スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第38話 初めてのお弁当

このお昼休みに青いバンダナに包んだそのお弁当箱を手に持って、私はグリーンクラスを出て廊下を歩き階段を登り、職員室の前までやってきた。

これは家森先生のお弁当だ……中にはご飯と卵焼きとブロッコリーとほうれん草炒め、それから肉じゃがが入っている。あれもこれもと追加してしまったおかげで今日はちょっと遅れて登校する羽目になったが、体育だったので誤魔化せた。ラッキーラッキー!

さて、どうやったら内緒に渡せるのかな……。それもそうだし、職員室にきたのは初めてなのでちょっと緊張してきた。それにさっき皆の前でデートに誘ってくれたこともあってそのことでも緊張してしまう。さっきグレッグの様子を変えてしまったことについても緊張するけど……ああ緊張ってこんなに種類あるんだと思った。

と、とりあえずノックだ……早くしないと家森先生がお腹を空かせたまま、お昼が終わってしまう。

ト、トトントン

変な叩き方になった!あああ!もう恥ずかしい!

するとギッと職員室の扉が開いて、何かをお口の中でモグモグと頬張っているベラ先生が出迎えてくれた。部屋の中からやたらコーヒーの匂いが漂ってくる中、彼女は私を見て目を丸くしている。

「あらヒイロ。どうしたの?」

私は持っている弁当箱を背に隠したまま言った。

「い、家森先生いらっしゃいますか?」

「いるわよ?家森くん!」

ベラ先生が奥を向いて話しかけると奥の方からはいと、彼の声が聞こえてすぐにこちらに来てくれた。ベラ先生の机はこの扉からすぐの位置にあって、隣は家森先生の机らしい。ベラ先生の机の前はシュリントン先生の机で、彼はお弁当を頬張りなら私の方をじっと興味ありげに見ていた。もう先生方大注目で恥ずかしい……。

家森先生が来てくれたけど……ベラ先生もお昼ご飯をモグモグ頬張ったままそこに立っている。どうしよう。ベラ先生の前で渡しづらい。

「どうしましたヒイロ?」

分かってるくせに!一旦廊下に出るとかしましょうよ……と思っていても彼はじっと待っているだけだ。彼はそこで受け取ろうとするし私は恥ずかしいしで、この状況が改善されないまま時間が過ぎる。

「何を黙っているわけ?ヒイロ何かしたの?」

もういいや。私だって忙しいんだ。何故なら今夜の夕飯も考えないといけないからね!思い切ることにした。

私は背に隠していた弁当箱を無言で家森先生に突き出した。それを見ていたベラ先生がぶっと吹き出しそうな仕草のままフェードアウトして行く。家森先生が受け取って私に優しく微笑むと、私はもう顔が熱くなって仕方なくなった。

「……ありがとうヒイロ、美味しく頂きます。」

「……お金は先生のだから。」

と、家森先生にしか聞こえないくらいにボソッと話すと赤く染まった顔面のまま私は廊下をスタスタ歩いて去った。もうなるようになれ。きっと今頃ベラ先生は笑っているだろうね!もういいんだ!

「アハァーン!」

私は恥ずかしさと戦いながら、勢いよく校舎の階段を降りて行った。


*********



「ちょっと何よそれ、どうしてヒイロが家森くんに弁当用意しているのよ?」

ヒイロが折角僕のために作ってくれたこのお弁当をじっくり味わいたいのに、隣のベラは興奮し、斜め前のシュリントンは彼の机に乱雑に積まれたプリントの山の向こうから、僕の弁当箱が開くのを今か今かと待っている。ああ、もう少し机が離れていればよかったのだが、これは職員同士のコミュニケーションを目的とした学園の決まりなので仕方ない。

よく考えれば僕が副理事なのだからこれくらいの規則は変えられるか……いや、シュリントンを説得するのに骨を折る覚悟は今の僕にはない。とにかく、このお弁当を味わおうと僕は青いバンダナをゆっくり開いた。

中には弁当箱の上に箸が乗せられていた。ああ、僕が地上の日本出身だということを覚えてくれていたのか。この職員室では、いやこの学園内で箸を使うのは僕と高崎、それにリュウぐらいだろう。だとすると高崎かリュウがヒイロ、いやヒーちゃんにアドバイスをしたのでは……なんてまたすぐに深読みしてしまうところが僕のいけないところだ。

リュウと言えばさっきはよくもヒーちゃんを出会い系なんかに登録してくれたものだ。彼女が人気出るのは間違いないだろう。プロフィールの写真もあんなに可愛らしい笑顔のものを載せて……仕方あるまい、後でダウンロードするか。

さて、それは後でするとして今はこれだ。弁当箱のふたを開けるとふわっといい匂いが漂った。

中を見て驚いた。もっとサンドイッチとか、おにぎりとかそういう類のものだけだと思っていたが、卵焼きもご飯も……肉じゃがもある。和食だ。

この地下世界に来てから和食を食べたことはほとんどない。母は仕事に忙しくなかなか作ってくれなかったし、父は……。それにこの学園の売店には和食は売っていない。ああ、常日頃食べたいと思っていたものが急に出て来たので少し驚いてしまった。

「ねえ、質問に答えなさいよ。」

ベラが僕のことを肘で突きながらジト目で話しかけて来た。僕は箸を両手に持ってお弁当にいただきますの合掌をしつつ応えた。

「……記憶喪失の件もありヒイロの栄養面が悪かったものですから、僕が材料費を出す代わりに彼女が作るという協定を結びました。それだけですよ。」

ベラはふうん、と頷いて僕の弁当箱を見つめて来た。

「そうなの、私のクラスの生徒なのに悪いわね。」

棒読みで、あからさまに心のこもっていない発言だった。彼女は僕の気持ちに気づいているのだろう。

「いえ別に。さて頂くとしますか……」

何からいこうか、肉じゃがからにしよう。箸でジャガイモをつまんで口に入れた。

ん!?

「……ぁ!?」

嘘だ。

「ねえどうなの?美味しい?ヒイロの手作りは」
「ねえねえ家森先生、私のワイフが作った唐揚げとその美味しそうな煮物交換しない?」

嘘だ。

「シュリントン先生ったら、折角ヒイロが家森くんに作ったんですから今日ぐらいは自分のお弁当だけ食べてはどうなのです?」
「でも美味しそうだったから……そうだベラ、このミートボールとその焼売交換しない?」
「交換したかったら口つけたフォークで刺さないでくださいって何度も言ったでしょう?」
「そんなに汚くないって」
「家森くん……どうしたの?大丈夫?」

ベラがワインレッドの綺麗な瞳で僕のことを見ていた。僕は一口頬張ったままつい放心状態になってしまった。なぜなら……この肉じゃがは明らかに、過去に僕の母が作ってくれたものと全く同じ味だったのだ。

確かに肉じゃがとなれば醤油、砂糖、みりん、料理酒を入れて煮込めば大抵同じ味なのかもしれない。しかし入れる具によっても、煮込み時間でも出汁でも、微妙な差が生まれるはずだ。ヒーちゃんの作った肉じゃがは具の柔らかさも匂いまで、母のものとまるで一緒だった。レトルトでもあるまいしそんなことあり得るのか。

「ねえったら、どうなのよ?」

「あ、ああ。すみません。つい考え事を……かなり美味しいですよ。初めてだとは思えないくらいに。」

「そうなの……ふうん?」

ベラに物欲しげな目を向けられた。僕は正直少しもあげたくなかったが、仕方なく彼女の買い弁のプラスチックのフタに芋を一つ置いた。彼女も今日くらいはとか言ってなかったか?

するとシュリントンが僕の弁当のふたに唐揚げを置いて来たので、僕は彼にも人参を置いた。

「あ、僕も芋がいい」

なに!?芋は後二つしかないのに……歯を食いしばっている僕の表情を見てか、ベラが私のと交換でいいでしょう?と彼と具を交換してくれた。彼女はいつも助け舟をくれて本当に感謝している。

他の具にも箸を伸ばす。うん、どれも美味しい。具がよく煮えている訳ではないが、味のバランスが良くて美味しい。これは僕の気持ちも調味料として加わっているのかもしれない。でも普通に美味しい。

「あ!本当、美味しいわ!」

「んん!うまい!もう一つ……」

僕はシュリントンの戯言を聞き流して素早く他のものも全て平らげた。これはヒーちゃんが僕の為に作ってくれた弁当だ。もう誰にも渡さない。

「……ああ、美味しかったです。」

僕はペロリと食べ終わるとバンダナに包んだ。空になった弁当箱を片付けながら隣のベラが話しかけて来た。

「でもこれから毎日、平日はヒイロがお弁当作ってくれるのだから、よかったわね家森くん。」

微笑む彼女に僕も微笑み返した。

「はい、本当に良かったです。」

すると目の前の席のシュリントンが口を開く。

「いいなー。ヒイロ私にも作ってくれないかな。」

「そのヒイロと私を置き去りにしたのは一体誰です?」

ベラがシュリントンを睨みながら冷たい声で言った。それもそうだ。彼はバツが悪そうな顔をしている。

「その時は悪かったよ……学園には生徒の他に、職員寮に私のワイフだっているし……」

はあ!と思いっきりため息をついたベラが職員室にあるシンクで歯を磨き始めた。僕も彼女が終わったら歯を磨こう……とその前に、ヒーちゃんにメールを送ることにした。今日は初めてのメールなので頻度としては申し分ないだろう。

____________
お弁当ありがとう
とても美味しかったです
それと一点質問が、
この肉じゃがは何か
レシピを見て作りました?
家森
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これでいいはずだ。僕は次の時間ブルークラスで行う光魔法学の授業の準備をしながら、机に携帯を置いてメールを待っているとすぐに返事がきた。

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ああ、美味しいと思って
もらえて良かったです!
肉じゃがは
図書室にあった
時短レシピっていう
本を見て作りました!
あまり
煮えてませんでした?
ヒイロ
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正直な彼女の回答に思わず笑みが溢れてしまう。それを聞いてすぐに頭の中で時短レシピの本のことを思い出した。東京の実家に住んでいた頃に、母がよく手にしながら料理をしていたあの本かもしれない。

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いえ、よく煮えてましたよ
それはもしや
表題がオレンジ色の本
ですか?
家森
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____________
そうです!
どうしてですか?
ヒイロ
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いえ、実家にもあったなと
同じ味で驚いただけです
ありがとう
家森
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なるほど……同じ本を見て作ったのか。道理で同じ味なはずだ。その本が図書室に置いてあることも驚きだが、ヒーちゃんがたまたまそれを選んだのも驚きだ。時短はこの際なんでもいい。

ふふっと微笑んで携帯を白衣のポケットに入れて、僕は歯を磨きにシンクへ向かった。

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