スカーレット、君は絶対に僕のもの
第62話 VIPルーム
「うええええ!?マジなの?ヒイロ!そんなに仲良かったのか?」
ウェイン先生の質問に私が何度も頷くと、満足したのか家森先生が彼を解放した。ちょっと咳き込みながら立ち上がったウェイン先生が、そこに置いてあった誰のかわからないお酒をごくっと飲んでから言った。
「……はあ。でもまあ来ちゃったんだし、折角だから一緒に飲むだけならいいでしょう?先輩が帰るまで俺がちゃんと見張ってますって!な?それならいいでしょ!?」
そうだそうだ、と周りも言ってくれている。ゴーコンってあまり良くないらしいし、私はちょっとした罪悪感を持っているけど、ここに居ていいのだろうか。家森先生は少し考えた後に私の腰に手を当てながら言った。
「まあ……そうしますか。僕は0時前には帰りますからそれまでということにしましょう。ヒイロ、合コンは出会い目的の男女の集いです、これ以上は参加しないように。それと特にそこのスティーブには近づかないようにしてください、あれは相手が女性であれば挨拶がわりにお尻を触るような、まるで医師に向いていない色情狂ですから……」
すげぇディスってる……でもそれを近くで聞いてたスティーブさんはヘラヘラ笑っていた。どうやら彼は鋼のメンタルをお持ちらしい。
「わかりました。」
私が頷くと同時に、ギイとガラスの扉が開いて皆がそちらに注目した。そこには困った表情のミア先生がいた。
「割り込んでごめんなさいね、家森先生もうそろそろいいですか?マーメイドも届いていますし……」
「ああ、分かりました。向かいます。ヒイロ、また連絡します。」
家森先生がポンと私の肩を叩いてからルームを出て行った。ちょっと扉の向こうを見てどの辺の席かなと見ていたら、意外にもこの部屋の入り口からすぐそこの席だったので様子がちょっと見えた……
けど、家森先生以外には今の所、女性ばかりしかいないのだ。何あの飲み会。他校の先生って女性が多いんだろうか……ブラウンプラントはベラ先生だけだけど。
「とにかく飲もうか!ヒイちゃんは何がいいか?」
「ああ、私はとりあえず……軽めのジュースで。後ポテト食べたい」
すぐそばのいちゃつく男女がポテトをあーんとし合っているのを見て私も食べたくなったので、聞いてくれたスティーブさんに頼んだ。……うん、そう言われてみれば確かにこの会は出会いが目的みたいに思われる。だっていちゃついている人が多いし。
そんな中、私はソファの一番端っこの席に座っている。隣はウェイン先生だ。
しかしVIPルームのパネルを操作してオーダーを終えたスティーブさんが私の隣に座ってきて端っこを奪われてしまった。それもまだ出会ったばかりなのにかなり密着して座ってくる……あまりくっついてると家森先生に怒られそうなので、ちょっとウェイン先生の方へ詰めた。
「あ、逃げたな〜。ねえ、ヒイちゃんは家森先輩のクラスなの?」
「私は違います。」
その時、真後ろの壁にある小窓がガラッと開いてシェフが顔を出し、ポテトとマーメイドが到着した。千屋艇といい、この小窓システムは一体何なの?……どうしてこういう構造になっているお店が多いのか不思議でたまらないけど、皆が疑問に思わない為に同調心理が働いて誰にも聞けず、ただ礼を言ってそれらの乗っかったプレートを受け取った。
ポリっとポテトをかじる。ん〜ジューシー!
誰かが歌い出したけど歌のうまさを競うと言うよりは盛り上がることの方が目的のようで、皆は合いの手ばかり入れて笑いを誘っている。ちょっと面白いので私も笑ってしまった。隣のウェイン先生も笑ってるかなと視線を移すと、彼はテーブルの向こうに座っている褐色肌の可愛らしい女性を見つめているのが分かった。
「ねえねえウェイン先生、あっちに座ればいいのに。」
「ばっかまだ早いよ!」
「そうか?俺なら気になった子の側にすぐ座っちゃうけど……こうやってな。」
スティーブさんが私の肩に手を回してきた……やめてと軽く振り払うけどやめてくれない。それをウェイン先生は見てるけど止めようとしない。さっき守ってくれるって言ったのにどうしたのか……。ウェイン先生はその辺の瓶の酒を自分のグラスに注いで、ごくっと喉を鳴らしながら飲んだ。
「スティーブ、俺はお前みたいにさ、ゴリ押し出来ないんだよ……。家森先輩タイプなの。こう、食虫植物のような感じでさ、雰囲気で誘ってこっちきたら食う感じ。」
「え……今ウェイン先生って雰囲気で誘ってるんですか?」
私が素直に疑問を口に出すと、ウェイン先生にふくらはぎを叩かれた。
「誘ってるんだよこれでも!ほら、目が合った。」
確かに正面に座る彼女と目が合っている様子だけど、すぐに彼女は隣に座る男性との会話に戻って楽しげに笑い始めた。
「……取られちゃうよ?」
「ヒイロ、お前は初心者なんだから。黙ってろ。」
はい、すみませんでした……。しょぼんとしているとスティーブさんが私の肩を抱いたまま私を見つめてきた。
「でも俺は初心者のヒイちゃんが好きかも。ウェインのついた嘘だって信じちゃうし。ねえ、いつも家森先輩になんて呼ばれてるの?」
「え……何その質問。」
「二人きりの時もヒイロって呼ばれてるの?」
「……ヒーたん」
その瞬間、ウェイン先生とスティーブさんが笑い崩れた。そんなに面白かっただろうか。するとスティーブさんがヒイヒイ喘ぎながら言った。
「いやぁさ、家森先輩ってこう、クールなイメージなんだよね。パーティ誘っても全然来ないし、いつも真面目であまり笑わないし。あんな美形だから女の子からモテていつも周りに女の子いたけど、だからと言って恋愛にのめり込む感じでもなくてさ。当時、彼女の一人から聞いたことなんだが全然連絡くれなくていつも寂しいって言ってたし。」
そうそう、とウェイン先生も頷いている。え?連絡をしない?誰の話をしているんだろう……家森先生だっけ?連絡をしない??え?
「家森先輩が寮長になるとそれから更にそのイメージが加速したっていうか……とにかくルールを破ったものにはキツイ罰を与えようとするし、淡々と自分が仕切ってて……一回門限守らなかった時俺もう地獄だったもん。」
そうだったんだ……それは余裕で想像出来る。うちの学園の寮には寮長システムはないけれど、医学院の寮にはあるんだ……確かに、家森先生はそういうの似合う気がする。あの性格だもの。
「だからさ……ヒヒッ、ヒーたんか〜。いいねぇ仲良いねぇ〜。」
「でもさ、ヒイロ」
ポテトをつまみながらウェイン先生が話しかけてきたので彼の方へ向いた。
「好きな人いるなら受け身になってるだけじゃダメだぜ!ちゃんと愛情表現しないとな!」
「え?愛情表現?ハグとかってことですか?どうやってやるんです?」
ハグとかならやってる気がするけど……そうか言われてみれば確かに、私から家森先生に働きかけたことはあまりないかもしれない。愛情表現の方法が知りたくてウェイン先生のことを真剣に見つめて何か言いだすのを待っていたけど、意外にも彼はたじろいだ。
「どうやってって、うーん……ハウトゥー本とか見ればいいだろ!後は恋愛映画見てもいいんじゃないか?」
それを聞いたスティーブさんが私越しにベシッとウェイン先生の肩を叩いた。
「そんなことしてたのかよお前!アッハッハ!」
「うるせーな!俺はやってねーよ!」
でも確かに、ハウトゥー本を読んでみるのはいいかもしれない!
「そうなんだ!私もやってみよう!」
「も、ってなんだよ!俺はやってないって言ってるだろうが!」
ベシッと肩を叩かれてしまった。スティーブさんがまた私の肩を抱きながら言った。逃れようとするが彼の力が結構強い。
「まあ、それもいいけどでもやっぱり男はこう、女性のセクシーな外見に癒される時もあるよ。今日のこのヒーたんのキャミ素敵だよ。とても腰のラインが綺麗でいいと思うし、後はそうだな……ちゃんとご奉仕してくれるとかさ。はっはっは!」
「ご奉仕……?」
疑問に思っているとウェイン先生がスティーブさんを叩いた。
「お前俺の生徒にふざけたこと言ってんじゃねぇよ!」
「まあまあ!今のは半分冗談だって!」
ふーん、後で調べてみよう……ご奉仕か。それだったらお仕置きを受けてる時、逆に彼に噛みつくよう命じられる場合があるけど、あれとはまた違ったジャンルの事を言っているのかな。もう愛情って奥が深い。
「で?なんて言って告白されたの?大切な人なんだろあの……男の。ククッ」
笑いまじりに聞かれたその質問に私はうーんと唸った。
「うーん。告白はされてないです。あ、でもすごく好きってベッドで言ってくれました。そうそう、それにふとした瞬間にいつも好きって言ってくれますよ。」
『……え?』
二人が同時に言った。
……ん?
……ん?
二人がぽかんとしている。
なんで?
「……ん?」
「ちょ、ちょっと待って、おま、ヒイロ……もうそういうことしたのか?「ばっか野暮なこと聞くなよ!ベッドでって言ってんだから!」
呆気にとられて質問してきたウェイン先生がスティーブさんに突っ込まれた。そういうことって何?
はあ〜〜っとガラス扉の向こうの家森先生に向かって大きなため息を吐いたのはスティーブさんだ。
「……ちょっといくら家森先輩でもそれはないよ。それはない。そんなやってる時に告るなんてそんなこと。ヒーたん、もっといい男を知るべきだ。俺という「ちょっと待てよ!俺が監視するって言ったんだからヒイロを口説くな!」
やっとウェイン先生が機能してくれた……と思った次の瞬間、スティーブさんが立ち上がって先ほどの正面の女性に声をかけた。
「ねえ!イザベラ!そっちにウェイン座りたいって!いいでしょ!」
「ええ!?お前やめろよ!」
ガタッとウェイン先生が慌てて立ち上がった。しかしイザベラという名の、ウェイン先生がさっきから食虫植物の雰囲気を出していた相手はニコッと笑って彼を手招いたのだ。
「ほら、行ってこいよ。ウェイン」
「まじか。ああ。まじか。生命に感謝。」
「え。ちょっと……」
私をひとりにしないでという言葉はカラオケの音楽に消えてしまった。何か壮大なものに対して感謝しながらウェイン先生はルンルンな仕草で彼女の隣に向かっていったのだった。もうここには私とスティーブさんしかいない。ちょっと間を開けて隣に誰か女性が座ってるけど、お相手の男性とさっきからずっとキスしてて怖い。
「あーん」
「ん?」
振り返るとスティーブさんがポテトを私の口元に向けていた。ああ、なるほど……私はかじった。
「ふふ、可愛い。ねえそれでさ、家森先輩はそういうことしてる時に告白してきたの?それとも終わってベッドでゆっくりしてる時?」
そういうことって何だろう。ちょっと聞いてみようかな。彼は答えてくれそうだし。
「そういうことってぶっちゃけなんですか?実は記憶喪失だったのでまだわからないことが多いんです。」
スティーブさんの手からポロリとポテトがテーブルに落ちた。彼の顔は固まっていたが数秒後に笑顔になった。
「ふーん……そっか。でもさ、もう少し普通の男を知るべきだと俺は思うな。家森先輩ってなんて言うか普通じゃないだろ?きっと愛情表現だって普通じゃないだろ?もう醸し出される雰囲気から分かるから本当のこと言って?」
「え……」
まあ確かに普通ではないかもしれないけど、あまりこう言う話をすると彼のイメージがどうなんだろう。迷ってるとスティーブさんが付け足した。
「もう分かるよ……医学院にいた時だって彼は飛び級で首席で卒業しているし、歴代の先輩方見てるとさ、だいたい首席ほど頭がいい人ってやっぱりちょっと…普通じゃないところあるから。だから家森先輩も普通じゃないだろ?」
「ま、まあ普通ではないかもしれないけど……でもそれがいい時もあります。」
え。という顔をしたスティーブさんが面白くて少し笑ってしまった。彼に付け足して言う。
「全部含めて家森先生が好きです。」
「ふーん……でもやっぱ一度ぐらい普通の男を知るべきだと思うんだ。」
あれ?これって延々とループする系なのかな?私は戸惑いながらもマーメイドとポテトを口にしてスティーブさんの普通メンズのメリットというスピーチを聞くことになった。
彼のスピーチも長くなってきたところでカラオケモニターの横にポスターが貼ってあるのが見えた。何だろうあれ……そう思っていると私の腰に手を回したスティーブさんが察して説明してくれた。その手をやめて。
「ああ、あれ今テーブル席でイベントやってるみたいで。テーブル席の真ん中にあるピアノを演奏するとチップ貰えるんだよ。この辺の住人はリッチな人多いから軽く何万かは「やるやる!やるでしょ!」
私はすぐさま立ち上がり、VIPルームの扉のガラス部分からテーブル席の方を覗き見た。確かに真ん中には白いグランドピアノがあって、今はフォーマルな服装のおじいさんが気持ちよさそうに弾いている。彼の音色を聞いて心地よさそうに聞き入っている人もいれば、気にせず食事している人もいる。
そしてピアノの近くの席の一組の夫婦がポケットをゴソゴソし始めたのでじっと観察しているとテーブルの上にある小さな小瓶にお札を入れたのだ……それも1万。
「うーん、チャレンジしたい気持ちは分かるけど、暗黙の了解であのピアノ弾けるのはプロだけなんだ。」
いつの間にか私の隣に来ていたスティーブさんが言った。ああ、そうなんだ……。
「何とかなりませんかね?プロって嘘ついたら犯罪ですか?」
「ええ!?そりゃまあ出れるっちゃ出れるけど……かなりの腕じゃないと。」
そこまで言われるとかなりのプレッシャーだけど、学園にいる間は就労は不労所得以外禁じられてるから、こういうイベントでお小遣いゲットしたい気持ちが結構強い。ピアノの腕はプロには及ばないだろうけど……批判されるかもしれないけど自分がどれくらいの腕なのか、ちょっと挑戦してみたい。私はスティーブさんに頭を下げた。
「やりたいです、お願いです。」
「そ、そお?そこまで言うならじゃあエントリーしてくるよ。キャンセル出来ないからな?」
こわっ……でもやる。
スティーブさんがすぐそこの電話でフロントにエントリーの旨を伝えてくれていると、ウェイン先生がこちらに来た。
「おっ、なんかイベントに参加するのか?」
「はい。ピアノのイベントに参加します。」
「へえ!すげえな。まあヒイロはピアノ上手らしいから挑戦してみるといい。そうだ、チップ貰ったら家森先輩に何かプレゼント買ったらどうだ?レストランの売店でおしゃれなグッズ売ってたぜ?」
なるほど!確かにそう言われてみれば家森先生からは貰ってばかりでプレゼントしたことない。そうしよう。それなら余計に頑張れる気がしてきた!意気込んで笑顔になっていると、電話を終えたスティーブさんが笑いながら会話に参加した。
「ウェイン、おしゃれなグッズって何だよアハハ!ヒイちゃんあとで順番になったら係員が呼びに来てくれるらしいからそれまでここで待っててだってさ。それまでピクルスでも頼んで食べよ」
「ヒイロ、ガンバ!俺はお手洗い。」
そう行って出て行ったウェイン先生の後を続いて私もちょっとお手洗いに行きたかったけど、スティーブさんが手を引っ張ってくるのでもう少し後でいいやと席に戻った。
よし、後で頑張ろう。
ウェイン先生の質問に私が何度も頷くと、満足したのか家森先生が彼を解放した。ちょっと咳き込みながら立ち上がったウェイン先生が、そこに置いてあった誰のかわからないお酒をごくっと飲んでから言った。
「……はあ。でもまあ来ちゃったんだし、折角だから一緒に飲むだけならいいでしょう?先輩が帰るまで俺がちゃんと見張ってますって!な?それならいいでしょ!?」
そうだそうだ、と周りも言ってくれている。ゴーコンってあまり良くないらしいし、私はちょっとした罪悪感を持っているけど、ここに居ていいのだろうか。家森先生は少し考えた後に私の腰に手を当てながら言った。
「まあ……そうしますか。僕は0時前には帰りますからそれまでということにしましょう。ヒイロ、合コンは出会い目的の男女の集いです、これ以上は参加しないように。それと特にそこのスティーブには近づかないようにしてください、あれは相手が女性であれば挨拶がわりにお尻を触るような、まるで医師に向いていない色情狂ですから……」
すげぇディスってる……でもそれを近くで聞いてたスティーブさんはヘラヘラ笑っていた。どうやら彼は鋼のメンタルをお持ちらしい。
「わかりました。」
私が頷くと同時に、ギイとガラスの扉が開いて皆がそちらに注目した。そこには困った表情のミア先生がいた。
「割り込んでごめんなさいね、家森先生もうそろそろいいですか?マーメイドも届いていますし……」
「ああ、分かりました。向かいます。ヒイロ、また連絡します。」
家森先生がポンと私の肩を叩いてからルームを出て行った。ちょっと扉の向こうを見てどの辺の席かなと見ていたら、意外にもこの部屋の入り口からすぐそこの席だったので様子がちょっと見えた……
けど、家森先生以外には今の所、女性ばかりしかいないのだ。何あの飲み会。他校の先生って女性が多いんだろうか……ブラウンプラントはベラ先生だけだけど。
「とにかく飲もうか!ヒイちゃんは何がいいか?」
「ああ、私はとりあえず……軽めのジュースで。後ポテト食べたい」
すぐそばのいちゃつく男女がポテトをあーんとし合っているのを見て私も食べたくなったので、聞いてくれたスティーブさんに頼んだ。……うん、そう言われてみれば確かにこの会は出会いが目的みたいに思われる。だっていちゃついている人が多いし。
そんな中、私はソファの一番端っこの席に座っている。隣はウェイン先生だ。
しかしVIPルームのパネルを操作してオーダーを終えたスティーブさんが私の隣に座ってきて端っこを奪われてしまった。それもまだ出会ったばかりなのにかなり密着して座ってくる……あまりくっついてると家森先生に怒られそうなので、ちょっとウェイン先生の方へ詰めた。
「あ、逃げたな〜。ねえ、ヒイちゃんは家森先輩のクラスなの?」
「私は違います。」
その時、真後ろの壁にある小窓がガラッと開いてシェフが顔を出し、ポテトとマーメイドが到着した。千屋艇といい、この小窓システムは一体何なの?……どうしてこういう構造になっているお店が多いのか不思議でたまらないけど、皆が疑問に思わない為に同調心理が働いて誰にも聞けず、ただ礼を言ってそれらの乗っかったプレートを受け取った。
ポリっとポテトをかじる。ん〜ジューシー!
誰かが歌い出したけど歌のうまさを競うと言うよりは盛り上がることの方が目的のようで、皆は合いの手ばかり入れて笑いを誘っている。ちょっと面白いので私も笑ってしまった。隣のウェイン先生も笑ってるかなと視線を移すと、彼はテーブルの向こうに座っている褐色肌の可愛らしい女性を見つめているのが分かった。
「ねえねえウェイン先生、あっちに座ればいいのに。」
「ばっかまだ早いよ!」
「そうか?俺なら気になった子の側にすぐ座っちゃうけど……こうやってな。」
スティーブさんが私の肩に手を回してきた……やめてと軽く振り払うけどやめてくれない。それをウェイン先生は見てるけど止めようとしない。さっき守ってくれるって言ったのにどうしたのか……。ウェイン先生はその辺の瓶の酒を自分のグラスに注いで、ごくっと喉を鳴らしながら飲んだ。
「スティーブ、俺はお前みたいにさ、ゴリ押し出来ないんだよ……。家森先輩タイプなの。こう、食虫植物のような感じでさ、雰囲気で誘ってこっちきたら食う感じ。」
「え……今ウェイン先生って雰囲気で誘ってるんですか?」
私が素直に疑問を口に出すと、ウェイン先生にふくらはぎを叩かれた。
「誘ってるんだよこれでも!ほら、目が合った。」
確かに正面に座る彼女と目が合っている様子だけど、すぐに彼女は隣に座る男性との会話に戻って楽しげに笑い始めた。
「……取られちゃうよ?」
「ヒイロ、お前は初心者なんだから。黙ってろ。」
はい、すみませんでした……。しょぼんとしているとスティーブさんが私の肩を抱いたまま私を見つめてきた。
「でも俺は初心者のヒイちゃんが好きかも。ウェインのついた嘘だって信じちゃうし。ねえ、いつも家森先輩になんて呼ばれてるの?」
「え……何その質問。」
「二人きりの時もヒイロって呼ばれてるの?」
「……ヒーたん」
その瞬間、ウェイン先生とスティーブさんが笑い崩れた。そんなに面白かっただろうか。するとスティーブさんがヒイヒイ喘ぎながら言った。
「いやぁさ、家森先輩ってこう、クールなイメージなんだよね。パーティ誘っても全然来ないし、いつも真面目であまり笑わないし。あんな美形だから女の子からモテていつも周りに女の子いたけど、だからと言って恋愛にのめり込む感じでもなくてさ。当時、彼女の一人から聞いたことなんだが全然連絡くれなくていつも寂しいって言ってたし。」
そうそう、とウェイン先生も頷いている。え?連絡をしない?誰の話をしているんだろう……家森先生だっけ?連絡をしない??え?
「家森先輩が寮長になるとそれから更にそのイメージが加速したっていうか……とにかくルールを破ったものにはキツイ罰を与えようとするし、淡々と自分が仕切ってて……一回門限守らなかった時俺もう地獄だったもん。」
そうだったんだ……それは余裕で想像出来る。うちの学園の寮には寮長システムはないけれど、医学院の寮にはあるんだ……確かに、家森先生はそういうの似合う気がする。あの性格だもの。
「だからさ……ヒヒッ、ヒーたんか〜。いいねぇ仲良いねぇ〜。」
「でもさ、ヒイロ」
ポテトをつまみながらウェイン先生が話しかけてきたので彼の方へ向いた。
「好きな人いるなら受け身になってるだけじゃダメだぜ!ちゃんと愛情表現しないとな!」
「え?愛情表現?ハグとかってことですか?どうやってやるんです?」
ハグとかならやってる気がするけど……そうか言われてみれば確かに、私から家森先生に働きかけたことはあまりないかもしれない。愛情表現の方法が知りたくてウェイン先生のことを真剣に見つめて何か言いだすのを待っていたけど、意外にも彼はたじろいだ。
「どうやってって、うーん……ハウトゥー本とか見ればいいだろ!後は恋愛映画見てもいいんじゃないか?」
それを聞いたスティーブさんが私越しにベシッとウェイン先生の肩を叩いた。
「そんなことしてたのかよお前!アッハッハ!」
「うるせーな!俺はやってねーよ!」
でも確かに、ハウトゥー本を読んでみるのはいいかもしれない!
「そうなんだ!私もやってみよう!」
「も、ってなんだよ!俺はやってないって言ってるだろうが!」
ベシッと肩を叩かれてしまった。スティーブさんがまた私の肩を抱きながら言った。逃れようとするが彼の力が結構強い。
「まあ、それもいいけどでもやっぱり男はこう、女性のセクシーな外見に癒される時もあるよ。今日のこのヒーたんのキャミ素敵だよ。とても腰のラインが綺麗でいいと思うし、後はそうだな……ちゃんとご奉仕してくれるとかさ。はっはっは!」
「ご奉仕……?」
疑問に思っているとウェイン先生がスティーブさんを叩いた。
「お前俺の生徒にふざけたこと言ってんじゃねぇよ!」
「まあまあ!今のは半分冗談だって!」
ふーん、後で調べてみよう……ご奉仕か。それだったらお仕置きを受けてる時、逆に彼に噛みつくよう命じられる場合があるけど、あれとはまた違ったジャンルの事を言っているのかな。もう愛情って奥が深い。
「で?なんて言って告白されたの?大切な人なんだろあの……男の。ククッ」
笑いまじりに聞かれたその質問に私はうーんと唸った。
「うーん。告白はされてないです。あ、でもすごく好きってベッドで言ってくれました。そうそう、それにふとした瞬間にいつも好きって言ってくれますよ。」
『……え?』
二人が同時に言った。
……ん?
……ん?
二人がぽかんとしている。
なんで?
「……ん?」
「ちょ、ちょっと待って、おま、ヒイロ……もうそういうことしたのか?「ばっか野暮なこと聞くなよ!ベッドでって言ってんだから!」
呆気にとられて質問してきたウェイン先生がスティーブさんに突っ込まれた。そういうことって何?
はあ〜〜っとガラス扉の向こうの家森先生に向かって大きなため息を吐いたのはスティーブさんだ。
「……ちょっといくら家森先輩でもそれはないよ。それはない。そんなやってる時に告るなんてそんなこと。ヒーたん、もっといい男を知るべきだ。俺という「ちょっと待てよ!俺が監視するって言ったんだからヒイロを口説くな!」
やっとウェイン先生が機能してくれた……と思った次の瞬間、スティーブさんが立ち上がって先ほどの正面の女性に声をかけた。
「ねえ!イザベラ!そっちにウェイン座りたいって!いいでしょ!」
「ええ!?お前やめろよ!」
ガタッとウェイン先生が慌てて立ち上がった。しかしイザベラという名の、ウェイン先生がさっきから食虫植物の雰囲気を出していた相手はニコッと笑って彼を手招いたのだ。
「ほら、行ってこいよ。ウェイン」
「まじか。ああ。まじか。生命に感謝。」
「え。ちょっと……」
私をひとりにしないでという言葉はカラオケの音楽に消えてしまった。何か壮大なものに対して感謝しながらウェイン先生はルンルンな仕草で彼女の隣に向かっていったのだった。もうここには私とスティーブさんしかいない。ちょっと間を開けて隣に誰か女性が座ってるけど、お相手の男性とさっきからずっとキスしてて怖い。
「あーん」
「ん?」
振り返るとスティーブさんがポテトを私の口元に向けていた。ああ、なるほど……私はかじった。
「ふふ、可愛い。ねえそれでさ、家森先輩はそういうことしてる時に告白してきたの?それとも終わってベッドでゆっくりしてる時?」
そういうことって何だろう。ちょっと聞いてみようかな。彼は答えてくれそうだし。
「そういうことってぶっちゃけなんですか?実は記憶喪失だったのでまだわからないことが多いんです。」
スティーブさんの手からポロリとポテトがテーブルに落ちた。彼の顔は固まっていたが数秒後に笑顔になった。
「ふーん……そっか。でもさ、もう少し普通の男を知るべきだと俺は思うな。家森先輩ってなんて言うか普通じゃないだろ?きっと愛情表現だって普通じゃないだろ?もう醸し出される雰囲気から分かるから本当のこと言って?」
「え……」
まあ確かに普通ではないかもしれないけど、あまりこう言う話をすると彼のイメージがどうなんだろう。迷ってるとスティーブさんが付け足した。
「もう分かるよ……医学院にいた時だって彼は飛び級で首席で卒業しているし、歴代の先輩方見てるとさ、だいたい首席ほど頭がいい人ってやっぱりちょっと…普通じゃないところあるから。だから家森先輩も普通じゃないだろ?」
「ま、まあ普通ではないかもしれないけど……でもそれがいい時もあります。」
え。という顔をしたスティーブさんが面白くて少し笑ってしまった。彼に付け足して言う。
「全部含めて家森先生が好きです。」
「ふーん……でもやっぱ一度ぐらい普通の男を知るべきだと思うんだ。」
あれ?これって延々とループする系なのかな?私は戸惑いながらもマーメイドとポテトを口にしてスティーブさんの普通メンズのメリットというスピーチを聞くことになった。
彼のスピーチも長くなってきたところでカラオケモニターの横にポスターが貼ってあるのが見えた。何だろうあれ……そう思っていると私の腰に手を回したスティーブさんが察して説明してくれた。その手をやめて。
「ああ、あれ今テーブル席でイベントやってるみたいで。テーブル席の真ん中にあるピアノを演奏するとチップ貰えるんだよ。この辺の住人はリッチな人多いから軽く何万かは「やるやる!やるでしょ!」
私はすぐさま立ち上がり、VIPルームの扉のガラス部分からテーブル席の方を覗き見た。確かに真ん中には白いグランドピアノがあって、今はフォーマルな服装のおじいさんが気持ちよさそうに弾いている。彼の音色を聞いて心地よさそうに聞き入っている人もいれば、気にせず食事している人もいる。
そしてピアノの近くの席の一組の夫婦がポケットをゴソゴソし始めたのでじっと観察しているとテーブルの上にある小さな小瓶にお札を入れたのだ……それも1万。
「うーん、チャレンジしたい気持ちは分かるけど、暗黙の了解であのピアノ弾けるのはプロだけなんだ。」
いつの間にか私の隣に来ていたスティーブさんが言った。ああ、そうなんだ……。
「何とかなりませんかね?プロって嘘ついたら犯罪ですか?」
「ええ!?そりゃまあ出れるっちゃ出れるけど……かなりの腕じゃないと。」
そこまで言われるとかなりのプレッシャーだけど、学園にいる間は就労は不労所得以外禁じられてるから、こういうイベントでお小遣いゲットしたい気持ちが結構強い。ピアノの腕はプロには及ばないだろうけど……批判されるかもしれないけど自分がどれくらいの腕なのか、ちょっと挑戦してみたい。私はスティーブさんに頭を下げた。
「やりたいです、お願いです。」
「そ、そお?そこまで言うならじゃあエントリーしてくるよ。キャンセル出来ないからな?」
こわっ……でもやる。
スティーブさんがすぐそこの電話でフロントにエントリーの旨を伝えてくれていると、ウェイン先生がこちらに来た。
「おっ、なんかイベントに参加するのか?」
「はい。ピアノのイベントに参加します。」
「へえ!すげえな。まあヒイロはピアノ上手らしいから挑戦してみるといい。そうだ、チップ貰ったら家森先輩に何かプレゼント買ったらどうだ?レストランの売店でおしゃれなグッズ売ってたぜ?」
なるほど!確かにそう言われてみれば家森先生からは貰ってばかりでプレゼントしたことない。そうしよう。それなら余計に頑張れる気がしてきた!意気込んで笑顔になっていると、電話を終えたスティーブさんが笑いながら会話に参加した。
「ウェイン、おしゃれなグッズって何だよアハハ!ヒイちゃんあとで順番になったら係員が呼びに来てくれるらしいからそれまでここで待っててだってさ。それまでピクルスでも頼んで食べよ」
「ヒイロ、ガンバ!俺はお手洗い。」
そう行って出て行ったウェイン先生の後を続いて私もちょっとお手洗いに行きたかったけど、スティーブさんが手を引っ張ってくるのでもう少し後でいいやと席に戻った。
よし、後で頑張ろう。
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