スカーレット、君は絶対に僕のもの
第79話 面会者
ATMで今年度の学費以外のありったけのお金を引き下ろした後に、私は走ってブルークラスの寮に行き、3階まで階段を駆け上がった。もうゼハゼハ呼吸がヤバイけどそんなの知ったこっちゃない!
ドンドンドンドンドン
「なんや!誰や!うるさい!あ?どしたんヒーたん。」
「タライさん車出して!お願い!お願いですから!」
「ををををを!?」
私がパジャマ姿のタライさんの首根っこを掴んで振りまくっていると、隣の部屋のケビンが何事かと玄関から覗いてきた。
「な!?今から行くん!?もう18時やで!?でもシュリントン先生あかんいうやろ!」
「お願い!シュリントン先生はどうにでもなりますから!お願いします!」
私がその場で土下座すると、タライさんがその場で慌てるように足踏みをした後に言った。
「何があったか知らんけど……何かあったんやな!仕方ない、兄さん超特急で送ってったるさかい!」
「タライさーん!!」
私はジャンプして歓喜ハグをタライさんにすると彼はうぅ〜と体を震わせて喜ぶ仕草をして笑った。
タライさんとブルー寮も校舎も駆け抜けて職員寮まで行き、シュリントン先生の部屋の玄関前で土下座をして外出許可を取ることにした。
最初シュリントン先生はええ〜と嫌そうに声を発していたが、私の剣幕にソフィーとマーガレットさんが何かあったのだと悟ってくれて、パパ許可しなさいと言ってくれたおかげでなんとか許可をもらえた。
「なあ、何があったかそろそろ説明してくれ!」
「後で説明しますから!」
私とタライさんは林のガレージで赤い学園の車に急いで乗ると、アクション映画ばりにタライさんがアクセルを全開で踏んで学園から走り去った。
ごおおおっと音を立てて超特急で真っ暗な空を飛んでいく。これは危険な匂いがプンプンするけどタライさんはナビの映像をチラチラ見ながら街に向かってハンドルを切っている。パジャマ姿で。
「この時間に車で走るんめっちゃ久しぶりやから事故ったらごめん!」
「いいです!飛ばしてください!」
「で、何があったん!?街のどこにいくん!?」
「秘密です!でも、待っててくれますか?」
「まあアンタ帰ってくるまで待ってるけど……そんなに大事な用事なんやろね?」
タライさんはドンと私の肩を叩いて言った。私は大きく頷いていった。
「それはもう大事です!」
「もう、これ使うか。」
「え?」
タライさんがハンドル中央の赤いボタンを押した。
グオオオオ
それはブースターエンジンだった。
「オオオオっ!速すぎ!」
「あかん、ハンドルがムズイ!」
車は不安定に縦にも横にも揺れまくっている!
何してんだ!事故っていいって言ったけどそれは本気じゃなかったんだ!これを成し遂げる前には死ねない!私もハンドルを持って二人で制御しながら夜空を飛んで行った。
「よっしゃ着いたで!」
「ちょっと待っててくださいね!」
私は着いたと同時に勢いよく車を降りて走り出した。タライさんが何か叫んでるのが聞こえたような気がするけど走り続けた。人混みをスルスル通って広場に行き、ズボンのポケットから取り出したパンフレットを見て街道を走っていく。
中央研究所の前の通りを、まっすぐ行って小さな横丁を通った先に、少し広めの空き地があってその奥に目的の場所があった。
「ここか……」
ハアハアと息をしながらパンフレット片手にその施設へと走り、門を通ってまだ面会時間であることを確認してから受付のお姉さんに話しかけた。
「す、すみません!」
「は、はい?」
あ……何しに来たと言えばいいんだ!?どうしよう?そう思ってるとお姉さんが首を傾げながら聞いてきた。
「もしかして面会の方ですか?」
「え?あ!そうです!そうです!」
私は面会に来た感を出そうとパンフレットを手にしているのを見せた。お姉さんは少し笑ってから聞いた。
「どなたの面会ですか?」
「い、家森……」
やばい。
名前なんていうんだろう?家森なに?し、仕方ない!
「家森です!家森の……娘です!」
「ああ!家森さんね!そうでしたか、今すぐ案内しますね。」
白いカーディガンのすらっとしたお姉さんは私を連れて施設内を歩き始めた。私は彼女に話しかける。
「あの、暴れたって?」
「え?ええ。そうなんです……ちょっと前までは落ち着いてたんだけど、最近はなんだかやりたいことがあるみたいで。でも話してくれなくて理由までは分からないのです。」
「そうなんですか。」
暴れるってどの程度なのだろう。家森先生のことを暴力していたのは許せない。
しかし気づくとここまで来てしまった。危険な人物相手ではあるけど、もうやるしかないのだ。
「ここです。和豊さんのお部屋です。ちょっと特殊なロックをかけてあるので、また退出するときはお声かけしてくださいね。」
「わ、わかりました……」
白い壁に白い扉、しかしそのドアは鉄のようなゴツい素材で出来ている。ギッと開いたドアの中に私は入った。
そのガタイのいい男はベッドに座っていた。自分でやったのか頭から少し血を流している。目つきは鋭く、無精髭が生えていて、髪はクマさんのようにごわごわしている。
家森先生とは全然似てないが、真一さんには顔が結構似てる。
バタンと閉じた扉。ギロリと私を睨む男。なにを言えば良いのかちょっと考えさせてください……。
「姉ちゃん誰だ?」
向こうから口を開いた。
「ヒイロと言います。」
「ヒイロ?聞いたことねぇな。それにこんな知り合いはいねぇ。帰ってくれ!」
和豊さんはそっぽ向いてしまった。どうしよう。確かに見ず知らずの他人が来たのだからそう言いたくもなるよね。でも私だって記憶がまっさらな状態からこうやってたくさんの友人が出来たんだ。どうにかしたら彼も心を開いてくれるはず。がんば!ヒイロ!
「あ、あの……私協力します。」
「え?」
ギロリと私を見つめてきた。覇気がヤバイ。
「やりたいことがあっても、ここじゃ出来ないって施設の人に聞きました。だから……それに協力します!」
そうだ。協力関係にあれば信頼しくれるはずだ!
「そうだとしてもあんたには関係ないだろ!これは、俺と秋穂の問題なんだ……」
私は半歩前に出て聞いた。
「秋穂……さん?秋穂さんと関係があるの?」
ああ、とつい話してしまったことを後悔したのか男が頭をかきむしった。ああ確かにその仕草、家森先生も真一さんもやるわ。
「関係ある……。でもお前には関係ない。」
「でももしかしたらどうにか出来ます!」
和豊さんは私をギロリとまた睨んだ。あ、違うわ。普通に私のことを見てるだけっぽかったっぽい。そして彼は口を開いた。
「あいつはもういないんだ。とっくの昔に俺を置いて地上に戻って……そんなの、ずるいだろ。子どもたちだって置いて行ってよ。」
彼はバンと思いっきり自分の太もも殴った。なるほど。とにかく気持ちを受け止めてみよう……ドラマチャンネルで観た、メンタリストを真似しよう。
「戻ってしまったんですね、確かに置いていくなんてあんまりですよね。」
私の言葉を聞いた和豊さんが微かに目を丸くして私の方を見た。
「ああ……俺の気持ちが分かるのか。」
私は何度か小さく頷くと、彼はそこにあったボロボロのパイプ椅子を指差した。
「そこに座れ」
私は座って、膝にリュックを置いた。和豊さんは野太い声で、落ち着いたのかゆっくりと話し始めた。
「秋穂は俺の妻だ。何故か……いや、俺の酒癖が悪くて出て行った。何となく分かってるんだ。多分、俺が悪いって。働かないで、飲んでばかりだったからな。」
それはそうだろうね。でもここは彼の味方になるために頷いておく。
「そうなんですね……」
「ああ……こんなことどこの人間かもわからない姉ちゃんに言っても仕方ないが、まあ知らないやつだしな、逆に話してしまおうか。」
すると和豊さんは私に体を向けてベッドに座ってから話し始めた。
「俺は、もう一度秋穂に会いたい。ちょっと……それで謝りたいんだ……それだけなのに、ここの連中は俺を危険人物扱いして俺を出そうとはしない。まあ、あとひと暴れすれば、衛兵に捕まって外に出られて家族も呼んでくれるだろうからそれでも良いかと思ったが。」
なんて力ずくなんだ。でもそれもちょっと誰かに似てる。
「秋穂さんに会いたいんですね。」
「ああすぐに会いたい。実は先週の身体検査で腫瘍が見つかって、それがもし悪性だったら俺は長くない。」
「えっ」
和豊さんは髪の毛をかき上げながら言った。
「ああ……こんなことになるとはな。」
私は椅子から立ち上がって聞いた。
「秋穂さんに会えたら良いの?」
「え?」
「会いたいんでしょう?」
彼は戸惑った視線を私に向けた。
「あ、会いたいが、俺はどうしてもここから出られない。もうひと暴れしても、俺は多分留置所に行くだろうし……まあ、もしもう一回会えたら謝りたいが。死んでしまう前に、謝りたい。」
照れたのか鼻をこすった和豊さんに私は言った。
「じゃあ私連れてきます!」
彼は目を丸くする。
「ここに?でも秋穂は地上に……地上に行くには金がかかる。欧介にでも借りないと。」
「欧介?」
「知らないのか?お前はてっきり欧介の女だと思ってたが。長男の欧介。」
家森先生って欧介って言うんだ……ちょっと微笑んでしまった。ああ、だからメアドがo-iemoriだったんだ。なるほどなるほど。
「女じゃないです。じゃあ連れてきます。その代わり、もう欧介さんを頼らないでください。」
ごくっと飲んだ後に和豊さんが私をじっと見た。
「俺は欧介に何も悪いことしていないが?」
「は?」
つい、私の右手がヒビに覆われてしまった。このままだと肩を伝って頬に、ほらもう顔の半分が真っ紅なヒビに覆われてしまったよ?クックック……。ワザとニヤッとして、サイコパスな顔をすると和豊さんはビビったのか慌てて言った。
「……い、いや、まあよく金借りたし、よく考えたら当たってたかもしれない。どうしても秋穂に似てるもんだから……。欧介がいつまでたっても結婚しないのは、俺のせいかもしれない。死ぬ前に、正直そう思った。」
「じゃあ連れてきたら、欧介さんにも謝ってください。それと今後はもう頼らないで。それを約束して。」
「分かった、分かった。」
私はシュッとヒビを消した。すると和豊さんが聞いた。
「お姉ちゃん名前なんだっけ?」
忘れたんかい!まあ良いや。
「秘密です。じゃあ、行きます……」
「秘密さん、秋穂の場所を知ってるか?」
そういや知らない。私が首を振ると和豊さんはベッドの側の引き出しから一枚のパンフレットを取り出して渡してきた。
「このパンフレットの研究所に秋穂がいる。これはこの世界の中央研究所の地上支部らしいんだが、地上の東京都の国分寺市にある。小さい建物だからぱっと見じゃあわからんと思うが。」
「国分寺……?」
「中央線だよ、東京駅から。」
「え?え?メモします。」
線って何?何の話?私は慌ててリュックからソフィーにもらった花がらノートを取り出してメモした。和豊さんはノートを覗きながら場所の詳細を教えてくれる。
「中央線の国分寺駅から歩くのね!」
「ああ、家森秋穂って人がいるから。役職はなんだっけな……異界フィールド管理か、開発部かそんな感じ。」
「家森……秋穂さんね。」
私は役職も書き込んだ。
「それか速水秋穂。もしかしたら旧姓名乗ってるかもしれない。」
「速水さん……ね」
それも書いた。
「ああ。俺の名は和豊。伝えれば分かるから。」
「わかりました。じゃあ行ってきます。」
「ああ……よろしく、頼みます。」
「はい!」
私は一度頭を下げてから部屋を出ると、そこで待ってたさっきの受付のお姉さんが時計を見ながら驚いた顔をした。
「あなた、家森さんの面会する時間が今までの訪問者の中で過去最長よ!」
「ああそうですか……はは」
まあ、そうなのかもしれない。とにかく、向かおう。
ドンドンドンドンドン
「なんや!誰や!うるさい!あ?どしたんヒーたん。」
「タライさん車出して!お願い!お願いですから!」
「ををををを!?」
私がパジャマ姿のタライさんの首根っこを掴んで振りまくっていると、隣の部屋のケビンが何事かと玄関から覗いてきた。
「な!?今から行くん!?もう18時やで!?でもシュリントン先生あかんいうやろ!」
「お願い!シュリントン先生はどうにでもなりますから!お願いします!」
私がその場で土下座すると、タライさんがその場で慌てるように足踏みをした後に言った。
「何があったか知らんけど……何かあったんやな!仕方ない、兄さん超特急で送ってったるさかい!」
「タライさーん!!」
私はジャンプして歓喜ハグをタライさんにすると彼はうぅ〜と体を震わせて喜ぶ仕草をして笑った。
タライさんとブルー寮も校舎も駆け抜けて職員寮まで行き、シュリントン先生の部屋の玄関前で土下座をして外出許可を取ることにした。
最初シュリントン先生はええ〜と嫌そうに声を発していたが、私の剣幕にソフィーとマーガレットさんが何かあったのだと悟ってくれて、パパ許可しなさいと言ってくれたおかげでなんとか許可をもらえた。
「なあ、何があったかそろそろ説明してくれ!」
「後で説明しますから!」
私とタライさんは林のガレージで赤い学園の車に急いで乗ると、アクション映画ばりにタライさんがアクセルを全開で踏んで学園から走り去った。
ごおおおっと音を立てて超特急で真っ暗な空を飛んでいく。これは危険な匂いがプンプンするけどタライさんはナビの映像をチラチラ見ながら街に向かってハンドルを切っている。パジャマ姿で。
「この時間に車で走るんめっちゃ久しぶりやから事故ったらごめん!」
「いいです!飛ばしてください!」
「で、何があったん!?街のどこにいくん!?」
「秘密です!でも、待っててくれますか?」
「まあアンタ帰ってくるまで待ってるけど……そんなに大事な用事なんやろね?」
タライさんはドンと私の肩を叩いて言った。私は大きく頷いていった。
「それはもう大事です!」
「もう、これ使うか。」
「え?」
タライさんがハンドル中央の赤いボタンを押した。
グオオオオ
それはブースターエンジンだった。
「オオオオっ!速すぎ!」
「あかん、ハンドルがムズイ!」
車は不安定に縦にも横にも揺れまくっている!
何してんだ!事故っていいって言ったけどそれは本気じゃなかったんだ!これを成し遂げる前には死ねない!私もハンドルを持って二人で制御しながら夜空を飛んで行った。
「よっしゃ着いたで!」
「ちょっと待っててくださいね!」
私は着いたと同時に勢いよく車を降りて走り出した。タライさんが何か叫んでるのが聞こえたような気がするけど走り続けた。人混みをスルスル通って広場に行き、ズボンのポケットから取り出したパンフレットを見て街道を走っていく。
中央研究所の前の通りを、まっすぐ行って小さな横丁を通った先に、少し広めの空き地があってその奥に目的の場所があった。
「ここか……」
ハアハアと息をしながらパンフレット片手にその施設へと走り、門を通ってまだ面会時間であることを確認してから受付のお姉さんに話しかけた。
「す、すみません!」
「は、はい?」
あ……何しに来たと言えばいいんだ!?どうしよう?そう思ってるとお姉さんが首を傾げながら聞いてきた。
「もしかして面会の方ですか?」
「え?あ!そうです!そうです!」
私は面会に来た感を出そうとパンフレットを手にしているのを見せた。お姉さんは少し笑ってから聞いた。
「どなたの面会ですか?」
「い、家森……」
やばい。
名前なんていうんだろう?家森なに?し、仕方ない!
「家森です!家森の……娘です!」
「ああ!家森さんね!そうでしたか、今すぐ案内しますね。」
白いカーディガンのすらっとしたお姉さんは私を連れて施設内を歩き始めた。私は彼女に話しかける。
「あの、暴れたって?」
「え?ええ。そうなんです……ちょっと前までは落ち着いてたんだけど、最近はなんだかやりたいことがあるみたいで。でも話してくれなくて理由までは分からないのです。」
「そうなんですか。」
暴れるってどの程度なのだろう。家森先生のことを暴力していたのは許せない。
しかし気づくとここまで来てしまった。危険な人物相手ではあるけど、もうやるしかないのだ。
「ここです。和豊さんのお部屋です。ちょっと特殊なロックをかけてあるので、また退出するときはお声かけしてくださいね。」
「わ、わかりました……」
白い壁に白い扉、しかしそのドアは鉄のようなゴツい素材で出来ている。ギッと開いたドアの中に私は入った。
そのガタイのいい男はベッドに座っていた。自分でやったのか頭から少し血を流している。目つきは鋭く、無精髭が生えていて、髪はクマさんのようにごわごわしている。
家森先生とは全然似てないが、真一さんには顔が結構似てる。
バタンと閉じた扉。ギロリと私を睨む男。なにを言えば良いのかちょっと考えさせてください……。
「姉ちゃん誰だ?」
向こうから口を開いた。
「ヒイロと言います。」
「ヒイロ?聞いたことねぇな。それにこんな知り合いはいねぇ。帰ってくれ!」
和豊さんはそっぽ向いてしまった。どうしよう。確かに見ず知らずの他人が来たのだからそう言いたくもなるよね。でも私だって記憶がまっさらな状態からこうやってたくさんの友人が出来たんだ。どうにかしたら彼も心を開いてくれるはず。がんば!ヒイロ!
「あ、あの……私協力します。」
「え?」
ギロリと私を見つめてきた。覇気がヤバイ。
「やりたいことがあっても、ここじゃ出来ないって施設の人に聞きました。だから……それに協力します!」
そうだ。協力関係にあれば信頼しくれるはずだ!
「そうだとしてもあんたには関係ないだろ!これは、俺と秋穂の問題なんだ……」
私は半歩前に出て聞いた。
「秋穂……さん?秋穂さんと関係があるの?」
ああ、とつい話してしまったことを後悔したのか男が頭をかきむしった。ああ確かにその仕草、家森先生も真一さんもやるわ。
「関係ある……。でもお前には関係ない。」
「でももしかしたらどうにか出来ます!」
和豊さんは私をギロリとまた睨んだ。あ、違うわ。普通に私のことを見てるだけっぽかったっぽい。そして彼は口を開いた。
「あいつはもういないんだ。とっくの昔に俺を置いて地上に戻って……そんなの、ずるいだろ。子どもたちだって置いて行ってよ。」
彼はバンと思いっきり自分の太もも殴った。なるほど。とにかく気持ちを受け止めてみよう……ドラマチャンネルで観た、メンタリストを真似しよう。
「戻ってしまったんですね、確かに置いていくなんてあんまりですよね。」
私の言葉を聞いた和豊さんが微かに目を丸くして私の方を見た。
「ああ……俺の気持ちが分かるのか。」
私は何度か小さく頷くと、彼はそこにあったボロボロのパイプ椅子を指差した。
「そこに座れ」
私は座って、膝にリュックを置いた。和豊さんは野太い声で、落ち着いたのかゆっくりと話し始めた。
「秋穂は俺の妻だ。何故か……いや、俺の酒癖が悪くて出て行った。何となく分かってるんだ。多分、俺が悪いって。働かないで、飲んでばかりだったからな。」
それはそうだろうね。でもここは彼の味方になるために頷いておく。
「そうなんですね……」
「ああ……こんなことどこの人間かもわからない姉ちゃんに言っても仕方ないが、まあ知らないやつだしな、逆に話してしまおうか。」
すると和豊さんは私に体を向けてベッドに座ってから話し始めた。
「俺は、もう一度秋穂に会いたい。ちょっと……それで謝りたいんだ……それだけなのに、ここの連中は俺を危険人物扱いして俺を出そうとはしない。まあ、あとひと暴れすれば、衛兵に捕まって外に出られて家族も呼んでくれるだろうからそれでも良いかと思ったが。」
なんて力ずくなんだ。でもそれもちょっと誰かに似てる。
「秋穂さんに会いたいんですね。」
「ああすぐに会いたい。実は先週の身体検査で腫瘍が見つかって、それがもし悪性だったら俺は長くない。」
「えっ」
和豊さんは髪の毛をかき上げながら言った。
「ああ……こんなことになるとはな。」
私は椅子から立ち上がって聞いた。
「秋穂さんに会えたら良いの?」
「え?」
「会いたいんでしょう?」
彼は戸惑った視線を私に向けた。
「あ、会いたいが、俺はどうしてもここから出られない。もうひと暴れしても、俺は多分留置所に行くだろうし……まあ、もしもう一回会えたら謝りたいが。死んでしまう前に、謝りたい。」
照れたのか鼻をこすった和豊さんに私は言った。
「じゃあ私連れてきます!」
彼は目を丸くする。
「ここに?でも秋穂は地上に……地上に行くには金がかかる。欧介にでも借りないと。」
「欧介?」
「知らないのか?お前はてっきり欧介の女だと思ってたが。長男の欧介。」
家森先生って欧介って言うんだ……ちょっと微笑んでしまった。ああ、だからメアドがo-iemoriだったんだ。なるほどなるほど。
「女じゃないです。じゃあ連れてきます。その代わり、もう欧介さんを頼らないでください。」
ごくっと飲んだ後に和豊さんが私をじっと見た。
「俺は欧介に何も悪いことしていないが?」
「は?」
つい、私の右手がヒビに覆われてしまった。このままだと肩を伝って頬に、ほらもう顔の半分が真っ紅なヒビに覆われてしまったよ?クックック……。ワザとニヤッとして、サイコパスな顔をすると和豊さんはビビったのか慌てて言った。
「……い、いや、まあよく金借りたし、よく考えたら当たってたかもしれない。どうしても秋穂に似てるもんだから……。欧介がいつまでたっても結婚しないのは、俺のせいかもしれない。死ぬ前に、正直そう思った。」
「じゃあ連れてきたら、欧介さんにも謝ってください。それと今後はもう頼らないで。それを約束して。」
「分かった、分かった。」
私はシュッとヒビを消した。すると和豊さんが聞いた。
「お姉ちゃん名前なんだっけ?」
忘れたんかい!まあ良いや。
「秘密です。じゃあ、行きます……」
「秘密さん、秋穂の場所を知ってるか?」
そういや知らない。私が首を振ると和豊さんはベッドの側の引き出しから一枚のパンフレットを取り出して渡してきた。
「このパンフレットの研究所に秋穂がいる。これはこの世界の中央研究所の地上支部らしいんだが、地上の東京都の国分寺市にある。小さい建物だからぱっと見じゃあわからんと思うが。」
「国分寺……?」
「中央線だよ、東京駅から。」
「え?え?メモします。」
線って何?何の話?私は慌ててリュックからソフィーにもらった花がらノートを取り出してメモした。和豊さんはノートを覗きながら場所の詳細を教えてくれる。
「中央線の国分寺駅から歩くのね!」
「ああ、家森秋穂って人がいるから。役職はなんだっけな……異界フィールド管理か、開発部かそんな感じ。」
「家森……秋穂さんね。」
私は役職も書き込んだ。
「それか速水秋穂。もしかしたら旧姓名乗ってるかもしれない。」
「速水さん……ね」
それも書いた。
「ああ。俺の名は和豊。伝えれば分かるから。」
「わかりました。じゃあ行ってきます。」
「ああ……よろしく、頼みます。」
「はい!」
私は一度頭を下げてから部屋を出ると、そこで待ってたさっきの受付のお姉さんが時計を見ながら驚いた顔をした。
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