V/R

三宅 大和

ピリオドを打つ/打たれる

「・・・えーつまりこれは、荘周が夢の中で胡蝶になっていたのか、胡蝶が夢の中で荘周になっていたのか定かでは無い、という意味です。」
 二時間目、三時間目は気づけば終わっていてあっという間に四時間目、漢文の授業。前回まで孟子、荀子、老子と中国思想を片っ端からやってきて今回は荘子というわけだ。今やっているのはその中の『胡蝶の夢』という話で、ざっくり言うと夢だと思っていたものが実は現実で現実だと思っているこの世界の方が実は夢かもしれない。という内容だ。
 例えば今朝見た夢・・・あれが現実で、ショックで気を失っている間見ている夢がこの世界、にわかには信じがたい話であるが、完全に否定することはできない。俺が白河に告白した途端目が覚めたりして・・・冗談じゃない。
 そうだ告白だ。今日中にすると言ったものの、すでに今日の半分が終わっているにもかかわらずまだ告白のプランすら考えていないのは流石にまずい気がする。やっぱりタイミングは放課後の買い出しの時がベストだよな。問題はどうやって切り出すかだ。恥ずかしながら俺は恋愛というものを生まれてこの方十八年一度もやってこなかったたちで、ドラマやアニメなんかでの告白シーンは割と観てきた方ではあるが実際それが現実でも通用するとは思えない。臭いセリフは現実だとチープに聴こえるだろうし、だからといって「付き合おう」なんて言葉をなんの前置きもなくいきなり発する度胸は俺にはなさそうだ。先駆者の助言を仰いでみるのもいいかもしれない。だとすれば颯汰はあてにならないし、悠人だな。
チャイムが鳴り起立、礼をクラス委員の合図で行うや否や、早歩きで廊下へ出、悠人のいる一つ隣の教室のドア前で待ち伏せた。しかし、授業が若干長引いたみたいで、これなら別にクラスの視線を集めてまで早歩きをする必要はなかったじゃないか、としょうもない後悔をしていると、俺が待ち伏せしていた後ろ側のドアがガラガラと音を立てて開き、中から人がどっと溢れ出た。彼らが向かう先は食堂だろう。その人の流れには悠人もいて、すぐに目が合った。
「どうした?」
「お前、誰かと昼飯食う約束してるか?」
「うん、してるね。」
 普段、俺は食堂に行くことはない。ありがたいことに母親が毎朝弁当を用意してくれているので、ホームルーム教室で月島ファンクラブの三人と一つの机を囲む、というはたから見れば非常にむさ苦しい昼休みを過ごしている。悠人は俺よりも人当たりがいい、昼飯を食うグループが一つや二つあってもおかしくはない。
「どうしたのさ。」
「いや、それならいいんだ。」
片手をひらつかせて迂回した俺を悠人は一言で引き止めた。
「恋のお悩み相談。」
 振り返ると図星だろ?と言わんばかりのニヤけ面が目に入った。お見通しかよ。
「それなら来なよ。」
「いや、でもそれ・・・」
 歓迎してくれるのは非常にありがたいことではあるが、周りに人が居ては話せないだろこういうのって。もはや公開処刑じゃないか。
「女性側の意見も聞けるよ。」
「なおのこと駄目だろそれ。てか、女子と飯食って大丈夫なのかお前?」
「じゃあ行こうか。」
 無視するな。
 悠人はどうしても俺を辱めたいらしい。結局抵抗を続けるのもそれはそれでしんどかったので、仕方なく、ほんと仕方なく俺は悠人について食堂まで・・・
「なあ、悠人。」
「なにさ?」
 流れ的に俺は食堂のど真ん中で自分の恋を赤裸々に語らされるものだと勝手に思ってそれなりの覚悟を決めてきたつもりだったのだが、
「食堂はこっちじゃないぞ。」
「そうだね。」
「そうだね?」
 分かっているならなぜ引き返さない。友達と約束してるんじゃなかったのか。どうしてこんな人気のない校門の方に針路をとっているんだ。
「別に高校のランチスポットは食堂に限らないでしょ。」
「だとしても屋上が開放されていないうちじゃ教室か踊り場のベンチくらいのものだろ。」
「よし着いた。」
 ・・・でどうして駐輪場裏なんていうコアなスポットに行き着くんだ。小学生の秘密基地かよ。
 ベンチもテーブルもない、床が幸いコンクリートになってはいるが、おそらくそこは校舎建造の際にたまたま残った余剰スペース、普通に考えれば人が寄り付く場所ではない。にもかかわらず、その奥の壁際には悠人の言った通り、女性らしき人影がちゃんとあった。
「ごめん、授業が長引いちまった。」
 悠人はその影に向かって呼びかけた。すると影はこちらに振り向き、正確には影だと思っていたのは彼女の後ろ髪で、正体はすぐに露わになった・・・
「あっ。」
「えっ?」
声を上げたのは俺とその女子生徒。俺は反射的に彼女に対して人差し指を向けていた。
「なになに?その『あのときの・・・』みたいなリアクション。」
 間に立っていた悠人も困惑するもんだからしばらく変な沈黙が続いた。とはいっても体感で五秒行くかいかないかくらいの間で、腕をおろした俺は緩んでいた口元を一度引き締め、鼻で軽く一呼吸した。
「悠人、お前が言ってた女性側の意見って・・・」
睨みつける俺に悠人はにこやかに頷いた。うわ、殴りてえ~。
「ってことは、どう考えても場違いだろ、俺。」
 彼氏彼女のランチタイムに彼氏の友達が加わって、この状況で誰が得をするというのだ。自慢か、自分の幸せぶりをひけらかしたいだけか?そうなら今直ぐにでも幸せの対義語について考えさせてやる。
と、思ったがどうやら悠人に対して軽蔑の眼差しを向けているのは俺だけではなかったみたいで、この状況下に納得のいっていないのは彼の彼女、月島菜々子も同じだったみたいだ。これはある意味修羅場なんじゃないか?
「二人ともちょっと落ち着いてよ。悪意はないんだ。これにもわけがあってとりあえず睨むのやめてもらえる?」
俺はあくまでも慌てふためく悠人が見苦しかったので目をそらした。
「で、なんだ?」
「話してる時はこっち見ようよ・・・いや、だから睨むんじゃなくて、ああ、わかったもう見なくていいや。」
さっきから睨んでいるつもりはなかったんだが、悪い、無意識だ。
「えーっとね、まずこいつは俺の親友、三上慎士。菜々子にはさっき言ったけど、こいつが俺たちの恋仲を知っちまった唯一の人間だ。」
おいおい、親友とか言って持ち上げた割に酷い言いようじゃないか、知っちまったって、お前が勝手に自慢したんだろ。彼女に本当のこと言ってやろうか?
「だから、二人で釘を刺しておこうってか?」
「そうじゃないって、釘なら既に刺し合ったじゃんか。」
「あーたしかに。」
一時間目のあとに交わしたやつか。
「じゃあその件はもう解決済だろ。」
「うん、だから今回は一方的なお願いなんだけど、慎二の告白が成功した暁には、白河さんに菜々子とも仲良くしてくれるように頼んで欲しいんだよね。」
「それは一向に構わないが・・・」
俺が頼むまでもなく、白河ならそうするであろう。
「ちょっと悠人、私はいいって言ったじゃない。」
反対したのは当人の月島だった。自分から距離を取っている、という白河の見解はどうやら当たっていたみたいだ。あと俺は敬語を使う優等生チックな月島しか見たことないので、タメ口で怒る彼女は凄く新鮮だった。
「でも、菜々子がいつも独りでいるの、俺見てられなくてさ。」
「だからいいって。」
「いやでも、やっぱりさ・・・」
あの、俺はもう帰っていいか?
そこまで心配するんだ、目の前でカップルがイチャイチャしてるのを見せられている独り身である俺のメンタル面を少しくらい心配してくれてもいいんじゃないか?
俺が億劫な目で彼らのやり取りを眺めていると、悠人のねちっこい心配にいよいよ鬱陶しくなってきたのであろう月島が、悠人には聴こえない程度ではあるが確かにため息を一つ吐き、一瞬にして色気のある顔を構築して甘えた口調で言った。
「私には悠人がいるから。」
背筋がゾクっとしたね。絵に描いた優等生かと思えば朝の電波発言、そして今の女を武器にした行動。時と場合に合わせて色んなキャラを演じる、学園の男女両方から愛される学園のアイドル月島は、案外うちの学校で一番タチの悪い女かもしれない。月島ファンクラブの連中が急に哀れに思えてきた。
「そう・・・っか。」
思惑通り丸め込まれた悠人を見てさらに心配になる。こういうことをどこぞの他の男に対してもやっているんじゃないか、という最悪のケースを考えてしまった。気をつけろよ、親友。
「で、話はまとまったか?」
彼らのやりとりに関して色々言いたいこともあったが、この調子だと弁当箱を開くこともなく昼休みが終わってしまう可能性も考えられるので、さっと切り上げることにした。
「俺たちの方はとりあえず置いておいて、とりあえず慎士の悩みを聞くよ。」
悠人は隣にぴったりくっついた月島の耳元に、「それくらいならいいよね?」と囁いた。なんだそれ、内容丸聞こえだし、普通に喋れよ。
「それだけなら、まあ。」
てなわけで、ようやく俺は自分の要件を話せるようになったのだが・・・なんだろう、今こいつらに相談したら負けな気がしてきた。というかそもそも、よく考えたら、いや、よく考えなくてもどうして悠人なんかを相手に恋愛相談なぞせねばならないんだ。三十分前の俺はいったいどんな思考回路をしていたんだ。
「ってことだから慎士、話していいぞ・・・」
「悪い、俺やっぱり一人で考えるわ。」
「えっ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔、という言葉はこういう顔を言うんだろうな。でもその反応は正常だし、正解だ。なんてったって、昼飯を誘ってまで相談事をしたがっていた奴が急な手のひら返しでなにも話さず帰ると言うのだから。
「急にどうしたのさ?アドバイスが欲しいんじゃなかったの?」
「いや、やっぱりこういうのって、自分で考えて、悩んで、自分の言葉とかやり方で伝えなきゃ意味ない気がしてさ。それになりより・・・」
「なにより、なんだよ?」
「お前ら見てると相談する気失せたわ。」
「うわっ、辛辣。」
悠人は苦笑いしたのち、少し間を空けてから改まった口調で言葉を続けた。
「最後の一言は聞かなかったことにして、その判断は懸命だと思うよ。成長したじゃん。」
かくして俺は、先駆者の助言を授かるチャンスを気取った発言で払いのけ、この身一つでぶつかることを決断したわけだが、結局良い案が思いつくわけでもなくただただ振り出しに戻っただけだった。やっぱり相談するべきだったかな、と思うことも何度もあったが、あんなこと言った手前、おめおめと引き返すわけにもいかず・・・

気付いたら六時間目、ロングホームルーム。先週からこの時間は文化祭準備の時間となっていて、文化委員たる俺と白河は教壇に並んで司会を務めなければならなかった。と言っても基本的に前で話すのは白河だった。
「先週のロングホームルームでうちの出し物は・・・日本庭園風カフェ?」
白河は、その教室でやるにはやや無理がありそうなコンセプト名に確証を持てなかったのか、隣でクラスメイトの顔色を伺いながら突っ立っているだけの俺にクエスチョンマークを投げかけてきた。
「・・・うん。」
生暖かい視線を感じながら、躊躇いつつも、ここで何も言わないのも不自然だったので小声で頷いた俺は、やはりというか結局視線の温度が上がるのを感じていた。隣に立っている彼女も多分気付いてはいるが、そこはやはりしっかり者で定評のある白河だ。何食わぬ顔で、あくまでも文化祭委員の一人としての責任を全うした。
「日本庭園風カフェに決まり、外装の構想もだいたいまとまってきたので、今日からは本格的に制作していきましょう。」
 さっきから生暖かい視線を照射していた連中も、それが彼女にとっては効力のないものだと悟ったのか、ただただ賛同の意を口にするのであった。
 俺は何を気にしていたのだろう。
「段ボールは多目的ホールにある分は自由に使って良いそうです。それと、これから文化委員で買い出しに行くので何か必要なものがあれば言ってください。電話してもらってもいいです。」
それで委員からの報告は終わり、皆各々の持ち場について制作が始まった。結局、俺はこの間重要事項を黒板に記す程度の雑用に徹しただけで、白河自信が望んで多くを請け負っていたとはいえ、俺は若干の不甲斐なさを感じざるを得なかった。
「よ~う慎士。」
 教壇から降りるや必需品の確認に向かった白河、取り残された俺はいつの間にか男三人に取り囲まれていた。どうせまた「イチャイチャしやがってこのヤロー」的な、嫉妬と見せかけた、実際はただからかって反応を楽しみたいだけなのがバレバレな発言が飛んでくるのだろう。
「イチャイチャすんなよ~」
「見せつけんなよ~」
「公私混同するなよ~」
まるで単細胞生物だ。他にパターンは無いのか。それと、公私混同はしていない。勝手に捏造するなアホ。
「お前らは何か必要なものあるか?内装係だろ?」
下手に反応すると喜ぶので、俺はここへきて委員会という立場を盾にした。多少の罪悪感はある。
だが、やはりというか効果は絶大だった。三人は揃ってつまらなそうな顔をすると、これ以上は何を言っても無駄だと悟ったのだろう、「班長の川田から白河さんに伝えてある。」と、事務的な返事をした。
ここまでは思惑通りだったのだが、そこへ白河が来たのは誤算だった。
「買い物リスト完成したから、今から出ようと思ってるんだけど・・・えーっと、どうかした?」
いま俺はどんな表情で彼女を見つめているのだろうか。多分あんまり良い印象は受けないだろう。背後で男どものクスクス笑い、とにかく今は変な空気にされる前に速やかにこの場を去りたかった。
「いや、なんでもない。買い出しだな、じゃあ今から行くか。」
「話は済んだの?」
 白河が後ろの三馬鹿に目をやると、三馬鹿は一語一句違えることなく、まるでリハーサルでもしていたかのような見事なユニゾンを披露してくれた。
「「「お構いなく!」」」
 告白することを知らなくてもこれだからな、仮に言っていたならどうなっていたのだろう・・・多分言わなくて正解だったと思う。でも、こんな気の使われ方をされるのもこれが最後になるだろう。別に成功を確証しているわけではなく、付き合うことになってもフラれても、きっとこういう気の使われ方はされなくなる、良くも悪くも変わってしまう。踏み出した以上、現状維持はない。でも、俺が選んだのはそういう道、日々変わっていく道を俺は求めた。だから名残惜しくても進まなきゃならない。別にこれでコイツラと会えなくなるわけじゃない、俺が進んだ場所には、一歩進んだコイツラがいる。悠人が俺に秘密を打ち明ける前とその後とで俺の悠人に対する対応が変わったように、一人の踏み出す一歩が変化させるのはそいつ一人のステータスだけではなく、周囲の人間をも巻き込んで変化させていく。どんな些細なことでも、世界全体が些細ながら変化していく、それが人生。たとえ今のゲームがどれだけ進化したって、いくらマルチエンディングのものであれ再現不可能な現実。
「じゃあ、いってくるわ。」
「「「行ってらっしゃい~。」」」
 俺が『言ってくる。』と言ったことには気付くはずもなく、いつも通りの面白そうな顔した彼らに見送られ、俺は教室の扉を開けた。

 学校を出て、いつも登下校の時にお世話になっている学校最寄りの駅に向かう最中、今更になってとある疑問が浮上した。
「なあ、同じ文化委員としてこんなこと聞くのもどうかと思うけど・・・これ今、どこに向かってるんだ?」
「ほんとどうかと思うよ。」
「スンマセン。」
文化祭の買い出しを文化員二人で行くということを聞かされたのが今朝、買い物リストの作成だって白河一人でやってたし・・・マジで俺なんにもやってない。今だってどこへ向かってるか分からなかったというポンコツ具合だ。
「俺も委員なのに、結局いつも白河に任せきりで、なんと言ったらいいか・・・ほんとゴメン。」
そう言って彼女の顔色を伺うと、苦しそうな表情で小刻みに震えていたので一瞬焦ったが、すぐにそれが笑いを堪える表情だとわかった。堪えかねた彼女が「ブフッ!」と弾丸のような息を吐く。
「ごめん、全然怒ってないよ。大丈夫、別にあてにはしてなかったから。」
それはそれで虚しくなるが、どのみちサボってた俺に反論する資格はない。それとなにより、意地悪な表情も可愛かった。
「隣駅のホームセンター。」
「えっ?」
「だから今向かってるところ。」
「あ、あそこか・・・」
まあ、確かにあそこならなんでもあるな。でも、本音を言うと少し残念ではある。もう少し遠出するものだと勝手に思い込んでいた。
いつもの三階建の駅の階段を上がり、通学定期で改札を通りエスカレーターで三階にあるプラットホームに着いた。
「電車もうちょっと待ちそうだね。」
 時刻表を確認した白河が言った。見れば次の電車が来るのは十分後で、タイミングの悪いことにあと一分早く着いていれば前の電車に乗れたといった具合だった。
 参ったな。
 ということはだ、今から十分間、俺はこの場に突っ立っていなければならない、白河と二人きりで。男友達ならまだしも女子、それも意中の。ここへ来るまでの道のりでは歩くという動作が前提にあったので喋らない時間があっても持っていたが、今はそうではない。今この場で喋らないということ、それは紛れもない沈黙を意味する。多分今の俺にはその沈黙に耐えれられるだけのメンタルはない。とはいえざっと話すべきことは道中で済ませてしまった。こういう時、他愛のない世間話をポンポン思いつくやつが羨ましい。しばらく待ったが白河から話す気配はない。ということは今はオレのターンというわけだ。何か話すこと・・・世間話ね~・・・んん~・・・
その時突然、ズボンのポケットから電子音が漏れ出した。誰かから電話だ。
「あ、私そこの自販機で飲み物買ってくる。」
 気を使ってくれた白河に礼を言い、スマホを取り出すと、画面には『悠人』と表示されていた。なんのようだか知らないが、ちょうど今、救いの手を求めていたところなので好都合だ。
「もしもし。どうかしたか?」
『どこまだいった?』
 どこまで?
「いま隣駅のホームセンターに向かうべく最寄り駅のプラットホームにいる。」
『そうじゃなくて、そんな情報はどうでも良くて、そうだな・・・キスまではいったか?』
 ああ、そっちの。
「告白していきなりキスとか、そんなフランス映画じゃあるまいし・・・」
『俺はそうだったけどね。』
 それはお前とあの電波少女がおかしいだけだ。そうだと信じたい。そっちが正解なら、俺にはそれをやってのける自身はない。何より・・・
「告白もまだなんだけどな。」
『はあぁ!?』
 うるさい。
『どう考えても今が好機じゃん。これ逃したらほんとにもうないと思うよ。』
「だよな・・・分かってんだけど、でも、どう切り出していいものか・・・」
『昼休みの時の威勢はどこ行ったんだ。』
思えばどうしてあんな態度を取ったのだろうか。半分ただの見栄だったような気がする。
『・・・はあ、なんかアドバイスいる?』
でも残りの半分には確かに自分の意思があった。自分の言葉で、自分のタイミングで伝えたいという純粋な感情が。
『お~い。』
「いや、やっぱりいい。」
やっぱり自分で言わなければ意味が無い。いや、自分で言いたい。
『そうかい。まあ、頑張れよ。』
「ああ。」
『・・・あっ、そうだ。』
まだ何かあるのか?
『菜々子がそっちに行った。』
「・・・えっ、なぜ?」
『なんかよく分からないんだけど、「二人が危ない。」とかなんとか言って飛び出して行ったんだ。まあ、出会った時からちょくちょく変なこと言う子だったから今回もなんでもないと思うんだけど・・・』
「なるほど・・・」
どうやら彼女はデンパ少女で間違いなかったみたいだ。とすると彼女が言っているのは例の殺人鬼ってことか。信じているわけではないが、その単語を聞いただけで身構えてしまうのも事実である。
『そういえば白河さんは?一緒なんだよな?』
「ああ、今待たせてる。」
『だよな。ゴメン、もう切るよ。まあ頑張ってくれ。』
「どうも。」
 音声が途絶える。暗くなったスマホに映る自分を見ながら、ふっと短い息を吐いた。
「もう終わった?」
 背後から唐突な声。俺は内心ビクッとしながら、何食わぬ顔を装った。
「ああ、待たせてゴメン。友達からだった。」
 一体いつからそこにいたんだ。それだけが気になって仕方ない。もしかして会話の内容聞こえてたか?
「三上君。」
「んっ?」
「電車来るまで、まだ五分くらいあるんだけど・・・」
 やっぱり気付いてる・・・か。その証拠に彼女の表情は次の言葉を促すようだった。次の言葉が何なのか、それぐらいは俺にだって察しが付く。ここまでされてはとぼけるわけにもいかない。俺はさっきから握ったままだったスマホをブレザーのポケットへ仕舞った。どのみち学校に戻るまでにはするつもりだったんだ、それに遠出でもないみたいだから、悠人が言ったようにこれを逃せば他にいいタイミングもなさそうだ。それを思えば電車が俺たちの到着直前に発車したのも一種の後押しのように思えた。・・・まあ、そんなわけないか。
 ともかく俺は彼女の正面に立った。まったく、告白でさえ俺は白河にリードされるのか。不甲斐な過ぎる。それでも言わなければならない。ここで変なプライドのために先延ばしにするのはもっとダサい。俺は覚悟を決める。
「俺・・・実はっていうか、まあもうバレてるんだろうけど・・・俺、ずっと白河のことが好きだった。」
「うん、知ってた。」
「だから、その・・・俺と付き合ってくれないか?」
 空虚なプラットホームに俺の声だけが小さく響いた。
とうとう言ってしまった。依然として白河の顔に驚きの感情は宿っていない。宣言通り全部知ってたという顔だ。俺は言うべきことを言った。後は返事を聞くだけだ。俺は固唾を呑んでその時を待った。そうしてようやく白河が口を開いた。
「・・・くふっ。」
 しかし返ってきたのはまさかの笑い声だった。てっきり、返事はイエスかノーだけだかと思っていたのだが、まさかのラフで来るとは・・・
「あっ、ごめん。別に変な意味じゃないからね。ただ単純に長かったから。もう、朝からあれだけ振っといてどれだけ待たすのよ。」
 それを聞いてホッとする。なんだ、そういう理由か・・・
 俺は改めて聞く。
「悪かった。それで、返事を聞かせてもらっても良いか?」
「・・・うん。」
 彼女も真剣な顔になった。スゥーっと生きを吐く音がする。
「私も、三上君のことが―」
 俺が聞き取れたのはそこまでだった。
 俺を不意に襲ったのは謎の浮遊感。気持ちが上がっているから、そういうわけではなさそうだ。なぜなら、その時俺の体は実際に宙を浮いていたのだ。
 頭がぼーっとしてくる。まるで風呂から上がってすぐに起こる立ちくらみのような感覚、それのちょっと強いバージョン。視界が夏のアスファルトのように歪んで見える。眼の前には、驚いた目で何やら叫ぶ白河の姿があった。そしてその隣にはさっきまではいなかった誰かがいる。男か?そいつはこっちに向かって手を突き出すような格好で立っている。
 なんだ、コレは。
カンカンカンカン・・・と、甲高い鐘の音が俺に迫る何かを警告するように鳴り響いている。なのに、それ以外は時間が止まったみたいに何もかも静止して動かない。俺自身も、手足を動かそうとしたが、動かない、どういうわけか動かせない、もちろん声も出ない。なのに、脳だけがやたらと働く。
ついには思い出したいことから思い出したくないことまで、今までの記憶が次々に現れてきた。まるで走馬灯のように・・・と考えたところでなんとなく今の状況が見えてきた。
いや、本当はもっと前から分かっていた。でも、それに納得したくなかった、目をそむけていたかったのに、ここへ来て諦観というものを知ってしまった。
踏切の警戒音、叫ぶ白河、俺を突き落とした男、そして俺は今、線路の上に浮いている。もう理解出来た。これを表すのにもってこいの漢字がある。
―死―
そう、どうやら俺は今から死ぬみたいなのだ。なぜそんなことになったのかは分からない。ただ、そうなるしかないのだ。
一人見落としていた。俺を突き落とした男の奥、まるでそいつを追いかけるような体勢の、月島の姿がそこにはあった。しかも何だあれ、拳銃、みたいな何かを男に向けている。
やや疑問は残っているが、もう正直どうでもいい。解けようと解けなかろうと死んだら全部同じことだ。俺の滞空時間もどうやら永遠ではないみたいだ。さっきからだんだん意識が薄れ始めている。良かった、この様子だと轢かれる瞬間は味わわずに済みそうだ。それだけが救いだ。
あ~あ、最後に返事くらいは聞きたかったな・・・
 俺は一つ悔いを残したままゆっくりと目を閉じた。

そこで目が覚めた・・・

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