スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第83話 再会

ここが秋穂さんの家かぁ……。マンションの最上階にあるこの部屋、入ってみるとリビングには大きな大きな窓があり、そこからは夜の街を一望出来た。

フローリングの床はピカピカで、グレーの大きなソファーに白いコーヒーテーブル。他にも白い食卓用のテーブルと椅子が4つ囲んである。うわぁお……ここに一人で住んでいるのだから十分過ぎるでしょ。

「ごめんなさい。何もないところですね、適当にくつろいでください。」

「あ、いえ……こちらこそ突然お邪魔してしまってすみません。」

秋穂さんは研究所の制服のジャケットを脱ぎながら廊下の奥へ向かった。私はどうしようと辺りを見回しながら取り敢えずソファに座った。するとリビングに戻ってきた秋穂さんが言った。

「そういえばあなた、名前は?」

さっき言ったはずなのにもう忘れてる、確か和豊さんも忘れてたっけ。似た者夫婦かい!……心の中でつっこんでちょっと笑った。

「ヒイロです。」

「ヒイロ……道理で聞いたことがあると思いました、お出かけヒイロちゃんと一緒の名前ですね。」

秋穂さんはオフィス用のブラウスのままソファの私の隣に座った。あまり間近に来られるとまた緊張しちゃうが、それよりもお出かけヒイロちゃんが気になるので聞いてみた。

「お出かけヒイロちゃんって何ですか?」

「欧介が小さい頃に大事そうに持っていた犬のぬいぐるみです。お出かけヒイロちゃんと言う商品名で、そのぬいぐるみの毛の色とあなたのこの毛の色は似ています。この緋色の髪は地毛ですか?」

秋穂さんは興味深い様子で私の髪の毛を触りながら聞いた。確かにこの髪色があったからリュウも私にスカーレット、ヒイロと名付けてくれたんだろうけど、今改めて考えると本当に安易な名付け方だと思った。同じ理論で考えればタライさんにクロちゃんと名付けるようなものである。

「これはまあ地毛です。犬のぬいぐるみですか……家森先生はそのぬいぐるみを大事にしてたんですか?」

「ええ。私に似てあまり感情の起伏のない彼が、珍しくそのぬいぐるみに対しては愛情を注いでいる様子で、いつもどこに行くにしても出かけるときは大事そうに抱っこしていました……私と離れるその日も。彼は今もあのぬいぐるみを持っているのでしょうか。」

「うーん……部屋を見た限りはなかったですけど。あ、でもまだ見てない部屋が2つあるので分かりません。」

秋穂さんはじっと私を見つめた。

「ところで、欧介の部屋をよくご存知のようですが、恋仲ですか?」

私の顔が引きつる。誤解されたらまずい気がする。まだちょっと秋穂さんは怖い。

「いや、違います……本当に。あ……実は学園に入学した時から私は記憶喪失で、それがあって生活面もサポートしてくれたりと色々お世話になっていて……」

「記憶喪失ですか。珍しい。原因は?」

「分かりません。家森先生に脳を測定してもらった時は何も異常はありませんでしたし、何があったのかも覚えていないので。」

「プレーンは最初から付いていましたか?」

「それもよくは覚えていません……学園で付けられたのか、自分で最初から持っていたのか分からないです。」

何処かを見つめて考え事をした後に秋穂さんが私の方を見つめてきた。その幻獣のような綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。

「そうですか。地下世界にある研究所の支部で、一度ヒイロのプレーンの測定しても構いませんか?」

「え?」

「過去を調べることに協力したいですが。」

「え……え!?」

本当になのか?なんていい人だ!?え!?

私はハアハアと荒々しく呼吸して、興奮しながら秋穂さんの両手を握った。突然の私の行為に彼女は目をパチパチさせて戸惑っている。

「いいんですか!?」

「え、ええ。力になれればと考えましたので。どの企業の製作したプレーンなのか、あるいは何年物なのかそれが分かれば、あなたの出身地の検討が容易になるでしょう。その測定は地下ですと中央研究所でしか行えません。その測定をしたいと思いますが、よろしいですか?」

「は、はい!わああ〜!ありがとうございます!」

思わずハグをしちゃった。なんていい人だろう!

もし再会したときに和豊さんが彼女を苦しめる発言をしたら、また紅のヒビでビビらせようと思った。秋穂さんは慣れない様子で私の肩に手を置いてから言った。

「い、いえいえ。ヒイロ、少し目を見せていただけますか?」

「え?」

秋穂さんが人差し指の先からペンライトのような光を出した。ああ、家森先生と同じで秋穂さんも光属性なんだ……って地上で魔術は使用してはいけないのでは?

「いいんですか、魔法使って。」

「検査で使うのなら別です。少しこうしないと分からない反応を見たいので。」

そっか……私はじっと動かないで彼女が見やすいように目を見開いた。指の先から出る光を私の瞳に当ててじっと観察した後に、秋穂さんが光を消して頷いた。

「はい……あとは実際に研究所で検査を行った後に結果を全てお知らせしたいと思います。あなたのプレーンの状態について少し気になる点がありますが、あとは実際に検査をしてからお話ししたい。仮説の段階でお話ししたくはありません。」

「は、はあ……」

何だろう気になる点って……ちょっとぐらい教えてくれてもいいのに。でも瞳を見ただけでプレーンの様子を観察出来るなんてやっぱりすごい。それにどうしてなんだろう。

どうして私の為にそこまでしてくれるんだろう……

「はい。でも急に現れた私の為にどうしてそこまで協力してくれるんですか?」

「ならば、どうしてあなたこそ私と和豊さんとの関係修復に協力を?」

……。

「確かに、確かに……。」

「はい、確かに。」

私の真似をして言ってくる。ちょっと面白くて笑うと、秋穂さんも少し口角を上げた。機械的な言動をするけど、感情が全く無い訳じゃなくて本当は優しい人なんだ。

家森先生の家族の皆さんと話していると、家族ってこういう感じなのかなと勉強になる。私の家族もどこかにいるかもしれないけど、どういうお父さんやお母さんなんだろう。兄弟や姉妹はいるのかな……ちょっとドキドキする。

「ヒイロ。」

「はい?」

「……あなたの家族が見つかるまで、私とも仲良くしてください。」

「え?」

「分かりませんか?……」

秋穂さんはじっと黙って、思案顔になっている。
仲良くはしたいけど?どういう意味?

「そうは思えないと思いますが、きっと私が母親の役目を担うことも出来るでしょう。まずは私の方こそ家族との話し合いが必要な段階なのは重々承知です。しかしあなたには家族がまだいません。何か困ったことがあれば私が力になります。お金が無いなら、その点についても。立場上、欧介は教師ですから気を遣って頼れない部分もあるかと。」

超優しい……つい泣きそうになった。

ただ単に家族のいない私を気遣ってくれたんだ。私に対してそうまで考えてくれることが単純にありがたくて、嬉しくて、目が熱くなる。

「ありがとうございます……そう言っていただけて本当に心強くて感謝します。でもお金は悪いので大丈夫です。自分でなんとかやってみます。」

「そうですか。では万が一困れば言ってください。私は所長なのでお金には困っていません。」

そうだ。それ思い出した。

「所長さんってことは、秋穂さんは地下世界のクイーンなのですよね?」

「クイーンという表現が正しいのか分かりませんが、地下世界の住人たちは私をそう称しますし、実質的にはそうですね。私が最高権力者です。」

ちょっと私の目が泳いだ。それを見たのか秋穂さんは、ふっと笑った。

「気にせず接してください。ヒイロは優しく話もしやすいので、そう言った人間は私にとっては貴重です。」

「そ、そうでしたか……じゃあ今まで通り。」

そっか、もしかしたら秋穂さんはあまり人とプライベートで話す機会が無かったのかもしれない。

それにお母さんと思ってくれていいって言ってくれて本当に嬉しかった。いつも優しく助けてくれるベラ先生は学園の先生だし、学園の外に出ればもう関係なくなっちゃうのかもしれないと思ってた。家森先生は卒業しても会ってくれるみたいだけど。

でも秋穂さんは学園の外で出会った人だから、そういうことを考えなくてもいい。それが、例え彼女のちょっとした気遣いの言葉だったんだとしても、頼っていいという彼女の気持ちが私にとっては大切なお守りのように感じられた。

「さて何か食べましょうか。私は料理をしないので執事を呼びます。」

「え?執事?」

いるの?どこに?

そう思っていると秋穂さんが廊下の向こうの部屋からスーツ姿のおじさまを呼んできた。他にも誰かいたんだ……

それに執事さんを初めて生で見た。その丸メガネの黒いスーツの紳士的な雰囲気のおじいさんは私に向かってお辞儀をした後に微笑んでくれた。

「彼は白川です。料理も担当します。何が食べたいですか?」

白川さんは私に向かって頭を下げてくれたので、私も立ち上がって頭を下げた。何食べたい?急に聞かれて何も浮かんでこないけど、どうしよ。

「じゃあ……ハンバーグとか?」

「かしこまりました。」

白川さんはそう言いながらお辞儀をした後にキッチンに向かって歩いて行った。す、すご……どんな献立にも即座に対応出来るなんてどういう仕組みなんだろう。もう開いた口が塞がらない。

彼が消えて行くまでじっと見つめた後に振り返ると、秋穂さんがソファにまた座って私に話しかけてきた。手には何故かリモコンを持っている。

「ところで、ポニョポニョの経験はありますか?」

「え?」

え?

え?

その言葉を聞いた白川さんがエプロンをつけたままこっちに戻ってきて、テレビ台の下を開けてコントローラーを私と秋穂さんに渡してくれた。

え?

「あ、あ、ありますけど……こないだ家森先生とプレイしました。」

「そうですか。では」

ではって何!?対戦すんの!?そう思っているとリビングに置いてあるテレビにポニョが付いて、秋穂さんが素早く対戦モードを選んで試合が始まったので、私は急いでポニョを消すことにした。

……やばい!

家森先生よりもポニョを消すのが速いし、最高連鎖してくる!

相殺どころか瞬殺されてしまった……。

「ヒイロ、その程度ですか?」

それは親譲りかよ!

私は笑いながらもまた秋穂さんと再戦して、案の定負けた。それから何回かポニョ対戦をしたけど一回も勝てなかった。

少しすると白川さんがトレーに大きなハンバーグを乗せてこちらに来てくれたのでお夕飯の時間となって3人で美味しく食べた。それから明日に備えて早めに眠ることに決めると、空いている部屋に使われていないベッドがあったのでそこを私が使うことになった。

使われていないと言ってもこの部屋だけでも私の部屋の4倍ぐらいの広さだ。その真ん中にダブルサイズのベッドがあるだけ。ミア先生が泊まっていたホテルのスイートみたいだ……ああ、ミア先生か。家森先生に聞けばあの後、執行猶予が付いて今は実家のある山林で暮らしているらしい……アレは怖かった思い出だ。

そうやって考え事をしながら眠ったら、あの最高に怖い思い出をまた味わうような悪夢を見てしまってばっと目が覚めた。時計を見るともう朝になっていた。

でも、体は疲れがスッキリ取れてすっごくいい感覚だった。秋穂さんの家のベッドのふかふか具合は家森先生の寝室のベッドをゆうに超えているし、起きてすぐに白川さんが入れてくれた紅茶を飲んで、ゆっくりして朝の優雅なひと時を感じた。

今は白川さんの運転する車に乗って、研究所に向かっている。確かに今思えば昨日くるときも白川さんが運転してくれた。その時は執事さんだってこと知らなかったけど。

ああ、今頃タライさんはどうなっているんだろう。家森先生にだってメールを返せていないし……もう想像しきれないくらいの状況だろうに。ごめんね、タライさん。

そして私達は研究所の地下階について、制服姿の秋穂さんと一緒に丸い大きな魔法陣のような模様が描かれた台の真ん中に移動した。最初の時もこの場所を通って地下に行ったのをちょっと思い出した。

「では家森所長、お気をつけてください。」

秘書の女の人が頭を下げると周りの研究員皆が一斉に頭を下げた。すげえ……。

「ありがとう。あとはまた地下の中央研究所から連絡致します。それでは行きましょうか、ヒイロ」

「はい」

私と秋穂さんは手を握りながら、地下にスッと降りて行った。

今度は真っ暗闇から始まって、目前に眩い空一面が広がって、イスレ山の頂上に向かって降りていく!

「わあああ!」

「大丈夫です。重力加速度を計算して落ちても死なないようになっていますから。」

「わ、わかりますけど……あああ!」

叫びが止まらない。だって何もつけてない状態で秋穂さんと手を握って空を落ちている。それにしてももっと他に方法はないんだろうか。ワープするとかさ!

ドスン

私はイスレ山に尻餅をついてしまったが、隣の秋穂さんは慣れているのかシュタッとスタイリッシュに着地した。ああそう……。

彼女に気づいた衛兵さんたちが慌てて駆け寄ってお怪我はないか聞いている……なるほど、確かにこの衛兵さんたちのボスは彼女だ。

それにしても誰も私の心配をしてくれなかった。まあ、彼女は最高権力者だからね……そっちいくよね普通。

「さて、街へ向かいましょうか。移動手段ですが……」

「そうだ、タライさんに連絡して迎えに来てもらわないと。」

私が電波の入った携帯を手に持つと秋穂さんが首を振った。

「いえ、その必要はありません。衛兵に輸送してもらいます。誰か街までお願いします。」

「はっ!」

衛兵さんは敬礼をした後に、我々を連れて輸送車が停まっているところまで案内してくれて、しかもその輸送車は他のものと違って黒光りした車体がとても長く、後部座席がふかふかで何故か車内にはシャンパンまで用意されていた……いちいち秋穂さんが凄すぎてもう何も言えない。

広々とした車内なのに、何故か秋穂さんは私と密着するように座っている。それも手を繋いで。氷のようなクイーンがデレデレしてくるので、ちょっと胸がきゅうとしてしまう。

「ど、どうしました?」

私の質問に秋穂さんは応えた。

「少し、緊張しています。手を離さないでください。」

「はい……はい」離しませんとも!

謎の忠誠心を持ったまま、我々を乗せた車は大空を飛んで行った。窓が黒いので外の景色は見えない。すると手を握ったままの秋穂さんが口を開いた。

「欧介は、いい先生ですか?」

私は彼女の方を見つめて微笑んだ。

「はい。授業は分かりやすいし、生徒のことをいつも考えてくれますし……とてもいい先生だと思います。」

「そうですか。分かりました。」

すると彼女は黙ってしまった。そのまま黙ったまま、街まで移動することとなった。彼女の冷たい手はいつの間にか私と同じくらいに温かくなった。



その施設は色々な問題を抱えた人が集まる施設だったようだ。心の問題だったり、行動の問題だったり、人によって違うみたい。白い大きな施設の白い廊下を秋穂さんと歩いていく。その間も手を繋いでいた。無言になっているのは緊張のせいからだろう。

「ここが和豊さんのお部屋です。」

以前と同じ白いカーディガンの受付の人が案内してくれた。今は昼間ということもあって、ちょっと廊下がガヤガヤしている。秋穂さんは胸に手を当てて止まってしまったので、私が先に中へ入ることにした。

ギッ

重たいドアを開いて中に入ると、ベッドのところに和豊さんが座っていた。私を見てニッとした笑顔を見せる。

「ああ!お姉ちゃん!やっぱ無理だったろ……あ!?あぁ!?」

私と一緒に入ってきた秋穂さんを見て和豊さんがバッと立ち上がって彼女を凝視した。

「あ……秋穂!」

「久しぶりですね。」

バタン、とドアが閉まった。秋穂さんはじっと床を見つめていて、和豊さんはじっと秋穂さんを見ている。どうしよ。

「わ、私外にいますね……」

「いけない。ここにいて。」

秋穂さんに少し睨まれて私はシュンとしながらその場にいることにした。和豊さんが何度も鼻を拭いながら言った。

「ごくっ……秋穂、来てくれたんだな。」

「はい。ヒイロに呼ばれました。」

私が広げたパイプ椅子に秋穂さんが座った。私ももう一個椅子を広げて座った。私ここにいた方がいいのかな。でも出て行くなと言われたし。

「……。」

二人が黙ってしまった。先に口を開いたのは秋穂さんだ。

「死にそうなのでしょう?」

やばっ

「え?俺?ま、まあな……そんなとこ。お腹の中に腫瘍があって、もしこれが悪性なら死ぬな。」

「まだ決まった訳ではありません。そうでしょう?」

「あ、ああ。まあな。」

なんだかこの二人は多分だけど、まだお互い好きな気持ちがあるっぽい。秋穂さんは目を逸らしてる割には心配しているし、和豊さんはさっきから頬を紅く染めて照れまくってる。彼はわかりやすい。

すると秋穂さんが和豊さんに冷たい視線を向けた。

「欧介に暴力を振るいましたね?」

彼はガシガシと頭をかいた。

「……そんなつもりはないけど。って言ってもそうじゃないんだよな。秋穂がいなくなって俺は仕事も無いしむしゃくしゃしてしまった。欧介は秋穂に似てるから……そうしたのかもしれない。」

「悪いと思っていますか?」

「……そうだな。欧介には悪いことをした。」

はあ、と秋穂さんがため息を吐いた。

「あなたがそういうことをする人だとは思いませんでした。しかしあなたを信用して子どもとお金を預けたのは私です。それは私の落ち度です。ヒイロと話して再認識しました。私は家族の誰にも愛情を注いでいなかった。自分だけのことを考えて、仕事のことだけを考えていた。それは私の悪いところです。」

そう語る秋穂さんの目から涙がこぼれた。それを見た和豊さんは慌てるようにティッシュを何枚も取り出して重ねて、彼女に渡した。

「俺が悪いんだ……無職の俺が、逆に昇進した秋穂を妬んで羨んだんだ。それで酒ばかり飲んでエスカレートしてよ。俺は情けない奴だよ。」

そういう和豊さんからも涙がこぼれている。私はじっと二人を交互に見ているしかない。秋穂さんがティッシュで涙と鼻水を拭いた後に言った。

「このように、心の内をもっと素直に言い合えれば関係性も変わっていたのかもしれませんね。ヒイロはどう思いますか?」

えっ!?ここで回答を求める!?二人がじっと私を見ている。あ……あ……。

「そう、ですね……和豊さんのした事は許せない事だけれど、その時の和豊さんの立場からしたら……養われるという状態は辛いものがあったのかもしれないし。でも確かに、素直に話し合うって言うのは大事だと思います。私の親友もよく人と素直に話し合う人ですし、そのおかげでいざこざが起きても対処できると言うか……」

うん、と秋穂さんが頷いて和豊さんを見つめた。

「ごめんなさい。今まで放っておいて。お金さえあればいいなんて、そんな事はありませんでしたね。」

「いや、俺が悪いから……俺がもっと、秋穂を、息子たちを支えるべきだった……それでも離婚しても、支えてくれてありがとうな。今まで。あ、今もか。はは」

和豊さんが涙目で微笑むと、秋穂さんが彼の手を取り微笑んだ。

「離婚しても支えるのは当然のことです。それに、過去を振り返ればあの時、ガリ勉と言われ、いじめられていた私を和豊さんが助けてくれました。あの時は本当に学校生活が辛かった。勉強だけ出来ればいいと思っていたけれど、あなたが助けてくれて私の学校生活は変わった。生きる希望を持てました。その恩は決して忘れたくないとその時は思ったものです。ですから、またそれを胸に……ああ」

え!?そんな馴れ初めなのと思っていると、なんと和豊さんが秋穂さんをぎゅっと抱きしめた!ああ!?ちょっと急展開すぎないか!?

今まで堰き止められていた感情をぶつけるように抱擁する和豊さんのことを見て、私は開けた口がどこまでも塞がらない。そして秋穂さんの顔は真っ赤になった。もちろん彼の方も。うああ。

「ありがとう、秋穂。最後に来てくれて。お前だけだ。今も昔も。これからもずっと。」

あああ!あ?あ?

秋穂さんがポロポロ泣いている。そして彼を抱きしめ返して震える声で言った。

「……死なせはしません。あなたを東京の専門の医療センターに連れて行きます。」

「えっ?」

「地上で二人で暮らしましょう。東京でも腫瘍が悪性でも治る可能性があります。この世界の医療でもいいのですが、私は仕事上、地上の本社にいなければならない。これからは一緒にいましょう。今度は、私が助ける番です。」

「あ、秋穂……あ」

ぎゅっと今度は秋穂さんの方が和豊さんをその細い腕で力強く抱きしめた。

……二人が見つめ合いながら愛を囁き始めたので、私は邪魔しないようにそそくさと部屋を出ることにした。いやいやいや。

よかった。本当に良かったけど、急展開に開いた口がまだ塞がらない。

施設を出て、本当に良かったと何度も思いながら、バス停に向かって歩き始めた。

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