スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第37話 勝手に出会い系

月曜だから1限は体育だった。急いで図書室と売店に寄り、部屋に戻って弁当を二人分作ってから動きやすい服装に着替えて、どうにか時間に間に合ったと校庭でぶらぶらしていると、少し経ってからベラ先生がトレーニングウェア姿で校庭に来た。

そして彼女はずっとこちらに向かって歩いてきて無言で私を抱きしめたのだった。突然の抱擁に何が何だか分からないまま私も一応彼女の背中に手を回す。

「ヒイロ……もうどうして黙っていたのよ、記憶が無いなんて。」

え!?もう知ったの?と言う私の顔を察したのか、ベラ先生が訳を話し始めた。

「昨日、実は近々学園全体の会議があるということで、休日だけど職員会議があったのよ。それであなたが記憶喪失だったってことを家森先生に聞いたわ。皆にも学園の生徒や先生だけが見られる@アークってサイトで伝えていると思うけど。」

「え!?そうなんですか!?」

なるほどね……だからその時にシュリントン先生が我々が街にいることを家森先生に話しちゃったんだ。しかしそのサイトに情報を載せたってことは、もうこの学園の皆が私の記憶喪失を知ってるということか……そう思っているとリュウが私の隣に来た。

「俺もそれでヒイロのことが皆に知れたと分かったよ。なんて言うか俺が皆に言うべきだったのかも知れないけど……」

彼はあのドラゴンの一件からずっと元気がない。もうその件に関しては気にしなくていいって言ったのに。私は微笑んで首を振った。

「私が隠してって頼んだからでしょ?それで隠してくれてたんだから、リュウ本当にありがとうね。」

「……そう言ってくれると救われる感じがする。」

リュウが微笑むとそれを見ていた皆も笑いを零した。ベラ先生がパンと手を叩いてさあ始めましょうか、と言うと授業が始まったのだった。

実は毎週月曜日は、私たちグリーンクラスの午前中で授業が終わるのだ。他のクラスはまだあるのにちょっと得した気分……と考えていいのか分からないけど、それは事実だ。その代わり他の曜日は他のクラスが早く終わる日もあるけれど。

そしてこの日の最後の授業、3限は家森先生の光魔法学の授業だった。しかもこのタイミングで抜き打ち小テストときたもんだから本当に油断してた。もしかしたらタライさんとコソコソ街へ出かけた私への仕打ちなのかもしれない……そうでないと信じたいけど。

今私は机に向かって座っている。そう、もう終わったのだ。まだ時間はたっぷりとあるがもう私に分かる問題はない。だからじっと机に座って時間が経つのを待っている。

教壇には家森先生が座って優雅に読書をしている……他のクラスメートも誰一人ペンを持っていないので、もう切り上げてもいいんじゃないかと思う。きっとクラスの皆もそう思っているだろうに。

「……あと10分です。見直しもするように、最後まで諦めないでください。」

本を読んだまま家森先生が言った。もう見直しも終わっているのだ。きっとマリーだったらこの時間ギリギリまで使って、このテスト用紙に解答を書き込むのだろうな。はは……私は目を閉じてじっと座ることにした。

もう何も聞こえない。家森先生がぺらとページをめくる音だけがグリーンクラスの教室に響いている。この状況も辛い……ごめんなさいね、頭がよろしくなくて……何度も頭の中で彼に謝罪する。そしてチャイムが鳴った。

キンコーン

「はいでは一番後ろの生徒は回収して僕のところに持ってきてください!グレッグ!まだ教室から出ないィ!」

「はーいすんませーん。」

グレッグはどれくらい怒られ慣れているんだろうか。私が今のように家森先生に怒鳴られたら多分文字通りにちびると思う。彼の屈強な肝っ玉が欲しい。

テストを回収し終わった家森先生がトントンと教壇で整えつつ、一礼をして授業を終えると、グリーンクラスはすぐにワイワイ賑わいだした。大体がお疲れーとかもう無理ーとかだった。次はお昼だ。遂に私の手作りのお料理を彼に食べてもらう時が来た。ちょっと緊張する。

「ねえねえヒイロ!お前さ、彼氏いないじゃん!」

突然に私の前の席のリュウがニヤリとした顔で振り返ってきて大声で言った。な、何を言う……。

「ま、まあいないけど何で?」

そしてリュウがステッカーをベタベタに貼った彼のPCを私の机にガンと置いて、ぐるりとPCを回転させて画面をこちらに向けてくれた。何かのプロフィールが表示されている…これは何だろうか。

「何、これ」

「ほら!お前さ、彼氏いたことないとか言ってたじゃん?だから俺探しといたよ!このマジカル出会い.comってサイトでな!」

「ええまじかよ!マジカルまじかよ!」

ハイテンションでグレッグが合流してくると、後ろの席のマーヴィンもそのほっそい長身を屈めながらニヤニヤした顔で覗いてきた。ちょっと待って、え!?私は画面を食い入るように見つめた。

「え!?スカーレット・アンダーワールド?これ私のプロフィールじゃん!?なんで?私こんなの作ってないよ!?」

リュウがどやった顔で言った。

「だから俺がプロフ作ったの!……ほらお前には迷惑かけたし、こうして少しでも力になりたいと思ってさ。」

ああなるほどね、これは罪滅ぼしなんだ……いやいやもっと他の方法あるでしょ!でもちょっと待って!

「この顔写真いつ撮ったの!?結構写りいいけど……」

そうなのだ。プロフィールの私はニコッと微笑んでいて癒し系マックスな感じがしている。

「これはねーいつだったかお前を盗撮した。その方が自然な表情でいいと思ってさ!」

「リュウ変態じゃーん!」

「ちげえよ!友達想いなだけだよ!ばか!」

リュウがグレッグを叩いた……盗撮なんだ。でも写りいいから後でこの写真もらおうかな。そう思っているとマーヴィンが細長い指で画面を指差した。

「あ!でもほらこれ昨日登録したんだろ?もうメール来てるぞ!しかも67件も!」

「え!?え!?そんなに来てるの!?そんなに私って需要あるの!?」

オーマイ!それは驚きすぎる!クラスの皆も食い入るように見ては、すげえとこぼしている。グレッグが私の肩をぼすぼす叩きながら言った。

「すげえ!『僕とデートしよう』だって!『君は綺麗だ!俺と会わないか?』とか……『配管工プレイをしよう、君がお客で俺が配管工。セクシーだろ?』だって!やばいなこいつは。」

グレッグがメールを読んで抱腹して笑い、それを聞いているクラスの皆も我々を見守るようにニヤニヤしている。でもこのメールの中から恋人を探す気にはならないんだけど、もうどうしたらいいんだろう……そう思いながら、ふと教壇を見るとまだ家森先生がいて私達をじっと見つめていた。

まだいたんだ……しかも、はあと息を吐いてこちらに向かって来た。

「リュウ、何ですかそれは。」

「え!?あ、ヒイロの彼氏を探してたんです!ほら夏休みも近くなってきたことですし……」

「ほう?」

家森先生が自分にリュウのPCを向けて、プロフを確認し始めた。私も隣で覗き込む。家森先生が読み始めた。

「学生です……身長160センチ……属性は炎だよ。しかもたまにスパークルオーラを纏うことが出来るの!レアでしょへへ……」

家森先生が棒読みで淡々と私のプロフ文を読んでいくので、私含めて皆が笑いを堪えている。スパークルオーラとはドラゴン退治の時に私が出した炎の波動のことだ。リュウは本当に反省してるのだろうか……まあ力になりたいと思ってくれてるということは反省してるんだろうけど。

「優しい年上の男の人とデートしたいな……先ずはお茶から……なるほど。それで69件のメールですか。」

「え?じゃあ今2件増えたんだ!すごい!入れ食い状態じゃん!」

興奮気味に話すリュウとグレッグ。家森先生は私をじーっと見つめて来ている……多分、彼らにやめさせるように言えということなのだろうけど。

「そういや、家森先生はどうして残ってるんすか?」

マーヴィンの質問に皆が家森先生を見た。確かにそうだ、普段の彼なら即教室から出て行くというのに。彼は腕を組んでから言った。

「勝手にヒイロを出会い系に登録したと聞いたものですから、どういうことかと。」

「で、でもヒイロ彼氏欲しいじゃん?この学園だとあまりいい男いないしさ。」

この学園って自分たちも否定することになるんじゃないの?いやいや、いい男いないなんてそんなことないでしょと笑いを漏らしながら私はPCを指差して言った。

「だからって出会い系で探すことないでしょ!出会い系っていい男いるの?」

「いるよ!たまにセレブ街に住んでるお金持ちの男だっているんだから!」

リュウが興奮気味に話した。彼はきっと詳しいのかな……でも、お金持ちとかそういうのが重要ってわけじゃないのに。

「デートすりゃいいじゃん。」

グレッグが肩をポンと叩いて来た。私は困惑しながら言った。

「確かにリュウがせっかく登録してくれたけど、でも……」

皆はいいじゃんと言わんばかりの目をしてくる……何だか皆に言われると断りづらい。どうしようと思っていると家森先生が発言した。

「それなら僕とデートすればいい。それでいいでしょう?」

『え』

……クラスのほぼ全員がその一言を放って放心状態になった。皆が静かに家森先生を見つめている。私も見つめてしまう。い、家森先生とデート?え?

うんと頷いたグレッグが、私の両肩を掴んで彼の方を向かせて来た。黒く大きな瞳と目が合う。

「ヒイロ聞いてくれ……確かに、家森先生っていう選択肢もある。でもさ人生一度きりなんだ、何も家森先生じゃなくたっていいよ。それに他の男も何人か知っておいたほうがいいって。家森先生はデートに誘ってきたし、ヒイロに興味があるっぽいからキープでいいじゃん。家森先生だって今まで散々女と遊んできたんだしそうやって「グレッグ、ちょっといいですか?」

盛大に引きつらせた笑顔の家森先生が、グレッグの首根っこを掴んで廊下の方へ連れて行ってしまった。

ああ……御愁傷様。それにしてもよく家森先生を目の前にさっきの発言を出来るものだ……やっぱり彼の肝っ玉はいらない。

「まあでも、ちょっとだけ俺もそう思うな。最近家森先生と仲いいのか知らないけど、記憶がないヒイロと経験豊富な家森先生だとなんか不平等な感じする。」

マーヴィンがそう言ってくれた。うーん、そうなんだろうか。確かに、このまま家森先生とデート出来たとしたら彼としか親密じゃないことになるけど……でも他の人とデートするぐらいなら部屋で自分の足でもかじってたほうがマシな気がする。

すぐにグレッグがトボトボと一人で帰って来た。家森先生はどこか、お昼だし職員室にでも向かったのだろう。皆がやいのやいのグレッグを笑う中で、彼は私の目の前に来て生気のない表情をしたまま呟くように言った。

「……家森先生とデートしたほうがいいです。家森先生は最高です。」

すごい、言わされてる感がする。

「ど、どうしたのグレッグ……なんかいつもと違うけど。」

「いえ何も。家森先生のデートは素晴らしいです。家森先生は最高です。」

「アッハッハ!」

リュウも他のクラスメートも爆笑している。それもそうだ、グレッグの様子がおかしすぎる!

「じゃあ参考程度に……はい。」

私が頷くと納得したのか、グレッグは引きつった笑顔になって教室を去って行った。何があったのかは恐ろしくて聞けない。この短時間で家森先生が彼に何をしたのかも恐ろしくて聞けない。ただ、恐ろしい出来事だった。

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