スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第81話 オフィスでの会話

うーん朝の光は気持ちいい!
ホテルから出て、朝日に向かってん〜と背伸びをしてから歩いてまた駅へ戻った。和豊さんからもらったパンフレットに載ってる地図を頼りに、ここからは進むことになる。

駅の反対側から出て、パンフレットに書いてある地図通りに道を歩いていく。あれ?気づけば見覚えのある景色だった。

確かここは最初にタクシーで通ったところだ。そう思いながら景色をキョロキョロと眺めて道なりに歩いて行くと、パンフレットの外観通りの建物がそこにあった。ああ、この建物も最初に来たあのビルだった。

「駅から近いじゃん」

うん。時計を確認すると10時だった。この時間ならきっと大丈夫だよね。私は早速ビルの中に入ろうとすると、肩章けんしょうのある制服を着たおじさんが私の前に立ちはだかった。

「おっと!ここは関係者以外立ち入り禁止だよ!異界に用があるなら別の建物だよ。」

「え?ああ、違うんです。実は会いたい人がいて……」

え?とおじさんが不審者を見るような目で見てくる。そうだよね。急に。私は名前を出すことにした。

「家森秋穂さんに会いたいんですけど。旧姓は速水さん。」

「家森……所長に?お姉さん娘さんなの?」

え?所長なの?ちょっと待って。所長……?

まあいいや、今はとにかく会ってお話しないと。私が頷くと、おじさんは首を振った。

「ちょっと待ってくれ、でも所長は家族いないはずだけど。」

「何その情報。いますよ。しかも私は旧姓知ってるんですよ?立派な家族じゃないですか。」

「まあいいけど確認するからちょっと待ってね……」

おじさんは面倒臭そうに携帯で電話をし始めた。そうか、この世界はどこにいても通話出来るんだ。地下だとそれは電波規制で無理だけど。

少しすると私に入場許可書と書かれたバッジを渡してくれた。

「所長の許可がおりたからどうぞ。彼女はこのビルの最上階にいるよ。セキュリティで勝手に閉まってしまうから21時までには出てきてね。」

「ありがとうございます!」

私はビルの中に入ることが出来た。それにしても家森先生のお母さんは中央研究所の所長さんだったのか……ってことは地下世界のキング、いやクイーンって家森先生のお母様なのか……なんだか色々と考えさせられる。

ああ、だからマリーは私と家森先生はそぐわないと断言してたんだ。確かに雑草のような私よりも、才色兼備のマリーの方が似合うのかもしれないけど。

ああ!今思えば、だから合コンの帰りに街灯の下でキスしてた時にいろんな人が私じゃなくて家森先生を指差してたんだ。みんな知ってたんだ、彼がクイーンの息子だってことを。

あああ!だからか!だから家森先生は私の財産を調べられたんだ!パイプってそういうことだったんだ!クッソ〜権力をそんな使い方していいと思っているのか!もう色々と彼が恐ろしくなってきた……。

そんなこんなを考えながらエレベーターのボタンを押して、急激な速度で上昇してすぐに最上階についた。家森先生の事を色々と考えてしまったけど、そんなことよりもこのとても速いエレベーターの仕組みが知りたくなってじっとメーカーのロゴを見てしまった。

ノアズって書いてある。この研究所の入り口にもノアズって書いてあった。中央研究所は地上ではそういう企業名なのかも。

自動で扉が開いた先に、既に私を迎えに来ていたのかスーツ姿の女性が頭を下げて待っていた。

「ようこそお越しくださいました。こちらです。」

嘘をついてここまでやってきた私に対してそんなに礼儀だだしくされると逆に怖くなってきてちょっと手が震えてきた。

研究所の制服姿の彼女に向かって歩いて行く。広い廊下はカーペットが心地いい。ああ実際に家森先生のお母さんに会うと思うと、ちょっとだけ緊張してきた。いや、結構。手は汗ばんで、胸の鼓動がやばい。

コンコン

秘書の方がノックして扉を開けてくれた。私は頭を下げながら中へ入る。

「失礼します……」

その女性は広いオフィスの真ん中の机で、じっとPCを見ながら操作していた。黒縁の眼鏡をかけて、黒いショートヘアがキューティクルでキラキラしている。それにとても美人だ。なるほど、家森先生はお母さん似という和豊さんの言葉も頷ける。

「家族とまで偽って、私に何か用ですか?」

ゲッ……超怖い。こちらを見もしないで話しかけられて、私は半歩前に出てから言った。

「あ……ヒイロと言います。嘘ついてごめんなさい……あの」

はあ、と彼女が頭を上げて私のことをじっと見た。その冷たい目線、やっぱり家森先生に似てる。

「あなた、地下世界から来たのでしょう?」

「えっ……そうです。欧介さん、ご存知ですよね?」

彼女は、ああと声を漏らした後にまたPCに向かってカタカタし始めた。

「欧介の彼女か何かですか?」

「いえ!家森先生の……生徒です。」

「なるほど、彼がアークラビアスの教師になったっていうのは冗談ではなかったということですね。まあいいでしょう、そこに座って。」

そういってソファを指差してきた。ああ。と、取り敢えず話は聞いてくれるのかもしれない……。彼女は席から立って、スラリとした長い足が見えたタイトスカートでヒールをコツコツさせながら私の目の前に座った。

本当にこの気品の塊のような人が和豊さんの妻なのだろうか……まあそうだから、そうなのだろうけど。そうなんだ。そして彼女はじっと私を見つめてくるのでちょっと困った。

何か話しかけないと。そう思って辺りを見回しながら言った。

「オフィス、とても綺麗ですね。」

「ええどうも。ここまでくるのに苦労しました。」

彼女は無表情で淡々と答えた。なるほど、それも似てるわ。

「それで、欧介の生徒が何の用があってここまで来ましたか?」

「実は……和豊さんにお会いしたのです。」

そっち系の話題なのかと思ったのか、彼女は「ふん」と声を漏らしながら鼻からため息を吐いた。まあ、うんざりするでしょうけど……どうにか交渉せねば。

「実は、和豊さん……死にそうなんです。」

私の言葉に、彼女はチラッと私を見た。

「え?死にそう?あれだけお酒を飲んでいればまあそうでしょうね……ふふっ。」

無表情で笑い声だけ漏らしてきた。超怖い。家森先生をマシマシにした感じで怖い。と、とにかく話そう。

「それで……死を目前に今までの人生を悔やみ、秋穂さんに謝りたいそうです。」

「はい。そうは言われましても、こちらも仕事があるものですから。それにあの結婚生活はひどいものでした。」

ガチャっと扉が開いてさっきの秘書の方がお茶を持ってきてくれたが、秋穂さんは首を振り、この部屋からすぐに去るように秘書に手でジェスチャーした。

これはもう結構怖くなってきたけど、とにかく私はメンタリストになろう!自己暗示をかけて挑む。余裕のある雰囲気を出すためにソファに足を組んで座り、何度も頷きながら言った。

「昔の生活はひどいものだったんですね。」

「そうです。私の稼いだお金で彼はお酒ばかり家で飲んで、そのくせに家事してないだの育児やれだの命令ばかりしますから。」

えぇ……そりゃあかんだろ……私なんの為にここまで来たのかその目的さえちょっと見失いそうになる。

「それは酷かったですね、稼いだお金を使う上に命令まで。」

「でしょう?あなた聞いてくれますね。うちの旦那も、うちの息子たちも皆自分のことばかり考えます。出ていくな、出て行くなって。ならば私の負担を減らしてくれと、そうとばかり今でも思います。ですから、もう和豊さんとはお会いしたくないのです。このことが理解出来ますか?」

まあそうだよね……どうしよ。

「そうですよね……でも、和豊さんは秋穂さんに会いたいと。一度でもいいから会って、謝りたいと願っています。」

じっと秋穂さんを見つめた。彼女と目が合う。

「そうは言われましても……」

「和豊さん以外……欧介さんも、真一さんも……えっと」

続きが出てこない!記憶力が皆無で辛い!

「武仁に統?」

「そうです!皆さん、秋穂さんのこと大好きなんです!愛してます!」

交渉術というものはひとかけらの事実に十二単じゅうにひとえを着せるようなものだとベラ先生が言ってた。だからこれは嘘じゃないし許される!

秋穂さんは思案顔になった。

「そうは言われても……私は愛していません。あんな仕打ちをされて。」

「もう愛していないんですか?家森先生たちのことも。」

「欧介たちのことは愛しています。息子ですから。だからと言って和豊さんまで愛せるかといえば、それは別問題です。」

やばい。壁が高くて分厚い。壊せない。

もう家森先生がされてきたことを言おうか……でもそれで秋穂さんが会ってくれるようになっても何だかちょっと違う気がする。やっぱり、普通にお願いするしかない。

私はソファから崩れ落ちて、床に土下座した。

「お願いです!和豊さん本当に昔のことを悔やんでて……秋穂さんに謝りたくて施設を何度も出ようとしているんです!」

秋穂さんはソファに座ったまま私を見下ろしながら聞いた。

「施設?」

「はい、私は施設としか聞いてないので何の施設かまでは。あ、でもこれがパンフレットです。」

私はデニムのポケットから施設のパンフレットを秋穂さんに渡した。彼女はじっとその建物の写真を見ている。

「……なるほど、ここに入っているのですか。少々お伺いしたいことがあります。どうぞ座ってください。」

私は言われるままに床から顔を上げてソファに座った。目の前の彼女はまだ無表情のままだ。これは手強すぎる。まあ、今までのことを考えれば当たり前なのかもしれないけど。

「私が出て行った後に、欧介に何かありましたか?彼は何も話そうとはしませんでしたが、過去に医学院の学費を貸して欲しいと頼まれた際、あの子はすごくやつれていて、目が腫れていました……その時は聞けませんでしたが、今思い出して。」

それは私から話すべきではない気がする……しかし、家森先生にとってそこまでひどい状況だったとは。私のこの行為は正しかったのだろうかと後悔した。

どうすべきか、迷っていると秋穂さんの方から口を開いた。

「……わかりました。何があったのか私に教えて頂けたら、和豊さんにお会いしましょう。」

「え」

私は秋穂さんを見つめた。眼鏡の奥の黒い瞳がじっと私を見ている。

え?会いに行ってくれるの?

「いいんですか?」

「ええ……まあ、スケジュールの都合上、明日になりますが。」

秋穂さんは研究所の白衣のポケットから携帯を取り出して確認した後に、私の方を見つめてもう一度頷いた。

来てくれる!やった……

「それで、何があったのか話してください。」

私は一度頷いてから話した。

「私から話すべきか正直よく分かりません。でも話します。私が知っているのは多分ほんの一部ですけど、家森先生はお父さんの暴力に度々あっていたみたいです。真一さんの話だと、よく弟さんたちをかばっていたそうです。」

「……。」

「そんな状況でも勉強を頑張って弟さんたちにも教えて、それで先生になりたいって思うようになったみたいですけど……ああ、家森先生の話になってしまいました。私が知っているのはそれだけです。」

何も反応しない秋穂さんの方をもう一度見ると細い指で目頭を押さえていた。少しした後に、彼女が掠れた声で言った。

「分かりました。欧介に関して、他にはありますか?」

知ってるのはそれだけって言ってるのに、他に何を話せばいいんだ……。とにかく何でもいい、話してみよう。

「他に……あ!最近よく家森先生の分もお弁当を作らせて頂くのですが、」

「え?お弁当を生徒に作らせていますか?」

「ちょっと!違います……私があまりお金がなくて栄養面で検査に引っかかったので、家森先生が食費を出す代わりに私が作っているんです。感謝しています。」

なるほど……と頷いて秋穂さんは私を見つめた。

「図書館のレシピを見ながら最初に肉じゃがを作った時のことです。食べた後にメールをくれたんですけど、実家と同じ味だって喜んでました。たまたまそのレシピ本が同じだったみたいで。」

秋穂さんは目を丸くした。

「ああ、あの時短レシピの本ですか……私のあの簡単な料理も覚えているとは、欧介……。もしやあなたの言う通り、私は愛されていないのではなく、私が愛していなかったのかもしれません。私の愛情表現が足りなかったのかもしれないと、今思いました。過去の私は和豊さんで精一杯でしたから。」

「それは大変な状況だったので仕方ないと思います……」

はあと大きく息を吐いて、秋穂さんが立ち上がった。

「ありがとう。明日この研究所から地下世界に行きます。」

私は笑顔で立ち上がった。

「ああ、ありがとうございます!」

「いえ……少し昔の話を」

私は、ん?と反応してから目の前で立つ秋穂さんを見つめた。

「それは地下で住む前の話の話です。私が研究所で昇進して、和豊が職を失った時から彼の様子がおかしくなりました。自覚していますが、私には感情があまりありません。その辺に関して疎く、和豊さんの気持ちも分かりませんでした。」

「ああ、そうだったんですね……」

「ええ。地下世界で住み始めてからは環境の変化も加わり、あの人はもっと酷くなりました。しかし私に対しては何も暴力は振るわず、呑んだくれてただ家にいるだけなのかと思っていました。離婚した時に私は仕事に専念して、あの人に仕送りして子どもたちの世話を任せることにしました……私のようなひどい人間を、果たして欧介たちは許してくれるでしょうか。」

秋穂さんはごくっと喉を鳴らして俯いた。そうか、そう考えて家森先生達に会うことにちょっと緊張しているんだ。私はちょっと笑って秋穂さんの手を取った。

「大丈夫です。きっと大丈夫ですから。」

「ありがとう……こんなお願い間違っているかもしれません。明日、あなたも一緒に来ていただけますか?」

「え?あ、はい……」

私がいていいのかな。まあいいか。きっと不安なのだろうし。

「なら良かった。今日は午後休にして、明日に備えます。地下世界への帰り道は隣の建物の地下階にあります。ですので今日の夜は私の自宅に泊まってください。あなた、携帯は?」

え、秋穂さんのおうちに泊まっていいのかな……まあ申し出てくれたことを断るのもなんなので甘えさせて頂こうかな……。

「携帯は学園のなら……」

「地下世界のものは使えません。でしたら連絡手段が取れないので、このオフィスで私の仕事が終わるまで待っていただけますか?お腹が空いたのならば秘書に買いに行かせます。」

秋穂さんは無表情のまま淡々と話し始めた。話し方といい仕草といい、何から何まで彼に似ててちょっと笑える。

「お腹は大丈夫です!じゃあ、邪魔にならないようにここで待っています。でも本当にお泊まりしていいんですか?」

「構いません。気になる様でしたらシティホテルを予約しますが。」

秋穂さんは机に向かいながら言った。

「いや、じゃあお邪魔します……」

そう、節約しないとね。秋穂さんは机の席に座って私をじっと見て言った。

「なぜ笑いますか?」

え?そんなに笑ってた。確かに笑ってたかも。

「秋穂さんがちょっと、いや結構家森先生に似ているので……すみません。」

「そ、そうですか」

PCをじっとみてカタカタ打ち始める彼女の頬が紅く染まった。ああ、和豊さんはきっとこう言うところに惚れたのだろうと思った。

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