スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第60話 見たことのない家森

ああ、ちょっと横の狭い路地に入ったらそこはネオンが立ち並び、ガラの悪そうなお兄さん達が何人もしゃがんで酒瓶片手にゲハゲハ笑っている、いかにも怪しい雰囲気の通りだったので私は慌てて市役所前の広場に戻った。

気合いを入れて街に早めに来たけど、やる事を見つけられなくて早く来すぎちゃった感を否めなくなってきた……まあ家森先生に偶然会えたからいいけど。

商店街に戻って雑貨屋を物色してたら結構時間が経って、気付けばもうお昼だった。お昼はどうなんだろう、別々に食べるのかな?と疑問に思って携帯を確認すると、ちょうど家森先生から連絡が来ていたことに気づく。

1通目は市役所の食堂で一緒に食べようというものだったけど、2通目はやっぱりいいとのことだった。何それ。誘っといてやっぱりいいって、何それ〜。

私は口を尖らせながら了解ですとメールした。うーん。となれば自由に行動してもいいだろうけど……折角なのでちょっとスーツ姿の家森先生を覗きに行こうかな。ふふっ。そう私が変態なのではない、過去の私が変態なのである!

私は小走りで広場を横断して市役所内の中庭を通り、役所の建物へ向かう。お昼時なので人も多いし、役所の職員の人たちがお弁当片手に歩いている。働くってどんな感じなのだろう……うん、それを見学するために今から行くのだ。決して家森先生のスーツを写真に収めたいとかそんなんじゃない!

市役所の中に入ると壁一面が綺麗な人物画で埋まっていて、柱も手すりも金色で上品な輝きを放っている荘厳な雰囲気だった。わお……学園よりも遥かにゴージャスでついビビる。呼吸を整えつつ、私は入り口近くの壁に貼られている地図を確認し、地下階に食堂があることを知ると早速階段を降りた。

おお……何とまあ。オシャレなことに厨房が丸見えで、その前の台には色とりどりの料理がお皿に盛られて置いてある。ここで食べたい人はトレーに食べたい分の料理の皿を置いて、あとでレジで会計するシステムのようだ。これは学園の食堂と似てるけど、広さや料理の種類はこちらの方が断然に上だ!ちなみに値段も。

キョロキョロと家森先生の姿を探す……うーん。あ!いたいた!

……いた。

……いたわ。

なんかブロンドヘアの超絶美人と腕を組みながら、トレーを持ってどれを食べようかおかずを吟味ぎんみしている……その周りにはいつもの家森ファンの取り巻きみたいに、今日はおばさまが何人も家森先生の周りでキャイキャイしている。

ああ……何度見ても髪の毛茶銀だもんね。彼本人だよね。あーあ、どこ行ってもモテるんだ……私との食事をパスして、おば様達とそれにあのモデルさんのような超絶美女と食事とは……結構ショック。

でもよく見ると、家森先生が首からさげているプレートと同じ物を隣にいる美人さんやおばさま達も首から下げている。なるほど、一緒に居るのは他校の先生方なんだ。仕事付き合いで放っておけない感じなんだ。家森先生は副理事だもんね。

そう、いつも取り巻きの女生徒をそのままにするのも、彼は先生だからなのだ。私がタライさんと密着して立つのとは訳が違う。

そう思うと私がどれだけやきもち焼いたって、もう仕方ないことなのだと思えた。そういう風に考えられたのが収穫ってことで、もういいや……私は肩を落として食堂を後にして階段を上って行った。

重い足取りで町の広場に出るとふわっと美味しそうなデミグラスソースの匂いが漂っていたので、私はその匂いを辿って近くの食堂に入ることにした。もういいや、今日の食事会が終わるまで家森先生のことを気にしないで、独りで楽しも!

気分を無理矢理変えた私はテーブル席に着き、メニューから日替わり定食を選んでオーダーした後にさっき買った雑誌を読んでみることにした。へえ、今流行りなのはビリジアンカラーなんだ……そう言えばその色の物は何も持ってないなと思ったところで、テーブルに置いた携帯が震えた。

____________
ヒーたんさっき
食堂にいた?
家森
____________

……いない。いないよ。何言ってんの。そんな変態なわけないじゃん。私は一人で苦笑いしながら返事した。

____________
いてないです!
他人です!
ヒイロ
____________

するとすぐに返事が来た。

____________
あの赤いサラサラの髪は
確かにヒーたんです。
僕が間違える訳が無い。
僕が女性陣と一緒にいた
ことを誤解してませんか?
彼女達は先輩や同僚です
家森
____________

まあそうか……赤い髪と言ったら私しかいないほどに目立つもんね。それにしてもこの赤い髪も考えものだなぁ……今度から街に行く時は黒に染めようかな。

____________
じゃあいました。
でも私が覗きに行った
訳じゃないです。
過去の私が変態だったん
です!
家森先生が普段
どんなふうに過ごして
るのか気になったん
でしょうね!
誤解は大丈夫です。
でも、同僚と腕組んだり
普通します?
ヒイロ
____________

ちょっと妬んでるっぽくなっちゃったかな?まあいいか、今日は休日だ!何も考えずに送るぞ!

____________
ふふ、過去のヒーたんが
そうさせたというのは
中々面白くて笑って
しまいました。
ごめんなさい、
腕組みは無理矢理
彼女達がそうしてきて、
僕が断り切れなかった。
ヒーたんになら
そうされてもいいですが。
会議は順調に進んでいます。
終わったら一度、中庭で
会いましょう。
それから互いに食事会に
行きましょう。それまで
待っててください。
でもネオン街には
行かないように
あそこは危険です。
そろそろ時間です、
行ってきます。
家森
____________

めっちゃ長い文章くれた……何だか嬉しくて、しかもこのタイミングでとても美味しそうなデミグラスソースの乗っかったオムライス定食が目の前に到着したので私のテンションは一気にMAXになった。うおお!

マックスなテンションで、いつもと違う文章を送ってみたくなった。ああ、家森先生とメールしてるだけでこんなに感情豊かになっている自分がいる。そのことが確かに私が彼のことを好きなのだと教えてくれる。

付き合ってもいないのに、こうして私の気持ちを気遣ってくれる……優しくて、一緒にいて楽しい。改めて彼への気持ちが大きくなっていることを自覚すると、胸がきゅうと苦しくなって、キスしたくなって……あ、そうだ。メールでキスしてみよう。

____________
わかりました待ってます!
会議頑張ってください!
ちゅ
ヒイロ
____________

よし!ちょっと攻めた気がするけどいいや!いただきます!

パクッ

「ああ〜……っ」

思わず声が漏れてしまった。しかし店内は満席に近い状態で賑わっているので私の声もかき消された。すぐに震える携帯をチェックすると、それはやはり家森先生からだった。

____________
ありがとう
ちゅ
終わったら本当に
キスしたい
待っててね
家森
____________

ガッ……思わず目を閉じてしまった。

オムライスを食べることも忘れて何分か経ったところではっと我にかえり、そのメールをもう一度読んでまた胸が苦しくなる思いを味わうと、そのメールを絶対に失くさないように保護した。

彼のことが好きだ。とっても好き。早く二人きりになりたい。


*********



食堂での昼食を終えて会議室の元の席まで戻り携帯を触っていた僕は、ヒーたんからとても可愛いメールを頂いてしまい思わず顔が熱くなりそうになったが……ここはシュリントンの、何かミスをする度に口を尖らせてとぼけた表情をするあの腹立たしい顔を思い出して堪えた。

彼女に返事をして携帯をポンポンと撫でてからポケットに入れた。はあと甘いため息をついたところで、隣に座っているミアが肘をつきながら僕を見つめてきたのが分かった。

「な、何です?」

「家森くん……普通に誰かとメールしてない?相手は理事長じゃないでしょ?」

「いえ。理事長ですが。」

僕の本気のポーカーフェイスを彼女にお見舞いする。彼女は僕の表情を見て納得したのか諦めたのか、ふうんと声を漏らして何度か頷いた。

「それに昔と比べて雰囲気変わったよね。なんて言うかチャラくなくなった。」

ミアが昔のことを思い出したのか少し笑いながらそう言ったので僕は苦笑いした。

「僕はチャラかったですか?」

「うん。女の子といつも一緒にいて、誰かしらと付き合ってた。」

一緒に居たくていた訳ではない。彼女たちの方から寄って来た。それを突っぱねないのは僕の落ち度かもしれないが。

「……別に男友達もいましたよ。」

そう言ったところでメンティス先生が会議室に入ってきたので、僕はその場で座り直した。

「ふふ、まあ……そのメールの相手誰なのかしら。そんなに家森くんを夢中にさせる人が居るのなら一度見てみたいわ。」

……ミアの呟きを僕は聞かなかったことにした。



「それでは今日の回はこれにて終了させて頂きます。皆様お忙しい中ご出席ありがとうございました。」

メンティス先生が礼をし、僕たち他の職員も起立して頭を下げた。

会議室には大きな窓から夕焼けが差し込んでいる。資料をカバンに入れてすぐ帰る人もいれば残って情報交換してる人もいる中で、僕はメンティス先生と少し話した後にカバンを持って会議室を出た。

市役所のホールへ続く階段を降りる前に声を掛けられ、振り返る。

「家森くん。外まで一緒にいい?」ミアだった。

「ええ。構いません。」

外までならと僕は許可して彼女と共に階段を降りることにした。この階段を降りてホールをまっすぐ突っ切ればすぐに出口だ。

その時だった。

「きゃ!」

階段を降りている途中で、ミアがヒールでバランスを崩して転んでしまった。僕は咄嗟に片手で手すりを掴み、片手でミアの腕を抱きとめ彼女が滑り落ちるのを阻止した。

「大丈夫ですか?」

「え、ええ……ありがとう家森くん」

ミアはふらつく足で何とか立ち上がると、じっと赤い頬で僕を見つめた。

「やっぱり……アドレス交換ダメかしら?聞きたいことが山ほどあるの。」

僕は遠くを見ながら言った。

「僕は遠慮しておきます。何か分からないことがあれば、学園に連絡してきてください。」

切ない表情の彼女と僕は目を合わせることが出来ない。どうしてまた僕に興味を持つんだと心が苦しくなる。ここに居られない気持ちになり、彼女が立つまで支え終わってから役所の出口に向かって足早に進み始めた。ミアも僕の後に続いてきた。

外までと言ったのに、外に出てからもミアが付いてくる。うーんと思いながらも僕は歩みを進めて先程役所前の噴水のところで待ち合わせをした相手を探す。

「ねえこれから親睦会まで時間あるし、ちょっとどこか寄らない?」

「いえ僕は遠慮しておきます。」

ミアの誘いを断ったことに彼女がふくれっ面をした。他の誰かを誘えばいいのではないかと思うが、彼女は僕が良いのだろう。

「誰かと待ち合わせしているの?もしかしてメールしてた彼女さんでしょ?」

「いえ、違います。」

ミアは僕の答えに首を傾げた。あれ?まだ着いていないのか?もしやこの街のどこか遠くまで行ってしまって迷子になっているのかも知れない。それかもう終わったから噴水まで来てくださいと言ったのが呼び出してしまったようで悪かったか?

色々と思考を巡らせながらも辺りを見回していると、すぐそばの生垣のところで赤い髪の女性が座っているのが見えた。いた!

……。

……しかし彼女は何故か、不思議な表情をしていた。目を大きく見開き、歯を思いっきり食いしばった表情で手鏡を持ち、自分の歯茎を観察しながら待っていたのだ。奇想天外な彼女の待ちの仕草に、思わず僕は笑ってしまった。

「ふふっ……はっはっは!」

僕は笑顔でヒーたんの方へ小走りで向かった。

「全く……ふふっ!何をしているんですか?そんな顔して、ふふっ!」

お腹を抱えて笑ってしまう。緊張感の漂っていた会議の後のこれは、一気になんだか癒された気分だ。ヒーたんは見られたことも笑われたことも恥ずかしかったのか、プイとそっぽ向きながら言った。

「何って……歯茎見てたんですよ!見た目って大事ですからね?見た目の大事さを追求すると歯茎にたどり着くって、今日買った雑誌に書いてあったんです。ほら見てください!私はおしゃれして魅力を手に入れたいんですよ。ちょっと訳がありましてね……クックック!」

僕は笑顔のままヒーたんにくっつけるように隣に座った。彼女は僕に女性用のファッション雑誌を広げて渡してくれたので見てみたが、それは歯磨き粉のPRのページだった。色々と面白すぎて僕は抱腹して止まらない。目から涙さえ出てきた。

「ふふっ、ふふっ……しかしオシャレしたいからと言って、まず歯茎を攻めますか?」

「お金かからないじゃないですか、歯茎だったら〜。」

「ふふっ……はっはっは!」

「ちょっ、家森くん!」

え?

僕が笑うのをやめて声のした方を見るとそこには、ミアがぽかんとした表情で僕と隣のヒーたんを交互に見て突っ立っていた。

「ミア、どうかしましたか?」

「どうかっていうか…その子は?……」

隣のヒーたんが立ち上がって頭を下げた。僕も立ち上がり、彼女達を互いに紹介することにした。

「ああ、紹介ですね。こちらは山林校副学園長のミアです。僕と学園時代同じ学年でした。専攻は確か僕と同じ有機魔法学です。続いてこちらはヒイロです。ブラウンプラント校のグリーンクラスです。僕が今年度から新設した通常実践魔学の専攻です。」

「ああ、家森先生と同学年だったのですね、よろしくお願いします!」

ヒーたんが笑顔で挨拶すると、ミアも戸惑いの表情をしたまま頭を下げた。片耳にかけられたブロンドのロングヘアがさらりと揺れた。

「こ、こちらこそよろしく……あの、それだけ?」

ミアは意味有り気に僕の方に小指を立てて首を傾げた……なるほど、ヒーたんとの関係を疑っている訳か。まあ、敢えて聞き返そうか。

「それだけとは?」

「家森くん、見たことないくらい笑ってるから……」

遠回しの発言だ。しかしそれを聞いてヒーたんが笑いながらミアに聞いた。

「ええ、家森先生ってやっぱり昔からあまり笑わないのですか?」

「ええ……まあ。そうね。あまり見たことないから、ふふ……その〜、二人はお付き合いしてないの?」

ミアの質問に僕は答えた。

「していませんよ。彼女は生徒です。」

「そ、そう。それだけ気になったから。じゃあまた後で。」

そう言ってミアは手を振って去って行った。ヒーたんも頭をミアに下げていたが、姿が消えると僕の手から雑誌を回収してリュックに入れた。

もう夕日で広場が染まっている。

「さて、どうしますか?あなたは食事会、僕は親睦会が始まるまで少しゆっくりしたいですね……高崎の時と同様、宿を半借りしますか?」

僕はワザと半借りと言った。勿論高崎の時と同様、そのつもりはない。ヒーたんが少し苦笑いしてから答えた。

「まあ〜……まあ〜……最近思うのはあだ名のことといいホテルのことといい、いつもタライさんと比較してきますけど、家森先生はタライさんと同じくらい私と仲良くしたいってことですか?」

「まあそうだと思っていただければ」

本当はそうではない。高崎なんかと比較出来ないぐらいに彼女に特別扱いされたい。しかし焦っていいことはない。ベラは急げというが僕はそうは思わない。

「じゃあ分かりました。時間までどこか半借りしましょ。」

「はい、では行きましょう。」

僕とヒーたんは広場を歩き始めた。

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