スカーレット、君は絶対に僕のもの
第46話 罰と褒美
もう夜の21時。私は全ての宿題を終えて自分の部屋で一人、PCで作曲をしていた。皆が応援してくれるんだもん、頑張らなくては。
そう思い、海上のピアニストだけじゃ無くて色んなコンテストに応募しようと思ってPCで探してみると、世紀末ランズっていうグレッグ達御用達のゲームの主題歌の募集コンテストがあったので、それに向けて今度は頑張ることにしたのだった。
……でもあまりプレッシャーにならないように、たまに息抜きすることも大事だから干し肉を食べる。
そう、そして当たり前かもしれないけど彼から何も連絡が無い。やっぱり幻滅されたんだろう。ピアノの時も結局一回も微笑むこともなかったし……どう思っているのか何を考えているのか気にはなるけど、私から聞くのは出来ないし、時間が解決するのを待つしかないのかも。
「はぁーあ」
ため息をついて冷蔵庫から麦茶のボトルをとって、そのままゴクゴク飲み始めた。もこもこ素材のショーパンにキャミソールの部屋着、もう夏が近いから部屋の中も暑くなってきたのでショーパンも新しいの買わなきゃな……。
私はボトルにキャップをつけてテーブルの上に置いて、さっきの作業の続きをしようと思った。もう今は集中しよう。あ、そうだ。
突然思い出してテーブルの上のリュックから筆箱を取り出し、その中にある消しゴムを手にした。これは今日の授業中にマーヴィンに借りたものだ。これを返すの忘れたのを思い出した。今後はこういう細かなところからしっかりしていかないとね……危ない危ない。
私は消しゴム片手に玄関のドアを開けて、すぐ隣のマーヴィンの部屋をノックした。するとすぐに開いて半裸のマーヴィンが出てきた。
「何?」
「消しゴムありがとう……あと、なんでいつも半裸なの?」
「ああ……」
マーヴィンは癖っ毛をかき上げながら言った。
「だって最近暑いじゃん。まあいいけど、お前さっきからピアノっぽい電子音聞こえるんだけど。」
「え!?音量最小にしているのに!?」
そうだよ。気を使って最小にしているのに。蚊が飛んでいる音の方がうるさいぐらいだ。
「イヤホンでやれよ……この寮まじで聞こえやすいんだから。」
「そっか、ごめん。じゃあイヤホン買ってみるよ……」
「あ、ちょっと待って」
え?
マーヴィンは部屋の中に消えて行った。ちょっとドアから覗いてみるとベッドの周りに衣類がごちゃごちゃになっている乱雑っぷりが見えた。すぐに何かを手にして戻ってきた。
「これやるよ。いらなくなったから。」
それは赤と黒のイヤホンだった。これをくれるの!?
「ええ!くれるの!?ありがとう!」
「いいよ。俺の為だけに買わせるのも悪いしな。それにそれ結構いいやつだから音もいい感じに出ると思う。まあこないだ新しくもっといいの買ったからそれはお前にやるよ。」
ははっと笑うマーヴィンに握手をして私はニコニコしながら部屋に戻った。やったー!これでこの部屋の中でも気兼ねなく大音量で音楽が聴ける!
早速PCにつけて音楽を鳴らしてみる……おおお!素晴らしいバランスだ!気に入った!これは捗るぞ!私は気合を入れてカタカタと打ち込み始めた。
盛り上がりに欠けるかな……ちょっと引き伸ばしてみようかな、なんて考えながらじっと作曲作業に励む。気がつくと0時になっていた。集中していると時が経つのが本当に早い。
そして壁に貼ってある私お手製のグリーンクラスの時間割ポスターをチェックした。明日は火曜で1限から5限までみっちり詰まっている時間割だ。
それに1限は有機魔法学だし……あまり夜遅くまで起きて無理は出来ない。区切りのいいところで作業を止めて麦茶を飲みながらイヤホンで音楽をまた聴いた。
「ふぅー。」
きっと彼からの信頼も、そのうち取り戻せるだろう。それには時間が必要なだけなんだ。家森先生今頃何をしているんだろう……お夕飯何食べたんだろう。私は干し肉だったけど。
するとテーブルの上の携帯が光った。メールの着信だ。ああ、そうか。作曲に集中してたし、PCのメール通知は携帯があるからと思ってオフにしてたし、携帯もイヤホンしてたから音も聞こえなかったし、長い間確認してなかった。ちょっと焦りつつ私はメールを確認した。
____________
部屋にいませんか?
家森
____________
え?……いるけど?そのメールは5分前くらいに届いていて、それ以外に彼からのメールは無かった。ああもしかして、イヤホンしてたからノック音に気付かなかったのかもしれない。私は念のために玄関のドアを開けて確認した。
うおお!
そこに家森先生が真顔で立っていたのだ。驚いたけどどうにか口を押さえて声を出すことを堪える事が出来た。どうしてここに居るのか、私は彼に小声で聞くことにした。
「……や、夜分遅くにどうしました?」
「……どうしてメールしてくれないんですか?僕は待っていたのに。」
拗ねたような表情で甘えたような声で言ってきたので、思わず胸がキュンとしてしまったが、このグリーン寮の驚異的な音の浸透率を思い出して、私はしーっと言ってから部屋の中に招き入れた。
「結構聞こえるんで!……シー」
「シーは分かりました。どうしてメールくれないのか聞いています。」
小声で拗ね始めた家森先生に取り敢えず麦茶の入ったグラスを渡したけど、それを彼は口を付けずにテーブルに置いて私のベッドに座ってしまった。
それにいつもの白衣にシャツにジレの姿だけど、今日の服装とは若干違うような気もする。よく見ると手には魔道書とテキスト、ファイルを紐で束ねたものを持っていた……そ、それは何だろう?
「どうしたのですかその荷物。今学園の帰りですか?でも今日の服装と違いますね。」
「一度帰宅してから着替えて明日必要なものだけを持ってきました。」
え?
「え?ここに泊まるのです?」
「……いけないの?」
プイとそっぽ向いてしまった……ちょっと待って。
「でも、宿題やってなかったから怒ってるんじゃ?……それはかなり反省していますけど。」
「確かにそれは少し怒っています、しかもクラス全員なんてあんまりではありませんか。」
そうだよね……それはそうよ。私はシュンとしてベッドの家森先生の隣に座った。
「ごめんなさい。」
「……いえ。次はないと思ってください。」
「はい……。」
なに、怒りにきたの?そうだ。
「それで、どうしてメールをくれないのかって聞きましたけど、なんていうか家森先生怒ってるだろうし、私から送るのは遠慮してしまうし……だからです。」
「なるほどそれで遠慮したという訳ですか……。確かに僕は怒りました。ですがそれは教師として怒りました。プライベートでは……仲良くしたい。メールだって最近よくやり取りしてくれて、毎日楽しみにしていますし、欲しいのに。それに今日のピアノ演奏は本当に素敵だった。よりあなたが魅力的に感じられました。」
グァぁ……お誉めいただいて、胸がきゅうきゅうしてしまって思わずグッと胸を握り潰した。
すると家森先生が羽織っていた白衣を脱いで畳み始めた。シャツにジレの姿、家森先生のスリムな体のラインが結構見えるので、ついたまらない気持ちになる……そんなんで興奮してしまうのだから、私はその点においてはサイコなのかもしれない。
テーブルの上に白衣と魔道書などの束を置いた家森先生が、またベッドに座って眼鏡を枕元に置いた。
「……これからヒイロをお仕置きします。結局先週末はグレッグ達のせいで「あっ……ですから聞こえるんで。」
それにお仕置きって何?プライベートは分けるんじゃなかったの?家森先生は頬を軽く染めて言った。
「分かりました。僕もなるべく音を立てないようにしますから。」
「無理です。絶対に音が聞こえるのでここではお仕置きしないでくださいお願いします」
ふふ、と微笑んだ家森先生ベッドのそばで立っている私の腕を引いて、ばっと私をベッドに押し倒してしまった。あまりの速さにそのまま抵抗出来ず、もう私の上には彼が覆いかぶさっている。
「嫌です。それにお仕置きをすると言った。」
え?
「あれ?」
シュババッと目を何かの布で覆われて見えなくされてしまった!目隠しの布は頭の後ろで結ばれてしまっている。
え!?何してんの!?
「ちょっと!見えない!」
「そうですか、それは大変だ。それと手もこうしましょうか。ふふっ」
何それどうしたの鬼畜!抵抗するけどチューンと音がして、いとも簡単に両手首を纏めて縛られてしまった。
「ええ!?何したんですかちょっと!」
「ああ、通常実践魔法の物を縛る術ですよ。これを使えばいいんだと今日職員室でテスト用紙を作成していた時に思いつきましてね。ふふ」
「ふふじゃないです!あああ!」
もう動けない。魔法をそんなことに使うのはこの地下世界で彼一人なんじゃないだろうか。しかも手首が繋がっているので、頭上に上げられてしまうと上半身が仰け反った姿勢になって結構恥ずかしいんですけど!
「ちょっと!何ですか!?いやいや!?」
「しーっ聞こえますよ。」
「じゃあやめてくださいよ!」
「なら我慢してはどうですか?僕の知ったことじゃない。ああヒイロ、今とても美しいです。手首を縛られているあなたの姿を見ていると僕はゾクゾクします。」
彼こそが真のサイコなんじゃないだろうか……。もしかしたら私は人選ミスをしてしまったのかもしれない。そうか、ドSってこういうことしてくるんだ。人生とは学ぶことばかりだ。
ギッと近くの布団が沈んで近づいてきたかと思うと、ちゅっと唇にキスをしてきてくれた。なんかこの姿勢なのにキスは羽が触れるようにとても優しい感触のキスで、思わずキュンと胸が苦しくなる。
「……ん」
「……ヒイロ、好きだよ。」
グアア……キスしながらのそれはずるい。
「……グアア」
「ほ、他の反応がいいんですが……」
「でも結構隣まで聞こえるんですよ?PCの最小音量だって聞こえるんですから、このやり取りだってもうまる聞こえてますよ……」
「へえ。なるほど。しかし聞こえたところで誰もあなたに手を出そうとはしなくなるでしょうから僕は好都合ですが。」
もうこの人は次元が違う。もう勝てない。抗えもしない。
半ば諦めモードに入った私の抵抗心が薄れてくると、それを分かっていたのか家森先生は私の頭をナデナデした後にぎゅっと抱きしめてくれた。
ベッドの上で頭上に両手を縛られた状態で彼はぎゅっと抱きしめてくる。この状況は何なのか。しかも何も見えなくて目の前は真っ黒だ。これも何。
そのうち彼は口づけをしてくれた。私の上に覆い被さりながら優しく唇を合わせてくる。それが終わると彼の唇がちゅ、ちゅ、と音を立てて私のあごまで移動して、しまいには首に辿り着いた。
はむっ
そして何と首を甘噛みしてきたのだ。
「あああ〜〜〜!それはちょっと待ってくすぐったい!お助けを〜〜!」
「お静かに、お静かに。」
お静かにじゃないよ!めっちゃかみかみしてくる!くすぐったい!またかみかみしてくる!ああ〜!
私は抵抗して足をバタバタしながら、両手で家森先生の頭を遠ざけようと押した……けどすぐに掴まれて彼の手で頭上に固定されてしまった。
「お仕置きです。ふふ、じっとしていてください。」
「いやいやいや!くすぐったいのは無理〜!ごめんなさいごめんなさい!」
謝罪の言葉は彼には届かなかったようだ。また首に甘噛みしてきている。じゃあせめて……!
「せめて目隠しは取ってください……ちょっと怖いから。」
「そうでしたか、ごめんなさい。」
怖いと言ったからか、すぐに家森先生は目隠しを取ってくれた……そんな優しさをまだ持っててくれて少し安心した。そして目隠しを取ってもらった時、彼の表情を見てちょっと後悔してしまった。
家森先生の頬が真っ赤でとても照れていたからだ。それを見て私は恥ずかしくなって胸がばくばくした。この激しい鼓動を感じたまま甘噛みされるのは耐えられない。と思っていたのも束の間、
「じゃあ続きを」
私の首元に茶銀の頭が埋もれていった。あああ〜!
……どれくらい経っただろうか。隣のマーヴィンはどう思っているだろうか。そんなことは知らない。私はまだかみかみ甘噛み攻撃を受けているのだ。不思議なことに最初のくすぐったいから変化して、今はぞわぞわした変な感じに進化している。
それもあって私は足をモジモジしてしまうが、何故か家森先生も足をモジモジさせているのだ。これは何なのか……調べる時間をください!私には知識が無さすぎる!
「もう、もう無理〜〜〜」
「ヒイロ……はあ、約束して。」
「え?今?……な、何です?……ああ〜〜」
「火、木、土、日を僕と会う日にしてっ……」
え……!?今ここで言う!?しかも火曜木曜、それに土日って一週間の大半じゃん!?バイトのシフトか。
「ちょちょっ……その、あ……かみかみしながらは。ちょっと待ってくださいって!」
ちゅっと首筋に一度キスして彼が口を私の首から離した。茶銀の髪が乱れて、顔の紅い家森先生が熱にまみれた瞳で私を見ている……ついドキッとしてしまった。
「だめ?」
「だめじゃないですけど……土日は両方ですか?」
「だめ?」
「……じゃあタライさんやマーヴィン達とゲームしたいときは?」
「……報告してくれればいいです。でも宿題が残っているのなら禁止します。」
アッハッハ、もうそれどういうこと?タライさんの言う通り束縛じゃないの?まあいいっちゃ良いんだけど……うーん。迷っていると彼がムッとした表情をしてからガブッと首を噛んできた。一気に全身がゾワゾワして震え上がった!
「ああ〜〜!ちょっと待って!考えてる〜」
「ん……いいって言って。ヒーたん」
ううう〜もうこの甘いお仕置きもその掠れたおねだりの声も、もう限界だ。
「あああ、わ、分かった、分かりました……あああ〜!」
「ありがとう。好きだよ……ご褒美あげる。」
彼は体をずらして口づけしてくれた。それも今までとは比較にならないくらいに激しいものだった。口を開けて舌を絡ませてきて、息をするのも大変な力強いキスに体が熱くなる感覚がしている。
それにご褒美ってもう何……どこから出てくるその言葉。もしその思考が最初から彼に備わっているのなら、やっぱ彼はちょっと常軌を逸していると思う。
でもこの感覚を気に入ってしまっているのか、これが私だけに対してすることなのかと気になってつい聞いてしまった。
「これするのは、私だけ?」
「うん……ごめんね。僕は本当はこういう人間ですから。でもヒーたんのこの姿、とても綺麗でドキドキします。この姿も僕のものだし、これをするのはヒーたんだけです。あなたは本当の僕を受け入れてくれるから。」
……家森先生のもの?そう言われて何だか急にまた胸が苦しくなって、思わず目を閉じてしまった。
それに受け入れてくれるって当たり前のことなのに……そう聞くと今まで家森先生は素を出してこれなかったんだと思った。それも全部受け止めたい気持ちに包まれた私は、拘束された手で少し家森先生の茶銀の髪を少し撫でてみた。さらりと指に絡んで気持ちいい。
「大好きだよ。」
そう言ってまた優しくキスされた。大好きって、言ってくれた。私だって……出来れば家森先生を独り占めしたい。そんな想いが胸に芽生えていたことに今気づいた。
キスし終わると私の手首の紐を解いて解放してくれた。
同じ枕を使って隣で寝そべって微笑んでくる彼。じっと私を見つめている彼に聞いた。ずっと叫んでたからか声が掠れた。
「これがお仕置きの過激バージョンですか……」
「いえ、まだ10段階中1のレベルです。」
は!?
私が大口を開けて驚いていると、家森先生ははっはっは!と笑い始めた。
「ヒイロは過去の記憶がありませんから、あまり過激なことはしないようにと思います。」
そのお気遣いは嬉しいけどこれでも過激じゃないんだ。なんて伸び代を持つお方。末恐ろしい人だ。
やっと体を包んでいた気だるさが抜けてくると、ベッドから降りてリュックにテキスト類を入れて明日の準備をし始めながら家森先生に聞いた。
「今日は本当にここに泊まるんですか?ベッド狭いですしお風呂もありませんよ?」
「……いけないの?」
「いけなくありませんとも。どうぞどうぞ。」
もう何なんだろうこの感じ。もう逆らえないこの感じ。でも昔と比べるととても仲良くなった気がしてちょっと嬉しかった。家森先生にシャワーを先に浴びてもらうことにして、その間に私は明日の準備を整え終わると、私も彼の後に浴びる準備をした。
シャワーを終えた家森先生が部屋に戻ってきて、頭をタオルで拭きながら微笑んだ。
「ああ、シャワーありがとうございました。さっぱりしました。本当にこれお借りしていいんですか?この……」
「はっはっは!」
笑ってしまった。だって今家森先生はドラゴンハンター記念Tシャツ(マーヴィンが街のゲーセンで当てた商品)を着ている。ズボンもそれの上下セットのものだ。
マーヴィンが同じものを二個当てたからやるよってくれたものだけど、メンズなので使用してなかったので丁度いいと思って部屋着として家森先生に貸した……が、やっぱイケメンは何着てもしっくり来るんだな。見たことない彼のやんちゃな雰囲気に笑っちゃったけど。
「……まあ着心地は良いですよ。ふふ」
「うん、それに似合ってます!……グリーンクラスに馴染めますよ!」
「えっ」
ああ、そっか。そうだよね。それは嫌だよね。はい。すいませんでした。
しかし家森先生のその反応は冗談だったのか、すぐに微笑んでくれたのだった。
そう思い、海上のピアニストだけじゃ無くて色んなコンテストに応募しようと思ってPCで探してみると、世紀末ランズっていうグレッグ達御用達のゲームの主題歌の募集コンテストがあったので、それに向けて今度は頑張ることにしたのだった。
……でもあまりプレッシャーにならないように、たまに息抜きすることも大事だから干し肉を食べる。
そう、そして当たり前かもしれないけど彼から何も連絡が無い。やっぱり幻滅されたんだろう。ピアノの時も結局一回も微笑むこともなかったし……どう思っているのか何を考えているのか気にはなるけど、私から聞くのは出来ないし、時間が解決するのを待つしかないのかも。
「はぁーあ」
ため息をついて冷蔵庫から麦茶のボトルをとって、そのままゴクゴク飲み始めた。もこもこ素材のショーパンにキャミソールの部屋着、もう夏が近いから部屋の中も暑くなってきたのでショーパンも新しいの買わなきゃな……。
私はボトルにキャップをつけてテーブルの上に置いて、さっきの作業の続きをしようと思った。もう今は集中しよう。あ、そうだ。
突然思い出してテーブルの上のリュックから筆箱を取り出し、その中にある消しゴムを手にした。これは今日の授業中にマーヴィンに借りたものだ。これを返すの忘れたのを思い出した。今後はこういう細かなところからしっかりしていかないとね……危ない危ない。
私は消しゴム片手に玄関のドアを開けて、すぐ隣のマーヴィンの部屋をノックした。するとすぐに開いて半裸のマーヴィンが出てきた。
「何?」
「消しゴムありがとう……あと、なんでいつも半裸なの?」
「ああ……」
マーヴィンは癖っ毛をかき上げながら言った。
「だって最近暑いじゃん。まあいいけど、お前さっきからピアノっぽい電子音聞こえるんだけど。」
「え!?音量最小にしているのに!?」
そうだよ。気を使って最小にしているのに。蚊が飛んでいる音の方がうるさいぐらいだ。
「イヤホンでやれよ……この寮まじで聞こえやすいんだから。」
「そっか、ごめん。じゃあイヤホン買ってみるよ……」
「あ、ちょっと待って」
え?
マーヴィンは部屋の中に消えて行った。ちょっとドアから覗いてみるとベッドの周りに衣類がごちゃごちゃになっている乱雑っぷりが見えた。すぐに何かを手にして戻ってきた。
「これやるよ。いらなくなったから。」
それは赤と黒のイヤホンだった。これをくれるの!?
「ええ!くれるの!?ありがとう!」
「いいよ。俺の為だけに買わせるのも悪いしな。それにそれ結構いいやつだから音もいい感じに出ると思う。まあこないだ新しくもっといいの買ったからそれはお前にやるよ。」
ははっと笑うマーヴィンに握手をして私はニコニコしながら部屋に戻った。やったー!これでこの部屋の中でも気兼ねなく大音量で音楽が聴ける!
早速PCにつけて音楽を鳴らしてみる……おおお!素晴らしいバランスだ!気に入った!これは捗るぞ!私は気合を入れてカタカタと打ち込み始めた。
盛り上がりに欠けるかな……ちょっと引き伸ばしてみようかな、なんて考えながらじっと作曲作業に励む。気がつくと0時になっていた。集中していると時が経つのが本当に早い。
そして壁に貼ってある私お手製のグリーンクラスの時間割ポスターをチェックした。明日は火曜で1限から5限までみっちり詰まっている時間割だ。
それに1限は有機魔法学だし……あまり夜遅くまで起きて無理は出来ない。区切りのいいところで作業を止めて麦茶を飲みながらイヤホンで音楽をまた聴いた。
「ふぅー。」
きっと彼からの信頼も、そのうち取り戻せるだろう。それには時間が必要なだけなんだ。家森先生今頃何をしているんだろう……お夕飯何食べたんだろう。私は干し肉だったけど。
するとテーブルの上の携帯が光った。メールの着信だ。ああ、そうか。作曲に集中してたし、PCのメール通知は携帯があるからと思ってオフにしてたし、携帯もイヤホンしてたから音も聞こえなかったし、長い間確認してなかった。ちょっと焦りつつ私はメールを確認した。
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部屋にいませんか?
家森
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え?……いるけど?そのメールは5分前くらいに届いていて、それ以外に彼からのメールは無かった。ああもしかして、イヤホンしてたからノック音に気付かなかったのかもしれない。私は念のために玄関のドアを開けて確認した。
うおお!
そこに家森先生が真顔で立っていたのだ。驚いたけどどうにか口を押さえて声を出すことを堪える事が出来た。どうしてここに居るのか、私は彼に小声で聞くことにした。
「……や、夜分遅くにどうしました?」
「……どうしてメールしてくれないんですか?僕は待っていたのに。」
拗ねたような表情で甘えたような声で言ってきたので、思わず胸がキュンとしてしまったが、このグリーン寮の驚異的な音の浸透率を思い出して、私はしーっと言ってから部屋の中に招き入れた。
「結構聞こえるんで!……シー」
「シーは分かりました。どうしてメールくれないのか聞いています。」
小声で拗ね始めた家森先生に取り敢えず麦茶の入ったグラスを渡したけど、それを彼は口を付けずにテーブルに置いて私のベッドに座ってしまった。
それにいつもの白衣にシャツにジレの姿だけど、今日の服装とは若干違うような気もする。よく見ると手には魔道書とテキスト、ファイルを紐で束ねたものを持っていた……そ、それは何だろう?
「どうしたのですかその荷物。今学園の帰りですか?でも今日の服装と違いますね。」
「一度帰宅してから着替えて明日必要なものだけを持ってきました。」
え?
「え?ここに泊まるのです?」
「……いけないの?」
プイとそっぽ向いてしまった……ちょっと待って。
「でも、宿題やってなかったから怒ってるんじゃ?……それはかなり反省していますけど。」
「確かにそれは少し怒っています、しかもクラス全員なんてあんまりではありませんか。」
そうだよね……それはそうよ。私はシュンとしてベッドの家森先生の隣に座った。
「ごめんなさい。」
「……いえ。次はないと思ってください。」
「はい……。」
なに、怒りにきたの?そうだ。
「それで、どうしてメールをくれないのかって聞きましたけど、なんていうか家森先生怒ってるだろうし、私から送るのは遠慮してしまうし……だからです。」
「なるほどそれで遠慮したという訳ですか……。確かに僕は怒りました。ですがそれは教師として怒りました。プライベートでは……仲良くしたい。メールだって最近よくやり取りしてくれて、毎日楽しみにしていますし、欲しいのに。それに今日のピアノ演奏は本当に素敵だった。よりあなたが魅力的に感じられました。」
グァぁ……お誉めいただいて、胸がきゅうきゅうしてしまって思わずグッと胸を握り潰した。
すると家森先生が羽織っていた白衣を脱いで畳み始めた。シャツにジレの姿、家森先生のスリムな体のラインが結構見えるので、ついたまらない気持ちになる……そんなんで興奮してしまうのだから、私はその点においてはサイコなのかもしれない。
テーブルの上に白衣と魔道書などの束を置いた家森先生が、またベッドに座って眼鏡を枕元に置いた。
「……これからヒイロをお仕置きします。結局先週末はグレッグ達のせいで「あっ……ですから聞こえるんで。」
それにお仕置きって何?プライベートは分けるんじゃなかったの?家森先生は頬を軽く染めて言った。
「分かりました。僕もなるべく音を立てないようにしますから。」
「無理です。絶対に音が聞こえるのでここではお仕置きしないでくださいお願いします」
ふふ、と微笑んだ家森先生ベッドのそばで立っている私の腕を引いて、ばっと私をベッドに押し倒してしまった。あまりの速さにそのまま抵抗出来ず、もう私の上には彼が覆いかぶさっている。
「嫌です。それにお仕置きをすると言った。」
え?
「あれ?」
シュババッと目を何かの布で覆われて見えなくされてしまった!目隠しの布は頭の後ろで結ばれてしまっている。
え!?何してんの!?
「ちょっと!見えない!」
「そうですか、それは大変だ。それと手もこうしましょうか。ふふっ」
何それどうしたの鬼畜!抵抗するけどチューンと音がして、いとも簡単に両手首を纏めて縛られてしまった。
「ええ!?何したんですかちょっと!」
「ああ、通常実践魔法の物を縛る術ですよ。これを使えばいいんだと今日職員室でテスト用紙を作成していた時に思いつきましてね。ふふ」
「ふふじゃないです!あああ!」
もう動けない。魔法をそんなことに使うのはこの地下世界で彼一人なんじゃないだろうか。しかも手首が繋がっているので、頭上に上げられてしまうと上半身が仰け反った姿勢になって結構恥ずかしいんですけど!
「ちょっと!何ですか!?いやいや!?」
「しーっ聞こえますよ。」
「じゃあやめてくださいよ!」
「なら我慢してはどうですか?僕の知ったことじゃない。ああヒイロ、今とても美しいです。手首を縛られているあなたの姿を見ていると僕はゾクゾクします。」
彼こそが真のサイコなんじゃないだろうか……。もしかしたら私は人選ミスをしてしまったのかもしれない。そうか、ドSってこういうことしてくるんだ。人生とは学ぶことばかりだ。
ギッと近くの布団が沈んで近づいてきたかと思うと、ちゅっと唇にキスをしてきてくれた。なんかこの姿勢なのにキスは羽が触れるようにとても優しい感触のキスで、思わずキュンと胸が苦しくなる。
「……ん」
「……ヒイロ、好きだよ。」
グアア……キスしながらのそれはずるい。
「……グアア」
「ほ、他の反応がいいんですが……」
「でも結構隣まで聞こえるんですよ?PCの最小音量だって聞こえるんですから、このやり取りだってもうまる聞こえてますよ……」
「へえ。なるほど。しかし聞こえたところで誰もあなたに手を出そうとはしなくなるでしょうから僕は好都合ですが。」
もうこの人は次元が違う。もう勝てない。抗えもしない。
半ば諦めモードに入った私の抵抗心が薄れてくると、それを分かっていたのか家森先生は私の頭をナデナデした後にぎゅっと抱きしめてくれた。
ベッドの上で頭上に両手を縛られた状態で彼はぎゅっと抱きしめてくる。この状況は何なのか。しかも何も見えなくて目の前は真っ黒だ。これも何。
そのうち彼は口づけをしてくれた。私の上に覆い被さりながら優しく唇を合わせてくる。それが終わると彼の唇がちゅ、ちゅ、と音を立てて私のあごまで移動して、しまいには首に辿り着いた。
はむっ
そして何と首を甘噛みしてきたのだ。
「あああ〜〜〜!それはちょっと待ってくすぐったい!お助けを〜〜!」
「お静かに、お静かに。」
お静かにじゃないよ!めっちゃかみかみしてくる!くすぐったい!またかみかみしてくる!ああ〜!
私は抵抗して足をバタバタしながら、両手で家森先生の頭を遠ざけようと押した……けどすぐに掴まれて彼の手で頭上に固定されてしまった。
「お仕置きです。ふふ、じっとしていてください。」
「いやいやいや!くすぐったいのは無理〜!ごめんなさいごめんなさい!」
謝罪の言葉は彼には届かなかったようだ。また首に甘噛みしてきている。じゃあせめて……!
「せめて目隠しは取ってください……ちょっと怖いから。」
「そうでしたか、ごめんなさい。」
怖いと言ったからか、すぐに家森先生は目隠しを取ってくれた……そんな優しさをまだ持っててくれて少し安心した。そして目隠しを取ってもらった時、彼の表情を見てちょっと後悔してしまった。
家森先生の頬が真っ赤でとても照れていたからだ。それを見て私は恥ずかしくなって胸がばくばくした。この激しい鼓動を感じたまま甘噛みされるのは耐えられない。と思っていたのも束の間、
「じゃあ続きを」
私の首元に茶銀の頭が埋もれていった。あああ〜!
……どれくらい経っただろうか。隣のマーヴィンはどう思っているだろうか。そんなことは知らない。私はまだかみかみ甘噛み攻撃を受けているのだ。不思議なことに最初のくすぐったいから変化して、今はぞわぞわした変な感じに進化している。
それもあって私は足をモジモジしてしまうが、何故か家森先生も足をモジモジさせているのだ。これは何なのか……調べる時間をください!私には知識が無さすぎる!
「もう、もう無理〜〜〜」
「ヒイロ……はあ、約束して。」
「え?今?……な、何です?……ああ〜〜」
「火、木、土、日を僕と会う日にしてっ……」
え……!?今ここで言う!?しかも火曜木曜、それに土日って一週間の大半じゃん!?バイトのシフトか。
「ちょちょっ……その、あ……かみかみしながらは。ちょっと待ってくださいって!」
ちゅっと首筋に一度キスして彼が口を私の首から離した。茶銀の髪が乱れて、顔の紅い家森先生が熱にまみれた瞳で私を見ている……ついドキッとしてしまった。
「だめ?」
「だめじゃないですけど……土日は両方ですか?」
「だめ?」
「……じゃあタライさんやマーヴィン達とゲームしたいときは?」
「……報告してくれればいいです。でも宿題が残っているのなら禁止します。」
アッハッハ、もうそれどういうこと?タライさんの言う通り束縛じゃないの?まあいいっちゃ良いんだけど……うーん。迷っていると彼がムッとした表情をしてからガブッと首を噛んできた。一気に全身がゾワゾワして震え上がった!
「ああ〜〜!ちょっと待って!考えてる〜」
「ん……いいって言って。ヒーたん」
ううう〜もうこの甘いお仕置きもその掠れたおねだりの声も、もう限界だ。
「あああ、わ、分かった、分かりました……あああ〜!」
「ありがとう。好きだよ……ご褒美あげる。」
彼は体をずらして口づけしてくれた。それも今までとは比較にならないくらいに激しいものだった。口を開けて舌を絡ませてきて、息をするのも大変な力強いキスに体が熱くなる感覚がしている。
それにご褒美ってもう何……どこから出てくるその言葉。もしその思考が最初から彼に備わっているのなら、やっぱ彼はちょっと常軌を逸していると思う。
でもこの感覚を気に入ってしまっているのか、これが私だけに対してすることなのかと気になってつい聞いてしまった。
「これするのは、私だけ?」
「うん……ごめんね。僕は本当はこういう人間ですから。でもヒーたんのこの姿、とても綺麗でドキドキします。この姿も僕のものだし、これをするのはヒーたんだけです。あなたは本当の僕を受け入れてくれるから。」
……家森先生のもの?そう言われて何だか急にまた胸が苦しくなって、思わず目を閉じてしまった。
それに受け入れてくれるって当たり前のことなのに……そう聞くと今まで家森先生は素を出してこれなかったんだと思った。それも全部受け止めたい気持ちに包まれた私は、拘束された手で少し家森先生の茶銀の髪を少し撫でてみた。さらりと指に絡んで気持ちいい。
「大好きだよ。」
そう言ってまた優しくキスされた。大好きって、言ってくれた。私だって……出来れば家森先生を独り占めしたい。そんな想いが胸に芽生えていたことに今気づいた。
キスし終わると私の手首の紐を解いて解放してくれた。
同じ枕を使って隣で寝そべって微笑んでくる彼。じっと私を見つめている彼に聞いた。ずっと叫んでたからか声が掠れた。
「これがお仕置きの過激バージョンですか……」
「いえ、まだ10段階中1のレベルです。」
は!?
私が大口を開けて驚いていると、家森先生ははっはっは!と笑い始めた。
「ヒイロは過去の記憶がありませんから、あまり過激なことはしないようにと思います。」
そのお気遣いは嬉しいけどこれでも過激じゃないんだ。なんて伸び代を持つお方。末恐ろしい人だ。
やっと体を包んでいた気だるさが抜けてくると、ベッドから降りてリュックにテキスト類を入れて明日の準備をし始めながら家森先生に聞いた。
「今日は本当にここに泊まるんですか?ベッド狭いですしお風呂もありませんよ?」
「……いけないの?」
「いけなくありませんとも。どうぞどうぞ。」
もう何なんだろうこの感じ。もう逆らえないこの感じ。でも昔と比べるととても仲良くなった気がしてちょっと嬉しかった。家森先生にシャワーを先に浴びてもらうことにして、その間に私は明日の準備を整え終わると、私も彼の後に浴びる準備をした。
シャワーを終えた家森先生が部屋に戻ってきて、頭をタオルで拭きながら微笑んだ。
「ああ、シャワーありがとうございました。さっぱりしました。本当にこれお借りしていいんですか?この……」
「はっはっは!」
笑ってしまった。だって今家森先生はドラゴンハンター記念Tシャツ(マーヴィンが街のゲーセンで当てた商品)を着ている。ズボンもそれの上下セットのものだ。
マーヴィンが同じものを二個当てたからやるよってくれたものだけど、メンズなので使用してなかったので丁度いいと思って部屋着として家森先生に貸した……が、やっぱイケメンは何着てもしっくり来るんだな。見たことない彼のやんちゃな雰囲気に笑っちゃったけど。
「……まあ着心地は良いですよ。ふふ」
「うん、それに似合ってます!……グリーンクラスに馴染めますよ!」
「えっ」
ああ、そっか。そうだよね。それは嫌だよね。はい。すいませんでした。
しかし家森先生のその反応は冗談だったのか、すぐに微笑んでくれたのだった。
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