スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第51話 騒ぎのグリーン寮

ドンドン

ドアを叩かれた。もう誰が叩いているのか理解出来る頭など今は持っていない。私はベッドからゆっくりと身体を起こして、玄関にトボトボ向かったけど、ドアを開けないで聞いた。

「誰?」

「ヒーたん、俺や。最近全然元気無いやん。メール送っても素っ気ないし、ゲーム誘っても遊ぼうとせーへんし。お願いやから開けて。」

タライさんだ……私はコクっと頷いてからドアを開けるとそこに、心配そうな表情のタライさんが立っていたので中にどうぞとジェスチャーをする。

「どしたん?何があったん?」

ガチャとドアを閉めて冷蔵庫から麦茶を取り出しながら言った。

「……家森先生と……別々に生きることにしました。」

「え!?何でなん!?ちょっと話しかせてよ!」

心なしか明るい声でそう言ってきたのでグラス片手にタライさんの方を振り返る。やはり彼は椅子に座りながらちょっとニヤニヤしていた。

「なんでちょっと、嬉しそうなんですか……?」

ガン!とテーブルにグラスを置いたらタライさんがビクってした。それでも構わず私はそのグラスに麦茶を注ぐ。

「あ、ありがとな。う、嬉しいちゃうよ……そんな、ヒーたんが辛いのに。ほんで何でフラれたん?」

やっぱりちょっと嬉しそうなタライさんをちょっと睨みつつ私は答える。

「フラれたんじゃないですもん……ヴァアああ!」

もうだめだ。情緒不安定もここまでくると人前なのにも関わらず涙が出てしまう。急に泣き出した私にタライさんはちょっとびっくりしてたけど微笑みながら両手を広げてきてくれた。

「もうしゃあないな……ほらおいで」

うわ……優しい。どうしよう。

「ええ、でも」

「抱き締めたる?な?」

甘えていいのかな……今、かなり弱ってるから誰でもいいから抱き締めて欲しいと思ってしまってるけど、こんな状況になってもまだ彼に抱き締めて欲しいと思ってしまうんだから私は狂ってる。そんな自分に勝ちたくて、彼の腕の中に飛び込んだ。

温かいけど、違う。でも少し安心した。ぎゅうと力を込めてくれるタライさんは優しい。

「……ヒーたん、俺は絶対にどこにも行かんから。ここにおるよ?」

その言葉……今の私には優しすぎた。涙がポロポロと出てしまってタライさんの紺のシャツにシミが出来る。頭をナデナデしてくれる時に、ふとベッド脇の棚に畳んで置いてあるドラゴンハンターの部屋着が目に入ってしまった。

辛い……ただ辛くなって、タライさんから離れた。

「もう平気か?」

「……うん、ありがとうタライさん。」

コンコン

……え。この叩き方には心当たりがある。

タライさんは玄関の方を振り向いた。

「誰やろ、マーヴィンか?」

「……彼はこんなお上品な叩き方しないですよ。お上品な人はお上品な人とお付き合いすればいいんです。」

コンコン

「何や急に卑屈になったな。はよ出たら?また叩いてるよ?」

「……はい」

私はタライさんに言われた通りにとりあえず出ることにした。猫背の姿勢をしてドアに重たい足取りで向かう。

「ああ……何だろう、置いてた歯ブラシとか持ってきてくれたのかな。」

呟いた言葉に誰が来たのか察しがついたタライさんが驚きの声で言った。

「え?歯ブラシ置いてたん!?どんな頻度であのお方のお部屋に行ってたんや……アンタ。」

もういいじゃんそんな過去のこと。はあーあ、とため息しながらドアを開けた。

ガチャ

案の定、白衣姿の家森先生……と脇に何故かマーヴィン、グレッグ、リュウが立っている。

何その状況……彼らは私の部屋にタライさんがいるのに気づいたのか、ちょっと目を丸くした。振り返るとちゃうちゃう、とタライさんが苦笑いで手と首を振っていた。まあ別にもう誤解されてもいいですけどね。

「何ですか?」

私の質問にタライさんをちょっと睨んでいた家森先生がこちらを見つめて、ちょっと黙ってしまった。首筋をカリカリと書いては、話す言葉を探しているような仕草のまま時間が過ぎていく。せっかく来てくれたけど何も話そうとしないまま時間が経っていくので、もういいかと思った。

「何も用事無いなら……「あります!この前の件です。」

この前の件?どの件?マリーの件?それとも私に好きな人いるっていう件?すると家森先生が意を決した表情で話し始めた。

「ヒーたんが望むのなら僕がドMになります。どういう心構えを持てばいいのか調べて参りました。さあ、襲いなさい。」

えええ!?

ええええええ!?

色々とツッコミが追いつかないんだけど……!?

皆の前でヒーたんとか言ってるし、皆の前でドMになるとか言ってるし、皆の前で……あああ!?やはりと言っていいのかグレッグ達は驚愕したのか、顎が外れるくらいに大口を開けている。そりゃそうだ……。

「いや、ちょっと……何を?」

つい笑いを漏らしながら戸惑ってしまった。そりゃそうでしょ?え?そりゃ調べてきてくれたのは嬉しいけど……

いや違う!心を強く持て!リュウの為に突っぱねないといけないんだ……と思っている次の瞬間、何と家森先生が自身の白いシャツの胸元のボタンをゆっくりとはずし始めたのだ!うあああ!?

ブーっ!と背後のタライさんが笑い崩れた音が聞こえた。

「ちょっと待ってくださいって!いやいやいや!みんな居ますよ!?」

しかし何でまたこんな大胆な行動に出ているのか!?もう訳が分からない。後ろにいるグレッグ達も家森先生のただならぬ言動にもう笑い転げていて大騒ぎになっているし、その物音を聞いてか他の奴らまで野次馬で駆けつけてき始めた。

改めて彼の方を見るともう既にボタンが3個も外されいて、はだけた胸元が超セクシーだった……シャツをちょっと横にずらしたら胸のあれが見えるだろう。

これはやばい。ダメダメダメ!私は慌てて彼のシャツのボタンを閉め始めた。そしてボタンを摘む私の手を彼が掴んできてしまった。ああ、私の手を襲ってきた久々の温もりがやばい!もうお助けあれ〜〜〜!

と、とにかく部屋で話したいと思って彼らを入れる事にした。

「もうその強気な受け具合は一体なんですか!と、とにかく中へ入ってください……あとリュウ達も一緒にきたんだよね?どうぞ。」

家森先生が部屋に入ってきて、その後にうい〜と言いながらマーヴィン達も入ってきた。あの廊下の野次馬連中はまだ部屋の外にいるだろう……別に部屋に入らなくても話し声が聞こえるしね!ああもう!

ドアの鍵を閉めてベッドの側まで戻ると、私のベッドに家森先生とリュウ達が肩をくっつけて座っていた。いつの間に何でそんな距離感近くなっているのか訳を聞きたいし、もう今日はツッコミが追いつかない。夢なのか……そうか、これは夢なのか……?

「ヒーたん」

夢じゃなかった。話しかけられた。私は立ったまま家森先生を見つめた。確かにちょっと目の下にクマが出来てる気がする。

「あなたが元気ないことを心配したグレッグ達が、僕にここにくるように頼んできたのです。あなたがいつも僕の名を呼びながら泣いていると聞きました。それに僕だってそろそろ訪ねようと思っていましたし……」

グレッグ達が呼んでくれたの!?しかも……やっぱりマーヴィンに泣いてるの聞こえてたんだ……恥ずかしくなって両手で顔を覆った。指の隙間から家森先生を覗き見ると、彼はタライさんを睨んでいるのが分かった。

「しかし高崎はここで何をしていますか?」

家森先生の冷たい声の質問をグレッグ達がニヤニヤ笑っている。タライさんはこの状況を面白く思っているのか、今にも口笛を吹きそうな感じで口を尖らせて答える。

「あ、どうも家森先生。ぷっ……ドMになったんですってね。」

ピキッと家森先生の眉が揺れる。

「……ふふ。もしやとは思いますが、配管工はあなたですか?」

あ、違う。やばい。

『配管工?』

グレッグ達が同じタイミングで呟いた次の瞬間、家森先生が急に立ち上がって椅子に座っていたタライさんの首根っこを掴んでしまった。

「……配管工は貴様かと聞いている!」

「があああっ!ドMになるんちゃうんですか!?配管工ってなに!?なんでやねん!」

バタバタと赤い顔で抵抗するタライさんを助けようと私は家森先生の腕を掴むが、その屈強な男の力にビクともしない。それを見てぎゃははは!とグレッグ達は笑いまくっている。

「ドMになるのはヒイロ限定です!サイトでハウトゥーを調べて自分に心構えを馴染ませるのに時間がかかって……しかし何故あなたがここにいますか!?隙を見せるとすぐこうしてヒイロに近づいて……貴様はコヨーテか!」

コヨーテ!……ちょっと私も笑えてしまったけど、私のせいで犠牲になってしまっているタライさんを助けるためにどうにか言ってみる事にした。

「やめてやめて!やめて!……違いますから!タライさんは最近私が元気ないからって、心配して来てくれてただけですから!」

すると私をチラッと見た家森先生がタライさんを解放して、タライさんはゲホゲホと咳き込んでしまった。

「……ウォッほ!……解放された……死ぬかと思った。そういう事です、心配して会いに来ただけですって。落ち着きなはれや……。」

家森先生は乱れた白衣を羽織り直しながら頷く。

「そうでしたか、すみませんでした」

何その心こもってない感じは……。ふうとため息を吐いた家森先生は私の方を向く。

「しかしヒイロはどうしてこの部屋の中で僕の名を呼びながら泣きましたか?僕と離れられて清々せいせいしているのでは?」

清々などした事ないけど……そう思ってしまうのも仕方ないよね。

「……だって、もう家森先生といられないから。」

その言葉を聞いた家森先生は、本当に辛そうな表情で私を見つめてきた。

「ですからそれはどうしてなのです?」

言えない。言えない。

ずっと黙っていると、息を整えて麦茶をごくっと一気に飲み干したタライさんが口を開いた。

「はあ……全く。もう、そんな家森先生が好き好き!の状態で距離置くなんて無理やんか!俺も含めてちゃんとみんなが納得するような理由を話してくれや……。」

そうだよね、タライさん……私がみんなを振り回してるのかもしれない。でも言えないもん。どうしよう。

もうマーヴィンとリュウも心配そうにこちらを見てるけど、グレッグはというとイライラした表情をしてて、私と目が合うとすっと立ち上がって思いっきり私の首を掴んできた。

グエエ!?

「なんだよヒイロ言えよ!あんまうじうじしてるとぶっ飛ばすぞ!」

ええ!?ぐるじい!!

意外と力を入れてくるから息が出来なくて苦しんでいると、すぐに気付いた家森先生がグレッグの腕を掴んでばっと私から引き剥がしながら叫んだ。

「グレッグ!言動に気をつけなさい!」

結構大きな声で怒られてシュンとしたグレッグが両腕を力無くぶら下げながら家森先生に謝った。

「すみません……でもさヒイロ。」

グレッグが今度は私のことを見つめる。

「俺たち仲良いのに隠し事すんなよ。俺だってちょっとヒイロのこと心配だしさ。ちょっと二人がドMとか語れるぐらいに仲良いのとか、ヒイロがすごく家森先生のこと好きだってこと知った時は驚いたけどさ……タラちゃんの言った通りそんな状態で家森先生と離れるなんて無理だって俺も思うけど?もう家森先生と……離れんなと思うし、離すなよ。」

グレッグ……真剣に語ってくれた彼の言葉が私の胸を激しく揺さぶってきて、その苦しさに私は頭を抱えながら涙を流してしまう。

「グレッグ……ウェゲェエエ……」

タライさんがテーブルに置いてあったティッシュ箱を渡してくれながら言った。

「もっと普通に泣くとか出来へんの、あんた……」

「だってぇぇ……」

チーンと鼻をかむ私を5人の男が見つめている。はあ、もう言うしかないのかもしれない。家森先生は何言っても納得しないだろうし、グレッグは首絞めてくるし……。

「わ、分かりました……。だけど私から聞いたって話にしないでね?」

うん、はい、と皆が同じタイミングで了承してくれたので小声で話す事にした。

「……黙っててと言われてるので罪悪感あるんですけど、話します。もう首絞められたくないから……リサから」

チーンと私が変なタイミングで鼻をかんでしまった。周りでリュウ達がリサ?と首を傾げて目を合わせている。鼻をかみ終えたので続きを話す。

「リサから私と家森先生がデートするらしいって聞いたマリーが……私が家森先生と距離置かないと、リサにリュウと別れるように言うからと言ってきた。」

「ええ!?それは困る!?」

ばっと立ち上がって私を凝視してきたリュウに私がそうでしょ?と言ってまた涙を流すと、その涙と鼻水を家森先生がティッシュで拭いてくれた。ああ優しい……なんて思っていると、すぐそこでグレッグがリュウの肩を何度もバシバシ叩いているのが見えた。あ、マーヴィンも叩いている。

「何言ってんだよ!リュウ!」

「大体デートのことリサに話してんじゃねえよ!」

気づいた家森先生が私の鼻を拭きながら叫んだ。

「グレッグ!マーヴィン!やめないか!あなた達!」

すみません……と収まったが彼らはまだリュウを睨んでる。確かに話したのはリュウだけどこの一連の出来事、リュウのせいではない。そして思案顔になった家森先生が言った。

「しかしそうでしたか……それは困った状況ですね。僕からマリーに釘を刺しても良いのですが。」

「それだとリュウとリサが……」

タライさんが勝手に冷蔵庫から麦茶を出してお代わりしながらリュウに聞いた。

「リュウはさ、リサのこと好きなんやろ?」

「まあ……可愛いし」

「でもリサって結構マリーの言いなりじゃん。それはなんでなの?」

グレッグの質問に、リュウはしょんぼりした雰囲気で答えた。

「わかんないけど、マリーのこと友達として好きみたいなこと言ってた。」

パンと家森先生が両手を叩いた。

「とにかく、一度話し合わないといけません。僕の方でも直接マリーには確認しますよ。」

「いや!それは……」

それはいけない。何がどうなるか分からないし、もっとややこしい状況になるかもしれない。そう思って首をブンブン振る私の頭を家森先生がガシッと掴んだ。

「このままではマリーが調子に乗るだけです。それに僕の幸せを考えたことがありますか?」

「え?」

「僕はマリーと一緒にいたいなど、これっぽっちも考えたことはない。ですからマーヴィンにはいつも悪いですが、またこれからもこの部屋にも来るでしょうし、これからもヒイロと仲良くします。あなた達が思っている以上に僕は彼女にお世話になってますし、彼女のことが好きです……リュウには悪いですが、僕は自分の幸せを優先したい。勿論、リサにはリュウとの交際を続けて欲しいと僕からお話するつもりです。」

リュウが頷く。

「それなら……そうだよな。マリーはちょっと勝手すぎるし。リサがそれで別れるってんなら、それまでだったって話だし。でも家森先生のお話に期待します。」

ははっと皆から笑いが漏れたところで、一度この話し合いを解散する事になった。

……勿論彼は残るけど。

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