スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第97話 咆哮のイスレ山

頂上へ向かう道の途中では中央研究所の制服を着た研究員の人々と、戦闘スーツを着た衛兵さん達がうじゃうじゃいた。何人かの衛兵さんがスナイパーライフルで空を飛んで集っているドラゴンに威嚇射撃しているのが見えた。あの時見えた弾道は彼らのものだったんだと思った。そしてさっき聞こえた射撃音も衛兵さんの放ったランチャー型の銃によるものだった。

「あ!?兄さん!」

どこからか声が聞こえたのでキョロキョロとしていると、人混みの中から研究所の制服姿の真一さんが家森先生の方へ向かって走ってきた。顔はかなり青ざめている。

「真一!大丈夫でしたか?」

「ああ、兄さんも?ヒイロちゃんも大丈夫?と、とにかくアルビンと名乗る男が時の架け橋の前に……それが、ああ。それが。」

かなり狼狽えた様子の真一さんが何かを言おうとしている。それをベラ先生もタライさんも皆もじっと見て何か言うのを待っている。家森先生が落ち着くように真一さんの背中をさすると、彼は少しづつ話し始めた。

「そ、それが……アルビンと言う名の男が、母さんを人質に!時の架け橋のところでそれ以上近付くなと衛兵に……言ってて。」

「ええ!?なんて事……!?」

家森先生が言葉を無くしてしまった。私も衝撃を受けて頭が真っ白になったけど、どうにか家森先生の背中をさすりながら真一さんに聞いた。

「今、上にいるんですか?」

「ああ、ああ。上にいる。母さんと共に。でも奴をあまり刺激しないでくれ。奴の腕の中には母さんがいて、今にもその手で握られたナイフで母さんを……」

「いやあなんて事や……そんな、どうして。」

タライさんが不安にまみれた顔で頂上を見上げた。ガヤガヤと人々の声が聞こえる。

「と、とにかくヒイロは時の架け橋のストッパーの在り処を知っているわ!あなた家森くんの弟さんなのよね?協力してちょうだい!」

ベラ先生の言葉に真一さんが驚いた顔で私を見る。

「そ、それはどう言う事!?いや、協力はするけど……ここまで暴走してしまった以上、時の架け橋もこの世界も元通りに戻れるとは考えにくいと皆で話していたところだ。それよりかは避難した方が……いや、もう間に合わない。」

「避難よりもストッパーを使った方がいい、詳しい事は俺が説明するよ!」

そう言ってくれたのはドロシーさんだった。彼がストッパーのことを真一さん達に説明している間に、私は歩みを進めて時の架け橋の方へ向かった。後ろには家森先生やタライさん達が付いて来ている。

人をかき分けて進み、時の架け橋の土台が見えると、その前にフードを頭に被った黒いローブの小柄な痩せた男が、秋穂さんを片腕に閉じ込めながら大きなナイフを持って立っていた。

周りでは衛兵が皆銃を向けていて、秋穂さん達の背後には、ものすごい勢いで地面から空に向かって、まるで火山の噴火のように無属性の魔力が吹き上がっていた。風も凄まじく、男のローブがバタバタ言いながらなびいている。

秋穂さんはいつもの無表情だったけれど、私のことを見ると一瞬目を見開いた。そしてアルビンと言う男と目が合った。彼は飛び出そうなほどに目を丸くしてこちらを見てからニヤリとして叫んできた。

「クリード!もう遅い、惜しかったな。シャリールも、無駄に死んだ。」

は?

「無駄に死んだってどう言うこと……」

怒りに燃える私が一歩前に出て彼と話そうとすると腕が伸びてきて遮られた。家森先生の腕だった。真剣な顔で、もうこれ以上近付くなと意味している視線を向けてきた。アルビンの声が聞こえた。

「もう終わりだ。この世界もろとも終わるんだ。ミストもバカな奴だ。俺が完全に味方なのだと思い込んで、シャリールをマフィアだと俺の代わりに市民に吹き込んでくれた。あんなバカが自警団のリーダーを務められるんだから、この世界はくだらない。」

「何を言いますか!?それだからと言ってこの世界をどうにかしようとすることはやめなさい!」

そう叫んだのは隣に立っている家森先生だった。アルビンは彼のことを目を細めて見て、クイーンの息子だと気付いたのかニヤリとした。

「ああ、クリードが狙っていたターゲットか。お母さんがこんな目に合っているのは気に障るかい?なあ……君のお母さんは本当に賢いのだろうか。だってシャリールは一度中央研究所に対して、アルビンと言う男がこの架け橋を暴走させてようとしていると言ったんだぜ?なのにそれを無視したんだ。キチガイ扱いしてな。時の架け橋は絶対に暴走しないと断言してさ。」

え……そうだったんだ。だからシャリールは中央研究所も敵視していたんだ。そう思っていると秋穂さんの声が聞こえた。

「その決断は私の部下がしたもの。ヒイロ、悪気はないのです。しかし部下の決断は私の責任、重く受け取らなくてはなりません。」

アルビンが秋穂さんの口を手で押さえてしまった。乱暴なことをしないでほしい、そう思った瞬間に、隣に立つ家森先生がアルビンのナイフに向かって素早い無属性の魔法を放った。

しかしそれはアルビンの足元から現れた闇の波動に打ち砕かれてしまった。魔術の構えもせずに強力な魔法を放つアルビンに、彼の強さが見えて皆の表情に影が差した。彼は余裕なのかニヤリとして私をじっと見た。

「はあ……無駄な足掻きはするな。俺に無属性など聞くものか。さて、話の続きだ。研究所に信じてもらえなかったシャリールは強硬手段を取るしかなかった。不器用でしょうもない男だ。マフィアだと言われても俺に対抗し続けたのだから、まあ……そこの爆発娘のおかげで全てがパーになっただろうけどな。ありがとよ。協力してくれて。おかげであの戦争、俺はただコーヒーを飲んでいるだけで終わったよ。」

にたっと笑ったガタガタの歯をもっとガタガタにしてやりたかった。過去の私をバカにすると言うことは、今の私をバカにすると言うことだ。許せない。

「今の……ヒイロへの暴言、母や皆に対する仕打ち、時の架け橋を暴走させ世界を危険な目に合わせているあなたを、一体誰が許せますか!」

家森先生の声がこだました。アルビンは少し真顔になった後に、空に向かってナイフを掲げ、闇の波動を放った。

「ならお前に何が出来るんだい?プリンスさん。」

すると、山の奥から翼のはためく音が聞こえた。ばさっばさっ、と聞いたことのないくらいに何か大きなものがはためいている音だった。

そして時の架け橋の向こう側から学園の資料集でも見たことの無い、七色に輝く大きなドラゴンが現れた!その未知の存在に皆が恐怖にどよめいた。

「よしよしいい子だ。スニガー、あのプリンスを狙え!」

アルビンがナイフを家森先生に向けた。その鱗が七色に輝く全身トゲトゲのドラゴンは飼い主の言うことを理解すると、金属音のようなけたたましい咆哮を上げた後に家森先生に向かって炎を吐いた。

瞬く間に向かって来た、大きな炎の球。これは避けきれない!

危ない!私は咄嗟に彼の前に出て両手をかざして目を細めた。


……が、目の前に広がっていたのは見たことのある、白銀の光だった。
彼が私を片手に抱きかかえながら片手でその光を放ってくれていた。

「……はぁっ……僕があなたを守ります。」

「欧介さん……。あ、ありがとうございます。」

ドラゴンは何度もこの防御壁に向かって炎を吐いている。周りの衛兵さん達がドラゴンを銃で攻撃しているがビクともしない。このままでは押し切られる。

「ヒイロ……はっ、放って。」

「え?何を?」

「僕の防御壁に向かって、放って……ぐっ!」

家森先生が頬に光のヒビを生じさせながら歯を食いしばって、さらに魔力を放出し始めた。私は意味を理解すると家森先生の防御壁に向かって炎の球を飛ばした。

私の放った炎の球は家森先生の光を纏い、眩い光炎の大きな球となってドラゴンのアゴに命中した。ドラゴンは苦しそうに呻きを上げた後によろけ、地面に落ちた。

その間に隣で苦しそうに呼吸をする家森先生に私は聞いた。

「だ、大丈夫ですか?」

「は、はい……しかし少し休憩が必要です。」

私は何度も頷いて家森先生を支えながらその場から一回離れた。振り返り側に、衛兵さん達が七色のドラゴンに向かって槍や剣で攻撃しているが、何人も丸ごと尻尾で軽く飛ばされたのが見えた。私たちの攻撃を受けたのに、まだヤツは元気なのか……。

「家森くん、大丈夫!?」

近くの岩陰に家森先生が苦しそうに胸を押さえながら座り、駆けつけてきたベラ先生が彼にポーションを渡した。

「これ、真一さんがくれたのよ。飲んでちょうだい。あと防具も貸してくれたわ。」

ベラ先生が手に持っていた研究所のロゴの入った防具を私につけてくれた。座りこみながらポーションをがぶ飲みする家森先生にはタライさんが防具をつけている。その時、研究所のポーションバッグを背負っているマーヴィンがエレン達と共にやってきた。

エレンの足元には以前闘技盤の授業の時に見た、ジョンが作った狼型のロボットがいた。

「さっきの家森先生達の攻撃で怯んだけど、またあの七色のドラゴンが攻撃をし始めた!だから衛兵さん達が戦いやすいように、あのドラゴンの気をそらしてみようと思う!ロボットならどうなっても大丈夫でしょ?」

エレンの言葉にベラ先生が額の汗をぬぐいながら言った。

「……やるしかないわね。でもあまり近づかないでちょうだいね!」

「はい!よしエレン、起動だ!」

すぐに狼型のロボットは時の架け橋に向かって右に左に飛びながら前に進んで行き、時の架け橋の側で衛兵と戦っている七色ドラゴンの方へと向かっていった。ロボットを追うようにエレンとジョン、それからマーヴィンも走って行った。

その時、私のすぐ近くの地面に黒いとげが刺さった。驚いて天空を見れば、今まで周囲を徘徊して飛んでいただけのイスレ山に生息しているドラゴン達が、我々に向かって棘を飛ばしてきたのだった。

「いけないわ!そうか、威嚇射撃をする人数が七色ドラゴンに裂かれたのね!私が囮になる!」

ベラ先生が風の刃を放ちながら岩の陰に隠れて、ドラゴン複数相手に戦闘態勢に入ってしまった。私も加勢する、と思った時に肩に手が置かれた。それはタライさんの手だった。ちょっと震えている。

「あんたはここにおれや。ベラ先生の騎士は俺や。俺が行く。」

覚悟を決めた目だった。でも何故かちょっとにやけている。

「タライさん……わ、分かった。でも気をつけてね。」

当たり前じゃぼけー!という雄叫びをあげながらタライさんがベラ先生の方へ向かって突入して行った。あれではドラゴンが狙いたい放題である。ああやはり、ドラゴンにすぐに気付かれて集中砲火を浴びたタライさんは岩陰に丸まってしまった。

「ちょっと!?ヒイロのところへ戻りなさい!足手まといよ!」

「うるさい!俺はあんたの騎士じゃー!」

「……どこが騎士よ!丸まって動かないなんて、ただの石じゃないの!」

……騎士と石を掛けてる。この状況でそんなこと言えるベラ先生強すぎでしょ。そう思っているとマーヴィンが血相を変えてこちらへ戻ってきた。

「衛兵がレインボードラゴンにやられっぱなしだ。援軍だって電波が通じないんじゃもう来ないかもしれないな。どうする?アルビンって男はニヤニヤ余裕のある表情でその混乱を見て楽しんでるし、あのままじゃクイーンも時の架け橋もやばいぞ!」

その時マーヴィンの後ろからドロシーさんが来た。脇には傷だらけのジークがぐったりとしていた。脇腹を抑えている、どうやらレインボーにやられたらしい。

「それ、レインボーにやられたの?」

「何その略し方。そう、衛兵の一人がレインボーに鷲掴みにされてジークが庇おうとナイフを投げたら、それに気づいたレインボーがジークに体当たりしてきた。おかげでその衛兵は助かったけど、ジークはやられてこの有様だ。ポーションはあるかい?」

ドロシーさんの言葉を聞いたマーヴィンが、ポーションを地面に倒れこむジークの体の傷にかけ始めた。

「このままではまずい……ああ、僕がもう少し魔法をコントロール出来れば皆を庇えたかもしれないのですが。」

頭を抱える家森先生にドロシーさんが言った。

「いや、家森先生。あのレインボーは途轍もない強さだ。きっとそこらのドラゴンを改造したに違いない。あんなの見たことないし、魔法がさっぱり効かない。周りの衛兵も魔弾を何百発と放っているが、それらが当たってると言うのにピンピンしてる。あのままだとクイーンどころか、俺たちも危ない。」

そんなぁ……じゃあどうする?
いや、時の架け橋の暴走をとめちゃ言えばいいんだ!

「時の架け橋の暴走を止めましょう!」

私の言葉にまだ傷の癒えていないジークが立ち上がって首を振った。

「いや、アルビンを止めることが先です。彼が居ては時の架け橋にまたアンリミテッドをかけられてしまうのがオチだ………私がクイーンをどうにか救います。」

「でもその怪我じゃ無理でしょ!?」

ドロシーさんがそう行った途端に、一際大きな爆発音が上から聞こえた。何が起きたのか皆で様子を覗きに行ってみれば、ドラゴンの近くで何か黒い塊が炎に埋もれていた。ジョン達が岩の陰でしゃがみながらじっとのその方向を見つめているのを発見して、私は近づいて彼らに聞いた。

「あれ何?」

エレンが残念そうに答えた。

「あれは……ジョン3号が燃えたの。ドラゴンの片足をもぎ取ったまでは良かったのだけれど、炎が避けきれなくてくらっちゃった。」

ああそうなんだ……でもすごい、確かにレインボーの片足が無くなっていて、そのからは緑色の血がボタボタと落ちていた。

あともう少しで倒せそうな気もするけど、時の架け橋の周りには衛兵さん達が呻きながら倒れていて怪我して苦しんでいる人ばかりで、戦っている数人の衛兵さん達もよろけていて立つのが必死なぐらいだった。それでもレインボーはまだ余裕があるようで、残りの衛兵さん達を尻尾で軽くあしらうように突き飛ばしているのが見えた。

それをニヤニヤと見ていたのはアルビンだった。楽しげにこんな訳の分からないことをする彼の事が許せなかった。私はこぶしに力を入れて彼に近づいた。

「アルビン!」

私が近付いたことに気付いたアルビンが、心配そうな目で衛兵さん達を見ていた秋穂さんの首へ、更にナイフを近付けた。

「ああ、君か。ほら楽しそうだろう?そうだ、次は君が俺のスニガーちゃんと遊んでくれ。」

「アルビン、もうこのようなことはおやめなさい。」

そう行ったのはアルビンの腕の中にいる秋穂さんだった。私の隣には家森先生も来ている。

「やめるだと?こんな楽しいパーティをやめるなんてどうして出来るか。俺はこの世界をただ壊したいだけだ。」

「どうしてなの?」

私の質問にアルビンがニヤリとしてから答えた。

「ただ世界を壊したいってそんなにいけない事なのか?当たり前のように太陽があって、当たり前のように自然が存在する。それが気持ち悪いんだ。拒否権のないことわり。受け入れなければいけない絶対的な存在。それを俺は揺籃ようらん時代から憎く感じてきたんだ。この世界を壊すためなら、俺は何だってする。祝福しろ、今日はクイーンの命日だ。今のうちにこの美しい顔を拝んでおけ。まあ、俺はクリード、お前を別に憎んでいない。むしろシャリール倒しに協力してくれたからな。お前はこの世界と共に徐々に滅べばいいんだ。そのプリンスも連れて。」

全てが許せなくて、私は叫んだ。

「そんな身勝手な理由で皆が大切に思っている世界を壊していいはずない!」

「何を熱くなっている。まあいい、俺はそろそろこの場から離れてコーヒーでも飲みながらこの世界が壊れゆくのを観察するとしようかな。」

「くそ!ふざけんなクソジジ「家森くん!助けてちょうだい!」

気が付けば近くにいたマーヴィンの声に、かぶさるように叫んだのはベラ先生だった。振り返ればそこに、薄緑のブラウスが血まみれのベラ先生が居た。涙を流しながら、家森先生の腕を掴んでいる。

「ベラ……何があった!?あなた怪我を「早く!早く下へ!ドラゴンは私が……やっつけたから!お願い早く!行って!早く!!」

見たことないベラ先生の動揺に一気に嫌な予感がした。家森先生も悟ったのか勢いよく頷いた。

「分かりました!マーヴィン来てください!」

「は、はい!」

家森先生とマーヴィンが足早に下へ向かって走って行った。ベラ先生は赤く染まったブラウスの胸を押さえたまま苦しそうに涙を流すと顔を上げて、酷くアルビンを睨んだ。

「覚悟を決めてちょうだい……もう、手加減など出来ないのだから!」

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