スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第92話 旧知の仲

木漏れ日の中、職員寮モモのガレージの前で家森先生と待っていると、ちょっとしてからタライさんとベラ先生が同時にやってきた。ベラ先生はもうすっかり良くなったみたいで元気な様子で手を振ってくれた。

「遅れてごめんなさいね!さて私の車で行きましょうか!」

ベラ先生が懐中時計をガレージの認証パネルにかざして中に入って行く。私はある事を疑問に思って彼女に聞いた。

「ええ?ベラ先生の車でいいんですか?」

そうそう、だって私は昨日メールで家森先生の車で行きまーすと送ったからである。ちなみにそのメールを送った時に家森先生は隣にいたので彼には送ってない。彼は夏休みに入ってから毎日のように私と一緒にいるのだ……いいけどね、いいけど。

「いいわよ。オープンカーで風を感じながら行きましょう。」

「ああ!そう言えばオープンカーは初めてだ!楽しみ!」

一気に私のテンションが上がった!私のルンルンな様子を見た家森先生は微笑んでくれた。彼の今日の装いは白いシャツに黒いジレ……まあ大体いつもそうだけど。そのシャツを肘のところまで捲っている。タライさんは紺のチェックシャツに白いチノパンだった……ぷっ。何だろうその組み合わせ。

「な、何やねん!この組み合わせに文句あるか?」

「無いですけど……タライさんのそういう格好って初めて見たから。ぶっ」

ワインレッド色のオープンカーのところで手招くベラ先生のところへ走って逃げようとしたら、タライさんに途中で追いつかれて頭をベシッと叩かれてしまった。痛い……。

ちなみに今のを見て笑っているベラ先生は薄緑の半袖のブラウスに黒いスラックスに黒いヒールを履いている。大人な雰囲気で綺麗だ。ああいいう服装をしてみたいと思う私の今日の格好はTシャツにデニムでいつもと一緒です。

「オープンカーに乗るのは僕も初めてです。」

そう言いながら家森先生が後ろの座席に座ったので、私も彼の隣に座る。私の前の助手席にはタライさんが座って、運転席はベラ先生が座った。エンジンをかけながらベラ先生が言った。

「家森くん、眼鏡が飛ばないように気をつけてね。」

「どれほど飛ばすおつもりですか……おやめください。安全運転で行きましょう。」

家森先生のツッコミで皆で笑ったところで我々を乗せたオープンカーはガレージを勢いよく出て林の道を進んで裏門を抜け、一気に大空へと高く飛び始めた。太陽が輝いている青空の中を風を感じながら飛ぶことが出来ていて気持ちいい。

「これはすばらしい!まるで鳥になったようだ!」

「何やその語り口は……でも俺も実は初めてやからウワッフォ〜イ!」

目の前のタライさんがジェットコースターでやるように両手を上げてしまったので視界が遮られてしまって面白く無い。だから彼の両手を下げようとしたら誰かに腕を掴まれて阻止されてしまった。振り返ると私の腕を掴んでいたのは家森先生だった。

「な、何です?」

「……あまりうろちょろしないように。落ちたら大変です。シートベルト締めなさい。」

「ええ?少しぐらい大丈夫ですよ。」

「大丈夫な訳が無いんです。シートベルトを締めなさい。」

はい……すみませんでした。私が大人しく従うと前の二人が笑ってるのに気づいた。タライさんが振り返りながら聞いた。

「そういや今日街に行くのは何やったっけ?楽団のマネージャーさんのお話を聞きに行くんやろ?」

私は頷いた。

「そうです。そうそう!将来の話というよりは私の過去探しです!」

それを聞いたタライさんが身を震わせて喜んだ。

「なんか楽しそうやん!へぇ〜でも何で楽団に行かへんの?」

「うーん、奏者よりも作曲の方が向いていると思いますし、卒業したら家森先生のお部屋で暮らすからです。」

私がそう答えた瞬間にオープンカーがぐらりと揺れた。ベラ先生が動揺したのか、どもりながら聞いてきた。

「そ、そ、そうなの……え?え?じゃあもう二人は付き合ってるのかしら?」

家森先生の方をチラッと見たら、遠くの景色を眺めていて話を聞いていない様子だったので、その問いには私が答えた。

「付き合ってませんよ?」

「ククッ……ふはは」

どん

その時、笑いを漏らすタライさんの後頭部に家森先生のチョップが綺麗にヒットした。話聞いてないと思ってた人が急に動いたからびっくりしたし、家森先生のチョップは初めて見た……。タライさんは後頭部を抑えながら痛みに悶えている。

「もう……すぐ俺のこといじめるのやめてや!ベラ先生!家森先生がいじめてきはる!「あなたが笑うから悪いんでしょ」もう俺の味方全然おらんやん!なーじゃあさ、二人はなんて呼び合ってるの?家森先生がヒーたんって呼ぶのは知ってるけど、ヒーたんは家森先生のこと何て呼んでるん?」

ええ……恥ずかしいなぁ。二人きりの時はああやって呼ぶように言われたけれど、恥ずかしいから敢えてあまり呼ばないようにしてきたのに。私が口ごもっているとタライさんが振り返ってじっと見てきた。

「そのお方のこと、なんて呼んでるん?」

「……普通ですよ。」

「なわけ」

そう答えたのは家森先生だった。彼たまにそれ言うな……しかし何で反論したんだろう。今ちょっとそう言わせたいのかな。そんな気がする。目が合ったけどさっきおつきあいを否定したし、ちょっと拗ねてるっぽい。

私はため息をついてから言った。

「……欧介さん。」

「ぶ〜〜!ああそうなんや!下の名前欧介って言うんですね!なら俺も欧介先生って呼ぼうか「くだらないこと言ってる暇があったらさっさとハイグレードポーションの配合率でも覚えてはいかがですか?あんなお手洗いの片手間程度に覚えられる簡単なものに一体何年かかっているんです?ですからあなたは今年も補習対象なのです。」

タライさんが口を尖らせてしまった。

「それはごめんですわ……呼ばないからもういじめんといてください。でもへ〜、それはどんな意味で親御さんが名付けはったんです?欧介ってあまり聞かへんなぁ。」

なんかタライさんが司会者みたいに話題提供してくれるおかげで楽しい。ベラ先生も運転しながら、たまにこちらに耳を向けて笑っている。

「僕の一番目の弟は真一、次が武仁で末っ子が統。これにはある大きな共通点があります。」

え?そうなの?漢字の意味はバラバラな気がするし、読みだって被らないし……どこがだろう?私は聞いた。

「ヒントは?」

ふふ、と家森先生が笑ってしまった。

「ヒントですか……うーん。大ヒントしか浮かびませんので無しで。」

「私は分かった気がする。」

そう答えたのはベラ先生だった。さすが〜。私と同様タライさんもさっぱりなようでベラ先生を見つめて言った。

「じゃあベラ先生、答え言ってください。俺も分からん。」

「分かりました。言うわね?私の考えでは多分……数字の順番でしょう?」

え?数字?あああ!合点ついた私は思わず人差し指を立てた。でも欧介さんはどう言うこと?そう思っていると家森先生が話し始めた。

「ええ、ご名答です。僕から数えて0、1、2、3となるようになっています。何故僕が0なのか。名付けたのは母ですが彼女は0も数字であり、数えるべきはそこからだという考えを持っていたのでしょう。その数字の序列に合わせて名付けられました。あとは漢字の意味でも両親の願いが込められていますが大きな理由はそれです。」

「そうだったんですか……」

なるほどね。秋穂さんらしくてちょっと笑ってしまった。ベラ先生がハンドルを切りながら言った。

「ヒイロはリュウに名付けられたのでしょう?全く……よくそれを受け入れたわね。」

「そうなんですけど……でもスカーレットって別に可愛いかなと思ってましたし、その後のクラス会議の時間で名前聞かれちゃって、それを答えるしかなかったんですもん。他に何も思いつかないですし。」

タライさんが振り返った。

「でもさ、ヒーたんのこと知ってる人がおったら本当の名前知る事も出来るやろ?そしたらそっち名乗るんか?」

ああそうか……どうなんだろう。

「うーん名前による。」

私の答えに皆が笑ってしまった。だってもし変わった名前だったらどうしようと考えた。ポチとかプチとかそんなペット的な名前ではないだろうとは思うけど万が一そうだったら……スカーレットのほうがいい。

「とにかく、ドロシーさんに会ってからですね!ああ、ちょっと緊張してきた……まだ私のこと知ってる人が見つかるか分からないけど。」

私の言葉にベラ先生が反応してくれた。

「きっと会えるわよ!さ、飛ばしましょう!」

オープンカーはさらに速度を上げて青空を飛んで行った。途中から家森先生が皆に見えないように私の手を握ってきたのは多分怖かったのかもしれない。

それから何故かシュリントン先生のあるあるを皆で出し合って笑っていると時が過ぎるのは早く、いつの間にか街が眼下に見えてきて、ベラ先生は慣れた運転技術でサッと街の駐車場に停車した。

車から降りて、私は携帯を取り出してマネージャーのダスティさんから頂いたメールを読んだ。

「えっと……ダスティさんの同僚のドロシーさんっていう男の人が、街の街道にあるアーバンクローズっていう服屋さんの隣から入った裏路地にあるカフェ&バー『ポイズン』で待ってるらしいです。」

「なんか待ってる人も待ってる場所も強そうなんやけど、大丈夫?これ罠じゃないよね?」

「まあ行ってみましょうよ。何かあったらヒイロは私が守ってあげるわよ。」

ベラ先生にウィンクされてしまった。ちょっと微笑んで喜ぶと家森先生とタライさんの両方に睨まれたので私は先を歩くことにした。

街道はいつものように人で賑わっていた。街のことに関しては家森先生よりもベラ先生の方が詳しいらしく、そのアーバンクローズという服屋さんもすぐに見つけてくれた。確かに隣に路地が見えるけど……薄暗い。

「ほんまにここはいるん?怪しい雰囲気やな……」

私はもう一度メールを見ると他の3人が覗いて見てきた。確かにここなのだ。

「とにかく行って見ましょう。変な輩に絡まれたとしても我々にはベラがいます。」

そう言った家森先生がベラ先生に肩をどつかれてしまったのを皆で笑ってから裏路地に入っていった。

日差しが建物で遮られれて昼なのに暗く、少し離れたところではガラの悪そうな連中が地べたに座ってこっちを見てきた。怖くなって隣にいる家森先生の手を握ったらそれはタライさんの手だった。やるせない気持ちになった。

「ごめんね、俺好きな人おんねん。」

「……うるさいですよ。間違えたんですよ。もう。」

「ふふ、さてここね。ポイズンって書いてあるわ……本当にここなのね。」

灰色のコンクリートの壁にポツンと木製の扉がついている、窓もないし立看板もないし、まるでお店らしくない外観だった。扉にはPOISONと書かれたプレートとその下にCLOSEというプレートが掛けられている。クローズしちゃってるじゃん……。

「確かにここのはずですが、今は営業時間外ですか……一体?」

辺りを見渡しながら家森先生が言った。するとタライさんがドアノブに手を掛けた。

「まあ開けて見ましょ。」

開けるんかい……いいの?タライさんがゆっくりと扉を開けた。鍵はかかっていなかったのでスッと開いていく。

「あ、誰かおった。」

中を覗くタライさんが誰かと目があったようで軽くお辞儀をした。中から高めの男の声が聞こえた。

「ああ!どうぞどうぞ!変な場所に呼んでしまってごめんなさいね!さー、お連れ様も!あと……スカーレットさんは来てるかな?」

「ああはい!……ほら、アンタや。」

タライさんが手招いてきたので私はドアのところへ向かった。店内はやはり営業時間外なのかテーブルの上に逆さまの椅子が乗っかっていた。壁にはお酒の銘柄のポスターがびっしり貼られていて、奥にはバーのカウンターがあって壁には酒ビンが飾られている。

カウンターの前のテーブル席の所でその男の人は立っていた。マネージャーさんというからフォーマルな格好の人を想像していたけれど、そこに居たのはウニのようにツンツンした髪型でスタッズの激しい黒いレザーベストを白いTシャツの上に羽織ったロック調の人だった。彼は何故か目を見開いて驚愕していた。

「クー!?クーーー!?」

く?く?

疑問を感じながら店内に入った。家森先生達も後に続いて入ってきて扉を閉めた。その男性は胸元を手で押さえながら激しく呼吸をしている。これ以上無いくらいに目を開きっぱなしにして私を見つめて、それから少し微笑んだ。

「やっぱり!あの曲はクリードが作曲したものだったんだ!ほうら俺に見抜けないはずない!ねえあの後どうなったんだい?一体どこに行っていたんだ?街にいたなら声かけて……くれても……いいのに。」

私のぽかんとしている様子に気づいたドロシーさんは少しづつ声の勢いを失った。でもその様子からして、私を知ってるに違いない!私は彼に聞いた。

「ねえ、私は何て名前だったの!?クリードって名前だったのですか?あなたは私の知り合いですか!?」

「え?何を言っている?」

あら、違ったのかしら。

「あ、知り合いなのかと思って……違うの?」

「ど、どういう?え?知り合い?え?あ、あ?あ!」

何かに気づいた様子の男性はどこか見つめてショックを受けた様子を見せると、すぐにその場にパタリと倒れてしまった。

家森先生が彼の元へ駆けつけて様子を見た。私もタライさん達と一緒に彼の元へ急いで向かった。家森先生は首元を触ってから言った。

「大丈夫、気を失っているだけのようです。そのうち目を覚ましますよ。しかし……驚きましたね。彼はヒイロの昔の知り合いのようです。」

私は頷いた。

「うん……そうだね。自分の知ってる人が記憶無いって言ったら、やっぱりショックだよね。」

ポンと私の肩に手を置いてくれたのはタライさんだった。

「まーでもしゃあないやん?でも見つかってよかったやん。この人が起きるまで待って、昔の話聞いたらええやん。」

ベラ先生が頷いた。

「そうね。さ、椅子をつなげてその人を少し寝かせましょうか。」

そしてみんなでドロシーさんを椅子ベッドに寝かせて、彼が起きるまで我々は座って待つことにしたのだった。まさか待ち合わせの場所に、私を知ってる人が来てくれるとは思ってもいなかった。

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