スカーレット、君は絶対に僕のもの
第90話 トリックと星空
遂に夏休みが始まった!……けどやることが無い。グレッグやリュウ達はそれぞれ帰省したり、旅行に出掛けてしまって居ないし、タライさんは毎日家森先生と補習や夏期講習をしてるし。
2日経ったけど今の所、動画を見るかPCでピアノ演奏するかしかしていない。このままでいいのか、いや……良く無いよ!もっとエンジョイしたい!確かに2日に一回ぐらいは夜になれば家森先生の部屋で一緒に過ごしたりご飯食べたりするけれど、もっとこう思いっきりはしゃぎたい!
全力で楽しめる良い方はないかなと思いながらベッドの上で腹筋運動をしているとメールがポーンと届いた。
____________
おつかー!
今日は水曜やん?
あのお方と会わない日?
ちょっと話したいこと
あるから校庭の花壇に
シューゴー!
タライ
____________
了解!とすぐに返信して私は白シャツにデニムパンツの姿で部屋を出て、人気のない静かなグリーン寮を抜けて、足早に校庭に向かった。もう日が落ちて月明かりだけが校舎を照らしていた。早く来すぎたかなと思ったけど、花壇の縁にはもう既にタライさんが座っていた。おかしなことに、タライさんも白いシャツにジーンズだった。
「お疲れ!……って何や!被ったやん!」
「ええ!?それはこっちのセリフですよ!ヤダァ!」
何が嫌やねん!と肩を軽く叩かれつつ彼の隣に座った。よく見ると有機魔法学の専攻のテキストと魔道書が膝に置かれていた。
「今日も夏期講習上がりですか?」
「ああ、せやな。今日もあのお方は元気やったよ。そんで、ちょっと相談があんねん。」
「相談?」
私は首を傾げてタライさんの横顔を見つめた。何に悩んでるんだろう。タライさんは照れているようで、ちょっと口ごもった後に話し始めた。彼のそんな態度初めて見た気がする。
「……最近さぁ、ベラ先生がメールしてくれへんねん。」
「ええ?そうなんですか。いつもどれくらいの頻度でやり取りしてるんです?」
私の質問にタライさんがうーんと考える仕草をした後に言った。
「まあ最近は毎日してた。でも夏休み入ってからは一回も無いねん。朝のジムも夏休み入ってからはちょっと忙しいって言われてさ……何なんやろ。魔工学の夏期講習は何日かしかないし、どっか旅行にでも行ってるんかな……。」
そうだったのか。タライさんの辛そうな気持ちが流れてくる感じがした私は、知ってる限りのことを話そうと思った。
「夏休み前のクラス会議の時に、グレッグがベラ先生に夏休みの予定聞いてましたけど……私はラボにこもるって言ってましたよ?誰かと旅行というよりかは毎日ラボに行ってるんじゃないかなと思いますけど。」
タライさんが私を見つめてきた。
「ほんま?ならええけど……もし他のやつと旅行とかやったらちょっとジェラシーや。」
「タライさんでもヤキモチ焼くんだ。」
「当たり前やろ。あのお方の一番弟子やぞ。」
その部分は伝授されなくてもいいと思うんだけど……ちょっと面白くて笑うとタライさんも笑ってくれた。少ししてから彼が星空を見上げて聞いてきた。
「なー、ところでさ。アンタは家森先生にメールしたらどれくらいの速さで返してもらえるん?」
「うーん……仕事終わったタイミングです。お疲れ様です……って」
「なるほどなー。じゃあ休日は?」
「気付き次第ですかね。でも何か先生が作業してたら返事遅れることがありますけど、それは稀です。今日も夏期講習終わってる時間だし多分メール来てると思います。」
「そうなんや、ちょっと見せて。」
ええ?見せるの?ちょっと恥ずかしい気持ちのままポケットから携帯を取り出すと、案の定メールが1件届いていた。
____________
お疲れ様です。
今日は少し長引きました。
何していましたか?
何してても構わないですが
魔力を使うことは
避けてください。
僕は心配ですから。
家森
____________
読んでる途中から携帯をタライさんに奪われてニヤニヤしながらその文章を読まれてしまった。
「なるほどな、こうやって送ってくるんや。ほんで、なんで魔力使ったらあかんの?」
私は彼から携帯を受け取りながら答えた。
「ああ、実は先日中央研究所でプレーンの検査受けたらストッパーが壊れてたんです。だから「ええ!?そんなんあかんやん!魔力暴走したら体が保てなくなるんやで?分離したらもうあかんよ。」
「ええ!?そうなの!?それは知らなかった。」
そうだったんだ……確かに何か体に影響があるんだとは思ってたけど、まさか暴走すると生きていられなくなるとまでは思わなかった。皆は私が知ってると思ってたのかな、誰か説明してくれても良かったのに。
だったら毎日のように心配してくれる家森先生の気持ちも理解出来た……ちょっと大げさだなぁと思ってしまってたから。
それよりも、タライさんが遠くを見つめたままおセンチな雰囲気を醸し出し始めた。多分、私と家森先生のやり取りの頻度が羨ましいと思ってるのかもしれない。そんな横顔だった。
私はタライさんの背中をポンと叩いて言った。
「ベラ先生の部屋に行ってみたらどうですか?もし家森先生だったら私が少し返信しないと部屋に直接来ますよ?タライさんもそうしたらいいじゃないですか。」
タライさんが口を尖らせた。
「それはあの人やから許されるんや!俺がそうしたらただのストーカーになるもん!まあ……一理あるけどな?もしかしたらそれぐらいガンガン行動した方がええのかもしれんし。」
そうだよ!そうそう!と思っていると校舎の中から人影が出てきたのが見えた。月光に照らされた背の高いその人は、明らかに家森先生だった。彼は花壇に私とタライさんがいることに気付かずに校庭をスタスタ歩いて行く。
タライさんも気付いたようで笑いをこらえ始め、私に小声で聞いた。
「さっきのメールに返さんかったからヒーたんのお部屋に行ってるんちゃう?」
「いやいや、違いますよ。たまたまグリーン寮に用事が……」
私の声が思ったよりも大きかったのか、スタスタ歩いていた家森先生の歩みが止まった。そしてぐるりと体ごとこちらに顔を向けて、花壇の所に私がいるのを見つけるとニヤリとした。
「ああ、ここにいましたか。へえ、高崎と何をしているんです?」
そのちょっとおこになってる時の微笑みが怖い。確かにさっきのメールは実は1時間前に来てたものだったから……時間が空いちゃったね。彼が近づいてきたので私は立ち上がった。隣のタライさんも立ち上がって彼に聞いた。
「お疲れ様です家森先生。どこに行く予定なんですー?」
「……別に。あなたには関係ないでしょう?」
やばい。99パーセントの確率で拗ねてる。私は訳を話すことにした。
「ちょっとタライさんが悩んでるんです。ベラ先生と最近会わないとか「ちょっと何で言うんや!」メールしてくれないとかで。最近「何で無視すんねん!」家森先生はベラ先生に会いましたか?」
何回か妨害を受けたけど、みんなで話し合った方がいいと思ったから話し続けてしまった。我々の元まで着いた家森先生がそれを聞くと思案顔になってから言った。
「そうなのですか……いえ、実は僕も気になっていた所です。」
『え?』
私とタライさんが同時に答えた。家森先生はうんと頷いてから言った。
「夏休み前の職員室で、彼女から今年の夏休みは魔工学の研究に専念するとお話を聞きました。しかし休みが始まってから一度も職員室でお会いしませんし、ならばラボに籠っているのかと思ったのですが、僕が毎日調合室の鍵を借りる時や返す時、何故かラボの鍵がそこにあるままなのです。ラボは使っていない、ならば自室で作業をしているのかと昨日の帰りに売店でエナジードリンクを買って、差し入れようと彼女の部屋を尋ねましたが部屋にもいませんでした。」
ええ?一体どうしたんだろうと、タライさんと目が合った。私は言った。
「じゃあどこにもいないんですね、ベラ先生。どこか街にでも行ったのかな。」
それに答えたのは家森先生だった。
「僕もそう思いました。しかし今日の早朝、有機で使う薬草が足りなくなったことに気付いた僕は、近くの渓谷まで車で採取しに行ったのですが……ガレージには彼女のオープンカーがありました。ベラはどこに行くとしても車を使いますから、この学園の敷地内にいることは確実なのですが、何故か姿が見えない。それもあり、ヒイロに最近ベラに会ったかどうか聞こうと思ったのですが。」
そうだったんだ……どうしたんだろう、一気に心配になってきた。隣のタライさんもかなり心配な様子で家森先生に聞いた。
「もしや何かあったんちゃいます?どないしよ。ちょっと俺……部屋に行って確認してきます!」
タライさんが走って行ってしまった。私も彼に続こうとしたがガシッと家森先生に腕を掴まれてしまった。
「え?」
「……嘘です。」
「は?」
え?嘘?何が?どれが?
家森先生はうーんと気まずそうな顔をしてから言った。
「ラボの鍵がそのままなのも、ガレージにオープンカーがあったのも事実です。しかし、実はベラは部屋にいます。」
「え!?そうなのですか?じゃあ何でそんな嘘を……」
「……昨日彼女の部屋にエナジードリンクを持って行った時にドア越しに話しかけられました。その声は鼻声だった。いつもそうなのですが彼女は体調を崩している時に誰にも会おうとしません。僕はドリンクをドアノブに掛けて、それから自室の調合部屋で風邪に効く薬草を調合したポーションもドアノブに掛けておきました。今朝見るとそれらが無くなっていたので彼女が受け取ったと考えられる。」
「ええ?じゃあ何でタライさんには、ベラ先生がどこか行ってしまったような感じに話したんですか?」
「真実を話したところで高崎の性格だ、体調良くなるまで待つに違いないと思いました。ならばあのように彼の不安を煽って、直接尋ねる機会を与えてもいいと思ったのです。あとは……今すぐヒーたんと二人きりになりたかった。」
最後の一言が全ての原因な気がするのは気のせいだろうか……でもまあ、家森先生なりに気を遣ったんだとちょっと微笑んでしまった。
「ふふ、でもベラ先生が失踪したんじゃなくて良かったです。あと、今日は水曜なのに私に会いにきたんですか?」
家森先生が花壇の縁に座ったので私も隣に座った。
「夏休みですから……もっと一緒に過ごしたいと思いました。それにメールの返事が無かった。専攻が通常実践のあなたが課題に追われている理由は考えられませんし、グレッグ達はいませんから遊んでいる訳でも無いでしょうし……全く何しているのかと。いけませんか?」
「そ、そうでしたね、はい……すみませんでした。」
何故か謝ってしまった。家森先生は私の手を取って、照れた表情をして言った。
「夏休みなので、普段と違うことをあなたとして過ごしたい。この間言ってくれた二人で読書や、夜の海を眺めながらお散歩や、どうしても僕の仕事があるのでこの学園内にはなりますが、そうしてあなたと特別な時間を過ごしたいのです。毎日。」
なんてロマンチックな提案なのだろうとうっとりしながら話を聞いていたが、最後の一言が家森先生らしくて笑ってしまった。
「その過ごし方はいいと思いました。全部やってみたいです、ふふ。でも毎日ですか?」
「ふふ、いけませんか?」
もう……敵わない。
「分かりました。今日は一緒に過ごしましょう。明日の夜も。でも明後日は、街に行く予定なのを覚えていますか?」
なんと、私の肩に家森先生が頭を置いてきた。こんな甘えた仕草は初めてだし、何もこんな場所で……誰かに見られたらどうする。
「覚えていますとも。確か、楽団のマネージャーさんとお会いする日でしたね。」
「はい。ベラ先生の体調が優れないのなら別日に変更したいと思いますけど。」
「そうですね……。楽団へ行くことを考えたりはしませんか?僕はあなたが行きたいのなら「行かないです。音楽関係のお話はしたいですけど、作曲の方が性に合ってる気がすると思って。」
食い気味の発言を、家森先生がふふと笑ってから愛おしそうにため息をついてくれた。うん、確かに楽団に入ったら安定した収入が手に入るのだろうけど、多分皆のテンポについて行けないと思う。私は団体より個人プレー派だと思う。あと、人間関係のあまり無い職場がいい。頬を叩かれたり首絞められたりするのはもうお腹いっぱいだと感じたのだ……。
「だから街で一人暮らししながら作曲して、お金無くても何とか暮らしていきますよ。」
「どうして?僕の部屋に来る予定ですが。」
「そうなんですね、じゃあそれでいいです。」
わざとそう言って笑うと彼も笑ってくれた。その時に、幸せだと思った。
「マネージャーさんにお会いしたら過去のあなたのことを知っている人がいるかどうか聞いてみましょう。」
家森先生が立ち上がりながら言った。差し出された彼の手のひらを掴みながら私も立ち上がって、頷いた。
「そうです!聞いてみて、もしマフィア側だったら私のことは忘れてください。」
「嫌です。マフィアだろうが何だろうがあなたは僕のです。」
そう言ってくれて嬉しかった。星空に包まれたまま、家森先生とキスをした。
2日経ったけど今の所、動画を見るかPCでピアノ演奏するかしかしていない。このままでいいのか、いや……良く無いよ!もっとエンジョイしたい!確かに2日に一回ぐらいは夜になれば家森先生の部屋で一緒に過ごしたりご飯食べたりするけれど、もっとこう思いっきりはしゃぎたい!
全力で楽しめる良い方はないかなと思いながらベッドの上で腹筋運動をしているとメールがポーンと届いた。
____________
おつかー!
今日は水曜やん?
あのお方と会わない日?
ちょっと話したいこと
あるから校庭の花壇に
シューゴー!
タライ
____________
了解!とすぐに返信して私は白シャツにデニムパンツの姿で部屋を出て、人気のない静かなグリーン寮を抜けて、足早に校庭に向かった。もう日が落ちて月明かりだけが校舎を照らしていた。早く来すぎたかなと思ったけど、花壇の縁にはもう既にタライさんが座っていた。おかしなことに、タライさんも白いシャツにジーンズだった。
「お疲れ!……って何や!被ったやん!」
「ええ!?それはこっちのセリフですよ!ヤダァ!」
何が嫌やねん!と肩を軽く叩かれつつ彼の隣に座った。よく見ると有機魔法学の専攻のテキストと魔道書が膝に置かれていた。
「今日も夏期講習上がりですか?」
「ああ、せやな。今日もあのお方は元気やったよ。そんで、ちょっと相談があんねん。」
「相談?」
私は首を傾げてタライさんの横顔を見つめた。何に悩んでるんだろう。タライさんは照れているようで、ちょっと口ごもった後に話し始めた。彼のそんな態度初めて見た気がする。
「……最近さぁ、ベラ先生がメールしてくれへんねん。」
「ええ?そうなんですか。いつもどれくらいの頻度でやり取りしてるんです?」
私の質問にタライさんがうーんと考える仕草をした後に言った。
「まあ最近は毎日してた。でも夏休み入ってからは一回も無いねん。朝のジムも夏休み入ってからはちょっと忙しいって言われてさ……何なんやろ。魔工学の夏期講習は何日かしかないし、どっか旅行にでも行ってるんかな……。」
そうだったのか。タライさんの辛そうな気持ちが流れてくる感じがした私は、知ってる限りのことを話そうと思った。
「夏休み前のクラス会議の時に、グレッグがベラ先生に夏休みの予定聞いてましたけど……私はラボにこもるって言ってましたよ?誰かと旅行というよりかは毎日ラボに行ってるんじゃないかなと思いますけど。」
タライさんが私を見つめてきた。
「ほんま?ならええけど……もし他のやつと旅行とかやったらちょっとジェラシーや。」
「タライさんでもヤキモチ焼くんだ。」
「当たり前やろ。あのお方の一番弟子やぞ。」
その部分は伝授されなくてもいいと思うんだけど……ちょっと面白くて笑うとタライさんも笑ってくれた。少ししてから彼が星空を見上げて聞いてきた。
「なー、ところでさ。アンタは家森先生にメールしたらどれくらいの速さで返してもらえるん?」
「うーん……仕事終わったタイミングです。お疲れ様です……って」
「なるほどなー。じゃあ休日は?」
「気付き次第ですかね。でも何か先生が作業してたら返事遅れることがありますけど、それは稀です。今日も夏期講習終わってる時間だし多分メール来てると思います。」
「そうなんや、ちょっと見せて。」
ええ?見せるの?ちょっと恥ずかしい気持ちのままポケットから携帯を取り出すと、案の定メールが1件届いていた。
____________
お疲れ様です。
今日は少し長引きました。
何していましたか?
何してても構わないですが
魔力を使うことは
避けてください。
僕は心配ですから。
家森
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読んでる途中から携帯をタライさんに奪われてニヤニヤしながらその文章を読まれてしまった。
「なるほどな、こうやって送ってくるんや。ほんで、なんで魔力使ったらあかんの?」
私は彼から携帯を受け取りながら答えた。
「ああ、実は先日中央研究所でプレーンの検査受けたらストッパーが壊れてたんです。だから「ええ!?そんなんあかんやん!魔力暴走したら体が保てなくなるんやで?分離したらもうあかんよ。」
「ええ!?そうなの!?それは知らなかった。」
そうだったんだ……確かに何か体に影響があるんだとは思ってたけど、まさか暴走すると生きていられなくなるとまでは思わなかった。皆は私が知ってると思ってたのかな、誰か説明してくれても良かったのに。
だったら毎日のように心配してくれる家森先生の気持ちも理解出来た……ちょっと大げさだなぁと思ってしまってたから。
それよりも、タライさんが遠くを見つめたままおセンチな雰囲気を醸し出し始めた。多分、私と家森先生のやり取りの頻度が羨ましいと思ってるのかもしれない。そんな横顔だった。
私はタライさんの背中をポンと叩いて言った。
「ベラ先生の部屋に行ってみたらどうですか?もし家森先生だったら私が少し返信しないと部屋に直接来ますよ?タライさんもそうしたらいいじゃないですか。」
タライさんが口を尖らせた。
「それはあの人やから許されるんや!俺がそうしたらただのストーカーになるもん!まあ……一理あるけどな?もしかしたらそれぐらいガンガン行動した方がええのかもしれんし。」
そうだよ!そうそう!と思っていると校舎の中から人影が出てきたのが見えた。月光に照らされた背の高いその人は、明らかに家森先生だった。彼は花壇に私とタライさんがいることに気付かずに校庭をスタスタ歩いて行く。
タライさんも気付いたようで笑いをこらえ始め、私に小声で聞いた。
「さっきのメールに返さんかったからヒーたんのお部屋に行ってるんちゃう?」
「いやいや、違いますよ。たまたまグリーン寮に用事が……」
私の声が思ったよりも大きかったのか、スタスタ歩いていた家森先生の歩みが止まった。そしてぐるりと体ごとこちらに顔を向けて、花壇の所に私がいるのを見つけるとニヤリとした。
「ああ、ここにいましたか。へえ、高崎と何をしているんです?」
そのちょっとおこになってる時の微笑みが怖い。確かにさっきのメールは実は1時間前に来てたものだったから……時間が空いちゃったね。彼が近づいてきたので私は立ち上がった。隣のタライさんも立ち上がって彼に聞いた。
「お疲れ様です家森先生。どこに行く予定なんですー?」
「……別に。あなたには関係ないでしょう?」
やばい。99パーセントの確率で拗ねてる。私は訳を話すことにした。
「ちょっとタライさんが悩んでるんです。ベラ先生と最近会わないとか「ちょっと何で言うんや!」メールしてくれないとかで。最近「何で無視すんねん!」家森先生はベラ先生に会いましたか?」
何回か妨害を受けたけど、みんなで話し合った方がいいと思ったから話し続けてしまった。我々の元まで着いた家森先生がそれを聞くと思案顔になってから言った。
「そうなのですか……いえ、実は僕も気になっていた所です。」
『え?』
私とタライさんが同時に答えた。家森先生はうんと頷いてから言った。
「夏休み前の職員室で、彼女から今年の夏休みは魔工学の研究に専念するとお話を聞きました。しかし休みが始まってから一度も職員室でお会いしませんし、ならばラボに籠っているのかと思ったのですが、僕が毎日調合室の鍵を借りる時や返す時、何故かラボの鍵がそこにあるままなのです。ラボは使っていない、ならば自室で作業をしているのかと昨日の帰りに売店でエナジードリンクを買って、差し入れようと彼女の部屋を尋ねましたが部屋にもいませんでした。」
ええ?一体どうしたんだろうと、タライさんと目が合った。私は言った。
「じゃあどこにもいないんですね、ベラ先生。どこか街にでも行ったのかな。」
それに答えたのは家森先生だった。
「僕もそう思いました。しかし今日の早朝、有機で使う薬草が足りなくなったことに気付いた僕は、近くの渓谷まで車で採取しに行ったのですが……ガレージには彼女のオープンカーがありました。ベラはどこに行くとしても車を使いますから、この学園の敷地内にいることは確実なのですが、何故か姿が見えない。それもあり、ヒイロに最近ベラに会ったかどうか聞こうと思ったのですが。」
そうだったんだ……どうしたんだろう、一気に心配になってきた。隣のタライさんもかなり心配な様子で家森先生に聞いた。
「もしや何かあったんちゃいます?どないしよ。ちょっと俺……部屋に行って確認してきます!」
タライさんが走って行ってしまった。私も彼に続こうとしたがガシッと家森先生に腕を掴まれてしまった。
「え?」
「……嘘です。」
「は?」
え?嘘?何が?どれが?
家森先生はうーんと気まずそうな顔をしてから言った。
「ラボの鍵がそのままなのも、ガレージにオープンカーがあったのも事実です。しかし、実はベラは部屋にいます。」
「え!?そうなのですか?じゃあ何でそんな嘘を……」
「……昨日彼女の部屋にエナジードリンクを持って行った時にドア越しに話しかけられました。その声は鼻声だった。いつもそうなのですが彼女は体調を崩している時に誰にも会おうとしません。僕はドリンクをドアノブに掛けて、それから自室の調合部屋で風邪に効く薬草を調合したポーションもドアノブに掛けておきました。今朝見るとそれらが無くなっていたので彼女が受け取ったと考えられる。」
「ええ?じゃあ何でタライさんには、ベラ先生がどこか行ってしまったような感じに話したんですか?」
「真実を話したところで高崎の性格だ、体調良くなるまで待つに違いないと思いました。ならばあのように彼の不安を煽って、直接尋ねる機会を与えてもいいと思ったのです。あとは……今すぐヒーたんと二人きりになりたかった。」
最後の一言が全ての原因な気がするのは気のせいだろうか……でもまあ、家森先生なりに気を遣ったんだとちょっと微笑んでしまった。
「ふふ、でもベラ先生が失踪したんじゃなくて良かったです。あと、今日は水曜なのに私に会いにきたんですか?」
家森先生が花壇の縁に座ったので私も隣に座った。
「夏休みですから……もっと一緒に過ごしたいと思いました。それにメールの返事が無かった。専攻が通常実践のあなたが課題に追われている理由は考えられませんし、グレッグ達はいませんから遊んでいる訳でも無いでしょうし……全く何しているのかと。いけませんか?」
「そ、そうでしたね、はい……すみませんでした。」
何故か謝ってしまった。家森先生は私の手を取って、照れた表情をして言った。
「夏休みなので、普段と違うことをあなたとして過ごしたい。この間言ってくれた二人で読書や、夜の海を眺めながらお散歩や、どうしても僕の仕事があるのでこの学園内にはなりますが、そうしてあなたと特別な時間を過ごしたいのです。毎日。」
なんてロマンチックな提案なのだろうとうっとりしながら話を聞いていたが、最後の一言が家森先生らしくて笑ってしまった。
「その過ごし方はいいと思いました。全部やってみたいです、ふふ。でも毎日ですか?」
「ふふ、いけませんか?」
もう……敵わない。
「分かりました。今日は一緒に過ごしましょう。明日の夜も。でも明後日は、街に行く予定なのを覚えていますか?」
なんと、私の肩に家森先生が頭を置いてきた。こんな甘えた仕草は初めてだし、何もこんな場所で……誰かに見られたらどうする。
「覚えていますとも。確か、楽団のマネージャーさんとお会いする日でしたね。」
「はい。ベラ先生の体調が優れないのなら別日に変更したいと思いますけど。」
「そうですね……。楽団へ行くことを考えたりはしませんか?僕はあなたが行きたいのなら「行かないです。音楽関係のお話はしたいですけど、作曲の方が性に合ってる気がすると思って。」
食い気味の発言を、家森先生がふふと笑ってから愛おしそうにため息をついてくれた。うん、確かに楽団に入ったら安定した収入が手に入るのだろうけど、多分皆のテンポについて行けないと思う。私は団体より個人プレー派だと思う。あと、人間関係のあまり無い職場がいい。頬を叩かれたり首絞められたりするのはもうお腹いっぱいだと感じたのだ……。
「だから街で一人暮らししながら作曲して、お金無くても何とか暮らしていきますよ。」
「どうして?僕の部屋に来る予定ですが。」
「そうなんですね、じゃあそれでいいです。」
わざとそう言って笑うと彼も笑ってくれた。その時に、幸せだと思った。
「マネージャーさんにお会いしたら過去のあなたのことを知っている人がいるかどうか聞いてみましょう。」
家森先生が立ち上がりながら言った。差し出された彼の手のひらを掴みながら私も立ち上がって、頷いた。
「そうです!聞いてみて、もしマフィア側だったら私のことは忘れてください。」
「嫌です。マフィアだろうが何だろうがあなたは僕のです。」
そう言ってくれて嬉しかった。星空に包まれたまま、家森先生とキスをした。
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