようなものを取り出した。片面がナイロンで、そこからICタイプの定期券が顔を出している。
「頭いいね。さすが三連続学年トップ。」
 詞弥は大したことでもないのにそう言う。こっちの俺ってことあるごとにこのセリフを浴びせられてそうだな・・・
 ちなみに定期券には最初の乗車駅と最後の下車駅、何線経由かまで記されている。スマホで名前も分からない学校へのルートを調べるより数倍楽で早いことだろう。
「とりあえず、行き方は分かったし、一安心だね。」
 詞弥は胸に手を当てて言った。その手を見ていたせいだろう・・・
「今敦也君、私の胸見て小さいって思ったでしょ。胸の代わりに身長が伸びたとか思ったでしょ・・・」
 昨日もこんなセリフを聞いた気がした。その時はもっと荒々しい言い方だった気がする。確か、詞弥の二つ目の人格で、あっちの世界での詞弥。名前は、シヴァだったか・・・
「いや、俺が見ていたのは手だ。」
「嘘だ。」
 本当なのだが、信じてくれそうもなかったので諦めることにする。
「見ていたかも知れないが、そんなことは思っていない。」
「嘘だ。」
「いや、嘘じゃねえよ・・・」
 そこはさすがに折れないぞ。
「ほんとに?」
「ほんとに。」
「でも、見ていたかも知れないんでしょ?」
「かも知れない。」
「じゃあ何考えたの?貧乳サイコー?」
 自虐してるじゃねえか・・・
「何も考えなかった。」
「それはそれで・・・」
 面倒くせえな・・・
「女の子は面倒くさいのよ。」
 勝手に人の心を読むな。
「やっぱりそう思ったんだ。」
 俺の顔に動揺が見えたのか、確証を持たれた。
「まだ、体が小さくて胸も小さいなら良いんだよ、可愛いから。」
 可愛いの意味合いが少し違う気もするぞそれ。
「でも、私って、でかいくせに小さいでしょ?」
 同意を求めるように言ってきたので一応軽く頷いた。
「ムッ・・・」
 詞弥は頬を膨らませる。
 お前がそんな聞き方するからだろ。今のを否定して逆にどうするんだよ、慰めになるどころか、哀れみに聞こえるかもしれないだろ。
「まあ、この世界の俺は、そんな詞弥を好きになったわけなんだし・・・」
 とりあえず、俺から言える最善の言葉がこれだった。
「今は?」
 至近距離に迫ってきた詞弥が首をかしげる。さっきのでいい感じに締める算段だったののだが、そこを突き詰めてくるか・・・
「い、一ヶ月あれば好きになる。」
「何よそれ。」
「記憶喪失者だからな。今の俺。」
「都合の良い言い訳だよね、それ。」
「記憶が戻るまでは使わせてもらう。」
 逆にそれしか武器がない。
「記憶、戻りそう?」
「そうだな・・・」
 詞弥のことを懐かしいと感じたり、手を繋いだ時、急に名前で呼びたくなったり、感覚的なところでは結構色々思い出している気がする。一日目でそれだから、今回は結構早く思い出しそうだ。
「詞弥、俺が記憶を失くすのは今回が初めてじゃないんだ。」
「え?」
「いや、それは詞弥も同じなのかもな。」
「どういうこと?」
「最初の記憶喪失は六年前の王都で起こった。多分同じ頃に詞弥も記憶喪失になっていたと思う。」
「私が記憶喪失・・・」
「詞弥が夢だと信じて過ごした世界でだ。」
「あっ。」
 何か思い出したように拳をぽんと叩いた。
「思い出した。気付いたら自分の周りがまるっきり変わっていて、それを当たり前に感じられない私は、記憶喪失者扱いを受けていた・・・そういえばそんなことあったな。」
 詞弥はそれを夢だと思って生きてきたから、今の俺のように片方の世界での記憶があまりないんだと思う。
「だから、俺が記憶喪失になるのはこれが二度目。それに、前のブランクが十五年だったのに対して、今回は六年、きっとすぐに思い出せると思う。」
「早くしてよね。」
「ああ、頑張るよ。」
 少し立ち話が長くなったか。三回連続学年トップらしい俺が、遅刻でもしたら、それこそ怪しまれそうだし・・・
「行こうか。」
「うん、そうだね。」
 それから俺達は、最初のチェックポイントとなる最寄り駅にたどり着くべく、慣れない道を、昨日の記憶だけを頼りに進むのであった。
 歩きながら、詞弥と会話をしながら、俺はその間、あることについてずっと考えていた。
こっちに来てから今までずっと思っていたことなのだが、この世界とあちらの世界で設定(この際わかりやすくそう呼んでおく)が被ることが多々ある。電車という交通機関がその例だ。
結局何なのかと言うと、それを考えていると、やっぱりどちらかの世界が夢で、もう一方、つまり現実と呼ばれる世界での情報が脳裏に焼き付き、夢にその要素が反映されているという考えにいたってしまうということだ。考えたところで、どちらが現実かなんて、俺には、少なとも今の俺には見当がつかない。
色々と考えたが、結局のところ、何も答えが出ないので、今は頭の片隅に寄せておくことにした。いづれ嫌でも向き合う日が来るだろう。だからそれまではこの世界の記憶を取り戻すことに全力を尽くすことにした。

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