スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第76話 ヒイロの番

玄関まで送ろうと彼らの後に付いて歩いていた家森先生の前に、タライさんが近づいて来た。

「な、何ですか?」

「……家森先生大好き!チュッ!」

うええ……。

タライさんが家森先生の頬にキスをして抱きしめている……そんな気味の悪い光景を目にしてしまったおじさんはすぐにその目を逸らした。そしてやられた家森先生は勘弁してくれと言わんばかりの表情で彼の熱い抱擁が終わるのを待っている。

そしてタライさんが離れて次にベラ先生に近づこうとしたが、彼の行動を察知したベラ先生が彼に魔法の構えをしたので、彼は静かにおじさんとともに部屋から出て行ったのだった。

なんかすごかったな……人間って温かいけど、大変な生き物なんだなと痛感した。

「すみませんベラ、場所も時間も借りてしまって。」

家森先生がベラ先生に謝った。彼女は首を回しながらいいわよ、と答えた。私は久々に口を開いた。

「でもタライさんお父さんとお話出来て良かったですね……途中ベラ先生が家森先生のことを攻撃した時はびっくりしましたけど。」

二人が思い出してあははと笑った。一息ついてから、家森先生がため息の後に話し始めた。

「あれは僕も驚きました。何故このタイミングで僕が殺されるのだろうと一瞬のうちに考えましたよ。」

「ごめんなさいね……今日本当に疲れてるのよ。それに今の高崎くんだったらあなたを守ってあげられると思ってた。実際、彼は限界を破ってあなたを助けてくれたじゃないの。彼のその姿を、どうしてもあのふざけた事ばかり抜かす父親に見せつけたかった。」

「それはそうだったのでしょうが、もうギャンブルまがいに人の命を弄ぶような真似はしないでください……僕の心臓が持ちません。」

「ふふ、分かったわよ。ごめんなさいね家森くん。」

ベラ先生がそう言ってテーブルのティーカップをシンクに持って行ったので私は彼女から受け取ってそれらを洗うことにした。疲れてる人はゆっくり休まないとね。

「ふふ、ありがとうヒイロ。ねえ……あなた家森くんに飽きたら本当に私のところに来てもいいのよ?」

「ヒャアア!」

急に耳元でそんな囁かれてぞわぞわしてしまい、危うくカップを落とすところだった。私は何も答えずにカップをスポンジで洗うことにした。

「ベラ、それが本当なら我々は敵対することになります。」

「あらそうなの?飽きたらって言ってるのに予約入れることもいけないのなら、そうね。じゃあ闘技盤で決着つけましょうか?」

なんか背後から聞こえる会話が白熱してる……。

「……あなたと戦うなんて無理に決まっています。もうあなた疲れてるでしょう。いつも疲れているとそうやって荒々しくなるのですから。」

「そうなのよ……疲れていると男性ホルモンがこう……まあいいわ。ヒイロ、悪いけれど後はよろしくね。私はもうベッドに行くから。」

「ああはい!お休みなさい!」

「ああちょっと待って!」

カップを洗い終わってタオルで手を拭いていると、ベラ先生が何かを思い出したかのようにこちらに戻ってきた。

「丁度いいからヒイロの面談しましょう!あなた親見つかってないでしょう?二人でいいわね。さ、家森くんは出て行って。」

ええ!?今!?ちょっと待って今!?

ベラ先生はソファに座るように促している……マジでやるんだ。今!?
私はとりあえず彼女に言われた通りに座ると、隣にベラ先生が座った。そして……

家森先生もなぜかそこの椅子に座った。

「な、何してるのよあなた……」

「……別にいいではありませんか。ヒイロ?いいでしょう?」

ええ……?今から将来のこと話すんでしょう?まあ確かに彼に許可が必要なことが多すぎるし、いた方が色々と省略出来るのかもしれないけど。

「まあいいですけど……」

「ああそう。じゃあちょっと待ってね。」

ベラ先生はテーブルの上のPCを操作して、私の成績の画面と、先生だけが入力できる備考欄を表示させた。やっぱり成績見ながら話すなら家森先生いない方が良かった……しくった……今みたいに話して終わりなのかと思ってた。

「さてヒイロは今後どうするの?」

「え……今後?」

どうってなに?ええ〜分かんない。何の予定も無い。こんなフラフラしてる状態で、もし私のお父さんがタライさんのお父さんだったらもう殺されてるんじゃなかろうか。

「どうですかね〜。あ、でも音楽関係の仕事に興味はありますけど、音楽院に通うつもりは今のとこ無いので……はい。」

ベラ先生がカタカタとPCに打ち込みながら聞いた。

「音楽院には通わないのね。ああそうそう、そう言えばこの間のコンテストどうだったのかしら?もう確か、日にち的にも結果発表されてるわよね?」

……ぶっ。

ヒッヒッヒ……そうだ、言ってなかったね。私がにやけているとベラ先生と家森先生が目を合わせて首を傾げた。私は彼らに言った。

「最優秀賞とりました。私の曲が映画に採用されたので学費を確保出来ましたよ!イェーイ!」

イェーイ!!!……あれ!?

二人があまり喜ばない。というか、ぽかんとしてる。チラと二人が目を合わせた後に、家森先生が戸惑いの表情で私に聞いてきた。

「ちょ、ちょっと待ってください。それは確かですか?」

「何です家森先生。私が嘘ついてるって言うんですか?結果発表のサイト見てみてくださいよ。ちゃんと最優秀賞はファイアオブアンフェア、スカーレットアンダーワールドって書いてありますから!」

「あらやだ!本当よ!ヤダァ!?」

早速ご自身のPCで検索にかけていたのかベラ先生が嬉々とした表情でおばちゃんのような反応をしながらPCの画面を見つめたまま拍手しまくっている……

なに!?まじで私の言ってること信じてくれなかったんだ!何でよ〜!あんだけおじさんには信じてあげろって言ってたのに!キィィ!?

家森先生も画面を覗いて納得したのか私に歓喜のハグをしてくれた。

「あなたならやると思ってました!おめでとうございます!」
「でも信じてなかったですよね?」

今度はベラ先生が家森先生から私を引き剥がして私を抱きしめてくれた。

「すごいじゃないのヒイロ!やっぱりあなたには音楽の才能があるのよ!」
「でも最初信じてなかったですよね?」

二人が気まずそうに目を合わせて、私を挟むようにソファに座った。何で二人に挟まれて座らないといけないのか……そう思っていると左隣の家森先生が言った。

「わ、悪い意味ではありませんが、あなたはたまにボケボケしている時があるので何かの勘違いかと思ってしまったんです、ごめんなさい。」

「そ、そうよ。ほらまだ生まれて間もないじゃないの、だから……ごめんなさい。あなたならやると思ってたわ。これは本当だから信じてちょうだい。」

「分かりました……まあ日頃の行いが仕方なかったと言うことで。はい。」

そうなのだ。きっと日頃ぼけぼけしすぎたから彼らがそう思ってしまったのも仕方ないんだ。今度からキリキリ動こっと。

そして、と一息入れてPCをタイピングしているベラ先生がそこにいるのに、私の左隣の人が私の手を握ってきた。それを見たベラ先生が一瞬手を止める。

「……正直に言って。あなたたち付き合ってるんでしょう?」

「違いますよ?」

「え?」

驚きと笑いが混じった顔で私を凝視するベラ先生。後ろを振り向けば家森先生が窓の外を見て切なく長いため息を吐いていた。

どうしたの?え?

「将来の話するんですよね?」

「ま、まあそうなんだけど。それで将来は?」

「まだ分からないですけど、でもこないだちょっとレストランでピアノ演奏する機会があったので挑戦してみたら、楽団の関係者の人に名刺を頂いて、この賞を取った後に彼から連絡をもらって、夏休みにお話だけでもしないかって言われました。その時に担任の先生を連れてきてもいいって言うので、ベラ先生一緒に来てくれますか?」

「……。」

ベラ先生が無言でしばらく考えた後に私を見た。

「いいわよ……それは。でもそうなると、本気であなたの家族を探さないと。全くどうして半年以上も経つのに捜索願いも何も出さないわけ?」

「あ、僕も行きます。それもそうですが、ヒイロのことを知っている人に全く遭遇しないのも不思議というか……出身地はきっと深淵の地なので街に行ったところであなたを知っている人に出会えないのも頷けはしますが。」

ちょっと待って。さらりとなんか言ったよね?まあいいや……家森先生の言葉にベラ先生が思案顔で反応した。

「どうして深淵の地だと分かるのよ?」

「彼女の腰の烙印です。あれは深淵の地で行うもの。その印の意味は理解しませんが。」

ベラ先生が私のTシャツをめくってきたので腰を向けて彼女に見せた。

「確かにそうね……深淵の地の烙印。となると家森くんの考え通り、ヒイロはそこの出身であることがかなり濃厚だわ。かと言ってあの地に行くのも……」

「ええ。内戦があったばかり。ですから慎重にならざるを得ない。」

そうなんだよね……私は推理を続ける二人に聞いた。

「内戦ってどう言う戦いだったんですか?」

ベラ先生が答えてくれた。

「詳しくは発表されてないわ。何せ深淵の地はその地の自警団のような組織もあるし、半分自治区のようなものなのよ。内戦はその地を治める自警団と、彼らに反発するマフィアのような組織がぶつかって起こったものらしいわね。自警団の方は衛兵も参加した連合軍だったけれど、マフィア側も強力な魔力の持ち主ばかりで鎮圧に苦戦したと聞いたわ。」

「そうです。そして結局はマフィア側が敗北し、その後は自警団と衛兵と共に深淵の地をまた平和に戻すべく協力しているそうですが……まだあの地にはマフィアの生き残りもいる。ヒイロはどちら側の人間だったのか、あなたを知っている人はあなたにどう接しようとするのか、それは分かりませんから警戒が必要です。」

「え……てことは私がマフィア側だったかもしれないの?」

ショックだった。マフィアって……悪いことする組織だよね。私がそうであるかもしれないという可能性を知ってて、家森先生は今まで一緒にいてくれたのか……。でもどうしよう、不安が膨らんでいく。

そんな中で家森先生が手を握ってくれた。いつもと同じ温かさが、私の手を包む。

「過去のヒイロがどうであれ関係のない事。しかしヒイロはピアノの才能がありますし、それも並大抵の才能ではありません。もしや音楽業界の人間ならばあなたを知っている人がいるかもしれない。今度そのマネージャーさんにお会いしてお話を聞いて、深淵の地に行かずともどうにかこの地であなたの過去の手がかりを探していきましょう。」

ベラ先生が私の背中をさすってくれた。

「そうよ。だから私も協力するわ。過去がどうだっていいじゃないの。今のあなたのことをみんなが好きなのよ?ねえ、特に家森くんが。」

「……。」

家森先生が黙った。それが面白くて私が笑っていると二人も笑い出した。ベラ先生がPCに打ち込みが終わり、パタンと閉じた。

「じゃあ今度そのお話を聞きにいきましょう。色々と考えるのはそれからね。」

「はい」

「で?今日はどこに泊まるのかしら?ヒイロの部屋?それとも家森くんの部屋?」

そう言って彼女は我々を交互にジト目で見てきた……私は家森先生の方を見ないで言った。

「今日は月曜なので別々に過ごし「今日はヒイロの部屋です。あの部屋に僕のPCを置いていますので、戻り次第また作業します。ベラも今日は疲れたでしょう。色々と巻き込んでしまい、申し訳ありませんでしたね。出ていきますから、ね、ヒイロ」

「え?え?」

家森先生が立ち上がって私の背中を押し始めた。私は振り返ってベラ先生の方を見ると彼女は超微笑みながら頑張ってねと言わんばかりに手を振っていた……ああ、何それ。

「ふふ、おやすみ二人とも。」

「おやすみなさい、ベラ」
「おやす

バタン

……まだ私が言い終わってないのにドア閉めちゃった。目があった家森先生はムッとした顔で私を見るが、私だってムッとする。

「……まだ言い終わってないのに閉めた。」

「ええ。彼女は危険です。ですからあまり……笑顔を向けないでください。それとコンテストおめでとうございます、本当に驚きました。」

また褒めてくれた。その言葉に私が照れていると、まだベラ先生の部屋の玄関の前に居るのに家森先生がぎゅっと抱きしめてくれた。

「でも……少し不安になってしまった。」

「え?」

どうしてだろう。ぎゅっと私も彼を抱きしめると、彼が更に力を入れてきた。

「あなたが僕の知らない遠い世界に行ってしまう。」

そ、そっか……それで不安に思ってしまったんだ。でも私だって先は色々と不安だった。もしかしたら過去の自分が大変な人だったかもしれないのに、家森先生はギュって手を握ってくれた。それに今までだって大変な時にいつもそばに居てくれた。だから……

「今までだってこんな私のそばにいてくれた家森先生を置いて何処かへ行くなんてことしません。だって、私は前も言いましたけど家森先生のこと、あ、あ……いしてるから。」

「ふふ……僕もそうです。あなたを愛している。この気持ちに偽りなど微塵もない。」

「だ、だから……これからも一緒にいる。だから……家森先生が大丈夫になるまで待ってる。先生は私を全部ひっくるめて受け止めてくれるから。」

家森先生がばっと私から離れた。真っ赤な顔して、私をじっと見つめている。しかも……肩で息をしながら。何故か私の両手首を掴んで。

「ですからそれは!……もう大丈夫だと。ああヒイロ我慢出来ません!この場であなたに僕の愛を伝えたいんです!ですから僕と
「あのねぇ。いつまで私の部屋の前にいるのよ……しかもあなた達何やってるの?」

すぐそこの扉が開いてベラ先生が呆れた様子でこちらを見てきた。確かに彼女がそう言いたいのも分かる。何故なら家森先生が私の両手首を掴んで私の頭上に固定して、今にも首に噛みつきそうになっている姿勢だったからだ。

「家森くんはヴァンパイアなの?……とにかくもう、聞こえるのよ!私の部屋の前で変なことしないでちょうだい!もう、いいわね!」

バタン!と閉められた……何もしてないのに変なことしてると誤解された。家森先生のせいで。

「もう帰りましょうよ……」

「そうですね。帰って、うどんでも食べましょうか。」

我々は売店でうどんを買って帰ることにした。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品