スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第66話 事件と秘めた力

体が暴走しそうな感じがする。生命の危機、私の魔力が胸から溢れそうになる……けどそれを出すことは叶わなかった。どうして。

「ふふ、報告に受けてた通り火山のドラゴンを追いやるだけの魔力の持ち主だったようね。でも麻酔が効いてるわ。いい子ね、フィール草……私の大好きな薬草よ。」

それ……聞いたことある……小テストに……でた……

目の前が暗くなっていく。

ドンと遠くで大きな物音が聞こえた。

「ヒイロ!?ミア!貴様!」

「近寄らないで!」

私の首からミア先生の手が離れて、ゲホッゲホッと咳き込む。何とか呼吸が出来るようになって視界も色を取り戻していく。ぼやける視界、リビングには家森先生とさっきのホテル従業員の男の人がいた。ああ、助かった。私はソファにぐったりとしたまま彼らを見つめる。

ミア先生が家森先生に手のひらを向けている。魔法の構えだ。彼女の魔法陣は土色だから地属性なのだろう……。もしそれをまともに家森先生が食らったらどうしよう。彼は無属性しか出来ない。

「落ち着きなさいミア。教師として恥じらいを感じませんか!?」

「うるさいわねぇ!今はオフよ!」

……た、確かに。それでもオフに先生がこんなことしていいのか分からないけど。

家森先生が険しい表情のまま、手のひらをミア先生に向けて魔法陣を出した。

「……ならやるしかありませんか。詠唱時間、無属性の僕の方が早いことは知っていますか?」

「知っているわよ。でも学園時代、一番大きくて素早い魔法を繰り出してロックマジシャンと呼ばれた私を忘れたかしら?無属性など、私の防御壁をどう出来るの?それに……家森くんには乱暴したくないの。私は彼女に用があるのよ?」

「ふざけたことを。彼女の首を絞めるとは、どこまで本気なのか知りませんが放っては置けません!彼女から離れてください。それが出来ないなら、僕は……もう容赦しない。」

「なら止めてみたら?」

ミア先生が私の方をチラリと見た。その瞬間、

私の頭上に大きな岩の塊が出現した。大きさの割に、詠唱時間など無いくらいの速さだった。なるほどロックマジシャンだ。これでは家森先生の無属性でも間に合わない。

「ミア!彼女に乱暴しないで!」

「バイバイ」

バイバイ……あ、違う違う!私に向かって岩が落ちる!もう終わりだ。


*********



ヒーたん……ああ。僕の魂が悲鳴をあげる。こんな時に限ってどうして思い通りに魔法が使えない。ミアには脅しかけたが、相手が魔法を使う以上、無属性などこの場において全くの無意味。

怒りの感情で右手から光のヒビが僕の顔面にまで達している。それでも僕は自分の意思で魔法を発動出来ない。

「なら止めてみたら?」

その時、ミアがヒーたんの頭上に岩を出現させた。あれが落ちれば彼女はひとたまりもない。真面目な性格で、聞けば生徒からの信頼も厚いと言うミアがどれだけ本気でこんなことをしているのか、それも信じられないまま僕は何度も彼女に制止を促すが、その言葉が届かない。

いや、発動するしかない。僕はミアとヒーたんの間に手のひらをかざした。

「ミア!彼女に乱暴しないで!……」
『に乱暴しないで』




なんだ?

誰が僕の言葉に反応した?誰が僕の言葉を繰り返した?

フラッシュバックか?

意識だけが存在している。こんなこと、あるのか。

いや、こんなことしてる場合じゃないのに。

待てよ。驚いたことに、かざした自分の両手を見るとまるで子どもの小ささだった。まじまじと観察してみるが確かに子どもの手をしている。このタイミングで僕は一体どうなったのか。

辺りの風景も違う。ヒーたんもミアもいない。セントラルホテルの最上階ではなく、月の灯りが窓から差し込んでいる和室にいる。

この部屋は……灯の雪原で暮らしていた頃の実家だった。部屋の電気が消えているが、木製のタンスや丸いちゃぶ台がお月様の光でほんのりと照らされていた。……これは僕の勉強机だったものだ。懐かしい。ちゃぶ台の下には僕が使っている医学書や薬草辞典が置いてあった。

「なんだこの意識は……ヒーたんは?」

歩ける。動ける。足元の畳の感覚もある。懐かしい実家の部屋を見渡していると母が残して行った全身鏡があった。そこに写ったのはまだ幼い頃の僕だった。一体……何がどうなっている?

「おい酒はどこだ!」

リビングから父の声が聞こえた。また怒鳴り散らしている。母さんがここを出て行ったのも頷ける。その声を聞いただけで僕の胸は一気に張り裂けそうなほどに苦しくなった。ああ、体感覚まで昔に戻っているようだ。

荒々しい足音が近づいてきて、そのうちこの部屋のドアが勢いよく開いた。月明かりだけだったこの部屋にリビングの眩しい光が差し込む。

「おい!まだ起きてるのか!」

これだけ騒げば起きるさ……隣の部屋で弟たちが泣き始めている声がする。ヨシヨシしに行かなくちゃ。僕はお兄ちゃんなんだ、守ってやらねばならない。

「なんだこれ?」

父さんが僕の机の上から犬のぬいぐるみを力の限り掴んだ。僕のぬいぐるみは今にも首が取れそうにグタッと父の手の中で揺れた。僕はすぐに動揺した。

「それは母さんからもらったものだ!乱暴に掴まないで!」

「なんだと!俺に指図するな!しかも母さんからもらっただと?こんなもの、こうしてやる!」

父さんがぬいぐるみの頭をもぎ取ろうとした。

「やめて!」

ドゴッ

僕は何をしている。ぬいぐるみ相手に、自分を犠牲にする真似など。

父さんに体当たりして、彼からまた罰を受けるのに。

父から奪ったぬいぐるみを僕は胸の中に閉じ込めてきつく抱きしめた。

「これは僕のものだ!」

ああ、しかしこのぬいぐるみの感覚、懐かしい。今でも物置に置いてあるが、最近触っていないな。

「お前……少し頭がいいからってつけあがりやがって。大人に逆らったらどうなるか、父さんが教えてやる!」

「嘘だ、」

「嘘じゃない。それが大人ってもんだ。さあその犬っころをよこせ!こんな赤い変なぬいぐるみ!こうしてやる!」

「やめてくれー!」

僕は両手をかざした。途端に目の前が真っ白に染まった。

あまりの眩しさに、目を開けることが出来ない。

はっと気づけば、僕は大きな大きな光の防御壁を出していた。

そうだあの時だってこうして……守ったんだ。

今だって。




僕の意識が戻った。

ヒイロとミアの間には、僕の特大の光の防御壁が出現していた。あまりの眩しさにリビングが真っ白に染まっている。パリンと聞こえた音からして、大きすぎて部屋の窓を突き破ってしまった。

ミアの岩は、僕の大きな光の壁に儚く砕かれた。

「……!?」

「ぐっ」

防御壁をしまう時に、魔力を大量に消費してしまった僕は一気に苦しくなり、その場に座り込んだ。驚いた表情のヒーたんと目が合う。はは、良かった……守れた。

僕の魔法を目の前にして何か感じたのか、ミアはじっと目を閉じて考え込んでその場に座り込んでしまった。それからすぐに、この部屋の鍵を開けてくれた先ほどの従業員が衛兵を何人も連れて来てくれた。ミアは連行された。

まさか……同僚の中から逮捕者が出るとは。ふふ。

僕は力を振り絞り、ソファにぐったりとしているヒーたんに近づいた。

「ヒーたん大丈夫ですか?」

「ありがとう家森先生……さっきのとても凄かったです。綺麗な光だった。」

「ふふ、守れて良かったと心から思います。」

僕は彼女の隣に座って、ぎゅうと抱きしめた。
ん?彼女の体から薬草の匂いがする。

「……何か薬を盛られましたか?」

「ああはい。フィール草を注射されました。だから今、家森先生がさらにイケメンに見えます……へへ、へへへ。えへえ、こっち見てる☆」

と、とにかく彼女をどこかで休ませなくては。僕が辺りをキョロキョロしていると誰かに肩を叩かれた。

「家森様、大変な事態に巻き込まれたかと。」

僕の後ろにいたのは衛兵の部隊長だった。彼はこのセレブ街一帯を担当だが、実は彼とは面識がある。

「ああはい。僕は大丈夫ですが、彼女は首を絞められてフィールの注射まで。脅されて怖い思いもしたと思います。ミアにはたっぷりと責任を問うようにお願いします。」

「かしこまりました。」

「それと窓が壊れました……従業員の彼は?」

「呼んできます。お待ちを。」

すぐに若い従業員の彼が来てくれた。額には汗が垂れている。それもそうだ、こんな事件が起きたんだから。

「申し訳ない、窓を割りました。弁償すべきかと。」

「それは支配人に確認しますが……多分大丈夫かと。」

「何で大丈夫なの?弁償しなくてもホテルが直してくれるの?」

ヒーたんの言葉に彼は笑いを含みながら首を傾げた。僕もぐったりとしたままそんなことを聞いてくるヒーたんが少しおかしくて笑ってしまう。体が辛くてそんなこと気にしている場合じゃないだろうに。

「ふふ、弁償はしますよ。」

「あ、でも家森先生がさっきの魔法みたく無属性使ったらタダで窓直せると思う。」

「こんな大きな窓は無理です……。ふふ、あなたは何も考えず休んでください。しかし困りました、どこか休むところがあればいいのですが。」

「ああ、それならダブルの部屋になりますが、キャンセルが一部屋出ているので空いています……そちらでお休みになられますか?」

「そうですね、それではそちらに彼女を移動させます。この部屋は衛兵の管轄になるでしょうから移動しなくては。」

僕は彼に宿泊を頼むことにした。床に落ちていた僕のカバンを掴んで赤いリュックを担いで、ヒーたんをお姫様抱っこして歩き始めると従業員の彼がその部屋まで案内してくれた。廊下は何があったかと騒めく宿泊客に従業員や衛兵が対応していた。

ミアの僕への気持ちがここまで彼女を暴走させてしまった。このことをしっかりを受け止めなくてはならない。もう中途半端な態度を二度ととらないようにしなくてはと、心に誓う。

部屋のドアを彼が開けてくれた。そこはワンルームでダブルベッドが置いてあるだけの部屋だが、家具も全てデザインが綺麗だった。間接照明か、それもいい。

「すみません、狭いかもしれません。」

「いえ、これぐらいの方がいい。ありがとうございました。」

「また後で衛兵が事情を伺いにくるかと思います。その時はご対応願えますか?あと窓の件はまた後ほど支配人が連絡すると。」

「分かりました。弁償するとお伝えください。では」

ガチャとドアを閉めた。

「おお……綺麗なお部屋。」

ベッドに横になったままヒーたんが言った。僕は自分のカバンと彼女のリュックを椅子に置いてホテルのパンフレットに目を通す。

「そうですね、たまたま空いていてよかった……高崎の時よりもいいホテルでしょう?」

「はい。タライさんの時は広場の近くの宿屋だったから……こういうちゃんとしたホテルは初めてです。」

ふふ、勝った。なんてつい思ってしまった……僕はパンフレットをまた机の上に戻し、ベッドの上でぼーっとしている彼女の容態を診た。

「どれ。時間が経てば症状が収まっていくでしょう。今はどんな気分ですか?」

「……うーん。頭にキノコが生えてる気分。ジャングルのキングゴリラが頭に乗っけてくれたんです。」

それは相当な気分だ……僕は笑いながらもトントンと叩かれたドアの方へ向かった。そこには先ほどの隊長が立っていて、今回の件について少し詳しく話をした。

それが終わると僕はシャワーを浴びたくなり、ユニットバスでシャワーを浴びた。頭を洗いながら、大変だったがあの時光魔法を発動出来て良かったと何度も心から思った。

もしあのまま目の前で、ヒーたんが……そんなこと今は考えなくていい。シャワーを終えてベッドルームに戻るとヒーたんが体を起こしてテレビの動画を見ていた。

……ん?

「おおお!?」

僕は慌ててテレビを消した。

「何を!?ヒーたん!何を見ていましたか!」

それはホテルのアダルトチャンネルだった……裸で抱き合ってキスするシーンでまだ良かったが、僕がいない間に結構な場面を見てしまったのだろうか?彼女は半笑いで首を傾げた。

「いやあ、なんかテレビがあるからつけたんです。そしたらこのチャンネルが一番最初に映ったんですよ……ドラマかなと思ったらずっとキスしてるだけだった。ずっとなんですよ?10分以上も、おかしくないです?」

僕はホテルのバスローブ姿でガシガシとタオルで頭を拭きながらベッドに座った。

「……そう言う番組もたまにはあるんです。僕の許可なしに見ないでください。まだ早い。」

「ええ〜……まあそれなら、はーい。」

そうだ。それに他の男の裸など見て欲しくない。僕だって彼女が悲しまないようにこういうものは見ない……んだから。

「落ち着いてきましたか?」

ヒーたんは僕の方を振り返って微笑んだ。

「はい、大丈夫です!意識がはっきりしてきました。キノコなくなりました。」

「ふふ、しかし……今回の件、巻き込んでしまい申し訳ない。」

「ううん。私だって関係してたことですから家森先生が責任感じないでください!じゃあ私もシャワー浴びてきます……あ、くれぐれもリュックは覗かないでくださいね?」

彼女がベッドから降りてクローゼットからバスローブを手にした。

「どうしてです?何か見られたくないものでも?」

「ふふーん、秘密です。じゃあシャワー浴びてきます。」

ガチャ

……ほお?敢えて言う辺り、見て欲しいとか?いや、彼女のことだ。本当に見られたくないのだろう。

……気にはなる。そう、気にはなる。

それもそうだ、この僕に隠し事をするなんて。それもあからさまに。
少し見てみようか。カバンの中を少し覗くだけなら多分罪にはならないだろう。

彼女がお風呂に入っている音を確認しつつ、彼女のリュックのジップを開けた。中には……学園のPC、彼女の財布、僕との食費の財布、それからPCと携帯の充電器……シャツに花柄のノート、ファッション雑誌。ん?これは?

小さい紙袋があった。中には赤いリボンのかかった黒い包装紙のプレゼントがある。紙袋のロゴを見るとそれは今日親睦会を行なったあの高級レストランで購入された物だった。

ああ、誰かにもらったのか……だから隠したかったのか?あの時の演奏で、彼女は名刺までもらっていたし、プレゼントだって貰えたのか……いや、何だこれは。

プレゼントの袋に二つ折りにされた紙切れが入っている。紙切れの端に印刷されているのはこのホテルのロゴだった。ああ、机の上に置いてあるメモ帳の切れ端だ。僕はそれを開いた。

『家森先生へ』

彼女の可愛らしい字でそう書かれていた。幻覚がまだ残る状態で書いたのか、ミミズが這ったような字だ。ふ、ふふ。

な、なるほど……これは僕へのプレゼントという訳か。しかしあのレストランの売店でそんな高価なもの……いいのか?開けても。本当に僕への物?

……少し迷ったが丁寧に包装を剥がして開けることにした。

「あ!?」

思わず声が漏れてしまった。箱の中身……これは!?これは!!

僕は急いでシャワールームへ向かった。

          

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