スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第101話 雪かきの発見

時は12月。もう学園は冬休みに入っており、生徒達の大半は帰省していて校舎内は静まり返っている。僕は職員室で一仕事終えてからウールコートを羽織って帰路に就いた。

外はしんしんと雪が降っていた。校舎から程近い職員寮だとは言え、やはり少しは外を歩くのだから寒い。灯の雪原に比べれば大したことないじゃないのというベラの言葉を思い出して、僕はそういう問題ではないと思いながら、かじかむ手に息を何回かかけながら廊下を歩いて行き、自室のドアを開けた。

「ただいま。」

誰もいないのに話しかけた。椅子には彼女の赤いリュックが置いてある。この椅子にいつも彼女は座っていた。食器だって二人分、キッチンは未だ調理器具で彩られている。

なのに僕はこれからもここで一人、生きていかなければならない。彼女がこの世からいなくなったことはまだ受け入れられない。あれから毎日そう思って生きてきた。

「そうだ。」

僕は床にバッグを置いてから廊下の奥の部屋に向かって歩いた。そこは物置部屋だった。多くは本棚や書籍だが、一番手前の本棚にはお出かけヒイロちゃんが置いてある。

暫くぶりに手に取った。この紅い毛がとても彼女のものに似ている。黒い瞳だって、まるで同じだ。そのぬいぐるみを抱きしめた瞬間だった。

『大丈夫、何があってもお出かけヒイロちゃんがそばにいますから。』

父のいた施設で僕にそう言ってくれた彼女の優しい声が聞こえた。
僕は更に強く抱きしめて、恋しくて涙を流した。



*********



「ありえない。」

この寒空の下、何故か俺はあの意地悪な先輩に言われて正門で雪かきをしている。こういうのは用務員さんがやることだろうが。え?

まあ、家森先輩もヒイロが……いなくなってからというものの、今までよりも更に無表情になったというか、その気持ちも分かるけどな。俺だってそりゃもう毎日のように泣いたし。

「ウェイン先生、もうこれくらいでいいんじゃないですか?また雪積もりますし。」

「あ、ああ……そうだな、じゃあグレース、お前は帰っていいよ。」

「やった!ありがとうございます!」

赤いコートに白い耳あてをつけたグレースが、雪かきで使っていた金属製のシャベルをまとめて片付け始めた。なんで俺がこれをやってたかって、有機魔法学の後期のテストで赤点をとったグレースが罰として雪かきを命じられ、それを職員室で聞いた俺が女の子一人じゃ大変じゃないですかね?って言ったら、じゃあウェインも参加しなさいって言ってきやが……言って来たのです。最近あの怖い雰囲気に拍車がかかってるからな、俺だって家森先輩に逆らえる勇気はない。

まあでも……本当に大変な一年だった。俺だって寂しいよ。

空の向こうでは何事も無かったかのように水色に輝く時の架け橋が存在している。ヒビ割れた空はヒイロのお陰で元どおりになった。でも、本人が帰ってこなかったら意味ないだろうが!

「そうだろうが!」

俺が空に向かって叫ぶとグレースが変なものを見たような目で見て来た。
正門の端には雪だるまが作っておいてあり、それにまた雪が積もっているのが目に入った。これは高崎が作ったものだ。聞けばこの雪だるまはシュリントン先生らしいが……ああでも体型がちょっと似てる。

高崎も大変だったな。家森先輩の処置のおかげで一命は取り留めたものの、前ほどの元気がないのは仕方ない。一番仲が良かったからな。

俺は雪かきされた正門の周りを確認してから正門を閉じようと管制室に入った。

「ねえウェイン先生……モンスターが来てる。」

「え?どんな?」

「うーん、イノシシかクマ。」

「え??そんな種類、ブラウンプラントに生息してないだろうがよ。」

俺はやれやれとグレースの冗談に付き合うことにした。いつもいつもそういって俺をからかうんだ。さっむいのにくだらない遊びしやがって……。

でも確かに、正門の前の坂道をこちらに向かってイノシシっぽい毛の塊が向かって来ている。

「ちょ、ちょっと……シャベル持って来て。」

「え?シャベルでやるんですか?そんな害虫じゃないんだから……」

「じゃあお前魔法使えるのかよ?俺は無理だ。シャベル貸せ!」

はーい!とグレースが俺にシャベルを渡して来た。それを両手で持って、のそのそと歩いてくるイノシシのような茶色い塊に向かって近づいていく。

「おい!なんだお前!この辺のやつじゃないだろ!」

「この辺の奴ってなんですかね、しかもモンスターに向かって話しかけてる。」

グレースのツッコミを背に受けながら俺はまた近づいていく。ブヒともガオーとも言わない、薄気味悪い奴だ。ああ、寒気がする。もう既にこの気温で震え上がっているというのによ!

「おい!これ以上近づくとこのシャベルでぶっ飛ばすぞ!」

俺のその言葉に、なんとそのモンスターが止まった。

え?俺の言葉が分かるのか?いやいやいや……そうだとしたらどうしよう話が変わってくるぞ。情が湧いちゃうじゃないか。これを俺のペットにしてもいいかもな。なんて考えてる場合じゃない!

俺は雪かきされていないところに足を突っ込んでそのモンスターに向かって近づいて行く。シャベルを構えて最後の言葉をかけてやる。

「覚悟しろ!モンスターめ!」

「やめて……」

え?シャベッタァァ……俺は、

俺はシャベルを放り投げて、すぐに元来た道を走り始めた。雪にまみれた足で何回も滑りながらグレースの隣を通った。

「ウェイン先生!?どうしたの!?」

「いいから!あれを確保して医務室に連れて行け!そうしたら家森先輩の罰なくなるから!」

「ええ!?でも」

俺は走った。校庭を何度も滑りながら走って走って、校舎の中に雪まみれの状態で突っ込んで、2階への階段をバタバタと駆け上がる。2階まで着いた時にベラ先生と出会い頭にぶつかりそうになった。黒いコートが美しっ。

「ちょっと危ないわね!それに何よその雪まみれは!?あなたねぇそんな格好で「それどころじゃないんです!家森先輩はどこ!?」

「え?え?確かもう今日は帰ったはずだけど。」

「な〜〜〜ん!」

俺はくびすを返して階段を降り始めた。するとすぐ後ろにベラ先生が付いて走って来るのが分かった。

「な、なんで付いて来るんです!?」

「だって急ぎの用事でしょう!?それとも何!?誰か急患!?」

「急患だったら俺がいるじゃねえですかいよ!」

俺の魂の叫びは校舎にこだました。俺は1階まで戻ると職員寮モモに向かうために裏口から外へ出た。一気に気温が下がって頬が痛いが、そんなこと気にしてる場合じゃない!あのモンスターは喋ったんだ!

と、その時、林の中からネイビーのチェスターコートにグレーのマフラーを付けた茶銀の頭が見えた。

「おい!家森!」

「ウェイン……貴様呼び捨てか!?」

もうこれが手っ取り早いからこれでいい。俺はまた踵を返して元来た道へと戻って行く。案の定、家森先輩が俺を走って追いかけて来た。怖い、怖いよ〜!

「ちょっとウェイン!?どうしたっていうのよ!?家森くんに喧嘩売るなんてあなた正気なの!?」

「正気ですとも!正気……いやもしかしたら俺はおかしいのかもしれない。俺は……はぁ、モンスターの声が聞こえたんだ。正気じゃないのか、俺?」

もう何が正しいのか何が間違っているのか分からなくなってきた。でもそんなことはどうでもいい、今度は2階の医務室まで行く!

足がもつれそうになりながらも2階への階段を登ってブルークラスの前を通り過ぎ、全力で走って行く。廊下には何者かが通った雪と土の跡があった。ああ!グレースが連れて来たぞ!

「ウェイン!止まらんか!」

「やでーす!捕まえてみろってんだ!」

「仕方あるまい!ベラ!止めて!」

いやそれはちょっとやめてほしい。ベラ先生は俺の隣を走ってるんだから。やめて。

やめて。ベラ先生そのワインレッドの可愛い瞳をこっちに向けないで!

「ごめんね、ウェイン。」

「ああああああああ!」

俺はベラ先生に足を引っ掛けられて廊下に転んでしまった。すぐに家森先輩が俺の上にまたがって俺の首を締めて来た。やだ!!

「やだ!死にとうない!」

「ふざけるからこうなるんです!無礼な人間がどのような末路を辿るのか、生徒たちに知らしめられるいい機会だと捉えましょうか!」

「やだーーー!待って、本当なんです!」

俺はすぐそこの医務室を指差した。もうでも首がくるじい……

「モンスター……見て、お願い!」

「モンスターなんか連れて来たのですか!?ここは人間を治す場所でしょうが!!」

俺の言葉を聞いたベラ先生が医務室の扉を開けて中を見た。そして驚いた仕草をとった後に家森先輩の肩をトントンと叩いた。

「何ですベラ、今忙しい。」

「いいから見てちょうだい!ねえ!」

はあと大きなため息をついてから家森先輩が俺から離れた。俺は咳き込みながら這って床を移動して医務室の中を見る。


医務室の俺の机の椅子に、傷だらけで……真っ裸のヒイロが座っていた。

「ヒイロ?…………まさか、そんな。そんなはずは……」

家森先輩が胸を押さえながらゆっくりとヒイロに近づいて行く。俺は立ち上がって、やはり彼女だったと熱くなる目を拭った。すぐにベラ先生が俺の胸に顔を埋めて泣き始めた。俺は優しく彼女を抱きしめるが……高崎に殺されくないのでちょっとだけにした。

よく見れば、彼女の髪の毛はボサボサでモンスターの血が固まって所々黒くなっている。それに体だって泥で汚れていた。家森先輩がコートを脱いで、ぼーっと一点を見つめたまま動かないヒイロに自分のコートをかけた。

「ヒイロ?僕が分かりますか?ヒイロ?」

「……。」

ヒイロは何故か家森先輩と目を合わせようとしない。様子がおかしいことに気づいたベラ先生が、涙を拭って俺から離れて彼らの様子を見た。

「ヒイロ、ですか?」

医務室の奥からファーストエイドを持って来たグレースが、口に手を当ててじっと心配そうにヒイロを見つめている。俺も心配になって、医務室の中に入った。

確かに、ヒイロだ。でも、どうしたのか。

「ヒイロ?」

「……あ。はい。」

「ヒイロ?僕が分かりますか?」

ぼーっとして無表情だった彼女の表情に、少し笑みが見えた。

「分かりますよ。でもちょっと恥ずかしい……全裸だったから。」

「ああ……ヒイロ!ばか!ばか!」

家森先輩がヒイロを抱きしめた。ああ、また記憶が無いなんて言わないでくれて本当に良かった。加えて魔王の瞳から大粒の涙が溢れている。それ自体に俺もつられて泣いてしまう。

「何をしていますか!?何を……どこにいて、ああ、もうああ、どれほど恋しかったことか!どれほどこうしたかったことか!あああっ……ごめんなさい!ああああっ!」

顔面を手で覆って声をあげて泣く家森先輩に俺もつられるし、ベラ先生も泣きながら二人をハグしてグレースも鼻水垂らして泣いている。俺はもうヨダレまで垂れている。ヒイロはそんな俺を見て一瞬ぎょっとしつつ涙を流している。

「ごめんなさい……家森先生。」

「……っ違うでしょう!?」

「はい……欧介さん……」

ああもうだめだ!

「もうだめだ俺こういうのには弱いんだヴァアアアアアアアアッ!」

「うるさいウェイン……」

愛おしそうにきつくヒイロを抱きしめる家森先輩の背後で、俺は膝から崩れ落ちて、医務室の床にポタポタと零した。

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